【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
下らない会話が続いた後で、エーデルがポンと手を叩いて新しい話題を投下した。
「あぁそうでした姫さま。大変良い所にまかし来られておいででした。新しい研究成果が得られましたので是非お聞き願えればと存じていたのでした」
「研究成果? お前が死体を切り刻んで遊んでいたアレに関わる話かしら」
「解剖と呼んで頂きたいですがその通りに御座います。大変興味深い事が分かって参りました。この世の理の一つを解明する一端で御座います」
「へぇ。面白そうじゃない。見れるものがあるのかしら?」
「奥の解剖室に用意して御座います。よろしければ奥までどうぞ」
ゆったりと身体を奥へと向けた呪術師は扉の向こうを恭しく腕で示して姫君を次の間へと誘おうとした。
指し示された扉はべったりとした黒染みの汚れが飛び散ったようにこびりついていた。
それを見てメローヌは訝しげな声をあげる。
「いや、これ奥の部屋は拷問部屋とかで、中に入ったが最後私達は一生出れないとかそういうタイプのホラーだったりしませんか?」
「しないわね。行くわよ」
「いやいやいやいやいや。姫様ちょぉっと待ちましょうか。際限なく怪しいですよこれ。間違いなく罠じゃないですかこれ?」
メローヌが指させばエーデルは暗く不気味な笑みを浮かべてニマニマと笑っていた。
ここにきてから今までエーデルが何か彼女らに危害を加えたような事は何も無かったが、その佇まいから雰囲気の何から何までその全てが彼の邪悪さを匂わせる危険な気配で満ち満ちていた。
だが彼は平然とこう言う。
「ハハハハハ。まさかまさか。私めが姫さまを害するなどと、そんな畏れ多いこと考えてみたこともありませんよ。アルディエンヌ子爵家御令嬢殿は面白いユーモアをお持ちでいらっしゃいますね。感服致しました」
「いやもう感服はいいですので。あと私の事はメローヌとお呼びください。侍女ですので」
「分かりましたアルディエンヌ子爵家御令嬢殿」
「メローヌです。とにかく。姫様アレは絶対何か企んでる顔ですよ。悪いことは言いません。今日は素直に負けを認めて帰りましょう。ね、そうしましょう」
「嫌よ」
「えええええ……」
にべもない返しにメローヌがよろめく。奥に見える扉は一層禍々しさを増していた。
そこに付け加えるようにエーデルが言葉を添える。
「そうそう姫さま。お見せしたい研究成果ですが、私めの不死の秘密にも絡んでおりますので是非よく見て頂きまして、御身自身での考察研究を行っていただく事が出来れば望外の喜びに御座います」
「へぇ。ヒントは見せてくれるってわけね。それがお前の真の望みに繋がるのね」
「御明察の通りで御座います姫さま」
「ちょっとちょっとちょっとなんで自分からバラしに来てるんですかこの悪役魔術師様は。なんでどうして勝手に胡散臭さを自分から積み上げていくんです?」
「エーデルだから仕方ないわね。ほら行くわよ」
「そして姫様はさっきから躊躇皆無ですし、なんで急に聞かん坊に、ってそれはいつも通りでしたね」
「微妙に聞き捨てならないわね今のセリフ」
ヤバい所に自ら突っ込んでいこうとする主人を止めようとツッコミを入れまくるメローヌ。
だが、それでもぐいぐい進もうとするアレリアを侍女が引き留めきれずにいたところで、アレリアがふと怪訝な顔をする。
「なんか話が微妙にかみ合わないわね。貴女忘れてるの?」
「へ? 何の話ですか?」
「おや姫さま。もしかしてアルディエンヌ子爵家御令嬢殿は純粋に知らないだけでは?」
「あら? そうだったかしら?」
「メローヌです。何の話ですか?」
この話しの流れを納得させられるような明快な真実などどこかに隠れていたのだろうか。
メローヌはちょっと信じ難かった。
そしてアレリアはなんでもない事のように言った。
「ほら、コイツは私の魔術の師匠だもの。師匠の研究室ぐらい良く知ってて当然じゃない」
「は?」
「とはいえ、姫さまもここはお久しぶりに御座いましょう」
「何言ってるのよ全然変わってないじゃない。相変わらずごちゃごちゃして。少しは片付けなさいよね汚らしい」
