【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
「あら」
冒険者へのご褒美という名の暴力を披露した翌日。
午前からの城外貴族街内でのお茶会に参加する為に馬車を走らせている途中で、アレリアはこんもりと高く積まれた死体の山を遠く目にする。
「すごい数ね」
「先日のゴブリン討伐から出た死体を、全部持って帰ってきたらしいですから結構な数みたいですね」
「ふ~ん」
「良かったですね」
「何がよ」
馬車の窓から見える、騎士団の演習場兼土場置き場に積まれた死体の山から視線を外さず、アレリアは侍女のメローヌの言葉に気のない返事を返す。
折り重なった無数のゴブリン達の死骸を見て、少し物思いに耽っているのか胡乱げな返しだ。
「それはもちろん」
「ん~?」
「姫様があの山に積まれてなくて良かったな、と」
「だーれがゴブリンみたいですってぇ!!?」
カッと瞬間的に沸騰したアレリアが叫ぶ。
小柄で華奢な体躯に豊かな翠の髪、大粒なツリ目がちの黒い瞳に、口からチラリと覗く鋭い歯。
煽るといともたやすくキィキィと喚きだす様。
この世に美少女というカテゴリーが存在しなければ或いは、などとは言うまい。
掴みかかった侍女の頬っぺたを散々に引っ張っている少女は、間違いなく人間の美少女の姫で、魔物たるゴブリンなどでは決してなかった。
「今は人間の私とそこらの並ゴブリンを見間違えようなんていい度胸ねほんとに」
「いえそんな。軽い獣憑きジョークですので、広い心でお願いします。ふがふが」
「軽率に主人を試さないよーにっ!」
ばちーんと伸ばし切った頬を放して鼻息荒く言い切ると、アレリアはどっかりと馬車に座りなおして足も腕も組む。
「ふん。まぁあの死体の山はなんだかんだ理由をつけてレンが持ち帰ってきたんでしょ。奴隷の代わりに棺桶に詰めるかもしれないし、エーデルが捌いて解剖とかいうのをやりたいのかもしれないし、まぁ好きにやればいいわ」
「邪魔、しないんですか?」
「邪魔ねぇ。まぁ早く片付けなさいぐらいは言っておこうかしらね。苦情がたくさん来てるって言えば片付けさせられるだろうし、って、あ、そうだわ」
「どうしました?」
何か閃いたのかアレリアが手を打つ。妙なところで仕草が姫になり切れていない元ゴブリンロードである。
「この後のお茶会の話題に出そうかしらと思ってね」
「お茶会でゴブリンの死体の話題とか煙たがられませんか」
「だからよ。それでレンとエーデルがーって話に振ったら、あいつらの評判も下げられるし、苦情入れるわってしたら私の評判も上がるから一石二鳥じゃない?」
「いいですね」
特に反論することも無くメローヌが頷く。
本来侍女が主人に意見出来るわけでもないので当然だが、どうにも当然でないことが多いのがこの主従であった。そこに理由は無い。
「それにあれだけ死体が積んであったら案外いるかもしれないわよ」
「なにがですか?」
「昨日の変態マゾが言ってたじゃない。死んだふりするやつがいるって」
「あぁ。確かにあり得ますね」
「ふふ。まさか無いとは思うけどそこまでいったらいい気味だわ。騎士団の質もまぁまぁ落ちてるらしいしあり得る話しよね。その時は高みの見物でもさせてもらおうかしら」
せっかくなら騒ぎでも起こればいいとばかりにアレリアは笑う。
ゴブリンが街中で暴れた程度では大局に影響はでなかろうが、騎士団の評判は落とせる。
相手の失態を願ってアレリアは黒い笑みを浮かべるのだった。
~ 〇 ~
お茶会はアレリアにとって苦手だが楽しみもある場所だ。
「本当ですわね。由々しきことですわ」
「死骸をわざわざ王都内に持ち込むなんて非常識極まりないですこと」
「姫様本当なのですか。魔物が王都に出る可能性があるなどと」
参加している歴々の婦人方が揃って眉をしかめながらさざめきあっている。
その狼狽えるさまを見ながらアレリアは得意げに語る。
「えぇ、私の聞くところによれば今どきはゴブリンも知恵がついて来たのだとか」
「まぁゴブリンですって」
「恐ろしいわ」
「よりによってゴブリンだなんて……」
淑女たちの間に伝播する恐れの波。
10人に満たぬほどの数で円形の卓を囲むのはいずれも高位貴族の婦女達だ。
テーブルに並ぶのは紅茶と焼き菓子。茶器も安い物では無いがそれほどお金はかけられてはいない。
彼女達が着ているドレスも仕立てはいいものだが、過去のパーティーなどで何回か見たことのあるものだ。茶会やパーティー毎に新しい衣装を新調するという文化は、この国の借金地獄が始まってから失われて久しい。
随所にアレンジを効かせて違いを作るようにしているが、アレリアがその事実を知った時には生前に人間の畑を焼いた事をかなり真剣に後悔したものだった。
彼女は文化や文明という言葉にすこぶる弱い。
お茶を啜りながら自分が振った話題で盛り上がる淑女達のドレスをつぶさに眺めていく。
腹の探り合いは嫌いだが、華美に彩られたドレスを見るのはとても好んでいた。
「(うーむ。やっぱり飾り立てられた人間たちを観察するのは目の保養になるわね)」
話さなくて済むなら大歓迎なのだがなかなかそうもいかない。なので、上段で座ってるだけでいい時のパーティーなどはむしろ色々見る事が出来て大歓迎であるのだが、立食などで人から話しかけられやすいものは苦手としていた。
「姫様はどう思われますか?」
感慨に浸っていると唐突に話しを振られる。
「え? んむ。そうですわね。刺激的で素晴らしいと思いますわ」
「え゛? 姫様?」
「へ?」
聞いてきた令嬢が驚きで目を剥く。
それまで対面に座った公爵夫人の胸元のワンポイントでつけられた青い薔薇に目を奪われていたアレリアは、ここまでの自分が振った話題のことも忘れて反射的に答えてしまう。
頭の中では晩夏のこの時期に、遅咲きの薔薇をわざわざ染めて用意したのだろうその工夫を凝らした執念に感心でいっぱいになっていた。
「あ、その。今のは、青に染めたのがオレンジによく映えていて白い肌にお似合いねと言いたくて」
「青褪めたオランジューヌ嬢には白が刺激的でよくお似合いですって!? 生々しすぎますよ姫様!?」
「えぇ!? 私は何を言ったのかしら!?」
そんな事を言ったつもりはない。なにかマズイ掛け違いを起こしてしまったらしい。
横に座った侯爵令嬢がそっとアレリアに耳打ちする。
「恐れながら姫様。今は以前ゴブリンに拉致された男爵令嬢のオランジューヌ嬢の悲劇の話になっておりまして……」
「あ、あぁ、そっちね! ごめんなさい。ちょっとボーッとしてたわ」
「いえ」
「それでオランジューヌ嬢の件ね。あら確か、捕まったけど洞窟内でなんとか逃げ出して、救助を待ってたから純潔は守られたって話だったわよね。悲劇になってたの?」
アレリアが目をパチクリと瞬かせて不思議がると、場の一同は皆が息を呑んだようにして驚いていた。
そしてその空気を見てアレリアは悟った。
「(あ、これはやらかしたわね)」
(つづく)
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