【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
「ニンゲンコワイニンゲンコワイニンゲンコワイ」
「あぁ、姫様が人間嫌いを再発されて。お可哀そうに」
帰りの馬車で頭を抱えて震えるアレリアを侍女のメローヌが慰めていた。
いや、口に手を当ててぷるぷる震えているので無表情のまま笑いを堪えているだけのようだった。ひどい侍女である。
しかしアレリアが待ったをかける。
「違うわメローヌ。これは人間嫌いなんかでは無いわ」
「あ、それは失礼しました。ではなぜそんなコボルドのように惨めに震えてらっしゃるのですか?」
「これは、人間恐怖症のほうよ!」
「何を言ってるんですか。そしてどうしてちょっとドヤ顔なんですか」
頭を抱えた顔を少しだけ持ち上げてメローヌの目を見ながら断言するアレリア。
メローヌはため息を吐いた。
彼女はお茶会には参加していない。子爵家子女では参加出来ない格であったし、彼女は姫がサロンに入るまでだけの侍女として来ていたためだ。
「そんなにお辛いお茶会だったのですか」
「そうね。久しぶりに人間の恐ろしさを実感させられる恐怖の時間だったわ」
「かなり実力をつけられたはずの姫様がそこまで怯えるとは、意外でした」
「あれは単純な武力なんかでは説明出来ない。もっと恐ろしい目には見えないパワーを持っていたわ。やはり人間は侮れないわね」
ぷるぷるとまだ少し震えたままアレリアが今日の茶会を振り返って語る。片手を眼前に上げてみれば小刻みに揺れている。
あそこにいた全員が束になっても敵わない実力を誇るアレリアが、確かにあの淑女達に恐れを抱いていたのだった。
「ふふふ、言葉だけで私がこうまで怯えさせられてしまうなんてね。かつて私が恐れ憧れた人間の真髄は人の器を得た程度ではまだまだ極められないということね。流石だわ。流石は人間よ!」
「姫様も大分拗らせてますねこれは。大丈夫ですか、まさか姫様も変態側だったんですか」
「私は正気よ!」
「狂人はみんなそう言いますので」
「ふ。昔を思い出した今の私はそんなぬるい挑発には乗らないわよ。そう、初めに人の恐ろしさを感じたのは前世で物心ついたばかりのときだったわ…………」
そして何やら物思いに耽り始めるアレリア。
その急な展開にメローヌがついていけないままツッコミをいれる。
「あ、こっから回想始めるんですね。この強引な流れで始められるんですね。私の言葉はもう聞こえてない感じなんですね」
一人呟くメローヌを置いて、アレリアの思考は過去へと急速に遡っていくのだった。
〜 ◯ 〜
人に焦がれたゴブリンがいた。
人が羨ましかった。
きらびやかな武装や服で着飾った人間達が。
人が憧れだった。
整然とした街を創りあげる人間達が。
人が妬ましかった。
そこらにあるような食べ物をより美味そうな料理へと変える人間達が。
人が輝いて見えた。
小鬼と呼ばれるような自分達とは違う、長い手足に綺麗な肌と輝く瞳を持つ美しい人間達が。
彼は変わり者だった。
そのゴブリンが短い人生の中で成長していく途上において、人は常に恐ろしい畏怖の対象であり、自分達にない様々なものを持つ好奇の対象だった。
まだ産まれたての頃、洞窟に攻め込んできた冒険者によって家族の大半を殺された。
幼な子だったゆえ見逃してもらえたのか、僅かに生き残った兄弟達と森を這いずり回るようにして糊口を凌ぎ、その最中で行き倒れ寸前の駆け出し冒険者と遭遇し、運良くその者を殺して装備や食料などのアイテムを手に入れた。
駆け出し冒険者が持っていたのは初心者向けの低級な装備や道具だったが、ほとんど何も持っていなかったゴブリン達にとってそれらは宝の山にも等しかった。
人をおいしい獲物だと学習した彼らは徒党を組み人数を増やし魔獣を使役し、人を襲うようになった。
ほんの始めだけは犠牲を出しながらも首尾良く人間達を仕留めることができた。
捕まえた何人かの人間達は自分達と同じようなボロを着せても美しく見えた。
だがすぐに彼らの存在が知れ渡ったのか装備も勇ましい数人の冒険者達に襲われた。
彼と一番仲の良い弟だけは這々の体で逃げることが出来たが、他の兄弟や折角集めたペットや仲間達は皆殺しにされてしまった。
弟は左腕を失っていた。
