二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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開戦

 開幕が告げられた同時刻、古城跡地。

 開始を告げる銅鑼の音が遠方の丘から響き渡る。

 盛り上がるオラリオとは裏腹に、戦場である古城の士気は低めであった。

 

 攻城戦とあって戦闘期間は三日。

 本格的な城攻めはこちらの集中力が低下する三日目まで引っ張るであろう、というのが団長を含む団員達の考えであった。

 油断できない攻撃を仕掛けてくる者もいる可能性はあるが、あったとしても散発的な攻撃……見張りと堅牢な城壁があれば何も問題はない、と。

 

 ……それ以外でも、士気が低下している要因があるのだが。

 

「おい、ルアン。お前も見張りに行ってこい」

 

「はぁ!? なんでオイラまで……」

 

「お前、目が良いだろ。まともに戦えないんだからいいから行ってこい……あいつらに絡まれる前に急げよ」

 

 小綺麗に片付けられた城内で周囲を落ち着きなく見回していたルアンに同僚達が声を潜めてそう指示を出す。

 声を潜めた彼等が一瞬視線を向けたのはアポロンの眷属……ということになっている者達が我が物顔でくつろいでいる区画。

 今は何もしてこないが、これまでの暴虐的な振る舞いを見ている【アポロン・ファミリア】の冒険者は今この瞬間にもその牙をこちらに向けるかもしれないということを知っている。

 見張りに行けと言った彼等が自分のことを気遣っていることに気付いたルアンは彼等を刺激しないように静かに城壁の上へと向かった。

 

「……! って、ルアンか。驚かせるんじゃねえよ。何しに来たんだ?」

 

「見張りだよ。あいつらに行って来いって言われたからな」

 

 彼にそんな指示を出した理由を悟った見張りの冒険者達は一つ溜息を吐くと再び哨戒を始める。

 古城跡地が存在している平野には時々思い出したかのように岩がぽつぽつと存在しているだけで遮蔽物は無いに等しい。

 近付いてくるのであればすぐにわかる以上、警戒すべきは魔法の詠唱のみ。

 

 しかし、やはりと言うべきか、しばらく何も起きない時間が続いた。

 どこをどう見渡そうとも人っ子一人見当たらず、外側より内側から攻撃が来るんじゃないかと心を削られるそんな時間。

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)開始から五時間が経過。

 状況が動いたのはそんな時だった。

 

「……? ……お、おい!」

 

 そろそろ何周したのか数えるのにも飽きてきたルアンの目に飛び込んでくるその光景。

 その声に反応した見張りの弓使い(アーチャー)が彼の元に急ぐと彼等の目にもその光景が飛び込んでくる。

 北側、城砦正面、夕陽に照らされる荒野の中央を歩んでくる……大剣を担ぐ赤髪のヒューマンと全身をマントで覆った謎の人物。

 

 悠々とまるで散歩でもするかのように黙々と歩いてくる二人の姿にルアン達は狼狽えた。

 陽動にしてはあまりにも露骨すぎる、攻めてきたにしてはあまりにも動きが遅すぎる。

 弓を撃つか撃たないべきか、その数秒の迷いの内に二人は城壁から約100M(メドル)の位置に辿り着く。

 

 次の瞬間。

 

 赤髪のヒューマンが動いた。

 覆面の人物の一歩前に出ると担いでいた大剣を振り上げる。

 夕陽の光の中から大剣の全容が露わになると、彼等はその目を大きく見開いた。

 

「……炎?」

 

 振り上げられた大剣が纏うのは炎。夕陽の光に隠されていた炎が唸りを上げ、それに応えるように赤髪の青年が大剣を振り下ろす。

 城壁の上にいた者達の目の前で、凄まじい砲撃が炸裂した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 城壁の正面から押し寄せる凄まじい衝撃に城内は一瞬で混乱に見舞われた。

 轟音と振動、さらに熱。今も続くそれらに騒然となる砦から飛び出した者達はその光景に瞬く間に言葉を失う。

 膨大な土煙を上げ、城壁の一部が崩れ落ち、それだけでは飽き足らず、溶けだしていた。

 

「せ、攻めて来やがった!?」

 

「数は!?」

 

「二人、二人だ!?」

 

「魔法じゃねえ!? この威力……まさか、『クロッゾの魔剣』……?」

 

