二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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月光と陽光

「なんだ……?」

 

 阿鼻叫喚の地獄と化している戦場を見ていたアポロンが怪訝な表情を浮かべる。

 同時に祈るように見ていたヘスティアも同じような反応を見せ、その瞳を大きく見開いていた。

 

「……月が」

 

 夕陽が隠れてからの空模様はあいにくの曇天。

 分厚い雲が月を覆い隠すように生まれ、僅かな月明かりすらも通していなかった。

 さらに両軍が繰り返した激しい戦闘、そして出現した食人花との戦闘によって戦場の天地は戦塵に包まれている。

 少なくともこの夜が明けるまでは月を拝むことは難しいと誰もがそう思っていた。

 

「月明かりが通り出しただけ、か」

 

「この雲だとまたすぐに隠れそうね」

 

 二人の反応に何かが起きたのかと鏡を注視した神々はどこか落胆の色が混ざった声を漏らす。

 既に戦争遊戯(ウォーゲーム)は破綻し、今や一人でも多くの命が助かることを祈るしかできないこの状況。首謀者であるアポロンが反応したことにそれを打開する何かが起きたのではないかと期待するのも無理はなかった。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】が近くには待機してはいるもののその数はそこまで多くはない。【像神の杖(アンクーシャ)】がいれば話は違うが、推定Lv.5級の新種達への対抗手段にはあの場の眷属達では力不足だ」

 

「今からオラリオに待機している眷属達を向かわせても間に合わない。【都市最速】の戦車の力を借りたとしても、この状況では彼が到着する前に全てが終わる」

 

 最悪、絶望的としか言いようがない。

 神々の『全知』をもってしても誰も死なずに終わらせることなどできない。

 ならば、と少しでも生存者を増やすため、【都市最速】の戦車の主である銀の女神に神々が懇願する────

 

「大丈夫」

 

 ────そんな神々を一人の少年を静かに見つめていた女神が止めた。

 

「『月』が見えた。『月の光』がベル君に届いた……なら、きっと大丈夫」

 

 彼女は知っている。

 彼の身を包む光がこの状況を打破できるものだということを。

 

 ヘスティアの不可思議な言葉にほぼ全ての神々が困惑する中、ヘルメスとアスフィだけがその言葉に弾かれたように【神の鏡】に視線を戻す。

 二人の視線の中にあるのは月の光を浴び、どこか微笑んでいるようにも見える一人の少年。

 その姿が掻き消える。【神の鏡】が少年を見失った次の瞬間、彼を囲んでいた食人花の首が刎ね飛ばされた。

 その光景に観戦者が、神々が、アポロンの眷属が、暴虐者達が目を見開く中、青が混ざった白い光の尾が戦場を舞い始めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「なんだ……今、何をしやがった?」

 

 食人花達に指示を出した眼装(ゴーグル)の男が愉し気な笑みを消して身を乗り出す。

 男の視界の先で二匹目の食人花の首が落ちる。間髪入れずに三匹、四匹……十秒と経たずに少年を囲んでいた触手と食人花達は全滅し、風に乗った灰が男の元まで届いた。

 

「また魔法……いや、詠唱の様子はなかった。ならスキルか……どれだけ隠し持ってやがんだ、あのクソガキ……!」

 

 音が鳴るほどに奥歯を噛み締めた男の視線の先、周囲の食人花を葬った少年はその場に光の尾を残し、姿をかき消した。

 Lv.5の動体視力でも消えたと感じる程の速度で戦場を駆け抜けるベルは気絶した仲間を守りながら食人花と戦っていた冒険者の前に躍り出る。

 

「リ、【リトル・ヒーロー】……?」

 

「ふっ!」

 

 凶悪な牙を持つ口の中へ剣を突き立て、嚙み千切られる前に魔石を破壊。

 食人花の大量の灰を浴びながら振り向いたベルは尻餅をついた小人族(パルゥム)の冒険者に手を差し伸べて立ち上がらせる。

 

