【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
どうもまだ彼女が習得していない常識にぶち当たってしまったようだ。
正面に座った糸目の公爵夫人が小さく肩を落とすと静かに口を開く。
「姫様はまだ茶会の話題には不慣れのようでらっしゃいますので、ご説明させていただきますね」
「あー、よろしくお願いするわ」
過度にトゲがあるわけではないが、どうも自分の評価が少し落とされたのだろうなと察しつつもアレリアは相手に言葉を続けさせる。
ここら辺の暗黙の了解を求められる事などが、彼女の不得手で不慣れなところであった。
「ご存じの通り、あの汚らわしいゴブリン達にはメスがおりません」
「え?」
「ですので繁殖は他種族の雌の胎を使っているらしく、人間もその標的にされています」
「へー、そうなの? ……そうだったかしら? (ぼそぼそ)……いや私メスゴブでハーレム作ってたわよね?」
アレリアが扇で口元を隠しつつこっそりと呟くが周りには聞こえていないようだ。
彼女の認識と人間達の常識には齟齬があるようだ。
「なにか仰られましたか?」
「いいえ、なんでもないわ」
「左様ですか。そして奴らに捕まれば3日もしない内に孕まされ産まされてしまうという恐るべき邪悪さです。ですので、攫われて一晩経てば穢されたと断じ、数日も経てばその身体は耐え難い不浄を生み出したものとして忌み嫌われてしまいます」
「あー、そこまで酷い認識なのね」
「はい。当然そのような目にあった婦女子は本来であれば守られるべきですが、穢れの認識は拭い難いものがあります。嫁いでいれば離婚を言い渡され、爵位を持っていても維持し難く、未婚であれば貰い手を探すのは絶望的とされています」
「そ、そこまでなの!?」
思わずアレリアが声を大にしてしまう。
反対席に座る公爵夫人は細い糸目で静かに頷く。
女性にとって致命的な一大事となるその危険性をここでしっかりとアレリアに伝えようと決意している顔だった。姫教育は主に王の育成を目的として教え込まれた為、こんな細かな情報まではカバーしていなかったのであった。
「例え助け出されたとしても、その後の生活は本当に不憫なものです。穢れた娘として隠されるようにしか生きていけず、死を選ぶ者も中にはおります。あるいは貴族の立場を捨て市井に下り、名を変え別人として生きていく者も少なくないくらいです」
「ちょっとした不幸、では済まされないわけね」
「とてもそんなような話しでは収まりませんよ姫様」
諭すように言われてアレリアは深く考え込んでしまう。
思い起こすのは以前の人生だ。
過去の生において、当然人間の女を何度か捕まえたことはあった。
若いころにはそれを苗床にしようとしたこともある。
だが、結局それは叶わずにすぐに取り返されてしまった。彼女らがその後どう生きたかをゴブリンロードは知らない。
それとも別に特に思い浮かぶのは捕えて長期間囲っていた人間達のことだ。
様々な話しの流れから彼女たちにゴブリン・ロードであったギギスとその群れが手を出すことは一度としてなかったのだが、色々な人間の文化の教示をもらったのと将来性をみて最終的に開放したあの者達がどうなったのか、アレリアとしては気になるところだった。
「そして話は先ほどのオランジューヌ嬢に戻ります」
「えぇ」
考え込むアレリアを見て、ショックを受けているのだろうと思った公爵夫人が話しを続ける。
「彼女は助け出された時、純潔を保っていました」
「そうよね。自力で逃げていたんだもの」
「それは魔術による鑑定でも間違いないものだと診断されました」
「良かったじゃない」
「ですが、彼女の婚約は破棄されました」
「どうして!?」
アレリアには矛盾した話に感じられた。
攫われたとはいえ実際には何もなかったのだからその扱いは不当なものだろう。
なのに婚約破棄の判断を周りの夫人令嬢達も然程の違和感なく、遺憾でも仕方のないこととして受け止めているようだった。
その説明を公爵夫人が続ける。
「穢れです」
「穢れ……」
「拭ったとしても拭いきれぬ一度は汚れてしまったのでは無いかという不審。魔術の鑑定結果を得つつも捨て去れぬ不安。そうした心の弱さが分かりやすい型にハマった結果を望んでしまうのです」
「それが婚約破棄」
「はい。相手の方は子爵家で、本当に何も無かったのか、或いは何がしかの非常手段的な手管を用いたのではないかと、不安不信を抑えられなかったようです。結果としてオランジューヌ嬢は不当な心の傷を更に負わされ、婚約関係の維持は不可能と判断されました。不幸で済ますには余りにも痛ましい事件でした」
お茶会に参加している誰しもが苦い表情をしているが、公然と抗議をぶつけられるほど非常識と罵ることも出来ない、なんともやりきれないもののようだった。
「それは、残念なことね」
「はい。結果的にオランジューヌ嬢は家を出る事にし、名を変え平民として暮らしていくことを選ばれたそうです」
「そう。望まぬ結果はとても辛いものね」
場の雰囲気に呑まれアレリアも同情的な顔になる。
