「好き放題やっておるのう」
「外も内も大騒ぎだ。数の差があるとはいえ、この状況では外の彼女と塔に侵入した彼の両方を同時に食い止めることは難しいだろうね」
【ヘスティア・ファミリア】の快進撃に大いに沸くオラリオ。
都市の北端に存在する【ロキ・ファミリア】のホームでも他に比べれば静かながら、彼等を知るアマゾネスの少女を筆頭に一部の団員が盛り上がっていた。
「確かによくやっていますけど……こんなまどろっこしいやり方じゃなくても、あの覆面と【リトル・ヒーロー】に『魔剣』を持たせて城に突っ込ませれば何とかなったんじゃないですか?」
戦いを見守るフィン達の背後でティオネがそんな疑問を呈する。
「ンー、すごい単純な話、あの百人ほどのパーティに
「……それは無理でしょうけど、【リトル・ヒーロー】には……あの魔法があります。並行詠唱もできるみたいですしあの『魔剣』を効率よく使うことが出来れば、と思ってしまいます」
「そうだね、厄介度合いで言えば今のベル・クラネルは
ティオネの意見に同意しながら、『神の鏡』に移るベルの姿にフィンは瞳を細める。
表情に油断はないが、余裕もない。敵の冒険者以外の何かを警戒するように城内を少年は駆け上っていた。
「ロキ曰くただならぬ悪意があったという神アポロンがどんな戦い方をしてくるのか警戒していたんじゃないかな。彼は最大戦力だ。単騎で大群に突入して重傷を負うことなんてあってはならない」
この戦いが始まってから
仲間にここまでの戦闘を任せ、自分は身を隠して力を温存するこの戦い方は仲間を過保護なまでに大切に思っている彼の行動としては違和感がある、とフィンは思案する。
「こういう動きは彼じゃなくて彼の仲間……おそらくあの
主力の力を温存させて、味方の残戦力で敵の戦力を削り取る。
単純だが、それが出来る戦力がいるのなら戦いを優位に運ぶことができる。
現状、戦闘員こそ少ないが、個の質で言えば【ヘスティア・ファミリア】が上。さらに『魔剣』という強力な武器があるのならそれを活かさない手はない。
「あの覆面の冒険者はもとより、赤髪の青年と黒髪の少女もあの数に囲まれながら砦の出入り口を守る余裕がある」
覆面の冒険者の周りには気絶した冒険者が転がっており、立っている者はもう少ない。
赤髪の青年と黒髪の少女は青年が纏う炎に包まれながら、近付く敵を主に少女が、遠距離から仕掛けてくる敵は青年の『魔剣』が薙ぎ払っていく。
「ほぼ全ての冒険者を彼等が抑えている間に城内の【
ベル達の勝利を確信するような言葉とは裏腹に鏡に映るベルと同様に何かを警戒するフィン。
自分で言葉にしておきながら、今の戦況はあまりにもヘスティア派に上手く行き過ぎている。
しかし、アポロン派の団員が演技をしているような気配は感じない。それでもこのままあっさり事が終わるはずがないとフィンの直感が訴えていた。
「隠し玉……あ、あの……アイズさんはどう思いますか?」
フィンの言葉にどういう意味なのかと首を傾げたのは同じく戦いを見守っていたレフィーヤ。
部屋の隅で誰も近づくなとばかりに黒いオーラを醸し出し、不機嫌そうな表情で膝を抱えて座るアイズの隣に立っていた彼女は恐る恐る団長の言葉の意図を尋ねてみた。
「…………よくわからないけど、ベルが警戒してるなら……相手が何かを隠してるって思っておいた方が良いと思うよ。ベルは、鼻が利くから……」
「鼻?」
アイズの言葉にレフィーヤが思わず聞き返したが、鏡の中のベルを見た彼女は子供のように小さく頬を膨らませ、それに答えることはなかった。
始まってからようやく口を開いてくれたのだからとレフィーヤはアイズに声を掛け続けるが、軽い相槌をするだけで言葉を紡ぐことはない。
あわあわと狼狽える彼女の姿に目が余ったのか苦笑を浮かべたフィンが声を掛けようとするが、それよりも早く一人の女性が二人に近付いた。
「アイズ……そろそろ機嫌を直せ。メレンから帰ってきてからずっとそのような顔と態度をしているのは他の者にも迷惑だ。…………事情を知らない者が見たとしても流石に感付かれるぞ」