「な、なんでオイラ達を……」

 

「あのモンスター達は僕が引き受けます。貴方達は自分の命と仲間の命を守る事だけを考えて動いてください。倒した後の事まで僕が気にしていたら時間が足りないので」

 

 立ち上がらせた冒険者の言葉を遮り、質問には答えず捲し立てるように話したベルは背中にかかる制止の声を無視して次の場所へと向かう。

 その背中に小人族(パルゥム)の冒険者が呆然とする中、もう一人の別の冒険者が少年のその行いに静かに目を見開いていた。

 

 どこに食人花がいるのかは遠くからでもわかる。しかし、位置が悪い。

 城砦の東西南北全てに乱雑に広がっている食人花の群れを一箇所ずつ倒す方法では間違いなく死者が出る。それでは駄目だ。

 故にベルはその身から魔力を解き放った。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

 誰にも聞こえない声量と速度で魔法の一文を詠唱。そしてそこで魔法を待機。

 注ぎ込まれた魔力がその身から漏れ、濃密な魔の気配に近くの食人花達が蹂躙を中断し、凶悪な牙の生える口から涎を撒き散らしながら少年の下に殺到した。

 新種であろうが、『実験体』であろうが、食人花の習性は変わっていない。

 魔力に引き寄せられるその習性を利用し、ベルは自らが戦場を駆け回るのではなく、モンスターに襲われるように仕組み、時間の短縮を図った。

 

『ゲギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

「っ!」

 

 四方八方から迫る大量の触手の中に身を躍らせる。

 致命傷に至る物のみを防ぎ、最低限の防御行動で中央突破。攻防が切り替わった次の瞬間、斬閃が走り二頭の食人花が地に墜ち、灰に変わる。

 今の攻防でベルの成果は食人花二頭、代償はかすり傷のみ。

 

「【ファイアボルト】」

 

 灰に変わる同胞の姿に驚愕したかのように身を揺らし、声を漏らす食人花達。

 そんな怪物達を小さな鐘の音と共に白い光粒を纏った炎雷が貫いた。

 

「なんか、強すぎじゃない……?」

 

「いや、でも……あの強さならもしかするんじゃないか?」

 

 今の戦闘にかかった時間は一分にも満たない。

 圧倒的と言える程の強さを見せ始めた少年の姿に神々が俄かに騒ぎ始める中、再び移動を終えたベルの下に先ほどと同じように食人花が血相を変えて襲い掛かっていく。

 

「さっきから想定外ばっかだな、クソが」

 

 蹂躙していた側の食人花が蹂躙される側になっている眼下の光景に悪態をついた男は再び手を動かし、複数体の食人花を動かす。

 その中にはベルと戦っている食人花も含まれており、魔力で引き寄せた筈の食人花が動きを変えて別の何かに引き寄せられるようにこの場を去っていく姿に少年は怪訝な顔を見せるが、すぐに意識を切り替え、残った食人花達を灰へ変えていった。

 

「あとは、二箇所…………?」

 

 月の光が胸の中にほのかな希望を灯す中、研ぎ澄まされた聴覚が奇妙な音を捉える。

 肉のようなものを喰らう咀嚼音と何かを砕くような破砕音。音の発生源は食人花達が健在である北東の方角から。

 

「間に合わなかった……!?」

 

 ベルは血相を変えて音の発生源に全力で駆け出した。

 咀嚼音が冒険者、破砕音が装備が砕ける音……最悪の想像を片隅に追いやりながら走る。

 ほぼ全壊した砦の一部を飛び越えたベルの目に飛び込んできたのは大量の血が広がる光景。

 ベルは目を見開く。しかし、その驚愕は血の海ではなく…………その上に積もり出す()に向けられたものだった。

 

「────!」

 

