再び生まれた雲の隙間から漏れる月明かりに照らされる戦場。
その中央に位置する場所で
互いに言葉を窮している、特に
「埒があきません。用件があるのであれば何か話したらどうでしょうか」
その空気を斬り裂くように溜息を一つ、【ヘスティア・ファミリア】の助っ人ではあるが、ヘスティアの眷属ではないリューが先頭に立つ一人の男を見据えて口を開く。
空色の瞳、それに続くように
「貴様に一つ、聞きたいことがある」
「……なんでしょうか」
およそ五
顔を苦渋に歪めることなどなく、真摯な瞳で自分を見るヒュアキントスの言葉に対してベルも彼の瞳をまっすぐ見据える。
「……何故、我々を救った」
「……?」
彼の問いにベルは思わず首を傾げていた。
問いの意図がわからないという様な反応が癪に障ったのかヒュアキントスは僅かに眉を顰めたが、声を荒げることなく言葉を続ける。
「先ほどの
「救い出した……理由?」
ヒュアキントスが詳しく話してもベルはやはり首を傾げていた。
顎に手を当て、唸ること数秒。不意に一つ、ベルが呟く。
「……目の前で殺されそうな人を助けることに理由っていりますか?」
目を見開くヒュアキントスに気付かず、あ、でも……と一つ前置きを置いてベルは続けた。
「助けることでみんな……僕の仲間に危害が及ぶことがわかっていたら助けなかったかもしれません……いや、それでも目の前で殺されそうだったらひとまず助けちゃうかも……?」
「……私達は貴様の派閥に襲い掛かり、
理解に苦しむ……そう言いたげなヒュアキントスとその背後にいる冒険者達の目に気付いたベルは苦笑を浮かべ、指で頬をかく。
「そうなります。もちろんあれだけのことをされておいて黙っていられるほど、僕は大人じゃないです。でも僕達は殺し合いをしてた訳じゃない。あの状況で目の前に殺されそうな人がいるなら、僕は手を伸ばします。みんなにも背中を押してもらいましたから」
自分の背後にいる仲間達を一瞥したベルとそれに手を振るなどして返すヴェルフ達の姿にヒュアキントスは何も言う事ができなかった。
自分達が原因と言っても過言ではない
「……話はこれで終わりですか? なら、この
俯いたまま目を閉じるヒュアキントスにそんな言葉が投げかけられる。
破綻した
あれほどの
「ベル・クラネル。恥を忍んで頼みたいことがある」
「……?」
だが、ヒュアキントスは一つ、目の前の少年に願った。
「……私と戦ってほしい」
ズタボロとなった下らないプライドなど投げ捨て、ベルとの再戦を。
この姿を見た冒険者や民衆の中には情けない、往生際が悪いなどと罵倒する者もいるだろう。
先刻の戦いで彼は完膚なきまでにベル・クラネルに敗北したのだから。
「この頼みがどれほど無様なことなのかはわかっている。
その無様さと愚かさを確と受け止めた上で彼は願った。
受けても受けられなくとも醜態を晒してまで少年に願うその心の内は彼以外にはわからない。
ただ、その瞳には侮蔑や憤怒などはなく、誰かを想う真摯な光だけが宿っていた。
「…………」
ヒュアキントスの言葉を聞いたベルは暫し無言でいた。
ベル達、【ヘスティア・ファミリア】視点で見ればこの願いに
たとえベルがこの再戦を受けなくとも、それを責める者は存在しない。付け加えるならばその行動が正しいと言う者がいても何もおかしくはなかった。
「……どうするんだ、ベル」
神妙な面持ちのヴェルフがベルに声を掛ける。
その声には再戦を願うヒュアキントスに対する難色のようなものが混ざってはいるが、最終的にどのような判断をしてもベルに従うという意思表示が全面的に出ていた。
ヴェルフの声、そして背後にいるリリ達の視線を背中に受けたベルは一度目を閉じ、ややあってわずかも目を逸らすことなく見据えてくるヒュアキントスの瞳と相対する。
「その再戦、受けて立ちます」
「……いいのだな?」
「はい。このまま変な形で
再戦を受け入れたベルに対して礼をするようにヒュアキントスは小さく頭を下げた。
勝負形式は一騎打ち。横槍を許さない団長同士の決闘。先刻と同じ形の戦いである。
再戦が決まってからの行動は早く、互いの準備の為に数分の時間が取られた。
「本当に良かったのですか、ベル様」
