お気に入り登録ありがとうございます!
「魔女の手先」
最近、私や一緒にいるパテル分派の友人たちに向けられる言葉。
廊下を歩けばわざとらしく道を開けられ、食堂では隣の席からヒソヒソと陰口が聞こえてくる。でも、そんなの、あの日ミカ様が背負わされていた孤独に比べれば、掠り傷にもならない。
「……ナセさん。また靴箱に、変な手紙入ってた」
友人の一人が、苦笑いしながら破り捨てた紙屑を見せてくれる。
主戦派の生徒や、エデン条約で傷ついた他分派の生徒たち。彼女たちの怒りの矛先が、ミカ様を守ろうとする私たちに向いているのは分かっていた。
「気にしなくていいよ。……そんなことより、今日の放課後、どうする?」
私は笑って誤魔化す。本当は、少しだけ足が震えているけれど。
アリウスとの戦いで負った頭の傷は、今でも雨が降ると少し疼く。あの時の恐怖、圧倒的な暴力の前に崩れ落ちた絶望。それを「忘れた」わけじゃない。
でも。
『…………あなた、誰だっけ?』
あの冷たい言葉の裏で、ミカ様がどんなに泣きそうな目をしていたか。
自分だけが泥を被って、私たちを「被害者」のままにしておこうとした、あの不器用な優しさを知ってしまったから。
「あ、ミカ様!こっちです!」
放課後の花壇。遠くからでもわかる、あの輝くようなピンク色の髪。
周囲の生徒たちが、汚いものを見るような視線をミカ様に投げかけているのが見えて、私は思わず駆け出した。
「あはは☆ ナセちゃん、今日も元気だね」
振り返ったミカ様は、いつものように無理に笑って、道化を演じようとしている。
私たちが一緒にいることで、ミカ様が「申し訳なさそうに」笑うのが、たまらなく切なかった。
「元気だけが取り柄ですから! ほら、今日はナギサ様から頂いた茶葉をお裾分けしてもらったんです。みんなで飲みましょう?」
「えっ、ナギちゃんから……? 良いのかな、私なんかが貰っても」
「ミカ様『が』いいんです」
私はわざと強く言った。
ミカ様が自分を「魔女」だと言うなら、私は何度でも、彼女を「私たちの主」だと呼び続ける。判決は下っているのだから、誰からの私刑も聞く必要はないんだ。
お茶の準備をしている最中、通りかかった生徒がわざとらしく大きな声で言った。
「見てよ、まだあんなことしてる。恥を知らないのかしら」
「魔女に媚を売って、パテル分派の恥晒しね」
一瞬、その場の空気が凍りつく。
ミカ様の肩が、びくりと跳ねた。彼女の瞳から光が消えかけ、また「魔女の仮面」を被ろうとするのがわかった。
私は、手に持っていたティーカップをソーサーに置いた。カチャリ、と硬い音が響く。
「……ナセちゃん、いいんだよ。私が悪いのは事実だし……」
ミカ様が私を止めようと手を伸ばす。
でも、私はそれを優しく握り返して、そのまま立ち上がった。
声の主たちを、真っ直ぐに見据える。
「ミカ様は、罪を償っています。聴聞会に出席し、奉仕活動を行い、逃げずにここにいます。……それを外側から石を投げ、私欲で罰するだけの皆さんに、彼女の何がわかるんですか?」
「なっ……! あなた、怪我をさせられたんでしょう!? 目を覚ましなさいよ!」
「目は覚めています」
私は、未だに左目付近も覆う頭の包帯にそっと触れた。
「この傷を守ってくれなかったのは、確かにミカ様かもしれません。でも、この心が壊れそうな時に、一番側にいてほしかったのはミカ様なんです。……私は、私たちが信じるミカ様と一緒にいたい。それだけです」
「……っ、勝手にしなさいよ!」
捨て台詞を残して去っていく彼女たちの背中を見送ってから、私は深呼吸をして座り直した。
心臓がうるさいくらいに鳴っている。
「……ナセちゃん。……もう、いいんだよ。私のせいで、あなたが嫌われる必要なんて……」
ミカ様の声が震えていた。
見れば、彼女は今にも泣きそうな顔で私を見つめている。
「嫌われても平気ですよ。だって、私にはミカ様がいますから。……それに、ミカ様。私、知ってるんですよ」
私は、彼女の手をギュッと握りしめる。
「ミカ様が、本当は誰よりもトリニティを、そして私たちを愛してくれていること。……だから、魔女なんて言葉、二度と言わせません。私が、全部言い返してやりますから!」
「…………あはは。……ナセちゃんには、敵わないなぁ」
ミカ様の目から、一粒の涙が溢れた。
それは今までの「自責」の涙ではなく、少しだけ、心が温かくなった時の涙に見えた。
空は、いつの間にか綺麗な夕焼けに染まっている。
「魔女」の烙印を消すことは、すぐにはできないかもしれない。
でも、彼女の背中に生えた翼が、また自由に羽ばたけるその日まで。
私は、ミカ様のお側で、この小さな「盾」を掲げ続けるんだ。