 その場にいた四匹の食人花が顔のない相貌を上げる。

 次の瞬間、先ほどの比ではない威力、速度、数の触手がベルに襲い掛かった。

 空にいる今、回避不能。咄嗟に少年が執るのは二刀による迎撃。

 しかし、()()()()()()()()()()()数の触手が舞い、迎撃を掻い潜った触手がその身を脅かし、足に絡んだ触手が少年を天から地へと叩き落とした。

 

『ゴギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 複数の声が重なり、不協和音となった破鐘の咆哮が天高く響き渡る。

 その声が引鉄だったかのように四匹の食人花の中央に位置する地面が爆砕した。

 辺りをキョロキョロと見回すその姿は先ほど産まれたばかりの赤ん坊のような無邪気さを感じられたが、その身はあまりにも巨大。

 体長は食人花より少し大きいぐらいだが、その体躯は食人花を遥かに上回る。

 新たに出現した巨人の脚のような輪郭を持つ極彩色の怪物は何かの声を代弁するかのように天に向かって高らかに咆哮を飛ばした。

 

「なんなんだよ……なんでこんなことになってんだよ……」

 

 意識を失った仲間を担ぐ【アポロン・ファミリア】の団員が諦念の込められた言葉を呟く。

 遥かに存在感を増す新種のモンスターだけでも逃亡すら難しかったというのに自分が何十人集まったところで勝ち目はない巨大モンスターがそこに加わってしまった。

 逃げようとしていた足は既に止まり、目の前の光景に仲間を助けるどころか自分の命すらも諦めようとしている心の折れた団員がそこにはいた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 迫る食人花の牙に心の折れた彼等は動けない。

 屈した膝がなけなしの生存本能を騒がせるように震えるが、彼等は動かない。

 凶牙が冒険者達の命を砕こうと彼等の視界一杯に広がった。

 

「【ヴィア・シルヘイム】」

 

 しかし、その場にいる冒険者達を包むように突如出現した結界がそれを阻んだ。

 自らを阻んだ結界に食人花達は困惑ではなく怒りを見せ、邪魔な結界を破壊しようと大量の触手を繰り出す。

 激しい触手の雨に耐えきれなかったのか、結界に罅が入っていく。目の前で割れようとする自分達を守る最後の砦の出現にわずかに生き残る希望が芽生えていた冒険者達の顔が蒼白となる。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 だが、罅割れはしたが、それ以上は何も起こることはなかった。

 大小様々な罅が結界に走るが、決してその攻撃に屈することはなく、生きることを諦めていた冒険者達を守り抜いている。

 どれだけ攻撃を加えても破壊できない結界に食人花達は更なる攻勢を仕掛けようと触手の一部を束ねる。その瞬間、結界の中から青白い残影を残し、一人の冒険者が飛び出した。

 

「魔法は使わされた……けど、傷一つない……それどころか動きが悪くなってるところも……!」

 

 束ねた触手を斬り落としたのは精神力(マインド)と攻撃魔法の詠唱を破棄し、なりふり構わず結界魔法を展開したベル。

 先ほど地に落とした筈の敵対者の無傷な姿に知性などほぼない食人花達はその理由に気付くことなどできるわけがなく、強大な結界に覆われていない少年に標的を移す。

 急迫する食人花の姿を視界に収めながら、ベルは手を握り締める、地面を強く踏みしめてみるなど体の動きを確認し、攻撃をまともに受けたというのに傷どころか痛みも違和感もないことに驚きの表情を浮かべていた。

 

「…………アルテミス様」

 

 目を閉じたベルが迫る食人花に向けて炎雷を解き放つ。

 たった一条の()()炎雷が走り、食人花に着弾。そして、その肉体が爆散した。

 極彩色の肉片と成り果てた同胞と自分達を見据える()()瞳に同胞に続こうとしていた三匹の食人花達の時が止まる。

 

 知性なき怪物が晒した極上の隙。その隙にベルは迷うことなく飛びついた。

 眼光(ひかり)の軌跡を残し、地を這うがごとき超低の前傾姿勢で食人花達に急迫する。

 駆け引きなどはなく、ただただ大きな隙を晒した一匹の食人花の胴体を斬り裂く。しかし、確かな手応えを感じたが、切断には至っていない。視界の端に捉えたその傷口にベルは目を細める。