レフィーヤを下がらせ、アイズの隣に立ったのはリヴェリア。
最後の言葉は隣にいるアイズにだけ聞こえるように声を落とした彼女は『神の鏡』を見つめる。
「……別に私はそれでもいいもん。ベルと一緒にいられる時間も増えるし……」
「お前がそうだったとしてもベルに迷惑がかかる。あの子はそうは思わないだろうが……お前の立場を考えてみろ」
それを言われると何も言い返せないのか、膝を抱えているアイズの両手に力が入る。
そんな彼女の隣に腰を下ろそうとするリヴェリア。それを見たこの部屋にいるエルフ達が仰天した様子で敷物や椅子を運ぼうとするが、リヴェリアはそれを制し、アイズと共に床に座り込んだ。
「リヴェリアは、怒ってないの……? 私達が居ないときにベルが酷い目に遭わされたのに……」
「怒っているとも。その気持ちはお前と同じだ」
『神の鏡』を見つめるリヴェリアの瞳の奥に宿る瞋恚の光。
それを目にしたアイズはじゃあなんでそんなに冷静なのかを問おうとして……
「だが、あの子はもう冒険者だ」
続いた言葉にその口を噤んだ。
「既にいくつかの『冒険』も経験している立派な冒険者だ。いつまでも私達に守られるような子でもないだろう? あの戦いの時と同じだ。ベルの勝利を信じよう」
優しく頭を撫でられたアイズはリヴェリアの言葉に静かに頷く。
そして、立ち上がると彼女は今も身体を揺らして手を振り回すティオナ達の元へと向かった。
アイズが来たことに嬉しそうに満面の笑みを浮かべたティオナに一気に応援へと巻き込まれた娘を優しい眼差しで見つめたリヴェリアはフィン達の元へと歩む。
「愛娘の機嫌は直ったかい?」
「さあな。ただ、今は割り切って応援することにしたようだ」
母と娘のやり取りを観戦しながら見守っていたフィンとガレスに温かい眼差しを向けられたリヴェリアはさして気にすることもなく、椅子に座る。
「お主が冷静でいてくれたのは助かるわい。アイズが機嫌を損ねるのはわかっていたが、お主はどちらに転ぶかわからんかったからのう」
「副団長でもある君まで怒りを露わにするとなると色々と大変だっただろうね」
「……なに、団員とアイズの手前、冷静に見えるようにしているだけだ」
「おっと、もしかして儂等墓穴を掘ったか?」
三人の間の空気が張り詰める。
目が一切笑っていない笑みを浮かべたリヴェリアにやってしまったか、とフィンとガレスが冷や汗と苦笑を浮かべた。
「【アポロン・ファミリア】への怒りは当然として、ベルもベルだ。私達に構わず、魔法を行使して終わらせたらいいものを……この戦いが終わったら少し話しておく必要があるな……」
内に収めた怒りの浅層を二人に数秒露わにした彼女が一度深く息を吐くと、迸ろうとしていた怒りはどこかへと消えていく。
「アイズにも話したが、ベルはもう冒険者だ。私達が手を出すことはあの子のためにはならないだろう……【ヘスティア・ファミリア】が勝利するのなら私は何も言わん」
万が一敗北した場合は、と彼女に聞くほど二人は愚かではない。
少年の身柄が報酬となっている以上、間違いなくアイズとリヴェリアは動く。
何があろうと絶対に。
そんな未来で起きる出来事を想像しながらフィンとガレスはリヴェリアと共に観戦を再開する。
アイズとレフィーヤを振り回すティオナとそれに傍迷惑そうな顔を浮かべるティオネ、ベートも見守る中、『神の鏡』に映る少年は階段を駆け上っていった。
塔内に侵入したベルは脳内に叩き込んでおいた
玉座の塔は古びた絨毯が石畳が広がる通路にどこまでも敷かれ、壁には絵画までかけられていてまるで本物の城のようだった。
しかし、そこに賑わいはなく、自分の足音だけが通路に響き渡っている。
リリの作戦通り、玉座の塔で待機していた敵冒険者のほぼ全てが外に誘い出されたのか、邪魔の一つどころか物音の一つもすることなく、少年は階段を駆け上がり、長大な通路を駆けていく。
「……ふう」
脳内の地図によれば最後である階段を目にしたところでベルは足を止める。
塔内に侵入してからの交戦はゼロ。仲間達のおかげで消耗はほとんどなし。
