「食人花だと……?」
その姿に【ロキ・ファミリア】の団員達の間にざわめきが広がる。
ヴィオラスと呼ばれるモンスターとはつい先日、
加えて食人花は【ロキ・ファミリア】、ひいては
そんな存在がたまたま、偶然、運悪く、今回の
「【アポロン・ファミリア】が
「その可能性もあるが、団員達は恐らく白だ。繋がりがあるとしたら神アポロン……だが、強引な面があるとはいえ、彼の男神が闇と繋がっているともまた考えにくい」
悪評こそあれど、アポロンは善神と呼べる一柱。
眷属となった子供に惜しみない愛を向ける男神がその眷属達に危害を加えられる可能性が非常に高い
「……ただ、神の心を読み取ることは難解だ。神アポロンにとって許すことの出来ない何かがベル・クラネル……【ヘスティア・ファミリア】との間に起きたのかもしれない」
鏡の先、逃げ惑う【アポロン・ファミリア】の団員達にフィンは瞳を細める。
「闇と繋がり、自らの眷属に危機をもたらしてでも彼等を害そうとする……なんて行為は、理解したくもないけどね」
場面は切り替わり、バベル。
同じ光景を目にした神々は『神の鏡』に映る光景ではなく、眼前で繰り広げられようとしている神々の戦いに視線を向けていた。
「アポロン、あれはどういうことや?」
「…………」
「なんであんなんが今、現れた?」
モンスターが出現した瞬間、ロキは立ち上がり、アポロンに詰め寄った。
傍から見れば言いがかりとも見れる光景。
しかし、ロキはあのモンスターの出現がただの
自身の眷属と共に食人花及び
ならば、残る候補は一つしかない。
「答えろや。答えへんなら
脅しなどではない。
対応によっては即座にロキはこの場を飛び出し、自身の眷属達に指示を出すだろう。
鋭い眼光の女神とそれを横目で見る男神が視線を交わすこと数秒、男神が女神に向き直る。
「そんなことは物理的に無理だろう。たとえ【
「……あのモンスターの出現について何も言うことはないんか」
「関与を否定したとて、既に答えを決めつけている者には何を語ったところで時間の無駄だ。何より……ロキ、貴女の予想は当たっている」
ロキの目が見開かれた。
アポロンの言葉を正しく理解したのは彼女と共に闇を追っているごく一部の神。
それ以外の大半の神は彼女が
「ふざけんなッ! 自分が何処のどいつと繋がっとるのかわかっとるんかッ!?」
「さてね。生憎だがそんなものに興味はない。必要なのは
「────────」
アポロンが放った言葉が全てを置き去りにし、広間の時が止まった。
好奇の眼差しを向けていた神々でさえ、言葉を失い、瞠目していた。
「アポロン……」
最も衝撃を受けたのは間違いなく少年の主神であるヘスティアだった。
信じられない者を見るような眼差しを向けてくる彼女にアポロンは溜息を漏らす。
「何をそんな目をしているヘスティア。私の言葉に不思議なものでも混ざっていたか?」
睨みつけていると言っても過言ではない彼の視線に彼女はより言葉に窮する。
徐々に音を取り戻す神々の中でヘルメスは二人のことを黙って見つめていた。
「ま、待てよ! 本当にあれが【リトル・ヒーロー】がやったのだったとしても、それを理由にするのは違うだろ!?」
「あの少年の行動に我々が謝罪することはあれど、責める資格などない。彼は選ばれてしまい、
アポロンの言葉とその行動を否定するように静観していた神々が口々に声を上げた。
しかし、彼の昏く濁った瞳に射竦められると言葉が詰まり、一人、また一人と声を失っていく。
再び音を失った広間。その中で銀の女神の声が響き渡る。