「うん。あの人に戦う意思があるなら僕はそれに応えるよ。あくまで
リリに渡された
あのまま終わったとしても【ヘスティア・ファミリア】の判定勝ちになる可能性は高かった。だが、あくまで高いだけ。場合によっては引き分けで流されてしまう可能性もある。
確実に勝敗を決められる願いを提案されたのならそれに応えるのも有りだろう。
「……それに、この戦いは────」
「ベル様?」
「……ううん、なんでもないよ」
対面で戦闘準備を行なうヒュアキントスを一瞥したベルは何かを言おうとして、それをやめた。
不思議そうな顔をするリリにもう一度笑みを向けたベルは立ち上がり、再戦へ赴こうと決められた戦闘開始の場所に歩を進めようとする。
「クラネルさん」
その背中をリューが呼び止めた。
振り向いたベルはこちらを射抜く空色の瞳に小さく目を見張った。
「貴方が何を考えているのかはわかりません。杞憂ならば何も問題はありませんが念のため、一つ釘を刺しておこうと」
「……?」
「もしも、情けをかけようなどと思っているのなら今すぐその考えを改めなさい」
彼女の言葉にヴェルフ達は困惑していたが、ベルはその言葉を投げかけた意味を正しく悟っていた。正しく悟った上でベルは目を細め、右手を握り締めた。
「大丈夫です。あの人がこの戦いでどんなことを考えていたとしても負けるわけにはいきませんから。僕のやることはあの人に勝つ……ただそれだけです」
仲間達に見送られながらベルは既にヒュアキントスが待つ開始地点へと歩を進めた。
大きく踏み込めば互いの剣が届くだけの間合いを開き、二人は対面する。
戦闘開始の合図はない。故に次の瞬間に戦いが始まってもおかしくない。
戦場を包み込む静寂。離れた場所で待機する両派閥の冒険者達が固唾を飲んで二人を見守る。
張り詰めた静寂の中、一筋の強い風が吹いた。
「────ッ!」
「────おおッ!」
無音の気合と裂帛の気合が静寂を斬り裂く。
鏡合わせのように同時に踏み込んだ二人の剣がけたたましい金属音を掻き鳴らした。
初めの衝突の勝者はベル。
一瞬の拮抗も許さず、ヒュアキントスの剣を打ち返し、崩れた体に返す刃をぶつける。
しかし、剣の光が閃く。まるで衝突の敗北を予期していたかのようにベルが振るう剣に自らの剣を滑らせ、ヒュアキントスは反撃へと転じた。
「!」
至近距離からの刺突に目を張ったベルの右頬に紅い一線が生まれる。
間髪入れずに視覚外から刺突の勢いを利用した鋭い回転蹴りが左頬を狙い撃つ。
「チッ!」
だが、命中する寸前にその足は阻まれる。
足を取ったベルはそのまま自身の背後へとヒュアキントスを放り投げた。
乱雑な回転をかけられ、天地が何度も入れ替わる投げに舌を弾いたヒュアキントスはなんとか着地、直後、目の前に迫った灰剣に目を見張った。
「ッッ!!」
「はぁっ!」
かわし切れず頬を抉った刺突に驚愕の息が勝手に漏れる。
そして、その驚愕を撃ち抜く衝撃が熱を持った頬とは反対の頬を襲った。
先と同じ形だが、速さと鋭さを上回るベルの回転蹴りである。
「ちぃっ……!」
強かに打ち抜かれ、ヒュアキントスの視界が揺れる。
その揺れが収まるのをベルが待つ訳もなく、容赦など欠片もない灰の剣撃が襲い掛かる。間断なく繰り出される体術混じりの剣撃を受け止め切れず、かわし切れず、
「……ッ、おおおおおおおおおおおおおおっ!!」
なすすべなく打たれるままだったヒュアキントスが再び裂帛の気合を迸らせる。
遮二無二に薙いだ直剣が灰の嵐を生み出していた直剣と激突。一瞬、攻勢が止む。
生まれた好機にヒュアキントスの脚がぶれ、ベルを蹴り飛ばし、間合いが生まれた。
(やはり、強い……! これがLv.3だと? 冗談ではない……この男の強さはどれだけ低く見積もってもLv.4に届いている! いや、ともすればこれは……)
二度目の戦闘開始時点でヒュアキントスはベルがLv.3だという認識は改めている。
強さの認識をLv.3からLv.4に改め、最大限の警戒を向けていた。が、なおも圧倒される現状にその認識すらも誤っているのではないかという疑念が胸の中に芽生える。
(……いや、そんなことはもはやどうだっていい。やるべき事は既に決まっているのだ!)
