【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~   作:GR/フィルン

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6-2 その断面は膨らんだ黄色と白の層が幾重にも積み重ねられて

 その断面は膨らんだ黄色と白の層が幾重にも積み重ねられて数え切れないほどの折りの粋となっていた。焼かれたパイ生地は見ただけでサクサク感が伝わる程にパリッとしていた。

 

「君のためのケーキだよ」

 

 アレリアは瞳をキラキラと輝かせる。

 

「おお〜! これは技術と発想力ね! 層が、パイとケーキの層が幾つあるのか、ん〜〜〜、数え切れないわ! スゴイわね! もう芸術品なんじゃないかしら!」

「掴みは上々みたいだね」

「じゃあ頂くわね」

 

 言いながら即座にナイフとフォークを構えるアレリア。ナスラムは少しだけずっこけた。

 

「はやっ。もう少し見た目を鑑賞したりしないの?」

「そんな事より早く食べたいわね。楽しみすぎるじゃない! 千回分の感動よ!? 期待しかないわ」

「人間は食欲には敵わないってのがよく分かるなぁ」

「安心なさい。人間だけじゃないから。それじゃ、いただきまーす」

 

 食べ方をナスラムに聞き、横長長方形のケーキをそっと倒すとザクリとナイフを入れて縦長に切り分ける。そしてフォークで掬い取るとパクりと口に入れた。当然彼女が一口を食べる前に、ナスラムは自分用に切り分けられたケーキを既に口に運んでいる。

 何層ものパイが一噛み毎に砕かれ、クリームと混じり、ジャクッジャクッという独特の小気味良い音がアレリアとナスラムの閉じられた口腔内で奏でられる。

 

 アレリアは感動でプルプルと震えた。

 

「〜〜〜〜〜!!! うんまっ! 美味しいわ! 最高ね! 最高だわ! 千回分の感動、正にその通りね!」

「どうやら今回もお気に召してもらえたみたいだね」

「もちろんよ! は〜、素晴らしいわね。この食感は噛むごとに口の中で踊り出すようだわ! いくらでも食べられそうだわね!」

 

 早くも二つ目を皿に乗せてもらいながらアレリアが歓喜の声音で舌鼓を打つ。

 ナスラムはそんな姫の様子をホッコリとした笑顔で見つめている。

 

 このケーキが発明された地域では「千枚の葉」と呼ばれ、生地を何回も何回も何回も折り畳んでから焼くことで独特の食感を作り上げる技術の菓子であった。

 

 アレリアは満面の笑みで順調にパクついていき、その早いペースで動くナイフとフォークは侍女たちへのお裾分け用にと余分に持ち込まれた分にまであっという間に伸びそうになる。

 それを見て僅かに焦ったナスラムは直接は止められないが故に話題を少し逸らすことを試みる。

 

「あー、そういえば今日はメローヌさんは? いつも一緒なのに姿が見えないけどなんかあったのかな?」

「ん? メローヌ?」

 

 本日初めて出た名前にアレリアのフォークが一瞬止まる。

 

「そうそう。君や周りも疲れて甘い物が欲しい頃合いでしょ? だから今日は多めに持ってきたんだよ」

「あぁ、そういうことね」

 

 ナスラムの物言いから察してくれたのかアレリアがナイフとフォークを一度テーブルに置き、紅茶のカップに口をつける。

 それを見てナスラムが小さくホッとしたところで、アレリアはニヤリと笑った。

 

「貴方がここで声を掛けてきたって事は、次のを食べたらメローヌの分は無くなる感じかしらね」

「察しが良くて助かるよ。悪いね気を遣わせちゃうみたいなこと言って」

「構わないわ。私と貴方の仲だもの。ふふ、でもね。アハハハハハ! 悪いわね! 今日ばかりはそうもいかなくてよ!!」

「アレリア?」

 

 突如高笑いを上げたアレリアは、カップをそっと置いた後で荒々しくフォークを手に取り、供された次のケーキへと勢いよく、皿は割らない範囲で勢いよくフォークを突き刺した。

 

(割れてない?)

(ん、だいじょぶ)

(ほっ。それならヨシ)

 

 小声で確認した後、アレリアは高笑いをあげた。

 

「オホホホホ! 優しい優しいナスラム坊や! 残念だけど今日だけはメローヌの分は私がいただくわ! あの子が食べる分のケーキなんて残してあげるものですか!」

「そんなアレリア! どうしてそんな事を! 前に問答無用で食べた時の大喧嘩を忘れたのかい!?」

「忘れたわあんな忌々しい事件!!」

 

 茶番に付き合うようにして大げさに嘆くナスラムにアレリアは吠える。

 その時は特殊な魔導具を用いてキンキンに冷えたアイス乗せケーキという甘味の暴力が振る舞われた時で、あまりの感動から我を忘れたアレリアはメローヌが席を一時外していていない隙に全てを食べてしまったが為に起こった惨事であった。

 

 戻ったメローヌが空の器を見た時の表情は見ものであった。

 無表情の中に虚無と憎悪が混じり、能面のような冷たさのまま凄みを発したメローヌは次の瞬間には侍女ポケットから引きずり出したモーニングスターを主人の顔に振り下ろしていたのだった。

 

「あの時あの子ったら手加減ゼロでぶちかましてきたのよ! ありえないと思わない!? 仮にも主人である私に手をあげるどころか顔面モーニングスターかます!? 私でなかったら死んでたわよ!?」

