【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
華々しい日が訪れた。
竜食祭だ。
それは結果的に国を挙げてのお祭りとなった。
各国からは貴族達が賓客として多数訪れ、首都ガデドヨルールには色とりどりの花があちこちに飾られて祭りの賑わいを盛り上げていた。
道行く人の誰もが今日ばかりは笑顔を絶やさずこの祭りを祝福していた。
道を走る様々な装飾がされた普段見ることの無い他国の馬車達。
街路のゴミや汚れは掃除され、流れの楽士達がそこかしこで陽気な音楽をかき鳴らす。
街の人々は肉や酒を口に運んでは肩を叩きあい、笑いあっていた。
この三日間の為にアレリアは巨額の支払いをエーデルに課した。死罪数十回分に相当する罪罰ロンダリングが行われ、その全てを見させられたメイドの感想は虚無だった。
国民の全てにこの期間中十分に飲み食いできるだけの酒と肉が用意された。それは奴隷の分ですらも例外ではない。
王都にある者達にはごく少量ながらも金になり難い竜のクズ肉も配られ、都から離れた町村にも恩赦は分け隔てなく与えられた。
全体ではお触れぐらいしか無かったアレリア姫の王位継承権授与式からほんの一ヶ月と少し、僅かそれだけの間しか離れぬ中で催された大々的な祭りに人々は湧き上がった。
急な話であっただけに便乗して色々な催しを開くにはいかなかったが、それでもエレツ王国の誰もが竜食祭の恩恵にあずかる事ができていた。
竜食祭によって借金の返済が進めば、将来的には利子を払う為の重すぎる税の軽減すらもあり得ると聞いて誰もが喜びに吠えた。
人々は讃えた。
若き次期女王の未来を。自分たちの明るい未来を。
「アレリア様万歳!」
「アレリア姫様にカンパイ!!」
自分達を救う新たな王の可能性に沸き返っていたのであった。
〜 ◯ 〜
一方その頃、彼女こそ真の王とまで称賛されていた王女その人は。
「ゲホッゴホッ、ゴホッ。ウェーッ、ゲフッ、ゲホォッ」
「あー、もう大丈夫ですか姫様。なんかその咳全然治らないですね」
フラフラとして咳き込みながら机に向かい書き物をしている途中であった。
服だけは最後の本気用のドレスを一張羅としてバッチリ着込んでいる。
だが顔はまだ多少青褪めており、時々頭をフラフラと揺らして調子が悪そうだ。
「もう一週間になりますっけ、姫様の主催決裁が必要な大半が終わったところで後はナスラム様に託して突然バタンですもんね。最初の三日はベッドからも出れないとか無理しすぎですよ」
「ごほっ、いいのよ。それでも全部なんとか間に合ったんだから。ここまで長引くのは、想定外だったけどね」
「いくら若いからって徹夜の回数も限度があるんですから。人間は案外脆いんですよ」
「みたいね。実感してるわ」
今日は竜食祭の一日目にあたり、晩餐ではいよいよ竜の実食の一回目が他国の貴族を交えて振る舞われる。
今はまだ午前で余裕があるが、晩餐までの間にアレリアには他国の貴族との会合がニ件控えている。
書いているのは残りの四日間でそれぞれ面会を予定している各国重鎮への招待状の書き直しだ。
ナスラムが他の仕事の合間で死にそうな顔をしながら事前に代筆して準備してくれていたのだが、一部の予定外の賓客を受ける事になり日程の組み直しとなってしまったのだ。
賓客対応は父王クタリヤ・オルトナー、母妃ポスト・オルトナー、王位継承姫アレリア・オルトナー、及びエレツ王国の重臣それぞれが総出で分担した綿密なスケジュールが組まれてものだったが、この急な予定変更には全員が目を回しているに違いなかった。
なお王族にはもう一人、アレリアの弟にあたるルチホ・オルトナーがいるがまだ幼い彼は城内の自室で大人しくしているのであった。
「ん〜、よしっと。ごほっ。これで招待状の書き直しは大丈夫ね。待たせちゃ悪いから面談の部屋に向かいましょ。けほげほっ」
「分かりましたーですけど、その顔色と咳はなんとかしないと流石に人前出るのに見栄張れませんよ」
「ほんとね。ごほっ。でもこんなこともあろうかととっておきの強力咳止めは調薬しておいたから打ち合わせてる間ぐらいは大丈夫よ。んんっ」
少しフラつきながらアレリアが戸棚から薬箱を取り出し、中に仕舞われていた試験管一本と飴玉を一つ口にいれる。
その間にメイドは小箱を持ってきていた。
「んくっ。あむ。ん、強過ぎるからあんまり身体には良くないけど、これで少ししたら効いてくるはずだわ。こほっ。化粧はメローヌに任せるわね」
