【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
「あぶな!? 姫様? どうされたんで」
「ぬぐぐぐぐ、う〜〜っ! エーデル! 死ね! 死んで詫びろぉ!!」
「ぐはっ! ゲフッ! ごほぁっ!!」
突如として振るわれたアレリアの本日幾度目かの凶刃。それは素早い閃きでエーデルをあっという間にバラバラに切り裂いたのだった。
侍女は素直にドン引きした。
相手がろくに抵抗の無い不死と分かった途端にこの殺戮劇である。
躊躇なさ過ぎであった。
「なんなんですか姫様。情緒不安定なんですか。月のモノでも来てるんですか」
「今月はまだよ! ってそうじゃなくて、中のヤツよ中の。よくもあんなもの私に見せてくれたわね!!」
「中ってそんなヤバイのがあったんですか?」
足元には細切れになったエーデルが散らばる。
表情には出ていないが些か以上には驚いて侍女が尋ねる。
前世がゴブリンロードだったこともあるのか、このやたら悪役方面のアクションが似合う王女の胆力はなかなかのものだ。大抵のことはツッコミはいれるかもしれないが、真に動揺するということは少ない。
見れば今も少し興奮気味のようだがそれほど冷静を欠いている様子はない。憂さ晴らしに斬ったぐらいが妥当な線のようだった。
「えぇ、まぁ中を見てみればすぐ分かるわ。コイツの性根の悪さはホント筋金入りね。まさか今がこんなになってたなんて思わなかったわ」
「へぇそんなになんですね。どれどれ」
促されるままにメローヌは薄暗い部屋の中に首を突っ込んで中を覗く。
手前の部屋の明かりのせいで外からは分かりにくかったが、中まで入ればボンヤリと浮かび上がるそれらを確かに見て取れることが出来た。
「おっと。これはなかなかですね」
思わずメローヌも声を上げてしまう。表情は相変わらず変わらないままだったが。
さほど広くもない部屋の中に所狭しと並べられ、あるいは吊るされていたのはあらゆるパターンで臓腑を広げられた、ゴブリン達の死骸の数々であった。
天井から鎖で結ばれ腸を垂らすゴブリン。下半身のないゴブリン。足から逆さにされまだ血を滴らせるゴブリン。
複数ある作業台の上には、首下から股下まで一直線に切り開かれて内臓一つ一つにマークをするように針が刺されたゴブリンや、丸い突き出た腹を丁寧に剥かれて中を広げられたゴブリンや、皮と筋を丁寧に除かれて骨格が剥き出しになったゴブリンなどが並べられている。
死体のゴブリン達の約半数ほどは首に赤い麻のスカーフを巻いていた。
棚には大きなガラス瓶の中に入った幾つものゴブリンの頭部。脳、眼球、ギザギザの歯、舌、心臓、陰茎などがそれぞれ入った小瓶は無数にあった。
壁や死体の隙間にはペンチやノミ、手回しドリルに大小のハサミや色々な道具が赤黒く変色した液体をこびり付かせたまま乱雑に放置されていた。
部屋の中は換気などされたこともないようで、血臭と処理しきれなかった死骸の放つ腐臭とが混ざり合ってむせ返りそうな程に死の匂いが充満していた。
確かに普通の人間が見ては即座に卒倒しかねない程におどろおどろしい光景であった。アレリアが気分を害したのも頷ける。
もっとも彼女の激昂の真の理由はありとあらゆる形で無惨に損壊された元同族達が並んでいたから故であろうが。
「これはちょっと婦女子を招く部屋ではないですね」
「そんなレベルの問題じゃないでしょ」
メローヌのコメントも大分ズレていた。
そして侍女がそういえばエーデルの死体が復活しないなと足元を気にしてみれば、そこに細切れエーデルは既に無く。
代わりに部屋の中から枯れた声が聞こえてきた。
「私めの研究テーマは覚えておいででございましょうか。姫さま」
唐突に告げられた言葉と共に、蝋燭の火が一つぼぅと灯る。特に意味の無い雰囲気作りである。
