【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
アレリアの前世。
ギギス、という個体名を自ら名乗っていたゴブリンロードには、憧れがあった。
煌びやかな人間達への憧れ。
美味そうな食べ物への憧れ。
清潔そうな服飾品への憧れ。
厳めしい武装具への憧れ。
聳え立つ建造物への憧れ。
そしてそれら全てを生み出した人間の知恵と文化への憧れ。
魔に属し本能に生きるだけのゴブリンとしては異端な事に、彼には考える知能があり、敵意だけでは無い興味を人間に対して確かに持っていた。
その短い生の大半を冒険者という敵対者によって苛まれ続けた身であったが、その中で人を知り、人を恐れ、捕らえた人間から言葉と知恵を学び、最後には人に殺された。
憧れに加えて怨みが増え、ゴブリンロードであるギギスは人間のプリンセスであるアレリアへと輪廻転生を果たした。因果の流れか単なる偶然か、ようとしてそれは知れないが、
なので彼女にはやるべき事が、二度目の生を得たその瞬間からたくさんあった。
自分を殺した元冒険者の騎士団長レン・バーランドを殺し返すこと。
自分を殺した元冒険者の筆頭術師エーデル・イーを殺し返すこと。
己の出自であるゴブリンが、貧弱醜悪害獣な最底辺の魔物として見下される現状の改革をすること。
それを成す為の人間の知恵や文化歴史といった知識を得ること。
そして、折角憧れの人間の、それも姫に生まれたのに清貧を求められる現生の改善をすること。
どれもこれもが為さねばならぬ彼女の大事な目標であった。
「だから、今回の継承権授与は助かったわ」
「出来る事が増えたんでしたっけ?」
「端的に言えばそうね。今までのが子供のワガママだとしたら、ここからは次代の女王としての権利と責任を持った行動ができるってことね」
「その責任を持った行動の初手が、子供じみたワガママな癇癪で騎士団長に当たり散らすことだったんです?」
「ぐ。し、仕方ないじゃない! もう3年近く顔も見てなかったのよ! なんか手を打たなきゃと思って、とてもじゃないけど我慢できなかったのよ!」
顔を赤らめてなおも地団駄を踏む様は、恋する少女のような可愛げのあるものだったが、その内に秘める思いには純粋な殺意と恨みしかこもっていない。
あの手この手で面会すら躱され続け、募る殺意が高まった結果、数少ない機会を得たことで暴発してしまったのだった。
完全な失態といってよかったが、取り返しはもうつかなかった。
「恋する乙女、みたいですね姫様。うぷぷ」
「メローヌぅ? 私の真意は分かっているでしょう?」
「それはもちろん。たっぷり聞かせてもらいましたから。でも理解は出来ませんね。私は復讐しようとは思いませんので」
「……。自分をよってたかって殺したゴブリンに恨みはないっていうわけね」
「より強いものに負けた。それだけです」
「脳みそ空っぽの元オーガの方が大人びてるなんてムカつくわね」
「それはどーも」
返し難い痛い所を突かれてアレリアが苦々しい顔をするが、前世のオーガ時代に縄張り争いの結果、ゴブリンロードに命を奪われたはずのメローヌは、涼しい無表情顔でスカートを軽く摘まみ会釈するだけで返答を済ませたのだった。
さらりとした反応のまま、近づいて来た廊下の奥の扉を手の先で示すと聞いていた来客の報を告げる。
「それはそれとして。ナスラム様がお祝いとして来られているようですよ。繋ぎの間で他の侍女が相手をしてお待たせしてます」
「あぁ、あの子が来てるのね。ということは式典で私が荒れるのはレンの奴に読まれてたわけかしら。情けない話だわ」
「ナスラム様には、そこまでの意図は無いのでは?」
「ナスラムには、無いと思うわ」
言いながらアレリアは、スカートの隠しポケットから手のひらサイズの手帳と短い棒を取り出すと、ノートのページを捲り始めた。
「ちょうどいいから実験台になってもらおうかしら。新しい術式を組んだのよね」
