【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
いかなドラゴンとて生き物である。
喉のすぐ下には鱗の隙間とも言うべき逆鱗があり、そして勿論、口内を始めとした体内であればそこは鱗の無い肉が剥き出しになっている。
『さぁ、怨敵が散々使ってくれた術だが、存外便利ゆえに俺も使わせてもらうぞ』
それは仇敵である騎士団長レン・バーランドの事ではない。
未だ出番の無いもう一人の敵。
宮廷の筆頭術師であるエーデル・イーの術だ。
生前の最後の戦いにて自分を翻弄した呪術師エーデル・イーが多用した冒涜的な魔術。
『せっ!』
『GUGU!?』
素早く杖剣を振りドラゴンの目に向けて血を飛ばし目潰しをはかる。
その目論見は瞬膜も兼ね備えた瞳によって簡単に防がれてしまうが、一瞬の隙は出来た。
その間にアレリアは人語ゴブ語を混ぜた強めの詠唱を行う。宙に浮いた魔術書がアレリアの意に沿って自動的に捲られて目的のページを広げる。
「『ギャギャ!』グルダールグルダール。死の聖女よ。この骸を災厄の運び手に変じなさい!! 力よ溢れよ! 『グギャアアウ!!』」
肉体は魔力を浴びており、人も魔物もそれを使い様々な不思議な現象を発現させる。
そして魔術を現象として起こすほどに増幅させるのに触媒は欠かせない。
つまり、活きのいい死体は格好の触媒であった。
そして呼び名こそ触媒と言われるが消費してしまう方が当然効果は上がる。
結果、端的な破壊力の訴求として、死体の持つ魔力を暴走させ爆発物へと変えてしまうシンプルな魔術。
それが<死体爆破>の魔術であった。
剣先をワイバーンの頭部に刺し、アレリアは叫ぶ。
『弾けろ! <死体爆破>!!』
バゴォォン!! という凄まじい破裂音がアレリア足元のワイバーンから発せられ、その死体が爆発四散する。
術によって誘導された爆裂はその大半の勢いをワイバーンの下半身側から噴出させ、それをがっつり呑み込んでいたドラゴンの体内にて鋭い骨片を飛散物とさせて暴れ回った。至近距離だが術者自身はその被害から免れている。
『GUWAAAAA!!!?』
紛れも無い痛打。
ドラゴンは激痛によって頭を仰け反らせて悲鳴をあげる。口からはワイバーンだったものや自身の血を盛大に吹き出している。
『よしっ!』
「武器が仕込み杖で、得意技が死体爆破の、魔物声で叫ぶ、ボテ腹お姫様ですか。どんだけ前世で業を積んだらそんな色物、あ、メチャクチャ積んでましたね、業」
国家存亡の危機を招くほど畑を焼けば、それはもう十分すぎる業には違いない。
ゴーレムを粉砕しながらまたも少し離れた場所でぼやくメローヌを余所にアレリアはガッツポーズをとるが、この魔術一撃をもってしてではまだドラゴンの致命傷とはなりえない。
そして口腔より明確なダメージを与えられたドラゴンはその痛撃によって自身の命が脅かされているのをようやく悟るに至る。それまではまだ狩る側のつもりだったのだ彼は。
即ち爆破の衝撃によって仰け反らされ露わになった逆鱗こそが致命の傷を生みかねないと急ぎその身を固めるべく力を籠める。
先ほどワワゴゴンをかち上げられた時とは違い、すぐ近くにいる少女を獲物では無く敵として認識したための戦闘行動。
しっかと口を閉じ、逆鱗を守る盤石の態勢をもって空を飛び火を吹けば彼に敵うものなどいるはずもない。それがドラゴンの常識である。
つまりそれが常識であるならば、当然勉強家のアレリアは知っている。
既に書物で学んだ範疇の出来事だ。
『守りの時間など与えるかよ』
故に先手が打てる。
ワイバーンの頭部の辺りにいたアレリアは瞬間的には足場のバランスを失っていたのもあり、走って向かうには逆鱗までは高く遠く、短縮詠唱魔術では逆鱗を突いたとしても威力不足。
そこで取られた選択は投擲。
『ギャアウ!!』
裂帛の気合と共に杖剣に紫電を宿すと大きく振りかぶり、ドラゴンが首を戻す前に素早く投げつける。
『OGOOOO!!!』
ドラゴンの悲鳴が響き渡る。
ズン、ズズゥンと鈍い音をたてながらドラゴンがたたらを踏んでよろける。
杖剣の半ばまでが刺さった逆鱗からは伝うように赤黒い血がボタボタと垂れ落ちていく。