部屋の中央、ゴブリン達の並べられた机の上に立ち、窮屈そうに上半身を屈めた姿勢でエーデルはアレリアに問い掛ける。細切れついでに切り裂かれていたローブは新しい物に換えられていた。復活に時間が掛かっていたのは服を交換していたからだろうか。
「魂ね」
即答するアレリア。
その返答に小さく頷く呪術師。
「左様です。より根源的なテーマに立ち返るならば私めが真に知りたい事は、輪廻転生の解明、になります」
「ほぉ」
「そう言えば言っていたわねそんな事」
メローヌが小さく感心したような声を出し、アレリアは思い出すようにして顎に手を当てながら過去のやり取りを思い出しているようだ。
エーデルの枯れた声が続く。
「輪廻転生。素晴らしい可能性です。命果てようとも翌生に己の意思を繋げられる神秘の現象。来世があると信じれば死さえも厭わずに命を懸けられる偉大なる神の恩寵」
「そうね。必ずあると分かっていればね」
そんな想定も無く偶然にも輪廻転生を果たした元ロードのプリンセスは色々と思うところがありそうな表情でエーデルの言葉を認めた。
そしてその一言にエーデルは強く反応する。
「左様で御座います! 輪廻転生は確実にあります! 歴史が証明しております! しかしその確率、いや可能性たるやどれだけのものでありましょうか。誰もが死にゆく己の幸福な来世を願いながら、しかして生まれてきた赤子がそれを告げるなど万に一つどころか数百万でもきかず、歴史で数えられるほどの回数しか発見されていない。嘆かわしいほどに小さな実現性に御座います」
「完全記憶の実例は本当に珍しいみたいね。朧げな前世視持ちはたまに見つかるようだから、見つかった者は教会ですぐに保護されるらしいわね」
「それほど稀有な事でありますれば。完全記憶は英雄の素質の一つにもなり得ると言われ、大半が大成してきた事実もまた輪廻転生の魅力をかき立ている事で御座いましょう」
自身も魔術師でありエーデルに教えを請うていただけあって、二人の間で話しは非常にスムーズに進んでいく。メローヌはふむふむと二人のやり取りを聞いていた。
アレリアもメローヌも今非常に稀と言われたばかりのどちらも完全記憶を有した輪廻転生者である。興味深い話には違いない。
「神学者によれば、人の魂は神の恩恵により保護されており、死後はその魂を検められるが為に、転生の選別を抜けられるのはごく僅かでは無いかと言われております」
「ふむ」
「ふむ」
<ゴブリン災禍>にて数千人単位の虐殺の実績を持つ元ゴブリンロードと、それとは別に物理的に人を食った経験のある元オーガが声を揃えて反応する。
どうやらエーデル言うところの神の選別とは人でなかったものへの適用基準が違う仕様らしい。
次第にエーデルの言葉は熱を帯びてくる。
「可能性だけを見せて、その実態は見込みには程遠い確率など哀れではありませんか。輪廻転生とはもっと人々にとっての現実的な救いの手段であって良いはずです!」
「それがお前のテーマなわけね」
「左様で御座います! 人為的な輪廻転生の実現。これこそ人類にとっての新たな福音となるに違いありません!」
バッとローブを広げて手を掲げ、己が人生の目標を声高に叫ぶエーデル。
薄暗い部屋で無数の死骸に囲まれ、血臭をこびりつかせ、怨嗟の声さえ聞こえてきそうな死したゴブリン達の虚ろな瞳に見つめられた中心で、人類に革新的な救済をと告げる呪術師。
冒涜的な光景であった。
「私めもかつては色々と試して参りました。輪廻転生があるならば死は寧ろ救済であると説いて多くの者に輪廻転生の機会を与えたこともあります」
「それって、自殺幇助もしくは単純に大量殺人じゃ」
「しっ、黙ってなさい。この狂人は本気よ。とりあえず今は喋りたい事を全部喋らせた方がいいわ」
「はぁ」