「今の言葉を聞く限り、貴方の目的はあの子を手に入れることではなく、女神を送還させたあの子へ復讐することだと解釈できるのだけど……それでも問題はないのかしら?」
「送還ではない、殺害だ。認識はそちら側で好きに決めたらいい。どのみち既に目的はその半分まで達成できている」
銀の女神……都市最強派閥を率いるフレイヤにさえ毅然とした態度を崩さないアポロンの姿から彼の目的達成に対する執念を感じ取れる。
彼の執念を間近で感じ取ったフレイヤはその場で何かを思案するかのように表情を消し、その数秒後、静かに微笑んで口を閉ざした。
静観の構えを取る彼女を忌々しそうに見たアポロンは立ち上がると『神の鏡』のすぐ下まで歩を進める。
「ここまで来ると隠す意味もない。私の本当の目的を話しておこうか」
『神の鏡』で繰り広げられる戦いを背にこの場の神々全てにアポロンは本当の目的を話し始めた。
「フレイヤの言った通り、私の目的はベル・クラネルへの復讐だ。『
見たことのないアポロンの立ち振る舞いに神々が動揺する。
神々の動揺が収まらない中、アポロンの話は続く。
「念には念を入れてある派閥の力を借りたが、まさかこんな隠し玉があったとはね。これに関しては流石に驚いたよ。まあ、私の目的を果たしてくれるのなら何でもいい」
「アポロン……お前、本気でそれ言ってるのか……?」
一人の神が彼の言葉に小さく震える指で『神の鏡』を指差しながら口を開く。
何がだ、とばかりに冷たい眼差しを向けてくるアポロンにその神は声を荒げた。
「アレを見て、本気でそれを言ってるのかって聞いてんだよ!?」
彼が指差した『神の鏡』に広がる光景。
それは、隠し玉として【アポロン・ファミリア】に協力関係を結んでいるという冒険者が呼び出したモンスターにアポロンの眷属が蹂躙されているものだった。
死者は出ているかはわからないが、間違いなく重傷者は出ているそんな光景。
「自分の
「…………ああ」
再び、広間が静まり返った。
声を荒げた神の言葉を否定するどころか、肯定したアポロンは静まり返る広間で目を細める。
「私のために戦ってくれた子供達には申し訳ないことをした……だが、その痛みや傷がなければあの少年をこの場に引きずり出すことはできなかった。ありがとう、私の子供達」
「ベル君に復讐するだけじゃ飽き足らず、その復讐のために自分の子供を犠牲にする……? ふざけるのも大概にしろ、アポロン! 子供達を道具みたいに扱うなんて許されることじゃない!」
自分の子供が傷ついているというのに目を細めるだけで悲しむことも嘆くこともしないアポロンの姿にヘスティアが卓上に拳を叩きつけ、立ち上がる。
声を荒げ、自分を睨む彼女を一瞥したアポロンは鼻を鳴らすと再び言葉を紡ぎ出した。
「君もあの日の共犯だ、ヘスティア。あの少年と共にあの子の傍にいて……そしてあの場にいて止めることの出来なかった君の言葉は何一つとして私の心を動かすことはない」
静まり返る広間にヘスティアが奥歯を噛み締める音がかすかに響く。
静かに睨みあう二柱の神。先に目を逸らしたのはアポロンの方だった。
自分に怒りの眼差しを向けるヘスティアのすぐ近く、卓に付かず、壁を背に立つ一柱の男神に視線を飛ばす。
「ヘルメス様……」
「…………」
視線を向けられた男神、ヘルメスはそれを黙って受け入れる。
隣に立つ
「……私の眷属も何人かはその尊い命を落としてしまうだろう。だがそれは決して無駄死にではない。彼等の命は私の糧となるのだから」
────邪神。
今のアポロンを見たアスフィはその姿からそう呼ばれる神々に近しい狂気を感じ取った。
仄暗い光を宿す瞳は何も語らないヘルメスを数秒見つめたが、彼に対しては何も語らず、その後すぐに『神の鏡』へと戻っていった。