 混乱に見舞われる冒険者達が一様に動揺する。

 たった二人で城攻めを始め、これだけの威力の砲撃を魔法を使わずに繰り出すものは伝説の魔剣以外にはありえない。

 そんな話をしている間にも轟音と振動は続き、他の見張り番からも同様の報告が上がり、その言葉が現実味を帯びていく。

 

「このままじゃあ城ごと────」

 

 さらに彼等にとっての悪夢は続いた。

 一際強い爆発と共に城壁の一部……ちょうど彼等がいる正面の城壁に大穴が開く。時を凍らせる彼等を視界に収めた覆面の人物がマントの下に隠した『魔剣』を振り抜いた。

 放たれた紫電の一撃が着弾。絶叫と共に内側から城壁が吹き飛んでいった。

 

「先制攻撃の成果としては上々じゃないか?」

 

「ええ、あちらの警戒心が薄れていたのは好都合でした」

 

 不敵な笑みを浮かべた赤髪の青年、ヴェルフが隣に立つ覆面の人物(エルフ)、リューに軽い口調で声を掛ける。

 手元の魔剣を感慨深そうに見ていた彼女はそう呟きながらも警戒を緩めることはせず、苦し紛れに放たれる自分達に届く矢の雨をかわしながら、もう一度魔剣を振り抜く。

 

「そこからでは当たらない」

 

 敵の有効射程ギリギリの位置に陣取った二人がお返しとばかりに二振りの魔剣を振ると炎の波が城壁を覆い、紫の稲妻が不穏な詠唱(うごき)を見せている魔導士を撃ち抜く。

 もはやそれは戦闘の体を為しておらず、ただの一方的な虐殺であった。

 

「少々やりすぎましたか?」

 

「いや、ちょうどいいくらいだろ。これで出てこなかったらこのまま城ごと潰すだけだ」

 

 度重なる砲撃で魔導士も弓使い(アーチャー)も倒れてしまったのか、遠距離からの攻撃が止んだと見るや否や二人はさらに距離を詰め、次は城壁ではなく、中央に鎮座している塔に狙いを定める。

 

「と、止めろぉ!! これ以上奴らの好きにさせるなぁ!!?」

 

 魔剣が振り下ろされる直前、城の中から大勢の冒険者が姿を見せ、二人を包囲する。

『クロッゾの魔剣』に対する行動としては自殺行為としか言いようがないが、これ以上の城への砲撃を阻止するための肉壁となることを選んだのだ。

 

「五十……とちょっとか。狙いよりかは少し多いな」

 

「問題ありません。貴方は作戦通りに彼女達と合流を」

 

「ああ、ここは任せた」

 

 ここまでは作戦通りだと自分達を包囲する冒険者達に聞こえるように話したヴェルフとリューは同時に城を背後に置く一群に対して踏み込んだ。

 魔剣を使わないその行動に虚を突かれた冒険者達はそれに対応することが出来ず、包囲に穴が開く。その穴をヴェルフが他の敵に目もくれることなく進んでいった。

 

「さて、ここより先を通りたくば私を倒してから行きなさい」

 

 包囲に穴を開けたリューは彼に続くことなく、まるで門番のように城の前で構えた。

 その行動にここまでの派手な行動が自分達を釣り出すために行われたものだと悟った冒険者達は唖然としたような表情と共に困惑を頭に浮かべる。

 何故それほどの魔剣を温存せず、この場で使ったのか。

 何故大将であるヒュアキントスに速攻を仕掛けないのか。

 

「私はあくまで彼等の協力者。彼等の戦いに介入するつもりなど毛頭ない」

 

 彼女は手に持った魔剣を振るい、自身と【アポロン・ファミリア】の冒険者達の間に城の端から端まで届く紫電の一線を引く。それと同時に魔剣が砕け散った。

 

「彼等を追いたいのであれば覚悟を決めてこの線を越えなさい。その覚悟諸共、私が撃ち抜く」

 

 空色の瞳を鋭く光らせる彼女を前にして冒険者達が怖気づいたかのように動きを止める。

 既に魔剣は砕けたため、それに対する恐怖ではない。彼女が身に纏う雰囲気が自分達よりもはるか格上であることを悟ってしまったためである。

 しかし、どれだけ怖気づこうとも彼等は冒険者であり、この戦いは敬愛する主神の代理戦争。

 敵前逃亡など、初めから選択肢にない。

 