胸に芽生える疑念。それを彼方へと押しやり、再びヒュアキントスがベルに迫る。
『慣らし』を終えている彼が出せる最高速。前傾姿勢で急迫した彼は下段より直剣を振り上げる。
視界の端から迫る一撃にベルは後退し、回避……するのではなく真っ向から受け止めた。視界外から最高速で放った一撃を容易く受け止めたその姿にヒュアキントスが目を見張る。
その瞳と交差する
「ガッ!?」
直後、背中に強い衝撃を浴び、ヒュアキントスが苦悶の声を上げた。
勢いよく振り向いた彼の視界に再び
迫る灰色の斬撃。防御に回った直剣が激しい悲鳴をかき鳴らし、その上から尋常ではない
まともな反撃など一切許さない超速の斬撃の嵐にヒュアキントスが飲み込まれていく。
「ぐ、う……!」
速く鋭く重い斬撃が降り注いだ。
武器で受け止めれば腕の力を奪い、回避を試みてもかわし切れなかった斬撃によってかすり傷が生まれ、それすら重くのしかかる。
懐、側面、死角……縦横無尽に飛び跳ねるかのように疾走し、怒涛の乱撃が繰り出されていく。
激しく打ち合う剣と剣。しかし、その音は減っていた。
ヒュアキントスの反応が遅れ、ベルの速度がさらに上がる。
やがて、移動を繰り返し、斬撃の嵐から抜け出そうとしていたヒュアキントスの脚が止まった。それを待っていたかのようにベルの速さが限界に達する。
「【我が名は愛っ、光の寵児ッ!! 我が太陽にこの身を捧ぐ】ッ!」
「!?」
防ぐことの出来なかった斬撃がヒュアキントスの体に深手を負わせる。
正にその時、魔法の一文を詠唱すると共にヒュアキントスの体から
目を見開くベルの瞳の先でヒュアキントスがニヤリと笑う。その笑みと魔力に何をするのかを確信した少年は攻撃を無理矢理止め、全力の退避を試みるがそれよりも早く。
溢れ出した魔力が暴発し、ヒュアキントスを中心に大爆発が巻き起こった。
「────────!!」
巻き起こった爆光と爆風が二人の戦いを見守っていた両陣営の驚愕の声をかき消す。
凄まじい爆発によって発生した煙が二人の姿を隠すが、その煙から飛び出す一人の影が。
「くっ……自爆……
ベルである。
驚愕と動揺を隠し切れないのか
額から流れる汗を拭ったベルは自らが飛び出した煙から魔法が飛び出してくるのを警戒したのか一転を見つめていたが、何かが起きる気配はなかった。
それでも目を離さなかったベルの視界の先、ようやく煙が晴れる。その視界に飛び込んできたヒュアキントスの姿に少年は苦悶の声を上げるかのように顔を顰めた。
「……づ……ぁ……」
ヒュアキントスはかろうじて立っていた。
その身を自ら爆砕した彼は全身から煙を吐きながらも一歩足を前に踏み出したが、その場に片膝をつき、荒れた息を吐き続ける。
魔力を暴走させ、自分ごと敵を打ち砕く自爆を行なったのだ。こうなるのは当然の帰結だろう。
「……はっ……ここまでしたというのに倒れることすらないとはな……」
「装備のおかげです。この装備がなかったら、今のは危なかった」
その一方で。
爆発を至近距離から受けたベルは傷を負えども大きな傷はなく、平然とその場に立っている。
その姿を一瞥したヒュアキントスは自嘲気味に笑ったが、ベルの表情も芳しくなかった。
(情けない……頭の中からその選択肢が抜けてたなんて……)
魔法を使用するという情報は開始前に仕入れていた。魔法を使えるということは
再戦の際のヒュアキントスの様子を一目見ればその可能性は警戒に値する確率になっていたはずだというのに警戒の一つもせず、起死回生の一手を打たれてしまった。
戦況をひっくり返されなかったのは装備の性能のおかげだ、と自分を戒めるように深く息を吐き、頬の血を拭う。
(反省は全部終わった後にしっかりやろう。今は目の前の戦いに集中しなくちゃ……きっと、ヒュアキントスさんはまだ戦う気でいる)
気を引き締め直したベルの予想通り、ヒュアキントスは立ち上がった。
剣を杖代わりに、足を震わせながら、両の足で立った。