それ以降、再び物言わぬ置物へと変わったアポロンにヘルメスは一つ息を吐く。
「……それが理由だったか」
どこか悲し気に、そして悔し気にそう呟くヘルメス。
その姿にアスフィは耐え切れないとばかりに自らの主神を問い質した。
「何が……何が起きているというのですか……! ベル・クラネルへ復讐? そのために神アポロンが邪神に近しい存在と取引を交わした? まるで意味がわかりません……!」
聡明な彼女にしては珍しく、たった今何が起きているのかがわからないと静かに声を荒げ、何かを知っているヘルメスを痛いほど見つめる。
彼女自身、ここまでの話で何故このようなことをアポロンが行ったのかを薄々察しているのかもしれないが、主神であるヘルメスの言葉を待った。
自分が察した理由を否定することを願うようなその瞳に男神は瞳を閉じると、言葉を紡ぎ出す。
「聞いての通り、アポロンの目的はベル君への復讐。その動機は……アルテミスの事件だ」
「っ……何故、神アポロンが神アルテミスのために彼に復讐を……?」
否定されず、予想通りの答えに動揺しつつもそれを抑えるアスフィは平静を保ちながら、次の疑問を問う。返ってきた答えは、より一層彼女に衝撃を与えるものだった。
「単純な話だよ。天界においてアポロンはアルテミスの『家族』……『双子の兄』、だからさ。そんな彼女がベル君によって送還……彼の認識では殺害された。だから動いたんだろう」
息と共に驚愕の言葉を喉の奥に放り込む。
限界まで目を見開いたアスフィは震える瞳でアポロンを見た。
「兄として妹を手に掛けた者……つまりベル・クラネルへの復讐のためにこんなことを……っ、彼はアルテミス様を手に掛けたくて掛けたわけではないのに……この仕打ちはあまりにも……!」
「ああ、オレもそう思う。だからこそ解せない」
アポロンを見る瞳に哀れみと怒りを宿したアスフィだったが、それはすぐに困惑へと変わる。
隣に立つヘルメスが小さく一言呟くと思案するように顎に手を当てた。
「
帽子の下の瞳に鋭い光を宿したヘルメスがアポロンを見つめた。
それに釣られてアスフィももう一度アポロンに視線を移そうとするが、途中で止まる。
「…………」
止まった理由は他の神々の瞳に気付いたからだ。ヘスティアを除く神々はヘルメスと同じく鋭い光……まるで見極めるかのような瞳でアポロンを見つめていた。
「問い質したいところだが……この戦いを見守るのが先決かな。どんな結末になるにせよ、この戦いはもう止められない。今戦っている子供達の無事を祈ろうじゃないか」
「……このまま誰も死なずに終わると思っているのですか?」
この場で何も出来ることがないとはいえ、観戦に戻ろうとする主神にアスフィが眉を顰める。
現状、死者が出ずに終わることは奇跡に等しい。それだけの暴虐を食人花とそれに与するように動いている冒険者は働いている。
彼女に返答しようと口を開きかけたヘルメスは『神の鏡』に映ったあるものを見て、それを笑みに変えていた。
「さてね……『月』のみぞ知る、ってところかな」
怪訝な表情を浮かべる眷属の隣でヘルメスは微笑む。
その瞳には美しい月とその光の下で戦うある少年が映し出されていた。
「食人花……!?」
目の前の地面を爆砕して現れた食人花にわずかに時を奪われたベルは瞳のない花の顔で自分を見下ろし、勢いよく迫ったヴィオラスの攻撃を受け止め、背後に流す。
受けた瞬間、目の前の食人花が秘める
(重い……っ、それに速い! 強化種……まさか、ここに現れた食人花の全部がこれだけの強さを持ってるのか!?)