「飛び出すな、連携を組め!」

 

 先頭に立つエルフの小隊長、リッソスの指示に冒険者達が複数の組に分かれていく。

 警告はした、と木刀を装備したリューの瞳が細められる。

 

「かかれぇ!!」

 

 先陣を切ったリッソスの号令に従い、半数の組がリューに殺到。

 彼等が線を踏み越えたのを見た彼女は木刀を一閃した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「なあ、あれって反則じゃね?」

 

「反則? まあ確かにあの強さは反則級だが……」

 

「いやいや、助っ人の条件に適してない、って話だよ」

 

 地上で観衆達が彼女の無双に盛り上がる中、一柱の神がふと呟く。

 それに子供達と同じく熱狂していた神々がその神に視線を注いだ。

 

「あの子って疾……あー、アストレアの子だろ? 【アストレア・ファミリア】って都市内に籍を置いてる派閥じゃねえかよ」

 

 彼の言葉にざわめきが広がる。

 言われるまで気付かなかったのかほぼ全ての神がやべえやっちまったと言いたげな顔をしているが、その中でもヘスティアとアポロンの表情は変わらない。

 

「どうすんだこれ……こんな盛り上がってる中でヘスティア派が規則(ルール)違反したので反則負けでーす、なんて言ったら暴動が起きるぞ」

 

「けど規則(ルール)違反は規則(ルール)違反でしょ? 後でこのことに子供達が気付いたら今ここで言う以上に大顰蹙を買うわよ?」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)そっちのけで真面目な話を始めた神々。

 言うなら早い方がいいと覚悟を決めようとしたその時、ヘルメスが口を開いた。

 

「その必要はないよ。ヘスティアに協力してるあの子はちゃんと()()()()()()()()【ファミリア】の団員だからね」

 

 彼の発言に訳が分からないと頭の上に疑問符を浮かべる神々にヘルメスは続ける。

 

「確かに彼女はアストレアの眷属で【アストレア・ファミリア】は都市内に籍を置いている派閥だ。これだけでは助っ人の条件は満たされない」

 

「ほな反則やないかい」

 

「しかし、【アストレア・ファミリア】はそれと同時に都市外に籍を置いている派閥でもある」

 

「ほな反則と違うかぁ……」

 

「いやいやいや待て待て! 都市内に籍を置いてる時点で助っ人の条件からは外れるだろ!」

 

 ロキを筆頭とした一部の神はヘルメスの言葉に何かに気付き、納得した様子を見せていたが、当然大半の神はその説明で納得するはずがない。

 より詳しい説明を求める他の神々に彼は苦笑いを浮かべながら一枚の紙を取り出し、逆に彼等に質問を繰り出す。

 

「何故そうなるんだい?」

 

「いや、条件は都市外に籍を置いている派閥から……なら、都市内に籍を置いている時点で条件からは外すべきだろ」

 

「そんな条件は議事録には記されていない。【アストレア・ファミリア】が都市外にも籍を置いているという時点で彼女にも参加資格はある」

 

 ひらひらとヘルメスが揺らす紙には『都市外及び都市内に籍を置いている【ファミリア】からの参加は禁止』などとは記されていない。

 記されている助っ人の条件は『都市外に籍を置く【ファミリア】から』という一文のみ。

 それならば筋は通るとヘスティア派である神々が頷いていたが、当然それ以外の神は納得する様子はない。

 

「これは既に始まる前からアポロンに了承を得ていることだ。これ以上議論したいのであれば彼女の参加を認めた彼に言ってくれ」

 

 その言葉に不満を露わにしていた神々が一斉に『鏡』に視線を注いでいるアポロンに信じられないものを見るような視線を向ける。

 神々の視線を彼は特に気にする様子もなく、ただ少し煩わしそうに口を開いた。

 

「ヘルメスの言う通り、私は彼女の参加を認めた。それは事実だ」

 

 何故相手に有利を与えるようなことを、と神々がざわめくが、アポロンの表情は変わらない。

 

「確かに彼女は都市に籍を置くアストレアの眷属だ。だがそれと同時に都市外に籍を置いている派閥に所属していることにもなっている。その特例に気が付かず、都市の外と都市に籍を置く派閥に所属していた場合は助っ人にはなりえない……などと細かく条件に折り込まなかった私の失態だ」

 

 それ以上アポロンが口を開くことはなかった。

 何を言おうとも一切の反応を見せない彼に他の神々は怪訝な顔をしながら、席に戻り、アポロンが認めているのならまあいいか!、と戦争遊戯(ウォーゲーム)の観戦を再開した。

 

(……この話をした時から……いや、その前からずっとあいつの心が読めない。この状況でも顔色一つ変えないとはな…………一体何を考えている?)