 その攻撃にようやく時を取り戻した食人花達が地面の中から大量の触手を放つが、ベルはそれを迎撃、回避、そして大跳躍。

 

 身動きが取れない空中に飛ぶという愚策に食人花達が本能のまま、全ての触手を空にいる敵対者に向けて繰り出していく。

 眼下に広がるもはや触手の海と言っても過言ではない光景。

 雲の隙間から顔を覗かせる月を背にしたベルはそれに対して剣を鞘に納め、落下。

 そして、両腕を地上へと突き出した。

 

「【ファイアボルト】」

 

 行われるは炎雷の連射。流星群の如き青い炎雷の矛が地上に降り注いだ。

 優に百を超える炎雷が触手の海に炸裂。一本の例外もなく焼き払われていく。

 無論、触手を放った食人花達も無事では済まない。空から降り注ぐ流星に対する対抗手段などある筈もなく、防御に回した触手が焼き尽くされたのと同時にその身に着弾。

 断末魔を上げて一足先に灰に還った同胞と同じ末路を辿っていった。

 

「……打撃だけじゃなくて斬撃にも耐性がついた代わりに魔法への耐性はずっと低くなってた……けど、こいつは斬撃じゃなくて魔法に強いのかな」

 

 強化された三匹の食人花を焼き払ったベルが焼け跡に着地する。

 食人花達を倒したというのにその表情は厳しく、瞳は前だけを見据えていた。

 その視線の先にいるのは……最後の極彩色の怪物。

 

 防御姿勢を執るように丸めている体には黒く焦げた部分は多少は見当たるものの、ほぼ無傷。

 あの炎雷を受けたというのにまともなダメージが入っている様子はない。

 

 静かに極彩色の怪物が身を起こす。

 どんな行動(アクション)を取るのかとベルが警戒する中で怪物は全身を使って辺りを見回していた。

 何かを……親を探す子供のように周囲の光景を見ていた怪物は突如大きく身を震わせる。

 

『アア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 次の瞬間、身の毛もよだつおぞましい咆哮を撒き散らした。

 赤子のように甲高く、複数の声がぐちゃぐちゃに混ざったような不協和音となるその咆哮は今までとは違い、凄まじい咆哮(ハウル)となってその場にいる冒険者に襲い来る。

 結界の中にいてもなお冒険者の意識を奪い、聞くだけで吐き気を催す咆哮(ハウル)を上げる極彩色の怪物にベルは歯を食い縛り、迷うことなく蓄力(チャージ)を始めた。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 小さく鳴り出した鐘の音に極彩色の怪物が気付く。

 天を仰いでいた顔と思われる部位を音の発生源に向けると咆哮(ハウル)を止めず、その巨体からは想像がつかない速さで不快な音を放つ存在を潰しにかかった。

 

「っ!」

 

 想定外の速度に一驚を露わにするもベルは前に出る。

 繰り出される巨体に対して剣を沿わせ、怪物の勢いをも利用しすれ違いざまに斬り裂く。

 噴き出した毒々しい血の一滴を頬に浴びたベルは突然そこに発生した痛みに目を見開き、すぐさまそれを拭い、血が落ちた瓦礫を見た。

 

「これは、まさか腐食液……!?」

 

 怪物の血を浴びた瓦礫が音を立てて溶けていく光景に怪物の身に流れる血に偽りの雪原で対峙した食人花とは別の極彩色のモンスターの体液が混じっていることに気付く。

 加えて、傷の深さから先ほどの食人花の強化種と同等の斬撃耐性を持っていることにも。

 

 打撃、斬撃、そして魔法。ベルが扱えるほぼ全ての決定打に耐性を持つモンスター。

 左手の光粒が自分を使えとばかりに明滅するが、まだ使うことはできない。

 一分にも満たない蓄力(チャージ)では強固な耐性を貫通する程の威力は出せず、もしも出せたとしても一つの懸念がある。

 それを示すように極彩色の怪物は巨大な口腔を開いた。

 