Lvの上では自分と同格、そして格上である冒険者と戦う際の状態としてはこれ以上はない。
コツコツと小さな足音を立てて、ベルは階段の一歩手前で立ち止まった。
階段の傍にある窓が外の光景を覗かせる。既に夕陽は地平線の彼方に隠れようとしており、ここからは見えないが、空にはおそらく月が顔を覗かせているだろう。
瞳を閉じ、黒剣を引き抜いたベルは左右から伸びる螺旋階段を上っていく。
階段を上り切ったその先、巨大な両開きの扉に手を掛けたベルは一息にその扉を押し開けた。
「…………」
錆び付いた鉄が擦り合わされるような嫌な音が響き、扉が開く。
玉座の間へと足を踏み入れたベルは玉座に座っている一人の冒険者に剣を向けた。
「……下の戦いに決着がついたのか。いや、違うな。前庭は見えずとも、他の者の戦闘音や声はまだ響いている。あのルアンの声は貴様らの陽動だったというわけか」
情報が正しければ現れるはずのない少年の姿を見ても、団員の一人が自分達を裏切ったかもしれないという事実を知ってもヒュアキントスに動揺はなかった。
青年は剣を突きつけるベルを冷然とした瞳で見つめ、玉座から立ち上がる。そして、傍らに備えていた愛剣フランベルジュを目の前の少年と鏡合わせのように突き付けた。
「貴様は手を出すな。こいつがここに辿り着いたのなら、これは私の戦いだ」
「最初っからそのつもりなんだよバーカ。精々俺のためにそのガキを削ってくれよ?」
(……一人しか、いない?)
壊された壁の隣には
ヒュアキントスはその男達にベルに向けたものと同等の殺意のようなものを向け、牽制する。
「……あの日のように、同時に来ないんですか?」
「ふん。貴様など、あんな奴らの手を借りるまでもない。
聞き逃すことの出来ない言葉にベルがわずかに反応を見せる。
目を細め、心構えを引き締めるとそれに呼応するように、ヒュアキントスが踏み込んだ。
「しぃいッ!!」
「はぁっ!」
裂帛の気合と共に長剣と長剣が衝突。暗い室内に激しい火花が散った。
拮抗はせず、ヒュアキントスの体が後方に飛ばされる。浮遊感に襲われながら目を見開いた青年に美しい弧を描き、漆黒の剣が閃く。
宙で身を捩り、左肩を浅く斬り裂かれる程度で留めたヒュアキントスは後ろには下がらず、着地と同時に前に飛び出した。
「なに……!?」
鋭い斬撃が振るわれるが、そのことごとくが叩き落されていく。
剣で、籠手で、挙句の果てには軽鎧で受け流されていく斬撃。
加減などしていない殺意を込めた攻撃の全てが届かないことにヒュアキントスの碧眼が揺れる。
「ッッ!!」
しかし、ヒュアキントスはそれを押し殺し、更なる攻勢に出る。
防御を捨て、渾身の力と共に放たれた捨て身の薙ぎ払いをベルが受け止める。瞬間、わずかとはいえ少年の体がようやく揺らいだ。
揺らぐ体に斬閃が降り注ぐ。反撃の隙を与えない高速の斬撃の嵐。
いくらかは防がれ、跳ね返された衝撃が手を痺れさせるが攻撃の手は緩めない。
「…………」
防戦を強いられ、反撃が許されないベル。
その瞳は静かな輝きを湛え、繰り出される斬撃の嵐を見つめている。
ややあって、ベルが左手を閃かせた。
「…………なっ!?」
次の瞬間、軽い音と共に
驚愕に目を見開くヒュアキントス、そしてその光景を目撃した一部の冒険者を除いた観客達。
「……これで終わりですか?」
握り締められ微動だにしない長剣に動揺を抑えきれなかったヒュアキントスは耳に届いた声に顔を上げ、その顔を苦渋に歪めていた。
その反応に対して、一瞬口元に笑みを浮かべたベルは左手に力を込め、目の前の男を引き寄せる。そして、渾身の力をもってその顔……頬を殴り飛ばした。
「が、ぁ……!」
「どうしました? まだ撫でただけですよ?」
あの日、ベルが殴られた箇所と同じ箇所、そして今の言葉。
観客達は防戦一方からの一点攻勢に沸き、あの酒場での出来事を知っている冒険者達はあの日の意趣返しに大いに沸いていた。
殴り飛ばされ、玉座に叩きつけられたヒュアキントスは少年の行動に苛立ったように奥歯を噛み締めたが、即座に反撃に移ることはしない……いや、出来なかった。
「ぐぅうっ……!」