「まだ……立ち上がるのか……」
自分の技と駆け引きは通じず、身を滅ぼす自爆すらも決定打にならず、単純な力も速さも上を行かれているヒュアキントスに勝ち目はないとこの戦いを見ていた観衆達は皆思った。
それはこの戦いを見ていた彼の主神であるアポロンも同じだ。
「どこに勝算があるというのだ……その体で何故、まだ立ち上がるんだ……!」
頭を押さえ、眷属の行動が理解出来ないと嘆くアポロンにヘルメスは目を細めた。
二人の再戦前にあった狂気をかき消すかのようにその言葉と瞳には自身の眷属への愛のようなものが見え始めている。
「あの戦況を覆された時点で私の目的は達成できなくなった……もうこの戦いに意味などないんだ…………なのに、何故、まだ戦うんだ!?」
「戦わなければいけない理由があるから」
アポロンの叫びに銀の声が天啓のように響く。
勢いよく振り向いたアポロンはその声の主、フレイヤを呆然と見つめる。
「貴方はもうこの戦いに意味はないと言ったけれど、あの子にとってはまだこの戦いには意味があるんじゃないかしら」
「……それは、どういう……」
「あのまま再戦を求めず、無抵抗のまま敗北で終わった場合、お前はどうなっていたと思う?」
フレイヤの言葉を継いだヘルメスがアポロンに問いかける。
呆然と二人に交互に視線を送るだけのアポロンにヘルメスは続く答えを口にした。
「満場一致、誰にも庇われることなく天への送還が決まっていただろうな。今回の事件は流石に越えてはいけない
「……だろうな。だが、それとヒュアキントスの戦いに何の繋がりが……」
「
自身の見解を……全知たる神の見解を述べていくヘルメスに怪訝な顔をするアポロン。
送還されると悟ったから賭けに出た……賭けとは一体何なのか。その答えはすぐに出た。
「賭けとは当然、再戦のことだ。偶然にも完全敗北を免れただけの彼が再戦を申し込んだ。その事実はこの先の彼にとって大きな恥となって残るだろう。再戦でも敗北を喫したのなら尚更だ」
「……!」
「そんな恥を背負ってでも再戦を願ったのは一つの可能性を繋げるためだとオレは見ている。その可能性が一体何なのか、わかるか?」
「……いいや」
「……そうか、なら教えておこう。その可能性とは、
アポロンが目を見張る。
狂気の中に驚愕と動揺が浮かぶ瞳にヘルメスは畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「藁にも縋るというやつだろうね。繋いだとしてもほんの僅かも残らない可能性の為に彼は恥を背負ってでも、あれだけの傷を負ってでも、戦っている……オレはそう考えた」
「それは、つまり……」
「つまるところ、【
アポロンの瞳が揺れ、呼吸が乱れる。
まるでその身に宿る狂気が目覚めようとしている正気を捻じ伏せようとしているかのように激しい頭痛をも巻き起こし、ヘルメスの前でアポロンが両手で頭を抱える。
それを見たヘルメスは……瞳に冷たい光を宿し、薄く笑みを浮かべた。
「ま、そんな事をしたって無駄なんだけどね!」
今の状況に置いて酷く場違いに明るい彼の声に神々が目を見開き、すぐに何かを悟る。
神の中で唯一それに気が付けないアポロンだけはヘルメスのことを唖然と見つめていた。
「あれだけのことに加えて『闇』に繋がっている可能性のある神なんて全ての情報を抜いて即送還だ。破綻した
浮かべたのはただの笑みではなく、嘲笑。
言葉の端々に隠そうともしない嘲りを混ぜるヘルメスに唖然としていたアポロンの表情が徐々に、徐々に、変わっていく。
「意味のないことで無駄に傷ついて、無駄に恥をかいて、あの少年に負けて主神はこの世界からいなくなる。これ以上ないほどに無様じゃないか! いやあいいモノを見させてもらったなあっ!」
眷属達に……最愛の子供達の行いを嘲笑う最悪の侮蔑。
狂気に捻じ伏せられようとしていた彼の正気が怒りという形でその身に戻る。
