【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
思わずナスラムのペンが止まる。
それを見てアレリアはニマァ〜と底意地の悪い笑みを浮かべた。
「もう限界なの」
彼女の笑顔は変わらない。
「私の継承権授与式にアイツは来なかったわ。王都のゴブリン出現騒ぎの元凶は死体を欲しがったアイツだわ。ここに至るまで詫びも謝罪の一つも無いわ。どうして私が憎いと公言してる相手が見せたこれだけの隙を許容してあげなきゃいけないのかしら」
「いやでも、アレリア」
「チャンスなのよナスラム。レンとエーデルは協力関係にあるけどその関係は結構ドライだわ。利害一致を柱にお互いを利用してるのが実情よ。授与式にレンがエーデルを引っ張ってでも連れて来なくて、自分だけしっかり出てたのがいい証拠ね」
少しずつその表情を真剣なものへと変えながらアレリアがナスラムを説得していく。
メローヌはいつの間にか立ち上がっていて、主人の後ろに静かに佇んでいた。
「ろくに会議にも出てこないあの変人の王宮内での権力の拠り所は特級冒険者時代に貯め込んだ膨大な財貨よ。その金と実力と<ゴブリン災禍>終結の功績から筆頭術師の立場に座っている。大した仕事も成果も見せずによく分からない自分の研究に没頭してられるわけよ」
「それは、確かにそうらしいとは聞いた事あるけども」
「アイツの解剖実験とか言うのが危険で冒涜的な魔術研究っていう噂もあってね。ここらでしっかり見極める必要が出てきたわ。やっぱり冒険者上がりなんて危険極まりないわね」
「本当の話しなのかい? 君の得意な詭弁じゃなくて?」
「……事前にこんな話しをしてる婚約者をもう少し信用してくれても良くない? ナスラムだから話してるのよ」
全然信じてくれていない幼馴染にアレリアがぶすくれながらぼやく。
ナスラムが大事なのはとにかく王国民と彼らの平和だ。人殺しも忌避している。
そういう点では現王クタリヤ・オルトナーとナスラム・バーランドは歳の差はあれども非常に馬が合う仲であった。お互い身内に過激派を抱えているという共通点もある。
ごく稀に二人が邂逅する機会があると、揃って頭を抱えている光景が見られるのだった。クタリヤ王からすれば娘と部下、ナスラムからすれば婚約者と父である。話の話題には事欠かない。
いずれにしてもとアレリアは話しを続ける。
「状況の把握と、処刑までは無理でもちょっとは力を削いでおかないと怖いのよね。どうにも別口で反乱ぽい噂もあるし、把握しきれてない動きも多いわ。打てる手は打ちたいの」
「反乱!? それはいくらなんでも穏やかじゃなくない!?」
ポンポンとナスラムの不安を煽る言葉が姫の口から溢れてくる。
ナスラムは血相を変えるが、アレリアは平然としたまま左手を肩横まで上げて手のひらを上に向け、後ろのメローヌに仕草だけで催促をした。
すかさずその小さな手に書類が一束バサリと乗せられる。
「ご苦労様」
「これだけ頑張ったご褒美の仕打ちがまさかのケーキ抜きとは思いませんでしたけどね」
「悪かったわよ。本当にもう帰って来てるなんて思わなかったんだから」
「代わりに暴れさせて貰ったのでいいですけどね」
「気兼ね無く部屋をぶっ壊せるのはスカッとしたでしょ」
「ありがとうございました」
「君達さっきの茶番が納得ずくの大暴れとか理解したくないから僕に聞かせないでくれる?」
ジト目でナスラムが釘を刺す。
当然遅いが彼を置いてアレリアは今しがた侍女から渡された書類を開き、それを見て即座に鼻を鳴らした。
「はん。なるほど。やってくれるわね」
「…………何が書いてあるんだい、それ」
「メローヌに調べさせたのよ。貴方がこないだ持ってきた共同墓地の死体の改竄情報の実態をね」