「すごい平然と宿敵に通い妻みたいなこと言ってる姫様大分気持ち悪いですね」
「メローヌぅ? 貴女の不敬もホント天井知らずねぇ?」
無表情でドン引きするメローヌにアレリアは怒りの視線を向けるが侍女はどこ吹く風だ。
主人の言葉をがっつりスルーしながら自身の疑問をぶつけた。
「それで姫様。エーデル様に魔術習ってたんですか? 殺したいほどお嫌いなのに?」
「三年前までね。実力不足で殺せなかったから仕方なく師事してたのよ」
「魔術の技もまた人の手によって練り上げられたもの。姫さまが人が作る文化をこよなく愛されていらっしゃられる事は幼き頃より有名で御座いましたからな。人の知恵の結晶である魔術を学び、私めを殺せるだけの力を得る機会を得られ、敵と称して憚らぬ私めの実態を近くで観察できる。妙案ではないかと申し上げた次第です」
「良い意見は敵の物でも一考の価値があるものね!」
エーデルの説明を肯定するように快活に叫ぶ見た目だけは可憐な翠の姫君。
腰に手を当ててカラカラと笑うが果たしてそれは誇って良い事なのか、メローヌには甚だ疑問であった。
「はぁ。それでまんまと言いくるめられて弟子にさせられてたんですか。ほんと脳みそゴブリン並ですね」
「メローヌぅっ! でもそうね貴女を侍女にしたのは三年前ぐらいだったものね。その直前にエーデルからは免許皆伝を貰ってたから、それ以来はそういえばほとんどここには来てなかったわね」
「免許皆伝。なんか凄そうですね」
言葉ヅラのインパクトに押されてメローヌが感嘆の声を上げる。
全くの無価値な感嘆だったが。
「姫さまから欲しいと言われましたのでな。差し上げました」
「驚くほど軽い理由」
「弟子ってことは負けてるって事でしょ。もういいかなと思ったし、免許皆伝にしてもらったのよ」
「手段と目的の逆転」
「もうよろしいのであればどうぞ御随意にと申し上げた次第で御座いました」
「厄介払い以外の意味が見えない」
「まさか不死だとは思わなかったわ」
「しかも間近で見る機会をまるで活かせてない節穴」
「不死は最近なりましたのでな。しかし不死を見抜けぬ節穴ですか。これは感服致しました。ハハハ」
「寒くて死にそうです」
床に沈んで手を突き、疲れ果てるのは今度はメローヌの番だった。
表情は変えないままがっくりと項垂れている。
「二人がかりでボケ倒されるとツッコミ追いつかないんで休み休みボケてもらえませんか」
「いやね。こっちは真面目に事情を知らなかった貴女に説明してあげたのに。人の親切をなんだと思ってるのかしら」
「仕方がございませんことですよ姫さま。無知とはそれだけ辛い悲劇なのですから。さ、アルディエンヌ子爵家御令嬢殿お手を。立てますか? 床は些か汚れておりますのでいかな侍女服だとて無為に汚されては喜びますまい」
「メローヌです。……なんでしょう。今だけは姫様の殺意に共感出来そうな気がしてきました。ムカつきますねこいつ」
「でっしょ! ホント早く殺したいものよね」
「半分は姫様のせいですけどね」
差し伸ばされたエーデルの手を払って自ら立ち上がるメローヌ。
「先行ってるわね」
その間にアレリアは次の間の扉を開けて、二人を置いて向こうに行ってしまっていた。
「この二人と一緒にいるの際限無く疲れそうで嫌ですね」
「ハハハ。侍女業というのも大変なお仕事で御座いますなぁ」
「もう私の事はいいので姫様の方に行ってください。お願いしますので」
「確かに。大事なのは姫さまの方で違い御座いませんことですね」
そして二人してアレリアを追い、エーデルが先頭に立って部屋の中に入ろうとした所で奥からヌッとアレリアが現れた。
「姫様?」
入ってすぐ出てきたアレリアをエーデルの後ろで身体を傾け、脇から見ていたメローヌが不思議そうに声をあげたところでくぐもった声が上から聞こえてくる。
「ぐほっ……」
「エーデル様?」
同時に彼女の眼前に飛び出したのはエーデルの背から生えた一本の両刃の剣身であった。
(つづく)
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