 

 神々への対応を終え、席に座ったヘルメスは目深に被った帽子の下からアポロンを見る。

 その横顔から感じ取れる感情はほとんどなく、無に等しい。

 明らかに状況を変える一手となり、黒に近いグレーの【アストレア・ファミリア】の団員が助っ人として参加することへの確認をした時から彼はあの様子だった。

 喜ぶことも、嘆くことも、怒ることもせず、ただただ無感情。少なくとも、ヘルメスが見たアポロンは戦争遊戯(ウォーゲーム)が決まった日からそうだった。

 

「ヘルメス様、少々気になったのですが……何故アストレア様は都市内外に籍を置いている派閥になっているのですか? こういった話は初めて聞くのですが……」

 

 傍に仕えるアスフィの疑問に思考が中断される。

 今この場で考えても無駄か、と切り替えたヘルメスは『鏡』を見ながら不思議そうな表情を浮かべている彼女の疑問に答える。

 

「その方がアストレアが動きやすいから彼女だけの特例さ。彼女は剣製都市(ゾーリンゲン)にも眷属がいるみたいだからね。今までの都市への貢献とこれから、それと…………いや、なんでもない。ともかくこの形が最も良いとウラノスが判断したんだろう」

 

「神々の反応を見るにこの特例はあまり知られていない……それを利用した形ですか」

 

 公に知らされていればアポロンが何も言わなくとも、彼に手を貸している神が条件を追加してきていたかもしれない。その点だけで言えば運が良かったと言える。

 人数差を覆す『質』の暴力がアポロン派の半数以上の足止めをする中、神々が視線を注ぐ『鏡』の中で地を這う獣のように疾走する黒髪の少女が姿を現した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 前門で大立ち回りを見せるリューが生み出した隙を縫い、命は城砦に侵入を果たしていた。

 姿()()()()()()()()()()彼女の姿に内部に残っていた敵兵が慌てた様子で声を上げ、その声に集う敵兵が彼女の周囲に姿を見せ始める。

 

(数は……三十と少し! この数ならば────)

 

 複数の徒党を組み、襲い掛かってくる敵兵の姿に目を細める。

 迫る敵兵に対し、命は前に踏み込み、出鼻を挫くように刀を振るった。

 前に立つ男がそれを防ぐがそれは織り込み済み。流れるようにそれをかわし、砂塵が盛大に舞う瓦礫の山を飛び越え、石屋根の上へと昇る。

 

「なに!? ……まさか!」

 

「と、止めろ! あいつも『魔剣』を持ってやがる!」

 

 自分達に目もくれず、中央に鎮座する塔へと突き進もうとする彼女が腰に佩く赤い短剣が目に入った仲間の声を聞き、泡を食ったようにその場に集まった全ての冒険者が彼女を追う。

 城壁を粉砕した『クロッゾの魔剣』と同等の物をあの塔に叩き込まれれば、大将(ヒュアキントス)が撃破される恐れがある。まだ戦闘が始まってから一時間も経っていないというのにそんな都合よく事を運ばせるわけにはいかない。

 

「一箇所には固まるな! 一息に持っていかれるぞ!」

 

 数の利を活かし、命を追い詰めていく冒険者達。

 最大の脅威である『魔剣』に警戒を払いつつ、彼女の間合いに入り切らない距離と背後から弓矢による攻撃を仕掛けていく。

 中に入るほどに激しさを増す攻撃、放たれる矢が四肢に紅い線を引き、飛び散った石の破片が彼女の頬や首筋を傷つけた。

 しかし、それでも彼女は疾走を中断することなく前に進み続け、砦の中央────大将の視界に入るであろう広い中庭へと辿り着く。

 

「『魔剣』だけは何をしてでも止めろぉ!?」

 

 追撃虚しく、そこに辿り着かせてしまった敵の冒険者が背後から迫る中、命が魔剣を構える。

 城内からも現れる冒険者を視界に捉えた彼女は魔剣を振り抜き、生み出された炎塊が塔の正面にいた冒険者達を呑み込んでいった。

 