「あぁ、それで行ってたんだね。その顔だと結果は相当悪かったみたいだね」
確かにアレリアは苦々しげな顔を隠そうともしていない。
「悪いなんてもんじゃないわよ。最悪だわ。反乱の件は一回忘れてちょうだい。エーデルがやってくれてたわ」
「どういうことだい」
「情報改竄の対策よ。死体の数の不一致が報告書の倍以上になってたわ」
「倍!? ありえないよ! 売却可能な生きのびた奴隷の数はアレが精一杯だったはずだ。どの資料を見ても間違いなかった。……なのに、死体が足りない?」
思わず憤慨してナスラムが立ち上がるが、もう答えを見ているアレリアは冷静だ。
静かにナスラムを諭す。
「座ったら? 大丈夫よ。ちゃんと全部教えてあげるから」
「あ、あぁ、すまない。つまり、死体でも埋めずにどこかに売られたか処理された奴隷がいたってことなのかい?」
「惜しいわね。正確には掘り起こされたのよ。埋められた後にね」
「何のために?」
人の死体には確かに魔力が暫くの間は残っている。しかしそれを利用できるのはごく限られた魔術師だけである。
人の肝には触媒として有用な物もあるとされるが需要自体が限られているし、大抵必要分は葬儀屋が埋葬前に抜いているものだ。
奴隷の死体であるから、装飾品などの副葬品も当然皆無になる。
つまり、それらの理由以外にあえて人の死体を掘り返す輩がいることになる。
「まさか。でも父上は僕がこの情報に気付いている事はまだ知らないはず……っ」
ナスラムの顔が蒼白になる。
レンがもし対策を打ってわざわざ追加で死体の処分を行なっているとしたら、とても厄介な話になる。
実質ナスラムはここまで泳がされていたことになってしまうからだ。
「だけど、そこまで掴んでいるなら僕が今日ここに来るのすら止められてなきゃオカシイか」
「そうね。レンはまだ貴方の造反に気付いてない可能性は高いわ。それにいくらレンが領主で権力があるとはいえ、コレだけの数の死体を動かすにはそこそこコストが掛かるわ。バーランド侯爵家もレンの冒険者時代の財貨の大半を補填に当てて安定してるとはいえ、そんなチマチマした所に無駄遣いする余裕までは無いはずだわ」
「そう、だね。実質王国のナンバー2。今は君がいるから3か。いずれにしてもバレた所でそんな痛痒にはそれだけじゃあならない。撹乱までするのは無意味、だね」
ナスラムも多少落ち着いて分析を深めていく。
レンには確かにそこまでする理由は無さそうであった。
つまり、原因は他にあることになる。
「それに墓地漁りは見たところ、もう少し前から常習的に行われていたみたいよ。私達が死体数改竄の事実に気付くもっと前からね」
「別の明確な目的を元に動いていて、今のこの国で金が自由に使える……。それでエーデルさんか!」
「その通りよ」
答えに辿り着いたナスラムをニタッとした笑顔で褒めるアレリア。
「どうやらアイツの研究は単独じゃなくて協力者まで募った集団行動だったみたいね」
「そうか。ゴブリン王都内騒動まで起こした理由はゴブリンの死体の、解剖! 人の死体も解剖する為に墓地あさりをしていたって事になるのか! でも、何のために……?」
「アイツ自身は死霊がメインの呪術師だし、人体の解明だけを目的に動いていてもおかしくはないけどね。金を貰った協力者達が墓を暴いて新鮮な死体を使った研究を繰り返しているみたいね」
そこでアレリアは一度言葉を切る。忌々しそうに。
「ただ結果としてレンへのアシストになっているわ。死体数の不一致を理由に奴隷違法売却の罪を咎めてレンの力を削ぐ方法は取りづらくなったもの」
「こんな手を打たれていたなんてね」