「くっ……!」

 

 竜が息吹(ブレス)を吐き出すような姿に対してベルは全力の回避行動。

 一瞬後、先ほどまでベルがいた場所に大量の腐食液が放出された。

 ただ吐き出されるだけでは終わらず、回避した先までも薙ぎ払ってくる腐食液を跳躍してかわすベル。しかし、その選択は敵に選ばされたものだと眉を顰めた。

 自由の利かない空中に誘い出した獲物に極彩色の怪物は腐食液を纏った触手群を放つ。

 

(かわし切れない……っ!)

 

 回避、迎撃、防御。しかし、捌き切れない。

 少年が纏う雷、さらに月の光を破った一部の触手が肉を抉り、触手に纏わりついていた腐食液を浴びた部位が音を立てて溶けていく。

 外側だけでなく内側までも溶けていく激痛を味わうベルはもう一度歯を食い縛り、次には彼を追い越した触手に叩き落された。落ちる先は腐食液が残る地面。

 

「ッ……【ファイアボルト】!」

 

 迫る腐食液溜まりにベルは咄嗟に炎雷を放ち、腐食液を蒸発させる。

 しかし、落下の威力を殺し切れぬまま、受け身も取れずに地面に叩きつけられた。

 

「……っはぁ…………」

 

 強かに背中を打ち付けたことで息が詰まったが、叩きつけられた際に負った傷はない。触手に抉られ、溶かされた部位が鈍い痛みを訴えてくるだけで動きに支障もない。

 激しい攻勢に晒されてこれだけならば御の字だと立ち上がったベルは極彩色の怪物……『複合体』の動きを観察する。

 

 ここまでの戦いでわかったのは『複合体』の性能とその基になったモンスター。

 極彩色の複合体の土台(ベース)は食人花。そこにさらに食人花を集合させ肉体を構成し、芋虫型が持つ特徴を併せ持たせている。

 食人花を遥かに上回る圧倒的な強さを持っていながら複合したモンスターが二種類だけで済む筈がないが、その二種類だけだったとしても強固な耐性と攻撃力、超大型の体格も相まって今と同じような状況になっていたのは間違いないだろう。

 

(使うべきだ、あの人の魔法を……けど、あの時よりも状況が悪い……!)

 

 都市最強魔導士の第二階位攻撃魔法(レア・ラーヴァテイン)

 詠唱を終えることが出来れば、限界まで蓄力(チャージ)出来なくとも目の前の敵は倒せる。

 しかし、並行詠唱は未だ不完全。さらに敵は魔力に凄まじい反応を見せる極彩色の怪物。

 

 加えて────

 

「……っ、力が、抜けてきた……!」

 

 体の奥から溢れ出ていた全能感のようなものが薄れ始めている。

 ここまでの無茶な戦闘はこの全能感があったからこそ出来たもの。

 その前提が覆るのなら尚更、失敗が目に見えているその行動を執ることは出来ない。

 

 失敗した時点で全てが終わるのだ。

 自分も、仲間も、この場にいる全ての者がたった一人を除いて食い荒らされる。

 

(考えろ考えろ考えろっ……何をしたらこいつを倒せる!?)

 

 思考を加速させ、時を圧縮し、考えを巡らせる。

 最大蓄力(フルチャージ)した一撃ならば倒せるだろうが、そこまで待つことは出来ない。

 何故なら遠方……あの冒険者達を相手取っているヴェルフ達の戦場では既に()()()()()()()()()()()()()からだ。

 破壊されてから時間はそれほど経っていない。しかし、ヴェルフ達と敵冒険者の実力差は隔絶している。その実力差を発揮させない命の魔法が突破されてしまえば、わずかな時間で蹂躙されてしまうことだって十分にあり得る。

 

(それにみんなが無事でもっ、そもそも最大蓄力(フルチャージ)まで行ける気がしない! 敵の攻勢をどうにかしないといずれ蓄力(チャージ)が途切れるッ!)