アレリアの読んだ書物によれば逆鱗は竜族の弱点であると書かれていた。
多少誇張がかった表現がされていたが、勇者が喉元の逆鱗の隙間を突けば竜はたちまち絶命したとされている。
ふらふらとおぼつかない様子になったドラゴンをじっと見つめるアレリア。
トドメを刺しにいくリスクを冒すか、致命傷を与えたとして死を見守るかを決めかねている。
ここまでは余裕の風を吹かせて想定通りにこれたが、竜の本当の生命力がどれほどあるかまでは把握しきれてはいない。
『これで倒れてほしいんだが、駄目押しが必要か?』
自身の左耳を指先でさすりながら油断なくドラゴンの行く末を慎重に見続ける。
油断はないが、杖は手放している為に魔法も魔術も使うことが出来ない。
他の種族はいざ知らず、アレリアの使うゴブリン魔法には杖が欠かせなかった。
王都内でここまでの戦闘が突発的に起こるなど想定すらしていなかった為に、予備の杖も今は持っていない。
もちろんここから打てる手はあるが、それを行うリスクを取るかが思案のしどころである。
少しの間確かめていたが、しばらくしてアレリアは舌打ちをする。
『チッ。足りなかったか』
ドラゴンの瞳からは力が失われていなかった。
ふらふらと揺れながらも、その四肢はまだ大地をしっかと握りしめている。
『レンよりはマシだと信じるしかないな』
アレリアは覚悟を決めると一歩を踏み出す。
踏み出した一歩はすぐに滑るような歩みとなり、地を流れるような駆け出しとなって、速やかにドラゴンへと彼女は接近していった。
『GYAOOO!!』
急速に迫り来る小さな敵に対するように傷を負いながらも身軽になったドラゴンは四肢を踏ん張り、首を回してアレリアへと狙いを定め口を開く。
『SUUU……GU!? GOBOOO!?』
ブレスをお見舞いしようと息を吸ったのだろうが、その目論見は喉にこびりついたワイバーンの破片や傷ついた喉自身の不調によりただむせるだけの形になってしまう。
『選択を間違えたな! いかなドラゴンとてそうすぐにブレスなど吐けまいて!』
そうしている間にアレリアはドラゴンの前肢へと取り付く。
焦ったドラゴンが振り払おうと前肢を振り、身を起こし暴れるが、アレリアはドラゴンに張り付いたままスルスルとその身体を登っていく。
一枚一枚が強靭で大きな鱗で覆われた身体はクライミングには容易な壁だった。
振り回される2本の危険な腕と爪が幾度もアレリアを襲うが、彼女はそれをアクロバティックな動きで躱し、防護膜に掠らせ、時には大胆に腹を晒しそこを攻撃させる事で分厚いボテ腹アーマーを盾代わりにダメージを受け流していく。
着ていた茶会用の立派なドレスは既に見るも無惨な有様だったが、アレリアの柔肌は防護膜で受けきれなかった僅かな裂傷をいくつか受ける程度で済んでいたのであった。
『あと、少しっ……!』
流石のアレリアも今ばかりは必死の表情だ。
竜の爪は鋭く、受け流すだけならまだしも防護膜だけでは直撃には耐えられない。腕の質量とてまともに食らえば軽いアレリアでは簡単に吹き飛ばされてしまう。
なんとかドラゴンの胸元まで辿り着き、もう目と鼻の先まで近付いた逆鱗を見据える。
そこには未だアレリアが投げ付けた杖剣が剣身半ばまで刺さっており竜の鮮血を滴らせていた。
当然アレリアの狙いはそこへのダメ押しだ。
『ふぅぅぅ、よしっ。グギィィィ』
トドメの一撃の為の予備詠唱でタメを作るアレリア。
ここまでのドラゴンの動きからこの程度の隙は作っても大丈夫だろうと瞬間的に判断した故の行動だったが、ドラゴンはその予想を裏切る行動に出てくる。
『GUAAAA!!』
『んなっ!?』
それまで胸を掻くように振り回すだけだった腕を胸の左右に添えた直後、勢いよくその上半身を前へと押し倒していったのだった。
アレリアは逃げようにも左右を竜腕が塞いでおり退避は見込めない。
『おい、おい待て、待てぇ!?』
巨大な体躯をまるまる武器にした質量攻撃が小さなアレリアを圧し潰さんと一気に迫ってくるのであった。
(つづく)
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