逃げ切った遥か遠目から冒険者達を見た時、彼らは奴隷にしていた人間達と嬉しそうに手を取り合っていた。
それは自分達ゴブリンに向けられた悪鬼の形相とは全く違う何か綺麗なモノに見えた。
この頃から彼は人に対して、ゴブリンにしては異様な執着を見せ始める。
成長のお陰かいくつかのゴブリン魔法が使えるようになっていた彼はそれらを攻撃的以外の用途でも研鑽し、ある時は人に見つからぬように深い山中を過ごしながら自らを鍛えたり、再び仲間を見つけたりしながら、あの時の冒険者達のようになるにはどうすればいいのかひたすら考えた。
だが、知識の無い脳みそではほとんど成果は得られなかった。
だからこっそりと人里を調べることも始めた。
人は奪えれば美味しい獲物だったが、襲われるととてつもなく恐ろしい怪物だと理解した。それゆえに彼は人目を忍んで近づくように心がけた。
その中でほんの僅かづつだが人を学んでいった。
背丈が小さいゴブリンはボロのマントを頭からしっかり被り、鼻から覆うように口元を隠せば子供の浮浪者や捨てられた孤児のように見えないこともないようだった。
そうして街道から人を眺め、遠目から村を覗き、忍ぶようにして町を観察した。
浮浪者のような人間がいることも、豪華な馬車に乗った人間がいることも、恐ろしい冒険者達がゴブリン達を襲ったような荒事を得意とする者達であることも、そうした中で学んでいった。
一度だけ、城壁で囲まれた大きな大きな街に潜り込むことが出来た。
それは古い都市で、城壁を食い破るようにして街の外まで広がったスラムを運良く滑り抜けることでなんとか侵入することが出来た場所で、見上げた街並みは壮観だった。
自分達では決して作ることの出来ない整然とした建物の数々。
遠くに見える天を突くような巨大な城。
そこを歩く人々の美しく汚れの無い衣装。
街路に立ち並ぶ新鮮そうな果物や、何頭もの絞めたばかりの家畜に、旨そうな匂いを立てる屋台の並び。
偶然落ちていたものを拾って食べたが信じられないほど美味だった。彼には調味料の概念はまだなかったがそれを旨いと感じることは出来た。
どれ一つとして自分達ゴブリンが持っているものでは無かった。
ゴブリン達の住居は大抵が洞穴のような天然の洞窟だし、いつも服は人間から奪って使い続けるうちに擦り切れ汚れていくボロ布、果物は森を駆けずり回れば運良く口にできる事もあるが、目の前に並んでいるような山ほどのピカピカと輝く太った果物など見たこともなかった。
彼は憧れた。
自分達にない全てを持つ人間達に。
そうなりたいと願った。
人間のようになりたいと。
弱い者もいるようだが、全体としては人間は襲う側であり、強者だ。
そしてただ強いだけでなく、自分達をより美しく、綺麗で、ピカピカにする為に色々なことをしているようだった。
ゴブリンはその色々なことを知りたかった。
黄金に人間が興味を示す様子を垣間見た瞬間もあったが、彼は黄金の光には特に魅力を感じなかった。
人が創り出す様々なものをこそが彼を魅了したのだ。
だが、当時まだ人の言葉を解せず、突き出た特徴的な鼻と長く尖った耳、ギョロリとして濁った大きな目玉、剥げた頭、ギザギザとした尖った歯並び、丸く膨らんだ腹、大きく丸く膨らんだ腹、そして明らかに人とは違う緑色の皮膚を持つゴブリンでは碌な情報など得られなかった。
それでも彼は実物を見たことによって多くの事を識った。
その後、一人の黒髪の青年冒険者に顔を見られてしまい胃の引き攣るような思いの中なんとか逃げ出すことが出来たが、それで街にはもう入れなくなってしまった。
ゴブリンがどれほど忌み嫌われているのか、小鬼と蔑まれ、汚く、愚かだが繁殖力の強い害ある存在であることかを憎悪を込めて叫ばれ、敵意を押し付けられれば、言葉が分からずとも言いたいことはおのずと伝わった。
人にとってゴブリンは敵で、そうであるならばゴブリンにとっても人は敵なのだ。
こっそりと人間を観察し、ましてやその中に混じってみるなどという行為の危険性の代償が左の耳だけで済んだのはそのゴブリンにとっては幸いだった。
そこまで思い出したところでアレリアはふと自分の左耳に手を当てる。
柔らかい感触が返ってきた。
(つづく)
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