 

 触手に腐食液、さらに本体の攻撃。

 激しさを増す攻勢を捌くので精一杯というこの状況はいつ痛打を浴びてもおかしくはない。

 もう一度、強烈な一撃を浴びれば今度こそ蓄力(チャージ)が途切れる。そうなれば詠唱に失敗した未来と同じ未来に辿り着く。

 どちらでも失敗した先が同じならば賭けに出るべき…………ベルのその判断は一手、遅かった。

 

「────────」

 

 賭けに出ようとした瞬間、そのいずれが来た。

 束ねられた触手が完璧なタイミングでベルの迎撃を透かす。

 ベルの時が凍り付いた。『複合体』が笑みを漏らすかのように口から腐食液を零した。

 大きく崩される体勢、致命的な隙を晒す体、その隙に無数の触手が全方位から射出される。

 

「────【ルミノス・ウィンド】!」

 

 しかし、死の未来を覆す緑風を纏った大光玉が放たれた。

 包囲網を生んだ触手群のさらに外側から次々に叩き込まれる星屑の魔法が触手を消し飛ばし、夥しい閃光を連鎖させる。

『複合体』が悲鳴を上げる中、魔法を放ったエルフ────リューがベルの傍に降り立った。

 

「リューさん!」

 

「遅くなりました。ひとまず、間に合って良かった」

 

 覆面の下にある唇をかすかに綻ばせるリュー。

 自分と同じどころか、それ以上の食人花に襲われていた筈なのに傷一つない強力な助っ人の復帰にベルの胸の中に歓喜が生まれ、同時に勝機を見出す。

 

「随分と気味の悪い敵だ……この液体とあの体を見るに複数の極彩色の怪物の特性を持っているという事で間違いありませんか?」

 

「はい。それと、食人花に見られた打撃への耐性だけでなく斬撃と魔法にも耐性を持っているみたいです。それから血液にもあの芋虫型が持つ腐食液と同じ効果がありました」

 

「迂闊な攻撃はこちら側も被害を被る、ということですか。魔法にも耐性があるとの話ですが、腐食液がある以上、魔法以外で勝負を決めることは難しそうですね」

 

 簡潔に情報の共有を終わらせるが、対抗策が生まれる前に『複合体』が動きを見せる。

 一度見せた腐食液の息吹(ブレス)を放とうとしているのか、閉じられた口内が膨らんでいく。

 その脅威を知るベルは警告しようと口を開きかけるが、それよりも早くリューに手を掴まれ、場所を移動させられる。

 

「クラネルさん、貴方が決めなさい」

 

「えっ?」

 

 放たれる息吹(ブレス)に追われながら、隣を走るリューがそんな言葉をベルに掛ける。

 

「あの強固な耐性は私の魔法が全弾が命中したとしても貫くことは出来ません。この場であれを倒すことが出来るのは貴方が持つリヴェリア様の魔法かあの日見せた白い光だけです」

 

 飛沫が背中にかかるギリギリの距離まで来たところで二人は後方へ身を翻す。

 真下を勢い止まらず通り過ぎていく腐食液を飛び越え、溶けた地面に着地。腐食液を吐くのをやめ、再び触手を繰り出す『複合体』に向かって走る。

 

「詠唱の時間も白い光を溜める時間も私が稼ぎます。貴方に何か懸念があるのならそれも払いましょう」

 

「懸念……っ、ならヴェルフ達を助けてくれませんか!? ここよりも向こうの方が危ないんです! 急がないとみんなが……っ!」

 

 触手を迎撃しながら蓄力(チャージ)を進める一方でベルがリューに願ったのは仲間達の救援。

 重力の牢獄が崩壊したのは蓄力(チャージ)を始めたのとほぼ同時。およそ二分という時間は実力差を考えれば全てが終わっていてもおかしくはないが、まだ耐えている可能性が僅かに残るギリギリの時間経過。

