【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
声の主は当然ともいえる彼女、モーニングスターを片手に持って振り下ろしたばかりのメローヌであった。
その無表情顔には青スジが浮かんでいた。
さすがのアレリアも焦りながら立ち上がり、侍女へと身体を向ける。
「バカなっ!? どうして貴女がここにいるの!? まだグレインヤードにいるはずじゃ! あり得ないわ!」
「嫌な予感がしましたのでね、馬車での移動はやめて早馬の乗り継ぎで往復したんです。なにか、なにか良くない事が起こる予感がしてみれば、案の定、というわけでしたね」
「くっ。とんだ虫の知らせがあったものね」
「多分その虫は腹の虫だと思うけどね僕は」
冷め切った目のナスラムは既に部屋の隅まで退避を完了して観戦態勢だ。なんとなくこうなる予感はしていたのだ。これまでの経験から。彼にとってもこの事態は案の定、であった。彼は今度こそ深い深いため息を吐いた。
だが唯一想定外に遭遇してしまったアレリアは悔しそうに一人ほぞを噛む。
「なんて事なの……っ。私の気分はもう一つ、ケーキあと一つ分だけは絶対に食べたい状態だというのにっ」
「残念でしたね姫様。渡していただきましょうその子を。私のモーニングスターが火を噴く前に」
静かな怒りを秘めたメローヌが、モーニングスターを肩に素早く担ぎ直していつでも振り下ろせるようにと力を溜める。
風鳴りと共に勢い良く引き戻されたメイスの柄が慣らした音は、婦女子の肩とぶつかって出たとは信じられぬ程に重々しい金属質の重低音であった。
ことこの瞬間に限って言えばそこには主人も侍女も無かった。
そこにいたのは究極至高の甘味であるケーキを求めて血で血を洗う闘争すら辞さぬ、二匹の魔物がいるだけであった。
その迫力はどちらも人が発せるものとは思えないほどに鬼気迫るものであり、ナスラムはこれがとんでもない茶番であることを理解しつつも息を潜めツバをゴクリと呑まずにはいられなかった。
なお遠巻きに事態を眺めている侍女達は誰もが静かに事態の行く末を見守るばかりである。
彼女達の誰か一人でもが自らの取り分を生贄として捧げればこの後の大惨事は回避されるはずだが、誰も名乗り出る事は無かった。
ケーキはそれほど誰にとっても代え難い超貴重品なのである。そう、忠誠心でも代えが効かないほどに。
こうして、止める者のいないまま、戦いのゴングは高らかに鳴らされたのだった。
ジャクゥッ!!
「時間無いって言ってなかったっけ?」
ナスラムの呟きは直後の爆音によって掻き消された。
〜 ◯ 〜
それから暫しの後。
アレリアは優雅にカップを傾けて紅茶で喉を湿らせながら、静かに呟いた。
「ねぇナスラム」
「なにかなアレリア」
「私」
「うん」
「部屋の修繕費はメローヌの給料から差っ引こうと思うの」
「……もう好きにしたらいいんじゃないかな」
呆れ極まった声で隣に座るナスラムは返した。それしか言葉が思い浮かばなかった。
「ナスラム様お待ちください。そんなことになったら私は明日のご飯にも困ってしまいます」
「城の食堂で一日二食も出てるんだからそれで我慢しときなさいよ」
「少なすぎますし、最後の砦的おやつである芋けんぴすら取り上げるおつもりで?」
「つもりね」
「無体が過ぎます姫様。ヨヨヨ」
「知ったこっちゃぁないわね」
かろうじて破壊を免れたテーブルとチェアーでなけなしの優雅さを演出するアレリアの背後に控えながら、メローヌが泣きまねをするもアレリアはそれを一蹴した。
部屋は、中々の惨状であった。
アチコチが重たい鈍器によって陥没破砕されており、逃げ回り受け流しながらアレリアが通常詠唱を用いて放ったカマイタチの魔術が柔らかい布類をズタズタに引き裂いていた。
貧乏国家の家計ではどこまできちんと修繕出来るかも怪しい有様である。侍女長は修繕の申請と予算にかかる負担を想像してさめざめと泣いていた。それでも侍女長も今日のケーキをきっちり腹に収めているのだが。
もちろんメローヌの薄給では何年かかっても払い切れないので先程のはアレリアなりの冗談になる。
「……それで、冗談は置いておいてどうするつもりなのさ?」
「ふふーん。流石ナスラムね。ここまでの茶番が私の中では許容範囲だって見抜けてるわけね」
「そりゃまぁ。本当にまずかったらいくらなんでもあんな暴挙に出ないだろうし、修繕のあてがあるだろうなってぐらいには誰だって思うよ」
「それはナスラム様だけでは」
ナスラムのその言葉にアレリアはニヤリと笑う。
それこそが王位継承権持ちの姫君が自身の婚約者を呼びつけた理由であった。
「それでこそ私のパートナーよナスラム。よく私を理解してくれてるわね」
「こんなしょうもない事でもそう言ってもらえたのなら光栄だよ。それで、どの手でいくのかな?」
「もちろん私はアレ一択」