「姫様。王族は、というか貴族だって普通手荷物は持ちませんよ。品位が問われるのでそういうのは私や従者に持たせる様にしてください」
「オーガをここまで小煩く出来る侍女長の教育が超優秀なのだけは理解したわ。でも、護身具ぐらいは持っててもいいでしょ。私は魔術使いなんだから」
「なに言ってるんですか。姫様のそれは護法術書じゃなくて、研究ノートなのはバレバレですよ」
「ぐぅ」
指摘につまりながらも、アレリアは目当てのページを見つけると短い棒、短杖でページを叩き一音の呪文を唱える。従者の言葉に返す気はないらしい。
『ギ』
そのまま杖の先端をつま先に触れさせると、トントン、と足先で床を二度叩く。
片目を瞑りながら少しすると頷いて、ノートを更に捲った。
「うん。敵意は見えないのが確認取れたわね。次はこちらからの敵性認識を加えて隠蔽式を多重にしたこっちの……」
「姫様」
「『ギ』。ん、出力不足だったかしら。それならもうちょっと『ギィ』。うん。あーでも隠蔽が弱くなってるわねこれは」
「姫様」
「ちょっと呪文で調整加えた方がいいかしら。あーでも隠蔽系は苦手だし。それなら触媒を増やす方が、でもページが分厚くなっちゃうし」
「ひーめーさーまっ!!」
「ひゃぁいっ!?」
所々で不協和音のような呻き声を発しつつ、没頭し始めたところでメローヌに大声で驚かさせられ、アレリアの思考は中断してしまう。
邪魔をされたことでキッと振り返ってメローヌを睨もうとしたアレリアだったが、すぐに扉へと手の先を向ける侍女に気付くと、そちらへと視線を向ける。
扉は開いていた。
「アレリア。今なんかしたでしょ」
「あー、やっぱり最後の術の隠蔽力が弱かったわね。術式に因子を足すのは繋げるだけじゃだめそうね」
扉から出てきたのは、暗褐色の髪色を持つ少年だった。年のころはアレリアと同じ14歳。背は彼女より頭一つと半分は大きく。少年の域を出ないあどけない顔つきながら、首・肩・胸・腰・脚にはしっかりとした筋肉が既に育っていた。
彼の名前は、ナスラム・バーランド。バーランド侯爵家の長男であり、数いる子供の内でも最優と言われていた。
産まれた時よりアレリア姫の婚約者とされ、その人生の筋道を決められた哀れな少年である。
「あのねぇ。実験台は構わないけど、あんまり危険なのはやめてよね」
「危なくはないわ。感知の魔術の汎用性を広げて敵性の判別も出来るようにしたかっただけだから」
「相変わらず難しいことやってるね。研究者にでもなるつもり?」
「なれないことぐらい分かってるわ。今日の式典知ってるでしょ。趣味よ趣味」
「それならいいんだ。プレゼント持ってきたから受け取ってよ」
「私が喜ぶものをちゃんともってきたんでしょうね?」
「もちろんだよ。絶対の完璧さ」
「それは楽しみね」
微笑むアレリアだが、すぐに口を尖らせて恨み言を加える。
「ところで貴方のお父様、相変わらず殺したいほど憎たらしいんだけど早く死んでくれないかしら」
「あはは。お手柔らかに頼むよ」
軽口を投げ合いながら二人は並んで歩き、そのまま繋ぎの間に入っていく。
それを顎に指を当てて首を傾げて眺めながら、取り残され気味の侍女メローヌは訝し気に一人呟く。
「う~ん。どうしてあの二人の仲が良好なのかだけが、私には分からないですね」
「メローヌ。早く来なさい。扉閉めちゃうわよ」
「はいはい。姫様」
首を傾げたままぽてぽてと侍女はついていき、部屋へと入り、扉が閉まる。
殺したいほど憎んでいる不俱戴天の仇、レン・バーランド。
その血を分けた息子であるナスラム・バーランド。憎い敵から押し付けられたはずの婚約者とよろしくやっていけるほどの精神性があるとは、ここまでのアレリアにはとてもではないが見られなかった。
それでもアレリアにナスラムを嫌悪する様子は見られない。
そこには当然、相応の理由があるはずだった。
(つづく)
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次回の投稿は、本日だいたい21時頃になるかと思います。