 死線(デッドライン)を超えている今、生存の確率は時間と共に凄まじい勢いで下がる。

 そんな彼等の救援をベルは求めたが、少年に迫る触手への迎撃をするリューは首を振った。

 

「その必要はありません」

 

「なっ……!」

 

 ベルが思わず絶句し、両断できなかった触手が頬を掠める。

 すぐに集中を取り戻すが、何を言っているのかわからないとベルは怪訝な顔をする。

 直後、城砦中央……即ちヴェルフ達がいる戦場で大爆発が巻き起こった。

 顔から血の気が引くベル。恐れていたことが起きてしまったと呆然とするが、その耳にある声が届いた。

 

「───おおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 咆哮、冒険者の雄叫び。

 聞き覚えのない声が18階層で聞いた聞き覚えのある鬨の声を轟かせている。

 

「この場には、私達以外にも冒険者はいる」

 

 リューが答え合わせをするように一言告げる。

 言葉に込められた意味を悟ったベルは目を見開くことしかできなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「……っ、破られ、ます……!」

 

 悔し気な命の声が響き、ほぼ同時に重力の結界が砕け散った。

 重力の戒めから解き放たれた冒険者達は一様にその瞳に凶暴な光を宿し、膝をつく命を睨み付ける。先頭の大男が一歩踏み出したその時、行方を遮るようにヴェルフがその間に割り込んでいた。

 

「あのヴィオラスを倒しやがったのか?」

 

 炎の柱となり、焼け焦げている食人花を見遣った大男がわずかな驚愕が込められた瞳で肩で荒い息をしながら、今にも手の中からすり抜けそうな大剣を強く握りしめる青年を見る。

 それに対してヴェルフは煽りを返そうと口を開くが、激しい戦闘によって焼けて枯れ果てた喉からは空気だけが漏れ出る。今にも少女と同様に膝をつきそうな彼の姿に冒険者達は嗤った。

 

「どうした、俺達如きお前一人で十分なんだろ? いや、お前達三人だったか?」

 

 その無残な姿に冒険者達の気が緩むような気配が生まれる。

 彼等があくどい笑みを浮かべ、空気が弛緩する……その瞬間を待っていたかのようにヴェルフは目を見開き、突き刺していた大剣を地面を斬り裂きながら振り上げた。

 

「てめえっ、まだ…………?」

 

「……グ、ソ……ダメか」

 

 しかし、大剣から大火は生まれず、まるで疲れ果てて眠っているかのように沈黙している。

 凶悪な炎を知る彼等はその行動に激しい動揺を見せはしたが、何も起きないことがわかると再びその身に余裕を纏い出す。

 起死回生の一手は不発に終わり、今度こそ万事休す。

 

「なら、今度こそてめえらは────」

 

「────リ゛リ、ズゲ……ッ!」

 

「『翆雷姫』ッ!!」

 

 誰もがそう思い、二人に近付くその瞬間。

 起死回生の一手が不発に終わることすらも策の一つだとばかりにヴェルフと命の背後から凄まじい翡翠色の雷が地面を走った。

 激しい光条(スパーク)を生み出し、敵冒険者の全てに襲い掛かった雷はLv.4の肉体を超えて決して無視できない損傷を刻み、二人の冒険者の意識を断つ。

 

 しかし────

 

「……っ」

 

 その代償は重く、通常の魔剣より強力な一撃を放つ代わりに一発限りで砕け散ってしまう。

 この場において最も重要な経戦能力はその魔剣にはなかった。

 

「あああああああっ!? クソがっ! 好き放題やりやがって……!」

 

 雷から解き放たれた大男が血を拭うこともせず、瞳を血走らせてヴェルフ達に迫る。

 他の仲間を盾にするなどして魔剣をなんとか耐え凌いだ彼の仲間もそれに続く。

 