「耐えられた…………倒れてくれればこれで終わったんですけどね」
立ち上がり、前に出たヒュアキントスは既に満身創痍。その様子にベルは目を細める。
勝利条件は敵大将の撃破。あと一押しでこの戦いが終わりを迎える。
長引かせる理由はないと左手を突き出したその時、視界の端で誰かが動いた。
「情けねえったらありゃしねえぜ」
音もなく迫る朱槍が振り向くと同時に薙いだ黒剣と激突。
激しい火花を散らしながら拮抗し、両者が同時に後方に飛ばされた。
「あぁ? どうなってやがる」
着地した男が長槍を回しながら、
何やら独り言を呟いている目の前の男の参戦にベルは眉を顰めた。
(やっぱりこうなるか。見てるだけで終わってくれたら良かったのに)
Lv.4のヒュアキントスの強さを超える名も知らぬ強者。
この戦いにおける最大の懸念点。
この男との戦いのためにリリ達に温存させてもらったと言っても過言ではない。
「……まあどうとでもなるが、てめえはいつまでそこに突っ立ってやがる。邪魔だ」
「ぐっ……」
「……!」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、一切の油断を見せなかった男の行動にベルが目を見開く。
自分が立っている少し後ろで膝をついていたヒュアキントスを一瞥すると、その体を蹴り飛ばしたのだ。受け身も取れずに玉座まで飛ばされた彼は怒りが宿る瞳で男を見た。
「寝るんじゃねえぞ? てめえがぶっ倒れたらこのゲームも終わっちまうんだからなぁ?」
言葉とは裏腹に
鼻を鳴らした男が槍を回しながら振り返ると信じられないものを見るような表情を浮かべるベルと目が合う。
「……貴方は、ヒュアキントスさんの仲間じゃないんですか?」
「あぁ? ……ああ、仲間だよ。今回に限ってはな」
「じゃあなんでこんな真似を……!」
「邪魔だからに決まってんだろ。でけぇ口叩いたくせに無様を晒した足手纏いは俺の邪魔になるだけだ。しかも勝敗条件の大将だろ。
悪辣な笑みは収まることを知らず。
殺意が乗った瞳に思わずベルの肌が粟立つ。
ベル自身、目の前の男が
故に改めて認識する。何があろうともこの男をヴェルフ達の元に向かわせてはいけない、と。
「貴方は……!」
「さぁて、邪魔者は消えた。続きをやろうぜ?」
笑みを深めた男が目の前まで迫る。
それを迎撃。玉座の間で激しい重奏が鳴り響く。
懐まで迫られはしたが、攻めているのはベル。繰り出される槍の穂先を弾き、かわし、幾度となく斬りかかっていく。
「認識を改める必要がありそうだ。てめえ、Lv.3じゃねえな?」
しかし、男はその攻撃のどれも掠らせることもさせず、往なしていた。
想定とは違う少年の強さにわずかに目を見開く事はあれど、特に慌てる様子もない。
その想定外を想定内へと収めていく姿に再びベルは眉を顰めた。
(この人……口は悪いけど、僕を
口元に笑みを浮かべているのは変わらないが、見下しながらもその実力を正しく判断するかのように
油断を
「……行くぜ」
男が目を細めると、朱槍の穂先が殺気を帯びた。
繰り出される凄絶な槍撃を上半身をひねり、間一髪避ける。回避の勢いのまま、すれ違うように右手に持った黒剣を男の背中に叩き込む。
「甘えな、
「っ!?」
しかし、その一撃は振り返らずに男が背中に回した槍に防がれる。
男が床に突き刺し、少年の一撃を防いだ槍は甲高い金属音を鳴らし、よくしなった。
そのしなりを利用し、男は槍を軸に反転跳躍。目を見開く少年の背面に回り、無防備を晒すその体に粗暴な蹴りを放った。
「くっ……!」
「おっ、この程度は流石に防ぐか。偉いぞ」
咄嗟に反転、間に滑り込ませた左腕が鈍い音を鳴らし、強い衝撃を伝えてくる。
並大抵の防具であれば、防具ごと腕をへし折られていただろう。
「続きだ」
間髪入れずに笑みを深めた男が攻める。
体勢が崩れているベルにまるで蛇のようにうねり、牙を剥く長槍。二振りの剣と体捌きで凌ぐベルを容赦なく攻め立てていく。
見切れなくなってきている────『読み』と『技』で負けていることに気付いた少年は槍撃の中に織り交ぜられる粗暴な蹴りを防ぎながら奥歯を噛み締める。
