【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
ゴブリンの魂に呼応し、ゴブリンの言葉に応え、ゴブリンたる自己を認識してこそ発せられるゴブリン魔法を。一言ゴブリンの言葉で叫ぶだけで効果を表す魔法の妙理を彼女は人の身にして振るえるのだ。
とはいえ、大層な物のように語ったがゴブリン魔法など本来大したものでは無い。
所詮は奪い増える事しか頭にない底辺の魔物でしか無い彼らでは、想像力に裏打ちされた願いを現実の形に変える魔法の恩恵とて知れたものである。
世界を知らず、理を知らず、己らの事すら良くは知らぬ彼らが使える魔法など、火矢を放つや風を吹かせるや切り傷を少し治すやらのちょっとしたものがせいぜいで、その精度も大雑把なものだ。
人を魅了する発想は無く、死体を爆発物にして武器にする知恵は無く、空を飛ぶことなど空想上の理屈ですら思いつかない。
知恵も文明も見識も持たぬとは、そういうことであった。
人に焦がれたゴブリンロード、ギギスを名乗った王が己が種族の矮小さを憂いたのはその点だけを見ても必然であった。
ギギスたる前世の頃にも、その広げた見識を用いて幾つもの特殊なゴブリン魔法を彼は習得していた。
そしてその研鑽は人として魔の理を理解した現世において十全に開花する。
彼女となった彼は人の魔術とゴブリンの魔法を掛け合わせ、魔術の一部を魔法に置き換えることで、より良い魔の行使結果を得ていた。
最も便利にしているのは戦闘中の魔術師達の最大の弱点である長い長い詠唱を、一言のゴブリン語でほとんど代用出来てしまう短縮詠唱だ。
魔の強さを触媒で増し、精度を魔法陣で上げ、詠唱をゴブリン語で唱え、補強をゴブリンとしてイメージし、出力を杖先より正確に行う。
そうした魔法と複合された汎用性の高い魔術と、大の大人程度なら蹴り飛ばせる身体能力を掛け合わせた戦闘力が、アレリアの強みとなる。
今もドワワゴゴンのワゴゴン辺りを掻い潜り、ドラゴン本体に接敵を目指しながら魔術を連発している。魔術書を補助魔術によって浮かせ、両手で杖を握るのが彼女の本気の戦い方だ。
『グギャッ!』『ギャギッ!』『ゲギャーッ!!』
アレリアから発せられた勇ましい魔物の叫びが少女の声で市街の戦場に響き、その度に火矢・氷矢・雷矢といった様々な攻撃魔術が生まれ飛び交いドワワゴゴンを襲っていた。
『MUGUOOOO!!!』
ドワワゴゴンもくぐもったうなり声を上げながらワワゴゴンを振り回しつつアレリアを襲っている。
初手の炎矢と同程度のものがいくつもドワワゴゴンに被弾しているが、威力の見極めが終わったのか今はドラゴンも怯む事無く戦意を示している。
ドワワゴゴンの主体となっているのは当然根元にあたるドラゴンだ。
まだ年若いレッドドラゴンなのだろう。
危険な人類が沢山いる街中に考え無しに降り立ってしまうぐらいなのだから、未だにマトモな驚異との戦闘経験すらないのかもしれない。
喉奥まで入り込んだワイバーンを吐き出す事も出来ずそのまま武器代わりに振り回しているのもその無知ゆえだろう。
それでもドラゴンとは偉大なる暴威の象徴である。
強固な鱗に覆われた全身は物魔の双方に対して極めて高い防御力抵抗力を誇る堅牢な砦であり。
この年若いドラゴンでも王都の3階建ての建物よりも大きな体躯は、暴れる質量だけをもってしても破城槌よりも荒々しい破壊力を持ち。
爪は鋭く大きく、顎はギラギラとした竜牙が生え揃い、その口腔から発せられるブレスの炎や咆哮は周囲の有象無象を塵芥のように蹂躙することができた。
更には翼をもって空まで飛び、これらの脅威の全てを人の手の届かぬ上空から浴びせかけるというのだから、もはや悪夢の象徴と言っても過言ではないだろう。なんなら被弾によって削れ落ちた竜鱗さえ下にいるものにとっては致命的な凶器となりうるはずである。