アポロンの手が伸び、嗤い続けるヘルメスの胸ぐらを掴み上げた。
「それ以上……っ、私の
自らの眷属を侮辱するヘルメスに激しい怒りを見せるアポロン。
先ほどまでと打って変わって眷属への愛が垣間見えるその姿にヘルメスは目を細め、嘲りを多分に含んでいた笑みを消した。
「……そうだ、それだよ。お前が子供達を馬鹿にされて怒らないわけがないんだ。こんなことまでしてどうにもならなかったら手の打ちようがなかったが、戻ってきてくれて良かった」
「なに……!?」
「先の言葉は全て撤回するよ。君の眷属達の行動は無駄ではない、そして無様でもない。アポロンという神を正気に戻すことができたのは彼等の功績の一つと言ってもいい」
静謐の瞳を自分に向けるヘルメスに怪訝な顔を浮かべたアポロンは直後、目を見開き、弾かれたようにヘルメスの胸ぐらから手を放した。
呆然と自らの手と『神の鏡』に映る二人の冒険者を交互に見ていたアポロンはまるでここまでの自らの行為を思い返すかのようにもう一度頭を抱える。
「私はっ……今まで、何を……!」
「オレ達からも聞きたいことがあるしお前も聞きたいことが山程あるだろうが……決着がつくぜ」
限界まで見開かれた瞳から様々な感情が混ざる涙が零れ落ちるアポロンの肩を支え、ヘルメスが『神の鏡』を見遣る。
涙を流すアポロンもそれに倣い、『神の鏡』へと涙に濡れる視線を移し、他の神々も最後の決着を見過ごすまいと同じように視線を移していた。
神々に見据えられた『神の鏡』の中で最後の打ち合いが始まる。
一切の容赦なく、ベルはヒュアキントスに斬りかかった。
相手の技を力で捻じ伏せ、相手の力を技で捻じ伏せ、反撃の隙も与えず、駆け引きもさせず、まるで見せつけるかのように剣を閃かせる。
ついには灰の大閃が宙を斬り裂き、ヒュアキントスの直剣を弾き飛ばす。
弾き飛ばされると同時に凄まじい衝撃を浴び、使い物にならないと確信を持てる痺れを訴える右手に苦渋を浮かべ、ヒュアキントスは全力で後退を図る。
それを予期していたかのようにベルの刺突がその身を射抜こうと迫った。それを待っていたとばかりにヒュアキントスの左手が短剣を引き抜き、短剣の腹でベルの刺突を受け止める。
先程と同じように凄まじい衝撃に襲われる左腕。しかし、その衝撃は激しい痛みとともに後退の促進剤となり、ベルとヒュアキントスの間に大きな間合いが開かれた。
「【我が名は愛、光の寵児! 我が太陽にこの身を捧ぐ】!」
後退と同時に詠唱開始。
詠唱に気付いたベルが全力で迫りくる中、さらに後退を重ねるヒュアキントス。
「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ】!」
起死回生の一手となり得る魔法、そして『並行詠唱』。
しかし、ヒュアキントスが一歩下がれば、ベルが二歩以上急迫する。
圧倒的な敗北の
「【放つ火輪の一投────】!」
それでもまだ詠唱の完成の方が早い。
それを悟ったのか、灰剣を鞘に納め、ベルは左手を突き出した。
「【ファイアボルト】!」
瞬発力に秀でた無数の速攻魔法が撃ち出される。
都合十二条の炎雷がヒュアキントス目掛けて襲い掛かり、八条の炎が炸裂した。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
炎雷が轟き、爆炎が巻き起こった。
傷すら焼き尽くされる炎の中で奥歯が砕ける程に歯を食い縛り、遠のく意識を引き戻し、手放そうとしていた『魔力』の制御の手綱を握り直す。
炸裂した衝撃を利用し、さらに後退しようとするヒュアキントス。
だが……
「────!?」
彼の背後で二棟の塔が崩れ落ちた。
ヒュアキントスに炸裂しなかった四条の炎雷によって破壊され、瓦礫と化した塔が退路を塞ぐ。
瓦礫に巻き込まれまいと動きを止めたヒュアキントスにベルが急迫する。
(これ以上の後退は不可能! だが……私の詠唱の方が速い!)