アイズの剣術のような洗練さなど欠片もない暴力的な槍術にベルは劣勢に追い込まれていた。
「こんなもんかよっ!!」
「がっ……!」
ついには蹴りを捌くことが出来ず、強かに胸を撃ち抜かれる。
壁に衝突する手前で止まった少年を見た男は攻撃の手を止めてさらに笑みを深めた。
「初めは驚かせてもらったが、これがお前の底か? そうだったら拍子抜けだが……楽に終わる分にはそれでいい。下には他の連中を向かわせてある。そろそろ終わってる頃だろうなぁ?」
近くの窓に目をやった男は戦塵が舞う前庭に目を細める。
玉座での戦いが始まる前から男は配下と言える冒険者達を前庭へと向かわせていた。
ベルがここに辿り着くその直前、即ちベルが後戻りすることが出来ない瞬間にである。
「下に……そうですか……僕達ばかりが上手く行くわけがなかったですね」
「まあ、下を気にする必要はないぜ。お前はここで────」
悪辣な笑みを浮かべ、上機嫌に話していた男の言葉が止まった。
その笑みに男が怪訝な顔で問い詰めようとしたその瞬間。
「【
魔力が爆ぜた。
溢れ出た魔力は雷を象り、その身を護る鎧のように少年の周りを漂う。
「でも、ひとまず伏兵の心配をする必要がなくなりました。ここからは全力で行きます」
雷が走る。
雷鳴轟く一閃が笑みを消した男が振り抜いた長槍ごと、男を壁に叩きつけた。
凄絶な一撃に
「マジかよッ!」
繰り出された刺突が背後の壁を貫く。
貫かれた壁を砕きながら薙ぎ払われる黒剣をその場を転がり、回避した男は反撃の長槍を繰り出すが、それは少年が向けた左手の籠手で滑らされた。
激しい擦過音と共に軌道が逸らされる長槍。逸らされると同時に迫る少年の脚。
先ほどのお返しとばかりに雷を纏った蹴りが交差する間際、男の胸を撃ち抜いた。
「……づっ、おいおいおいおいおい……! いきなり変わり過ぎだろうがッ……!」
額から血を流し、吐き捨てるように言いながら男は少年を睨みつけた。
別人のように力も速度も跳ね上がった雷を纏うその姿に否が応でも胸の中に焦燥が生まれる。
「さっきまでは手加減してたってか? 随分と舐め腐って────」
舌戦には応じないとばかりに繰り出される黒剣を槍で弾く。
しかし、もう一本。その存在を主張するように灰色の剣が閃いた。
舌を弾き、右手で引き抜いたナイフでそれを防ごうとするが、荒々しい斬撃をナイフが受け止めることが出来ず、その剣がナイフごと男の体を斬り裂いた。
「クソが……」
ナイフで受け止めた分、傷は深くはない。
しかし、決して浅くもない傷を負わされた男は飛ばされた玉座の隣で苛立ったように槍の石突きで壁を突く。全力で自分との戦いを終わらせようとしている今の少年の速さは『技』の差を埋めている。
状況は一転し、男は窮地に立たされていた。
「…………ダメだな、勝てねぇ」
だが、男はあくまで冷静だった。
現状に必要以上に苛立つのでも嘆くのでもなく、
その光と呟きに少年が躊躇う。
言葉にする必要のない諦めの言葉、それとは正反対の死んでいない瞳。
『とどめの一撃』を誘うにしてはあからさまな男の姿に攻撃の手が止まってしまった。
「このままだったらな」
躊躇ったのは数秒。
その数秒がこの場の戦いでの男の敗北を打ち消した。
男が玉座で戦いを見ていたヒュアキントスを捕らえる。次の行動を察したベルが男に斬りかかるが時既に遅く、男は罅割れていた壁に穴を開け、ヒュアキントスと共に外へと飛び出した。
「しまった……!」
自分の失態を反省する暇などなく、男達を追ってベルも穴から飛び出す。
向かうのは未だ戦場となっている前庭。降り立ったベルは戦塵の中へと走る。
「みんな!」
「ベル!?」
戦塵の中、敵が作り出す輪の中心にいる三人の姿を見つけだす。
彼等の近くに
奥歯を噛み締めたベルは男を追うのをやめ、三人の名を呼び、跳躍。彼等を囲む敵の輪を一息に越え、着地と同時に周囲の敵を薙ぎ払った。
「ベル殿!」
「ベル様、どうしてここに!?」
「ごめん、失敗した。ヒュアキントスさんともう一人に逃げられた」