言うやバン! と机を叩いて勢いよく立ち上がると拳を上に振り上げて高らかに叫んだ。
「竜食祭よ!!」
それを聞いてナスラムがパチパチと手を叩いて拍手をする。メローヌもついでに拍手をした。
「おー。随分思い切った選択だね。出来るのかい?」
「やるわ。そろそろ直接の売り付け先も増やしたいのよ。でも外交貿易行脚するのももったいないし、それなら来てもらう方がお得でしょ」
「先の事を考えたらケチらなくても良いと思うけどね」
「ありがと。でもまぁ、少なくとも一石三鳥ぐらいは狙えるし、やっておきたいわね。目安は凍結魔法陣が魔力込みの鮮度を保っていられる一ヶ月後ぐらいね」
「それはまた時間が無いね」
竜食祭。
それは文字通り竜を食べる祭である。
この世界は人間の暴力の成長に際限の無い世界であり、運と才能と努力次第でどこまでも人は強くなれる。
個々に強い力を持つ者が現れ、それを最大戦闘力を抱える国家が力づくで秩序を押し付ける。それが理であった。
そんな強者達の主な成長の手段といえば、強敵の打破と鍛錬になる。
だがそれ以外にも幾つか手段がある。
その一つが、捕食だ。
なんでも食べれば良いと言うわけでは無く、素質を食べると言われるその行為は特定の種である自然絶対の強者に対してのみ有効であった。
その最たる物が竜になる。
実感できる程の実力向上を一食分で得られる程に質高い竜の肉は国家維持の暴力装置として力を求められる貴族達にとって、絶対に食しておきたい一品なのであった。
「すごいね。竜食祭なんて久しぶりなんじゃない?」
「私達のいる大陸の南西国家群でいったら10年ぶりぐらいにはなるんじゃないかしら。他の地域までは分からないけど」
「運搬さえなんとかなればもっと頻繁に出来るのに残念だよねぇ」
「ドラゴンと会敵出来そうな場所からじゃ量も運べないし、運んでる間に腐っちゃうもの。今回王宮の広場に敷いてるみたいな保存用の大規模な凍結魔術陣だって個人レベルじゃ無理があるわ」
「どうしたんですかお二人とも。急に説明口調になって。それとマジックバッグみたいなのは無いんですか?」
「ちょっと黙っててメローヌ。大人の事情よ。あと便利な魔法の袋みたいなのは残念ながら見たことも聞いたこともないわね」
「大人の事情なら仕方ありませんね。そうですかこの世界にはありませんでしたか」
貴族がこぞって求める竜の肉を満遍なく配れる程に確保できる機会はそうは無い。
それも干し肉よりは焼いたばかりの肉の方が効果が圧倒的に高い。生肉は更に効果があるが洩れなく激しく腹を壊すので非推奨とされている。竜の食べ方は本が出るほどに知れ渡った話であった。もちろんアレリアも読破済みである。
ゆえに今回のようなケースであれば、他国の貴族を招待して祭りを催し、高額な参加費を取る、というのがまま行われていた。
アレリアもそれに倣うことにしたのだ。
なお、他の手段では、有力な自国民だけで祭りを行う事や、干し肉にして輸出する事や、場所が悪ければ腐らせて堆肥にしてしまう事などがあげられる。
だがいくらでも人を呼べる王都の中心で捕まえられた竜であれば、そのいずれもがもったいない話である。
更には竜の価値はもちろん肉だけではない。
「売りつけるわよぉ。竜鱗の盾に兜、胸当てでしょ。竜牙の槍と竜爪の剣も作りたいし、解毒作用もある竜血の治癒薬は樽でいくつ作れるのか楽しみ過ぎるわ。竜肝の強壮薬だってバカ売れ間違いなし。竜翼膜のマントは高位冒険者なら皆欲しいわよね。竜骨からは何でも作れるから何を作らさせるか迷っちゃうわね。ワームの皮革服をお求めやすく出すのもありよね。竜眼は濁っちゃったから水晶の代わりには出来ないけど、杖頭には良いわ。使えない方の内臓系はまとめて堆肥にして量り売りしてもいいし、一つしかない心臓は、アレはダメか。でも、あ~~~、夢が尽きないわね~~~~」
目をキラキラ、いやギラギラと輝かせてアレリアが販売物の候補を列挙していく。
「そんな事ばっかり考えてるから寝る時間も無かったってわけだね」
「当然でしょ寝てる場合なんかじゃないわ! もう国中の使えそうな職人達には招集をかけるように各ギルド長に私の名前で指示を出したもの。一部は騎士達にあてたいから全部は売れないけど今年の利子ぐらいは竜食祭の利益まとめればポンと返せると思うのよね」
「あ、そんなにいきそうなんだ」
「多分ね。素材売りじゃだめだけど加工したなら狙えると思うわ。なにせ私が上手くやったお陰でほとんど傷らしい傷は無いもの。私のお陰ね! 流石でしょ!」
「うんうん、すごいすごい」
「んふふ」
主張を繰り返しちらちら見てくるアレリアをナスラムが雑に褒める。
気分が高揚しているのか、そんな対応でもアレリアは満足そうだ。
これがワクワクで三日寝てない者のテンションであった。
(つづく)
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