本体の攻撃を逸らしたベルは驚愕を秘めたまま胴体を斬りつけるが、足元から射出された触手にそれを絡め取られる。
そのまま武器を奪おうと蠢く触手を炎雷で両断。怒り狂ったかのように次々に射出される触手をかわしながら周囲を見渡していく。
「みんな……!」
真っ先に確認するのはこの場にいる三人の安否。
それが何よりも優先されるべきものだったが、ベルはその姿をすぐに見つけた。
しかし、そこに安堵はない。迫る食人花を弾き飛ばすだけで済ませたベルはなりふり構わず、彼等の元へ直行した。
「……っ、ベル……!」
「チッ、めんどくせえのが来やがった」
ヴェルフと命と交戦状態にあったのは先ほどベルが意識を奪った筈の大男。
この場に迫る少年を見たその男は舌打ちと共に一度後退していく。
「何が、どうなってんだ……これは
「【アポロン・ファミリア】が
「【アポロン・ファミリア】の団員も、狙われている……」
血が混ざる汗を頬に伝わせる三人は困惑を隠せない様相で周囲を警戒しながら見渡す。
戦場は既に阿鼻叫喚。あちこちで食人花が暴れ、【アポロン・ファミリア】の団員を蹂躙していた。見境のないその攻撃に自分達が狙われていないのはただ場所が良かっただけなのだと嫌でも気付かされてしまう。
「このモンスターに関しては【アポロン・ファミリア】の人達も僕達と同じで何も知らないと思うよ。あのモンスターを呼び出したのはあの人達だから」
ベルの視線の先、後退した大男の周囲に先ほどまで戦っていた冒険者達が続々と集まっていく。
その立ち姿に食人花への警戒を感じ取ることが出来ず、ベルが怪訝な表情を浮かべていると大男達は下卑た笑みを浮かべた。
「呼び出した? そいつは心外だな。たまたま運悪くあんなモンスターがこの場に現れただけだろ? これは【ガネーシャ・ファミリア】に文句を言ってやらねえとな」
「……少しも隠す気がないんだな。あんなの俺でもわかるぞ」
「あの余裕はなんでしょうか。
大剣や刀を構え、臨戦態勢を執りながら目の前の敵と睨みあう。
しかし、周囲の警戒をリリに任せ、一触即発の空気を纏いながらも三人は自分達から攻撃を仕掛けることを躊躇っていた。
単純な実力差に加えて地面からの食人花による奇襲を警戒しているためだ。
自分達から仕掛けることで手痛い反撃を受けることを嫌がった形だが、敵対者達も攻撃を仕掛ける素振りは見せない。
戦況の停滞。しかしそれはベル達にとって歓迎するような事態ではなかった。
「おいおいおいおいどうした【リトル・ヒーロー】! あれだけ暴れておいて今更びびったとか言うんじゃねえだろうなぁ!? さっさとかかってこいよ……さもないとどんどん人が死ぬぜ?」
人が死ぬ。
その言葉にベルが眉を顰める。同時にヴェルフが舌を鳴らした。
未だ見える範囲では死者は出ていない。だが、それも時間の問題。出現前の冒険者同士の戦闘によって傷を負った冒険者、意識を失った冒険者がそこら中に存在している。
死者が出るとしたらその中からか、そんな彼等をモンスターから庇った仲間からだろう。
「今なら助けられるかもしれないが、敵だから見捨てるのか? 未完とはいえ神から『英雄』と名付けられた奴のやることじゃねえと俺達は思うけどなぁ?」
「あの野郎……! 好き勝手に言わせておけば調子に乗りやがって……!」
「落ち着いてヴェルフ。くだらない挑発だよ。あれぐらいなら大丈夫だから」
額に青筋を浮かべるヴェルフを冷静に宥めてはいるが、ベルの表情は固かった。
自分と主神を窮地に追いやったモルド達すらも助けたベルの性分では
だが…………
(この人達が僕達を標的にしてる中、僕が【アポロン・ファミリア】を助けに向かえば、ヴェルフ達が危ない。優先するべきはみんなの命。でも、他の人達を見捨てるのは……!)
どちらか片方だけを選べと言われたのならベルは迷うことなくヴェルフ達を選んだ。
だが、この状況……どちらにも手が届くかもしれないこの状況がベルの中に『迷い』を生む。
仲間を頼ったことが裏目に出たなどということではない。【アポロン・ファミリア】の総員にLv.5と複数のLv.4、それらの戦力がたった一人に注ぎ込まれれば今のベルとてタダでは済まない。
そこに強化された食人花が加われば周りを見る余裕などはなくなり、冒険者達の命が失われていく中、自分の命のみを優先するしかなくなっていただろう。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるベル。それにヴェルフ達が気付いた。
(リューさん……ダメだ、あの人には頼れない……あの人だって今は手一杯の筈だ……!)
この場にいる誰よりも強く、頼りになるエルフ。
その力を頼ることは出来ない。既に外に追いやった敵冒険者を足止めしていた彼女がいる箇所にも食人花が出現しているのが確認できてしまっている。
彼が知る彼女ならば意識のない冒険者を庇わずに戦わない事なんてほぼありえない。
どれだけ強くたって動けない存在が傍にいるなら時間はかかる。この場は自分達だけの力でなんとかするしかないのだ。
(……みんなを守りながら、なるべく多くの人を救うしか……クソ……!)