だが、続く公爵夫人の言葉はそれを覆すものだった。
「あ、いえ。それはむしろ棚ぼたラッキーぐらいのものでして」
「はい?」
急に言葉が砕けた公爵夫人をアレリアは訝しむ。
応える声は左右のそこかしこから聞こえてきた。
「彼女、冒険者になったんですよね。それで今はもう中級冒険者ぐらいになってて生活はむしろ楽勝だとか」
「姫様もご存じとは思いますが、今どきは貴族も清貧を求められていて、男爵家程度では爪に火を点すような日々だったとか」
「対して冒険者は義務も権利もろくに無いですし命がけではありますけど、稼いだ分は自分のものに出来ますでしょう? 彼女、魔術使いとしても実力があったので、引く手あまたでウハウハだったらしいですわ」
「男爵家に仕送りまで渡してるみたいですわよ。あそこも上手くやりましたわね」
「あ、あー。一度捕まったゴブリンの巣で逃げ延び続けられるんだから、そりゃ実力あるわよね」
突如として姦しく喋りだす子女たち。最後のセリフはアレリアである。
本当にただのか弱い御令嬢であれば、もっと純粋な惨劇の犠牲者で終わっていたはずである。
だが、そうはなっていない。
「なんだかんだと言いましても所詮はゴブリン風情ですし、正面から戦えば私達の誰も負けるわけはありませんものね」
「私は炎で」
「私は風で」
「私は槍で」
「私は剣で」
「私は拳で」
「「「普通にやれば楽勝ですわよね」」」
「え、こわ……」
強きを貴ぶ世の中である。
国王がトップクラスに単純武力が強い国である。
強さの才を遺伝で引き継げる世界である。
鍛えれば強くなる世である。
貴族は単純に強かった。そこに男子も女子も関係はない。
鍛錬が必須教養に含まれているレベルである。
嫋やかな美女も、お淑やかな令嬢も、眼鏡をかけた穏やかそうな淑女も、基本的には全員が武闘派であった。
身分や義務がある為に冒険者になる事は出来ないが、なれた時の実力は折り紙つきである。
「そういう意味ではそもそも捕えられたオランジューヌ嬢は不甲斐ないとも言うべきですが、狡猾なるはゴブリンどもですから口惜しい話しですわ」
「戦う以上は油断や気のゆるみ、不運などは起こりうるものですものね」
「聞けば子爵家の跡継ぎは程度が悪いらしいですので、オランジューヌ嬢はむしろ婚約を破棄されて喜んだのだとか」
「あ、その子爵家のポンでしたら、こないだうちに婚約申し込みに来ましたわ。もちろんのし付けて送り返してやりましたけれども」
「あらいい気味ですわね。私オランジューヌ嬢とは仲良くさせていただいていたのですわ。あんないい子を袖にするなんて許せませんわね。ハブにしましょハブに」
「それはいいですわね。皆さん件の子爵家の情報共有はよろしくて? 誰も受けませんように根回しをお願いしますわね」
「「「かしこまりました」」」
「…………ひぇっ」
先ほどまでの悲壮なお茶会の雰囲気はなんだったのか。
公爵夫人の言葉のもとに一致団結して話がまとまっていった様子は、かつてゴブリンロードとして人々を恐怖に陥れたはずのアレリアをもってして、背筋が寒くなる程の恐ろしさだった。
一人ビビるアレリアを置いてお茶会のさざめきは盛り上がっている。
「子爵家の次男はまだ若いですが、商才もあって有望だとか。そちらを積極的に推してお家には迷惑がかからないように上手くやるのが良いと思いますわ」
「あ、若手の商家と持領のタイアップで組まれてるあの可愛い子ですよね。私いいなって思ってたんで取り次いでもらえませんか?」
「あそこはうちの店子でしたからいいですわよ。渡りをつけておきますわね」
「ありがとうございますっ」
めいめい盛り上がっており、アレリアが当初考えていたレンやエーデルの印象操作計画などとても行えなさそうなほど、場の雰囲気は既に彼女の手から離れすぎてしまっていた。
淑女たちの逞しさに静かにアレリアが引いていると、対面に座る糸目の公爵夫人は場の他の会話を妨げない程度の音量で、だがきちんとアレリアに届く声で話しかけてくる。
「これが淑女の集まりですわ姫様。いかがですか」
「未知の世界ね、これは」
「興味深く感じていただけましたでしょうか?」
「深い、とは思ったわ」
「それはよう御座いました」
暗にアレリアがこれまでお茶会のことを「人が会話するだけ」と低く見て避けてきたことを咎めているようだ。
「姫様は良く形になるものを好まれますが、私達はそれだけではない、縁(えにし)を作り上げているのです。姫様にもご理解いただけたら幸いに存じます」
「これもある種の文化、というわけね」
「えぇ。人の営みの一つですわ。そして、これから女王になられるアレリア姫様には、こういった私達を率いる先頭に立っていただければと存じますので、今後も私どものお茶会への参加を、是非よろしくお願い致しますわ」
「え、えぇ……」
最後の瞬間だけスッと目を開きニッコリと薄く開いた目でほほ笑む公爵夫人に、アレリアはなんとか笑顔を作って返し、しっかりと頷かされるしかなかったのであった。
(つづく)
読んでいただきありがとうございます。
次回の投稿は明日の今頃です。