二人がボソボソと話し合う間もエーデルは饒舌に語り続ける。
「しかし、副産物的に得るものはありましたが、その後の追跡調査では目ぼしい成果証明とはなりませんでした。口惜しい限りです」
「どうやって調べたのかしら」
「説いた彼等の死に際には私めが必ずおりましたので。産婆院に通い詰め、私めが分かりますかと聞いて回った次第で御座います」
「暇人の極地みたいなことしてますね」
「いや待って、下手したらこいつ自分で殺ってるのよ。万が一本当に輪廻転生出来てたとしたら、来世の救いとか言いながら自分を殺した相手が転生先まで追いかけて来たようなものよ。ホラー過ぎるでしょ」
「…………想像出来ました。この人マジもんにヤベーですね」
「うーん……」
「うへぇ……」
あまりの人非人な行いに流石の姫と侍女も絶句する。
というか非人道的な行為において元ゴブリンと元オーガの言葉を失くさせたのである。アレリアもメローヌに似たような事をしたとも言えるが、彼女らの邂逅には偶発的なものが絡んでおりアレリアにそこまでの悪意は流石になかった。
いずれにしても平然とソレを行えてしまうエーデルはヤバすぎであった。
そんな人でなしは哀しそうに顔を歪めて大袈裟に嘆いてみせていた。
「生とは誠に過酷なものに御座います。ただ生きるだけでも日々の糧を稼がねばならず、事故、魔物、不運、貴族、病気、災害。あらゆる難事が必死につなぐその生すら刈り取らんと魔の手を伸ばしてきてしまいます」
「この人今サラッと貴族ディスかましてきましたよ」
「まー、中には横暴なのも確かにいるから仕方ないわね」
「その点においてただ生きているというそれだけでも大変に目出度く素晴らしいことと、全人類を称賛申し上げたいほどにございます!」
「また大きく出たわね」
大量の死亡教唆自白の舌の根も乾かぬ内の人間讃歌は風邪を引きそうな程の温度差であった。
自説に感極まっているのかやたらと大袈裟な身振りをかざして机の上でクネクネとしている。
「凡人の生とは本当に辛いものなのです。生きているだけで素晴らしいというのに、それを実感できぬほどの他者との軋轢、正を謳歌するには無味乾燥ともいえる乏しい娯楽快楽の楽しみ。優れた者であれば実力で未来を手繰り寄せる事もできましょう。私とて寒村の出ながら運に恵まれたが為に英雄の末席に名を連ねる機会を得ましたが、これを他者にも見習えなどとは口が裂けても言えませぬ」
「……話し長いわねこいつ」
「あ、姫様さては飽きてきましたね」
血塗れの解剖部屋の中心で熱弁を振るい続けるエーデルであったが、それを見るアレリアの瞳は既に大分冷めてきていた。
大きなあくびが一つ出るほどである。
「くぁ。結局研究の成果とやらもまだ見せてもらってないし勿体ぶるなら帰ろうかしら」
「はしたないですよ姫様。帰りますか?」
「そうねぇ。かといって手ぶらで帰るのもなんだし、久々に来たから良さそうな魔術触媒とかあったら接収していこうかしら」
「言いながら物色し始めないでください」
そのままガサガサと慣れた手つきで引き出しや棚を漁り始めるアレリア。
狭い机の間をドレス姿でスルスルと器用に抜けていく。
部屋の中央ではまだエーデルが興奮気味に自論を展開している。東方文化圏がどうとか獣憑きがどうとか難しそうな話を繰り返していた。
「うーん、コレはいらない、アレもいらない。あ、この宝石はいいわね。メローヌ持ってて」
「あ、はい。しかしホントに手慣れてますね」
「大分通ってたからかしらね。あら、なにかしらこれ」
手早く選別をしていく中でアレリアは一つのガラス小瓶を手に取り首を傾げる。
ジャラッと音を立てたその中には小さな小さな金の粒が大量に詰められていた。
(つづく)
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