「なぁ、ベル」
こんなことを考えている間にも人が傷つき、死が近付いている。
無理矢理思考を切ったベルは目の前に存在する敵に向かって駆け出そうとして、隣から聞こえたヴェルフの声にそれをやめる。
「ヴェルフ……?」
「お前ならあのモンスター共を倒して、【アポロン・ファミリア】の連中を助けられるよな?」
真剣な眼差しで敵対者を見つめたままヴェルフがそれを問う。
隣に並び立ち、一歩前に出たその背中にベルが困惑していると、少しだけ顔をベルに向けたヴェルフの瞳がもう一度同じ問いを投げかける。
「……あの人達の邪魔が無ければ、できると思う。でも、どれくらいかかるかはわからない」
「できるってだけわかれば十分だ…………行け、ここは俺が引き受ける」
「それはっ……!」
「お前は俺達を信頼してくれてるんだろ? 俺達はまだその信頼に応えきれてねえんだ。もっといい格好をさせてくれ」
どこか冗談っぽく語るもその瞳に笑みはなく、静かな意志の炎を宿している。
その炎が伝播したかのようにヴェルフが担ぐ大剣の炎が揺らめいていた。
「……わかった。ここはお願い。なるべく早く終わらせてくるから」
その覚悟に折れたのはベルだった。
「俺達とお前のどっちが早く片方の助けに入れるか、競争だな」
今度は口元に笑みを浮かべたヴェルフにベルもまた笑みを返し、戦塵の中へと消える。
それに続いて二人のやり取りを見ていた
「ああ? どういうつもりだ、てめえ」
「見りゃわかんだろ。あいつを追いたかったら俺を倒してから行けってことだよ」
「へえ……あんた一人でアタシ達全員を止めるって?」
舐め腐った笑みを向けてくる敵対者達を見て、ヴェルフは一つ溜息を吐いた。
その溜息に敵対者達が怪訝な顔をする。
「ハッ、ここまで来ても俺の言いたいことが理解できねえとはな。体ばっか鍛えてないで頭の方ももう少し鍛えた方が良いんじゃねえか?」
「……何が言いてえ」
「まだわからねえのかよ、仕方ねえな……間抜けなお前らにもわかりやすく教えてやるよ」
呆れた表情から一転、挑発するかのような笑みを浮かべたヴェルフは見てわかる程に苛立った表情を見せる敵対者達を前にして半身に構える。
「……お前ら如き、俺一人で十分だって言ってんだよ」
そして、先ほどのお返しとばかりに舐め腐った笑みを浮かべ、かかってこいと手を動かした。
何かが千切れるような音が聞こえそうな勢いでその挑発に乗った大男達が憤怒の表情を浮かべてヴェルフたった1人に殺到する。
Lv.2のヴェルフでは対処しきれない数の暴力と速さを前にしても、彼は笑みを消さなかった。
全ての敵対者が開いていた距離を潰し、ヴェルフに迫ったその時。
「……ッづぁ!?」
「【神武闘征】」
その勢いを止めるかの如く、氷雪が頭上から降り注ぐ。
そして、
「【フツノミタマ】!!」
地に突き刺さった光剣が地面に複数の同心円を生み出し、光剣を中心に結界が展開される。
突如発生した重力場に対処できるわけもなく、彼女の魔法の範囲に誘い出された敵対者達が地面に縫い付けられた。
「悪いな、どうやら俺一人じゃなかったみたいだ」
ヴェルフの両隣に降り立ったのは先ほどベルと共にこの場を去ったはずの命とリリ。
ベルとヴェルフの会話の際、一瞬視線を交わした二人は青年の意図を悟り、この場を去ったと見せかけて敵対者の油断を誘い、さらにヴェルフが挑発することで空からの奇襲を成功させたのだ。
「これ以上、ベル殿の邪魔はさせません……自分達に付き合ってもらいますっ!」
「…………ッ、ぬぅぐぉ……ヴィ、オラ、ス……!」
歯を食い縛り、Lv.4とLv.3の軍勢を抑え込む命を止めるべく、重力の檻に囚われている敵対者の一人が渾身の力を振り絞り、食人花の名を呼ぶ。
その直後、重力の檻の外に禍々しい花が咲き誇った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