「【────来れ、西方の風】!」
しかし、剣の射程に捉えられるよりも早く詠唱が終わる。
彼我の距離、一五
重心を低く、先の一撃で砕けた左腕をだらしなく下げ、痺れが抜けてなんとか動かせるようになった右腕が高々と上げられたその体勢は────不完全な円盤投げ。
高出力の『魔力』を右手に凝縮させながら血に濡れた碧眼で迫るベルを射抜き、ヒュアキントスは全
「【アロ・ゼフュロス】ッ!!」
太陽光の如く輝く日輪が放たれる。
真の起死回生、全てを乗せた西風の火輪は高速回転しながらベルへ邁進。
迫る大光円に対してベルは、黒剣を抜いた。
(剣で防ぐ気か! だが、そう簡単に行くとは思うな!)
黒剣を構え、
その行為は決して間違いではない。だが、その時点で……紫紺の輝きに混ざる雷と光に気付けなかった時点でヒュアキントスの敗北は確定した。
「────ッ!」
「────────」
ヒュアキントスが
確実に剣の射程には入っていなかった。しかし、ヒュアキントスの眼前で起死回生の西風の火輪は斬断されていた。
斬り裂かれる光円に時を止めた彼はぐらりと体が傾いた事に気が付く。踏ん張ろうにも体は言うことを利かず、訳も分からぬままその場に背中から崩れ落ちていった。
崩れ落ち、
(────
朧気になる意識の中で黒剣を鞘に納めるベルの姿にヒュアキントスはその可能性に思い当たる。
震える手で刻まれた傷口をなぞるとその斬跡が少年が振り抜いた剣の軌跡と一致している事に気が付き、その可能性に確信を持った。
理屈はまるで分からないが、ある冒険者のように魔法ごと約十
「……魔法も碌に使わせられず……そんな『技』さえも、ここまで隠し通され……なおもこれほどの差がある、のか……どこまでも、腹立たしい男、だ……………………」
自分を見下ろす少年を最後に睨み付け、ヒュアキントスは意識を失った。
彼はそのまま立ち上がることはなく、わずかな月明かりに照らされる戦場から音が途絶える。
長い戦いに終止符が打たれたのだ。
『────────────────────────────────ッッッ!!』
オラリオの上空に大歓声が巻き起こった。
真夜中だというのに打ち鳴らされる決着を告げる大鐘の響きに顔を顰める者はおらず、
「ベル君……!」
「エイナぁ……良かったね……!」
ギルド本部前庭では、
周囲のギルド職員も今だけは立場とこの戦いの後処理を忘れ、勝者に歓声を送っていた。
『色々……ほんっとうに色々あったが、戦闘終了~~~~~~~ッ!! 【アポロン・ファミリア】圧倒的有利の前評判を大きく覆し、とんでもない
そして
発生した
彼の言葉に都市はさらに歓声の波に飲まれていった。
沸く都市とは裏腹に倒れたヒュアキントスの元へ向かう【アポロン・ファミリア】の団員達とすれ違いながらベルは静かに歩く。
色々と起きてしまったが、全ての発端となった
次回の話を以て、今回の章を終わらせていただきます。
最後までお付き合いいただけると幸いです。
ここまで見ていただきありがとうございました。