この場に現れたベルに驚く三人に謝罪すると共に再び迫る冒険者達に炎雷を撃ちこんでいく。
無詠唱と言えどLv.4の魔力から放たれる炎雷は一撃で冒険者達を昏倒させていくが、その中に当たっても昏倒しない者、それどころか打ち払っていく冒険者の姿を見つける。
「あの人達は……」
「他の方々はヴェルフ様と命様のお二人でなんとかなっていたのですが、あの方達が現れてからは状況は向こうが有利に……リリも加わらなければいけない程だったので、正直助かりました」
その光景を見たベルにリリは感謝の言葉を告げ、すぐに悔し気な表情を見せる。
自分に頼らずにこの状況を凌ぎたかったのだろうが、ベルはリリが気に病む必要はないと首を横に振った。
「本当ならあの人達は僕が相手取るべき人達だから……僕の想定が甘すぎた、ごめん」
「お気になさらずに。これもまた糧にしていけばいいだけですので!」
腕を上げ、笑みを浮かべてくれる命にベルは笑みを浮かべようとして、その腕の傷とそこから絶えず流れ落ちる紅い雫に笑みが固まる。
あの男達と戦い、傷に埋められようとしている身体。そこに呪いの傷がない方があり得ない話だろう。彼女がそうなら隣で大剣を担ぐヴェルフも同じものを負っているのは間違いない。
「まずはここを切り抜けよう。みんなの力を貸して」
「任せろ!」
じわじわと包囲の輪を縮める敵冒険者達。
この場にいた半数以上の冒険者が地に伏しているが、そんな冒険者達とは纏う空気が違う冒険者達は誰一人倒れていない。
不思議なことではない。むしろLv.2の二人がその集団────Lv.3の集団とそこに混ざるLv.4、他の冒険者を相手取って倒れていない方が不思議なことだろう。
二人ではまだ実力が足りていない。ならば────
「あの人達は僕が相手をする。他の人達の相手は三人でお願い」
三人が頷くのを見て、ベルが飛び出す。
衝突、そして身を襲う
その瞳に雷を纏った手のひらが映る。顔を掴まれたのだと気付いたその直後、大男は地面に叩きつけられていた。
「まず一人」
「なっ……!」
あっという間に仲間を昏倒させた少年の姿に黒いローブを纏う集団に動揺が走る。
その隙は当然、狩られる。先ほどまでは油断させていたのか目で追える程度の速さだった少年が
「っ……調子に乗るんじゃねえッ!!」
三人目を狙おうとする少年に魔剣が放たれる。同時に一息にやられぬように散開。
生み出される炎の壁。しかし、それを突き破り、少年が三人目に迫る。
目を見開く冒険者に向かって剣を構えるベル。
「…………ッ!?」
しかし、剣を構えたベルは突如急制動。勢いよくその場から後方へと飛び退く。
その一瞬後、少年がいた地面が爆砕した。
「は……ははははは……もう使うのか!」
その光景に響いたのは笑い声。
少年に狙われていた冒険者達はフードの奥で引き攣った表情を笑みに変えていた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
次に響いたのは破鐘の咆哮。
明らかに人のものではない咆哮が戦場に響き渡った。
そして、それは一つではない。
「な、なんだこいつら!?」
その咆哮が引き鉄だったかのように次々に地面が爆砕。
似通った咆哮と共に建物を砕き、それは
開かれた何枚もの花弁。
毒々しく染まる色彩は極彩色。
中央には牙の並んだ巨大な口が存在し、粘液を滴らせている。
この舞台に存在してはいけない
存在してはいけないものの出現にその場に立つ全ての者が目を見開き、そして『神の鏡』で見ていた観戦者達も驚愕に襲われた。
「さぁて……苦労して運び込んだんだ。高みの見物となることを願うぜ。『実験体』とやらが期待外れなら、もう一人の糞眼鏡には焼きを入れてやらねえとな」
極彩色に彩られた禍々しい光景。
その光景を塔の屋根から男は見下ろす。
「冒険者諸君、新型の
実験体、新型と呼ばれた
敵も味方もない目に映るもの全てに喰らいつく食人花達。
そんな殺戮の宴を歓迎するかのように、男は悪辣な笑みを浮かべていた。
ここまで見ていただきありがとうございました。