繰り出された食人花の牙を魔法を行使する彼女の前に躍り出たヴェルフが食い止める。
牙を直接受け止めた大剣を越えて襲い来る衝撃に足が地面に沈みかけるが、食人花の側面を氷雪が襲った。
「オラァッ!!」
わずかに怯んだ食人花の体を大剣を振り上げると同時に噴き出た炎が弾き飛ばす。
重力の檻の中で瞠目する敵対者達の前で食人花を吹き飛ばした炎が大剣を扱う青年の周囲を漂い始めていく。
「やるぞ、ウルス! リリスケ、援護頼んだ!」
「全力でやりますけどっ、あまり期待しないでくださいね!? 前で戦うなんて無理ですしできても気を逸らすぐらいですから絶対に無茶しないでくださいよ!?」
炎を纏い不敵に笑うヴェルフとは対照的に慌ただしい様相を見せるリリ。
しかし、向く方向は同じ。冒険者の群れを全力で抑え込む彼女の献身、そして遠方で戦う少年に応えるべく、二人は禍々しい花と相対するのであった。
ヴェルフ達にあの場を任せ、戦塵渦巻く戦場に駆け出したベルは戦塵の中で冒険者を襲う食人花に狙いを定め、一撃で終わらせるべく、その首をすれ違いざまに斬りつけた。
「……クソ」
しかし、感触が悪い。
振り返ると首を刎ね飛ばそうとした食人花は悲鳴を上げているものの未だ健在であり、傷はついているが両断には全く足りていなかった。
おそらく怒りの形相を浮かべて標的を自分へと変えた食人花の触手が入り混じる攻撃をかわしながら、ベルは思考を重ねていく。
(雷を纏っても一撃で落とせないなら口内の魔石を……ダメだ、危険すぎる。今まで戦ったものと比べても明らかに強いんだ。一匹ずつ倒すしか……でも、それじゃあ他の人の命が危ない……!)
後ろに下がるのではなく、前に進みながら攻撃をかわしたベルは触手の森を抜けたところで大口を開けて迫ったその口内に複数の炎雷を放ち、魔石を破壊する。
崩れ落ちる食人花を蹴りつけ、次の標的を探して再びベルが戦場を駆けていく。その間も思考は止めず、止めるどころか加速を続ける。
その姿を見下ろす、
「チッ、どこまで不愉快なガキだ。一匹ずつじゃ色々と試す前に全滅させられるか……それでも何人かは殺せるだろうが、せっかくの実験ならついでに大勢にくたばってほしいよなぁ?」
振るわれた腕に反応し、咲き誇る複数の食人花の内、数体が動きを変える。
目の前や近くの者に反応すらせず、最短距離でとある場所……少年の元へと殺到した。
「囲まれた……今、動きが統率されていたような……!」
行く手を阻まれ、同時に逃走経路すらも塞がれたベルはもう一本の剣を引き抜く。
この場に複数の食人花が集まっていたとしても全てが集まったわけではない。敵との勝負であると同時に時間との勝負でもあるこの戦いで足止めを食らうのは致命的。
(魔法を使うしかない。けど、この数の強化された食人花を相手に並行詠唱は賭けだ。
ここまで使用を封じていた母の魔法をこの場で使うしかない。
心の中に躊躇いはある。それでも食人花達を一掃するには彼女の魔法しかない。
今も見守ってくれているであろうリヴェリア達に内心で謝罪の言葉を述べたベルの身から魔力が溢れ出す……その時だった。
「────────」
強風が吹き、戦塵が晴れ、雲が割れる。
そして夜空に浮かぶ月の光が戦場全体に降り注いだ。
青白い光がベルの体を包むと同時にその背中に宿る
「あ────」
その熱に瞠目した少年の体から立ち昇っていた魔力が霧散する。
霧散した魔力が月の光を浴びて輝き、再び少年の身へと舞い戻る。
突如発生した強風とその光に少年を囲んでいた食人花すら困惑した様相を見せる中、その光を目を閉じて受け入れていた少年がゆっくりとその目を開いた。
「……こんな僕に、力を貸してくれるんですね」
身を包む柔らかな光にどこか嬉しそうに、けれども寂しそうに微笑むベル。
その瞳は、月光を想起させる青白い光に彩られていた。
ここまで見ていただきありがとうございました。