「き、貴様ァ!!」

 

「ふっ!!」

 

 炎が消えた後、身体から煙を上げて気絶する仲間の姿に『魔剣』への恐怖を押し殺した敵の冒険者が殺到した。

 魔剣を二度放つことなく、それを待っていたかのように命が迎撃。

 そこに集まった敵の冒険者は大半がLv.2。しかし、同Lvではあるもの積み上げてきた経験は向こうが上。Lv.2となって日が浅いことと数が彼女を少しずつ追い詰めていくが、その時間の差と数を『クロッゾの魔剣』が埋める。

 振るうたびに舞う炎が彼女を守り、彼女の『技』を引き立て、一人対二十数人というあまりにも差がある戦いを成立させていた。

 

「……っ!」

 

 しかし、『魔剣』は使いすぎるといつかは壊れていく物。

 彼女の『魔剣』もその例に漏れず、何度目かの炎塊を撃ち出したのを最後にその役目を終えた。

 目を見開く命とは対照的にここが勝機だと攻め立てる敵の冒険者達。彼女によって中庭に集まっていた半分近くの仲間を失った分、その表情は怒りに溢れていた。

 絶体絶命とも言えるピンチに陥った命はその中央で見開いた目を一度閉じ、その口元にかかった、とばかりに不敵な笑みを浮かべる。

 それに気付かず、剣や槍、斧といった武器を構え、彼女に迫る敵の冒険者達。彼等の武器が命に届く、次の瞬間。

 

「『ウルス』」

 

 地面から炎が噴き出し、命に襲い掛かった全ての冒険者を弾き飛ばした。

 彼女を守る円壁のように噴き出た炎は数秒そこに留まり、空気中に霧散していく。

 弓矢を構えていた残りの冒険者が言葉を失っていると炎を纏う大剣を担ぐ赤髪の青年が笑みを浮かべる命の隣に降り立った。

 

「少し遅かったか?」

 

「いえ、『べすとたいみんぐ』でした、ヴェルフ殿!」

 

 新手の出現、そして三本目の『魔剣』。

 ようやく命が持っていた魔剣が砕けたというのに再び現れた炎の魔剣にその威力を味わった冒険者が怖気づく。

 

 魔剣がなくとも経験不足を埋める確かな『技』と『駆け引き』を持つ黒髪の少女。

 本人の実力は未知数ながら二振りの『魔剣』を超える威力の『魔剣』を振るう赤髪の青年。

 それに対する自分達は全体の三分の二以上が意識を刈り取られている。このまま戦ったところで結果は見えていた。

 

「っ…………?」

 

 その時、背後……即ち塔の中から複数の人間が駆けてくる音がその耳に届く。

 何故と思うのも束の間、この状況下で誰かが機転を利かせ、追加の援軍を呼んだのだと理解した彼等は表情に余裕を作り、並び立つ目の前の二人に武器を構えた。

 

(城の中に残っているのはダフネが率いている魔導士達と()()()()だけだ! どっちが来たとしてもあいつらを倒すには十分…………いや、待て……)

 

 背後から聞こえてくる足音の数に男は怪訝な顔を浮かべる。

 

 城壁を破壊した覆面の人物と赤髪の青年、そして『クロッゾの魔剣』への対応に約五十。

 侵入してきた『魔剣』を持つ黒髪の少女への対応に約三十人。

 今回の戦いには派閥のほぼ全ての構成員、およそ百十名が注ぎ込まれている。そこに主神が協力関係を結んだという十名の冒険者を追加してもおよそ百二十名。

 たった三人に八十人以上を投入せざるを得ない状況がまず想定外だが、どんな状況になろうともヒュアキントスとあの男がいるのならどうとでもなるため、そこは置いておく。

 

 今考えるべきは城の中に残っている者の数。

 前線に出たのが仮に八十五人だとしたら残っているのは三十五人かそこら。

 その内、ダフネが率いる九人は玉座の間に続く空中(わたり)廊下を守っているため、前線に来ることはほぼない。

 眼装(ゴーグル)の男と大将であるヒュアキントスとその護衛である十人もそうだ。

 援軍に来るとしたら協力者である十人と城に残っていたわずかな団員、合わせて十四人になるはずだが…………

 

「この声は…………」

 