「私達みたいのが出て来る事まで想定はしてなかったかもしれないけど、ついでにしては上手い手だわ。奴隷とは言っても元を辿ればちゃんとした王国民。縁者の中には落ちずに暮らせている者がいる奴隷だって少なくはないわ。貴方の従者みたいにねナスラム」
「確かにそうだね」
侯爵家の長男坊は深く頷く。
恋人を奴隷落ちで失った従者の話はいつも彼の胸を打った。侯爵家長男の従者に選ばれる程の者でも出来ない事は多々あった。
「そうした者達からせめて死後ぐらいは共同墓地でいいから埋葬されてほしいって意見は強くあったし、それぐらいは叶えようってことで全体が動いていたはずだわ。主導はもちろんあの二人だったし、そんな事までこんな風に利用してたなんてよくやるものねとしか言いようがないわねこれは」
そこまで言った所で耐えられなくなったのか、アレリアは頭を抱えてグシャグシャとその髪をかき混ぜて吠える。
「あ──ー!! もう! 棚ぼたからの竜食祭で色々上手く進められると思った矢先にこれだなんて、本当思う通りに進まないわ。おのれレン・バーランド、おのれエーデル・イー! どこまでも私の邪魔をしてくれるわね! 絶対に許さないわ!」
「わー、悪役っぽいセリフですね。完璧ですよ姫様」
「そんなことよりアレリア、髪が、髪がぼっさぼさになってるよ」
沈痛、といった面持ちで眉間を抑えるナスラム。
後ろに控えた専属侍女は姫の髪形を素早く整えて直す。
「というわけで。私はエーデルを締め上げに行ってくるわ。後は任せたわよナスラム!」
「はいはい。そういう事ならやぶさかじゃないよ。喜んで請け負うさ。どうせ処刑までは無理だろうから精一杯頑張ってきなよ」
「……ほんとここ一番で冷たいわよね貴方」
気合を入れてポーズまで決めたところだが、婚約者のあまりのつれなさに翠に輝く姫の黒い瞳もじっとりと歪もうというものだった。
可愛い幼馴染のそんな様子も今のナスラムには響かない。
「そりゃ嬉々として人殺しに向かおうとする人を僕が素直に応援できるわけないでしょ。それでも必要だと分かってるから僕なりの妥協だよ」
「優しいを信念にするってのも面倒な話しねぇ。後悔するわよその生き方」
「十分毎日してるよ。でも止めるつもりはないから」
「はいはい。精々誰も死なない平和な世界とやらを夢見てなさいよ。理想に潰されて死んじゃうといいんだわ」
「ご忠告痛みいるよ。僕のアレリア」
アレリアの苦言にナスラムは煌びやかな微笑みで返す。
これが漫画ならばキラキラとした効果音と背負った花束、輝くような背景が描かれてそうな威力であった。
中々に殺せる威力だったがアレリアはそれを一笑に付して、切り捨てた。
「はっ。今ので私が口説けるほどチョロい相手だったら良かったわね。残念だけど人のオスガキに頬赤らめて恥じらえるほど殊勝なタマじゃないのよこっちは。ナンパなら城の外でやることね」
「効果無いのは分かってたけどいくらなんでも口が悪過ぎでしょアレリア。心配になるよ」
「私としては普段よりちょっとだけ早口気味だったのが興味深いところでしたけどね」
啖呵をきるも大した効果は無さそうなのでアレリアは諦めて出掛けることにした。
後ろ頭をガシガシと掻こうとするが、それは傍にいた脳筋系侍女にしっかりと止められてしまう。
「うっ」
「ダメですので」
「はぁ。まぁいいわ。とにかく行ってくるから」
「うん。気をつけてね」
こうしてアレリアは、ようやくの出番を得ることになった影の薄い方の怨敵、エーデル・イーの城内の居室へと向かって行ったのであった。
「一応聞いておきますけど、まさか身体に引っ張られてたりしますか?」
「それこそ、まさか、よ」
姫の自我はまだ、小鬼の王のまま。
(続く)
次回、『エーデル回』
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