「いやぁ、普通にあのタイミングでもかわし切った君もオカシイし、一拍も置かずに杖の仕込み剣で斬りかかってたの完全に殺す気だったよね?」

「ヤられたらヤり返すのは当然でしょ。死んだら死んだ奴が悪いのよ」

「うーん、狂犬の理論だ」

 

 フォークを突き立てたまましれっと言い切るアレリアにナスラムはため息しか出ない。

 それでもその後は部屋を大分荒らした後で和解し、流石に至高で究極なケーキ様を勝手に食べるのは無い、ということで落ち着いたハズだった。

 

 だが今その禁忌に嬉々として手を伸ばそうとしているアレリアの狂気にナスラムは驚きを禁じ得なかった。

 確かにアレリアはアレ以降メローヌや他の侍女達の分をこれまでキチンと残していたのに、である。

 

「なにが、君をそこまで駆り立てるんだい……。それは、どうしてもやらねばならないことなのかい」

「愚問ね。そこに絶品のケーキがある。それだけで私が手を伸ばす理由には充分過ぎるほどだわ」

「そうか。覚悟の上なんだね」

「もちろんよ」

 

 真剣そのものの表情で二人は語り合う。

 こうなればアレリアを止める事はナスラムには出来なかった。冷や汗をかきながらナスラムは静かに諦めた。

 こうなった時のアレリアは必ずやる。

 

 そう確信出来るだけの積み重ねが二人の間にはあった。

 

 メローヌが今どこにいるのかは分からないが、次の瞬間にも扉を開けて襲いかかってきてもおかしくはない。

 いざという時に逃げられるように退路に視線を走らせるナスラム。アレリアがほぼ単独でドラゴンを打倒するような暴力の鬼だと知れれば、それに真正面からぶつかっていくメローヌとの衝突などに巻き込まれる気は彼にはサラサラ無かった。

 命は何よりも大事なのである。

 

 そんな緊張感に包まれたナスラムを見て、アレリアはふっと小さく笑う。それは何も心配する事は無いとばかりに幼馴染の婚約者を慰める優しさにも見えた。

 

「大丈夫よ」

「え?」

「何も問題は無いわ。このケーキを食べてもメローヌと私の死闘がここで繰り広げられる事は無いわ。安心しなさい」

「そんなことが……?」

 

 ナスラムはその言葉を素直に信じる事はとてもでは無いが出来なかった。ともすればメローヌのケーキへの愛情はアレリア以上だ。未知のケーキを食べ損ねた時の顔には出ない激情が何事も無く収まるとはとても思えない。

 

 そんなナスラムの心中を察しつつもアレリアは静かに微笑む。

 

「種明かしをしてあげましょうか」

「是非お願いするよ」

「あの子は今この王都にいないのよ。グレインヤードにお使いにいかせてるからね」

「グレインヤード、うちに……?」

 

 グレインヤード、そこは王都からずーっと南方に移動した都市の名前であった。

 エレツ王国の南東地帯に広がる大穀倉地帯の収穫物が全て集まる穀倉都市グレインヤード。

 現在はバーランド侯爵家が治める都市であり、かつてゴブリン・ロードであるギギスとその軍勢が<ゴブリン災禍>の終着点として攻め立て、ギギスの最後の地となった因縁の場所であった。

 

 馬車で何日もかかる場所であり、ドワワゴゴン事件の後に出発したのであれば確かに今日までに戻ってくるには遠すぎる場所に違いなかった。

 

「そういうわけよ。今日じゃあまだ帰ってくるなんて不可能なわけ。今頃はまだグレインヤードにいるぐらいじゃないかしら。あの子も久々に羽根が伸ばせて楽しんでる頃だと思うわ。安心した?」

 

 ケーキに刺したフォークを指先で揺らしながらアレリアはニッコリと微笑む。

 それを聞いてナスラムもようやく息を吐く事が出来た。

 

「はぁ。なるほどね。そういう事なら流石に大丈夫そう、になるのかな?」

「まぁ今度来る時にまた美味しくて新しい最高のケーキを持ってきたらいいわ。それであの子も納得するでしょ」

「また君はそうやってちゃっかり自分の次の分まで確保して」

「ほほほ。配下を大切にする名君と言ってほしいわね。さぁ、懸念は無くなったかしらね」

「そこまで言われたら仕方ないね。元々僕には君を止める事なんて出来ないんだし」

 

 その返答にアレリアは満足そうだ。

 なお、ナスラムをここできちんと説得出来ないと次のケーキが盛大にショボくなることも体験済みの為に、彼女は懇切丁寧な手間暇をかけていたのだった。

 胃袋を押さえられているというのは本当に格好のつかない話しである。

 

 懸念の無くなったアレリアは優雅にナイフを反対の手に握るとケーキにザクリと刺しこむ。

 

「んー、堪らないわねこの感触。メローヌと食べられないのが残念だわ」

「よく言うよほんとに。それでも他の侍女達の分は残してくれそうだからいいとするしかないか」

 

 そしてナスラムがやれやれとでも言いたげにため息を吐き、アレリアが王女にあるまじき大口を開けてケーキを頬張ろうとした。

 

 

 その時!!! 

 

 

「待って、いただきましょうか……そのケーキ……っ!」

 

 怒号を伴った轟音が鳴り響き、サロンの扉が粉々に吹き飛ばされたのだった。

 

 

(つづく)




読んでいただきありがとうございます。
次回の投稿は明日の今頃です。
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