 聞こえてくる声に聞き覚えがあった。聞き覚えのある声しか背後からは聞こえてこなかった。

 味方であるはずなのに警戒しなければいけない協力者達の声は一つも────

 

「おい!? どうなってんだこの状況はッ!」

 

「な……なんでここにお前達が来てるんだ!?」

 

 その場に姿を見せたのは階段を防衛していた団員達、そしてヒュアキントスの近衛だった。

 

 何故ここに護衛であるはずのお前らが来たと叫ぶ前線に立つ冒険者。

 聞いていた話と状況が全く違うと叫ぶこの場に現れた冒険者達。

 

 噛み合わない互いへの苛立ちが情報共有と情報精査を遅らせる。

 誰かの手のひらの上で踊らされるような相手の姿にヴェルフと命は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 時は少しだけ遡り、命が炎の魔剣を駆使した大立ち回りをしていたのとほぼ同時刻。

 砦に繋がる空中(わたり)廊下でダフネが明らかな劣勢に追い込まれている戦況に眉を顰めていた。

 

「たった二人……最初の赤髪の男を含めれば三人にここまで好き放題にやられるなんて……状況が悪過ぎる……!」

 

 塔の窓から窺える前庭で爆炎が咲き誇っていた。

 戦塵と炎によって発生した黒煙で前庭の状況を読み取れなくなると一つ舌打ちをし、この状況を打開するべく考えを巡らせる。

 

「ダ、ダフネ、ダフネ!!」

 

「うるっさいわね!! って、なんであんたがここにいるのよ」

 

 その思考が幼い少年のような大声に中断させられる。

 天にまで届きそうなほどの大声に苛立った様子で振り返った彼女は何故かここに現れたその小人族(パルゥム)に吊り上がっていた目を丸くした。

 

「話をしてる場合じゃない! 【()()()()()()()()】が出やがった! この戦いに乗じてこの城を外から『クロッゾの魔剣】でぶっ壊そうとしてやがる!」

 

「なっ……!」

 

 ルアンの衝撃的な発言にダフネはすぐに窓から外を見下ろした。

 しかし、戦場となっている前庭の状況は戦塵と煙によって確認することが出来ない。

 先ほどまで【リトル・ヒーロー】の姿はなかったが、彼女達の視界を制限させたこのタイミングでの出現報告は指揮を振るダフネを動揺させるには十分だった。

 

「今は何とか抑えきれてるけど、限界が近い! あいつらでもいいから頼む、援軍をくれ!!」

 

「ッ……!」

 

 その援軍要請にダフネは躊躇いを見せた。

 既にほぼ全ての冒険者が外に打って出ているこの状況でさらに人員を投入するのはまずい。

 残っているのはこの空中(わたり)廊下にいる九人と玉座の間にいるヒュアキントスを含めた十一人。そして下の階段を守っている四人。

 他にも協力者が全て残ってはいるが、彼等を使うことをダフネは心の底から忌避していた。

 投入すれば強力な戦力にはなるが、敵味方問わず大暴れする未来が目に見える。それは決して歓迎されるようなものではない。

 しかし、このままでは城を破壊されてしまう。苦肉の策を取らざるを得ないのかとダフネが表情を歪めたその時、彼女の背後から大勢の足音が響き渡った。

 

「ダフネ、ヒュアキントスからの指示だ! お前達はここで当初の作戦通りに待機! 下には俺達が向かう!」

 

 現れたのは玉座の間で待機していたはずのヒュアキントスが選んだ精鋭達、その全て。

 団長である彼と共に待機していたはずの団員の登場はダフネを驚かせると同時に重くなっていた団員達の空気を一変させた。

 

「ルアン、お前の声でかいんだよ! まあそのおかげでヒュアキントスにも状況が伝わったんだけどな! 階段の奴らも連れていくからここは任せたぞ!」

 

 煩わしく思っていたルアンの大声が功を奏したのだと去っていく彼等の笑みに気付かされたダフネ達は呆れたような笑みを浮かべた。

 悪いことをした、と茶化しながら口々に謝罪、感謝の念をルアンに伝えていく。

 その中でルアンはどこか不服そうな表情を浮かべ、背後を見遣り……そして彼等の背後に鎮座する塔を見上げた。

 

「……【アポロン・ファミリア】がひどく警戒していたという『協力者』を投入させることはできませんでしたか……しかし、この程度ならあの人の想定の内です」

 