そんな悪夢が人民溢れる王都に降り立ち暴れまわっているのだから、それはもう前代未聞の災難に違いなかった。
アレリアが一人立ち向かっているのはそういう脅威である。
だが彼女はほんの子供程度でしかない身体で、鎧すらも着ない破けたドレス姿のまま、大きなお腹を抱えて愉しげに笑ってすらいたのだった。
『ハハハ! ハハハハハ!! これがドラゴン! この程度がドラゴンというわけか! 俺を獲物に出来るなどと思い上がっているのか! こんな愚かな魔物風情が!!』
彼女が発しているのは東方語だ。周囲に人がいない事と戦闘の高揚が混じったが為に、本来彼女が持つ言語が漏れ出てしまっている。
アレリアは未だにドワワゴゴンからの攻撃を受けてはいない。
しかし、アレリアの魔法魔術もまた明確なダメージとしては機能しておらず、実際にはドラゴン自身の鱗は一枚足りとて剥がせてはいない。
それでも彼女は哄笑をあげる余裕があるほどに相手の状況を理解できてしまっていた。左耳をさするような焦りも無い。
これまで読んできた数多の本の知識が、人の知恵の凝集が、初めて相対する敵であるドラゴンに対しても十全な情報を彼女に齎してくれていた。
『余計な重荷を咥えこんだがために、吠えも出来ず、火を吹くことも出来ず、空すら飛べず。ただ赤子のように紐を振り回すだけとはこいつはバカなのか!? ワイバーンとワームとゴーレムの質量攻撃に価値などないわ! そんなものはドラゴンの真価の足元にも及ばぬと、そんな自分の事すらこいつは分からないのか!』
言うや背後にてメローヌがゴーレムを叩き伏せた拍子に地を蹴って飛び上がり、一拍置いてワワゴゴンが垂れ下がった隙をついてワームの上に降り立つ。
その眼前にはワームに翼の鉤爪がしっかりと食い込んでしまった為に離れる事も出来ず、ドラゴンに下半身をがっつり飲み込まれて自由に身動きも取れない情けないワイバーンの頭があった。
『そして相手にどんな手札があるかも分からないのに逃げも隠れもせず攻撃手段が一辺倒』
アレリアは語りながら両手に握った杖の杖頭を握りひねり、カチリとした音を鳴らす。
『ギャアウ!!』
そのまま一気に振りぬいてワイバーンの頭部に叩きつける。
アレリアの気合の一声と共に杖先は銀色の輝きを放ってワイバーンの血を舞い上がらせる。
『GYUAAA!!?』
アレリアの握っていた杖からは鋭い剣が引き抜かれワイバーンを斬りつけていたのだった。
『杖が剣でも杖の役目は果たせるんでな』
「武器が仕込み杖の魔物声で叫ぶボテ腹お姫様とか色物目指しすぎですから姫様」
少し離れた場所でメローヌのぼやきが聞こえるが、アレリアの耳までは届かない。
流れるように数度斬りつけると、無防備に斬撃を受け続けたワイバーンはいとも容易くその命に終焉を迎える。
『GAA...』
『これで仕込みは上々か』
ぐたりとワイバーンの身体から力が抜ける。
だが、その身体はドラゴンに半ば飲まれ、ワームをしっかりと爪で握り込んだままなので、ドワワゴゴンにも、最も倒すべきドラゴンにも何の影響も無い。
それでもアレリアにはこの状態のワイバーンの死体が必要だった。
改めて言うことではないがドラゴンは本来畏怖すべき強大な驚異である。
実際ここまで強者風を吹かせているアレリアの攻撃は、実質的には未だドラゴンの命をなんら脅かしてはいない。
そして今の彼女にワイバーン程度ならともかくドラゴンの鱗を突破するほどの攻撃方法はない。
本来ならばこの時点で積みである。
倒す方法が無いならばどれほど相手が分かり、優位に戦闘を進められようと意味はない。
しかしドラゴンとて無敵の生物ではない。
やりようはあるのだった。
(つづく)
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