「まずはてめえからだクソ野郎! 散々こけにしやがって……痛めつけてからぶっ殺す、いや、ヴィオラスの餌にしてやるッ!」

 

 振り抜かれる大男の大剣をかろうじて受け流す。

 その防御でなけなしの握力が全て持っていかれた。反撃など出来るわけもなく、防ぐと同時にすっぽ抜け、飛んでいく愛剣。

 ガラ空きとなったヴェルフの腹部に大男の蹴りが突き刺さった。

 

「ごふっ……!」

 

「ヴェルフ様!」

 

「ヴェルフ殿……!」

 

 地面を跳ねて吹き飛んでくるヴェルフをリリと命がなんとか受け止める。

 血反吐を吐く彼の名を呼ぶ二人。集まった三人に影がかかる。

 

小人族(パルゥム)の女は殺すなよ。殺したらディ……あいつにどやされるぞ」

 

「わかってんだよそれぐらい! だけどよ、他の奴らは自由にしたっていいだろ?」

 

 この中ではリーダー格なのか、釘を刺してくる仲間を一睨みした大男はその手を伸ばし、リリの首を掴んで投げ飛ばした。

 次に身動きの取れないヴェルフの首を掴もうとするその手に命は刀を抜こうとするが、それよりも早く右手に誰かが投げたナイフが突き刺さり、行動を止められてしまう。

 

「そんなに焦らないでも後でちゃんと可愛がってやるよ。大人しく待ってろ」

 

 命はナイフの突き刺さった右手を押さえながら敵対者達を睨むが、下卑た笑みを浮かべるばかりで標的を変えるような真似はしない。

 仕切り直しだと再びその手がヴェルフの首に伸びる。

 

「雑魚が調子に乗ったツケだ。精々後悔して死んでくれ」

 

 通常の手段では打開できない。だが、通常ではない手段はまだある。

 一か八か自分と味方ごともう一度敵を抑え込もうと魔法の詠唱を始めようと苦渋の表情を浮かべて、命は魔力を練り上げる。

 

 それを黙って見ている者などおらず、次は喉を潰そうと他の者の手が伸びる。

 喉が潰れても詠唱は完成させる、完成できなくとも魔力暴発(イグニス・ファトゥス)で吹き飛ばす。

 来るなら来いと見開かれた瞳に敵が迫りくる。

 

「────【来れ、西方の風】」

 

 直後、太陽の光が出現した。

 

「【アロ・ゼフュロス】!!」

 

 太陽光の如く輝く大円盤が目を見開く大男たちに迫る。

 命達の頭上を掠めて飛んだ日輪は逃げる冒険者達の中で大男を狙い撃つ。

 どれだけ逃げようと意味はない。かの日輪は果てまで敵を追い詰める。

 

「クソがッ!!」

 

 逃げられないと悟った大男が迎撃しようと光輪に大剣を振り下ろす。

 

「【赤華(ルべレ)】」

 

「がぁッ!?」

 

 しかし、大剣が受け止める寸前、光輪が眩い輝きを放ち、大爆発が巻き起こった。

 爆発に巻き込まれた男が吹き飛び、地面を転がっていく。

 

 大男の姿を唖然と見送る命達。

 その背後から誰かの足音が聞こえてくる。

 慌てて振り向く彼女達はその姿にまたも瞠目することになる。

 

「……奴らを相手取り、貴様等だけでよく生き延びたものだ」

 

 どこか賞賛のようなものが込められている声音にますます困惑する。

 彼の事はよく知っている。だからこそ困惑する。何故なら彼はこの戦いにおける敵だったから。

 

「これ以上戦えないのなら後ろに下がっていろ。貴様等は十分過ぎるほどに戦った。ここから先は私達が引き受けてやる」

 

 賞賛しつつも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる一人の美青年。

 彼の名はヒュアキントス。【アポロン・ファミリア】の団長である。

 

 波状剣を携えた彼はヴェルフ達を庇うようにその前に立ち、その剣を協力関係であった筈の大男達へ突き付けていた。




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