「……ルアン?」

 

 纏う雰囲気をまるで別人のものに変えたルアンに彼を正面から捉えていたダフネだけが気付く。

 何か様子が変だ、と警戒するように周囲に伝えようとしたその瞬間、トンっと、ルアンが軽い音を立てて後退。

 自分達から距離を取った突然の行動に弛緩した空気を纏っていたダフネ以外の団員が虚を突かれ、怪訝な表情をそれぞれ浮かべる。

 

 そして、ダフネは見た。

 彼と立ち位置を入れ替えるように、自分達に迫る白雷を。

 

「かいっ────」

 

 一瞬の出来事。

 知覚することも許されず、結果だけが残った周囲の光景を感覚が飛んだ右腕を押さえながら、彼女は呆然と見渡す。

 意識がある味方は自分以外に存在せず、周囲には中央から断ち切られた杖や弓、そしてその所有者だった冒険者が転がっていた。

 咄嗟に振り上げた剣と感覚を失うことになった右腕が軌道をわずかに逸らしてくれなければ自分も彼等の仲間入りだったことに背筋を凍らせる。

 だが、それは早いか遅いかの違いでしかない。

 自分に近付く白い冒険者の姿にダフネはそう悟った。

 

「……なん、で……あんたがここにいるのよ……前庭にいるはずじゃ……!」

 

「懸念点はあの人数が通る時にバレてしまうことでしたが、問題はなかったですね」

 

 突如この場に現れ、十秒と経たずにこの場を制圧した冒険者。

【リトル・ヒーロー】ベル・クラネル。

 

 ルアンの話では前庭で暴れているはずの彼が何故ここにいるのか。

 その背後で静かに何かを呟くルアンは何故誤った情報をこちらに流したのか。

 

(裏切り……! いつ、どこで接触を……そんな時間はどこにも────)

 

 自分達を裏切った元仲間をダフネは困惑しながら、睨み付けた。

 そんな彼女に対してルアンは人当たりの良い少女のような笑みを浮かべる。

 目を見開き、歯を食い縛り、一矢報いようと立ち上がったダフネはそれよりも速く飛んできたベルにその意識を刈り取られた。

 

「申し訳ありません、ベル様。予定より城内の敵を外へと追いやることは出来ませんでした」

 

「ううん、十分すぎるよ。むしろ僕が想定していた時よりも状況はいいかも。リリのおかげでみんながあいつらと戦わなくてよくなった。ありがとう、リリ」

 

 声は少年のまま、あの日の酒場では考えつかないほど敬意の込められた声音でルアンは……ルアンに変身したリリは顔が違えど彼女が浮かべる微笑みそのままの表情をベルに向ける。

 ベルも自分の想定よりも良い結果を出してくれた最高の『縁の下の力持ち(サポーター)』に笑みを向けた。

 

「ここからは僕一人で行く。上で打ち漏らした敵が下に行くかもしれないからその警戒と一緒にリリはみんなのことをお願い。この戦い、絶対に勝つよ」

 

「はい!」

 

 ベルが差し出した拳にリリが自らの小さな拳をぶつけた。

 一人で全てを背負うのではなく、自分達に信頼を向けてくれる少年に少女は踵を返し、現在戦場となっている前庭へと向かう。

 次は攪乱ではない。彼女にとってはこちらが本命と言っても過言ではない仕事を為すべく、階段を駆け下りていった。

 

 そんな彼女を見送ったベルは一つ深く息を吐き、塔を見上げる。

 彼が見上げる先にあるのは玉座の間。

 そこを中心に漏れ出す呪いの気配、そして悪意。

 

 拳に力を込め、少年が塔内へ侵入する。

 身を焦がすほどの戦意の高まりに呼応するように少年の身を覆う雷が弾けた。




Q. ガラ悪くない?
A. 基本的にそこまで悪くはないですが、原作に比べると悪くなる時が多いです。スキルの一部効果の影響もあり、負の感情が昂る、特定の人物が絡むとそれが顕著になります。
個人的にも最新刊のあの場面を見た時にやってしまったという気持ちが生まれましたが、今後の展開も考えておりますのでご理解いただけると幸いです。

Q. アイズちゃんからアイズさんへ変わったのはいつ?
A. 酒場でアイズの涙を見た時に心の中で切り替わり、以後それが続いています。

ここまで見ていただきありがとうございました。
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