「ほいほい。そしたらじっとしててくださいね。ささっとやっちゃいますので」
「お願いするわ。んんっ」
丸椅子に座って目を閉じるアレリアに向かい、メローヌが化粧道具の入った小箱を開けてパタパタと化粧を姫君へと施していく。
普段は若さゆえに化粧など必要のないアレリアであるが、今日ほどゲッソリと調子を崩していてはしないわけにはいかなかった。
なにせ竜討伐の立役者であり、エレツ王国の新たな力の象徴の一つとなったのがアレリアなのである。
それが登場から青褪めてよろけていたりしては話にならない。
すっくと立ち、凛とした姿を他国の貴族達に見せ、次代も堅調なエレツ王国侮り難しと思い知らせなければならないのが、彼女の今回一番の役目なのだ。
あらねばならぬ形を思えば、謎の体調不良などには負けてなどいられないのであった。
「午後の2件は結構相手との距離が近いからバレないように自然に、でもしっかりね」
「あいあい姫様。難しい事平気で言いますね。……しかしまさか化粧まで覚えさせられるなんて王宮は怖い所ですねー」
「ていうかメローヌ貴女ほんと器用ね。オーガってもっと粗雑な事しか出来ない印象だったわ」
サクサクとアレリアの顔色を整えていくメローヌの技術は確かなものであった。
指摘を受けても平然としたまま手を動かしつつメイドは答える。
「いやこれはメイド長のせいですよ。あの人、一見大人しそうですけど教育がヤバいんですって」
「あぁ、メイド長? 私には全然だけどそんななの?」
「そりゃ、元オーガが小うるさくなったり、マメな掃除が出来るようになったり、人に化粧までできるようになるんですから尋常じゃないですよ。私にはあっちの方が鬼に見えますからね」
相変わらず表情は変わらないが、声だけは辟易したとでも伝えたげな音を漏らすメローヌ。
それを聞いてアレリアは内心少しぐらいはメイド長の言う事をちゃんと聞くようにしようかと思いなおす。瞬間で忘れる決意だったが。
ともあれ、元オーガの調教済みメイドは変わらぬペースで道具を使い分け、アレリアのきつめな顔つきも少しは穏やかなものへとついでに変えていき、気づかれないように会話を続ける。
「それにまぁ、オーガって言っても所詮は前世の話ですしね。今世が人間なら人間らしく生きるだけですよ」
「ほんとよくそんな達観出来るものね。……私も、見習った方がいいのかしらね」
「おや随分弱気な。もしかして調子崩したのも、なんか悪い物でも拾い食いしたとかからですか?」
珍しくしおらしい事を言い出した姫君をメイドは茶化すが、そんな言葉にもアレリアはいつもの勢いで返すことが出来なかった。
「そんっ……っ、な訳じゃないけど、寝込んで動けない時に少しだけ思ったのよね。あぁ、私は生きていられるんだなって」
「どういうことです?」
「3日も身動き取れないほど弱っていても、ご飯は食べさせてもらえるし、命を狙われることも無いんだなって思ったのよ」
「そりゃ姫様なんですから当然じゃないですか。国内で今、姫様の命が欲しい人なんて一人もいませんよ。知らないですけど」
本当に一人もという事は無いはずだが、それは言わぬが花というものである。
「ふっ、そうね。でもそれは私がゴブリンだったら違う話しよね。この部屋で寝ているのが緑肌で大きく口が裂けた鷲鼻に大きな腹を丸く出した醜い小鬼だったら、安心して無防備を晒すなんて絶対に出来ないことよね」
「そら即討伐でしょうね」
メローヌは当たり前の返答をする。
目をつぶったまま化粧を施されていくアレリアは自分に言い聞かせるように静かに語る。
「だから少しだけ思ったのよ。私の身体はもうゴブリンじゃない。人間なんだなって。だから、復讐復讐って生きてきたけどちょっとぐらい今の自分を見つめ直してもいいんじゃないかなって」
「見つめ直したんですか?」
「一応ね」
「そうですか。それで、考えは変わりましたか?」
アレリアは結構大事な話をしているはずだが、メローヌは終わりに近づいた化粧を淡々と進めていく。
メイドには世間話程度のインパクトでしかないらしい。
閉じた瞳の奥で深く考え込んで、アレリアは呟く。
「そうね……」
言葉を溜める間に化粧が終わる。
「ほい。もうオッケーですよ姫様」
「答えは、出たのよ」
目を開き、立ち上がり、アレリアは宣言した。
(つづく)
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