【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
「ごほっ。んんっ」
そして今はアレリアがレンとエーデルに無理矢理に頷かせた竜食祭の玉喰い、その時である。
効果の切れかけた咳止めの合間に漏れてしまった小さな咳を誤魔化す様に喉を鳴らし、アレリアが追加の飴玉をサッと口に放り込む。刺激が強く身体に余り良いものではないが、今を乗り切る為に背に腹は代えられなかった。
主催者として彼女は声を張る。
「さぁ、皆さま! ショーのお時間よ! 肉に注目してくれていて構わないけど、ついで程度で見ておくといいわ!」
「姫様いいんですかそんなので」
「いいのよ。やった事実があればいいんだもの」
すぐ後ろに控えていたメイドのメローヌがそっと聞くが、アレリアはそれに当たり前のように頷いた。
そして目当ての食材が運ばれてくる。
すっくと背を伸ばして座るレンの前には竜の睾丸が、陰鬱として背を丸めているエーデルの前には竜の脳みそが。
切り出してそのままの形でドンと置かれた。
どちらも中々のサイズである。
「さぁ、どうぞ」
「いや、姫様流石に生はいかがなものかと」
「左様ですなぁ、しかしプルプルとしていて、これはこれで楽しみで御座いますな」
「エーデル様それいけちゃうんですねヤバ」
観衆と化した王族貴族達はおぉとどよめくが、流石にレンもエーデルも驚いていた。
そんな二人に丁寧な説明を行うアレリア。
「だってほら、食べやすくキチンと調理してあったら、見てくださってる皆様方に本当にその部位を食べたかどうかが伝わりきらないかもしれないじゃない? だから見た目のインパクトも十分な素の形のままにしてあげたのよ」
「インパクト以外の問題を全て無視してるの潔いですね」
「でっしょ! 次期王の慧眼による丁寧な配慮だと讃えてくれても構わないのよ」
「ボロカス言わせて頂くのは後に取っておきますね」
「聞こえてるわよメローヌ」
聴衆に聞こえないようにと小さな声で呟いた言葉もアレリアにはキチンと届いていた。
そして流石にまだ手をこまねいている二人を促していく。
「ほら、早く食べなさいよ。見せ物なんだから躊躇してたらチキンだと思われるわよ」
「いや、しかし姫様これは」
「うむうむ。これは形を維持している脳膜は破いて中を掬うのが良さそうですね」
「エーデル様は食べ方吟味してただけでしたね」
フォークとナイフを手に持って取り掛かるエーデルをおいて、アレリアがレンに話し掛ける。
「ほら、よく知らないけど東方人は内臓の生食とか普通にするんでしょ? 鮮度に関しては解凍したてだからそう悪くなってたりはしないはずよ。貴方も出自は東方人なのだからいけるわよね?」
「はぁ、仕方ありませんな。こんな事になるのではないかと準備しておいて正解でしたな」
「あら、読まれていたのね。相変わらず勘がいいじゃない」
「勘というか、普通備えますよねこんな露骨な悪意」
呆れるメローヌはおいておく。
そしてレンは腰元からガラス小瓶を一つ取り出す。その中は黒い液体で満たされていた。
「これを使うしか、ありませんな」
「なにかしらそれ」
「マイ醤油です」
「マイ醤油」
「醤油持参で西方貴族諸侯が列席するパーティーに来る人初めて見ましたね」
コトリと置いた小瓶の蓋を開け、レンが中身の黒い液体を丸々とした竜の睾丸へとさっとかける。
アレリアが唸る。
「なるほどね。それが貴方の秘策なわけね、やるじゃない」
「醤油かけただけでなに好敵手を認めたみたいなこと言ってるんですか」
「生臭い活け物には醤油。これが東方人の知恵です」
「くっ。侮れないわね東方文化。勉強不足だったわ」
「事前に危険を知っててとった対策が醤油で、それが有効ぽく扱われるとかなんですかこの茶番」
メローヌが無表情に溜息を吐く。
レンの隣ではエーデルがでろりと形の崩れた竜脳にスプーンを突き刺し掬っていた。
エーデルはうっとりとそれを見つめている。
「ん〜、プルプルと揺れる様が素晴らしいですねぇ。では、麗しき姫さまと竜の叡智に感謝を捧げ、いただきます!」
ちゅるん。
「ほああっっ!!」
口へと入れた瞬間にエーデルは身体をびくりと振るわせて叫び、ごくりと嚥下した。
そのまま彼は顔を机に向けて俯け、ぶるぶると小刻みに震える。
「むむむむむむ…………」
「これは?」
「やったのかしら」
「さー、どうでしょうかねぇ」
レン、アレリア、メローヌが三者三様の反応を示す中、少ししてエーデルは勢いよく身を起こすとがっつくようにしてスプーンを振るい、勢いよく竜脳を食べ始めていった。
「ちゅるっ、ずずっ。んむぅっ。なるほど、これは。ふむむっ。はむっ。素晴らしい。素晴らしいですね。そうか、そういう、うほぉぉぉぉっっっ」
「んん?」
「どっち、なのかしらこれ」
「一撃脳死コースではなかったみたいですけど、狂われてしまったのか、単に興奮してるだけなのか元が狂い気味なせいで判別つきませんね」
成功なのか失敗なのか、はっきりしないエーデルの反応に困惑する一同。
その間もエーデルは枯れた声を色づかせながら食を進めていく。
「良いっ、良いですねぇ。んぇあ゛あ゛あ゛あ゛! あむっんんっ。んん〜これは、感服、感服でございますねぇぇぇ。素ん晴らしいぃぃいひぃぃぃっっ!」
「こいつは本当に、訳が分からん」
レンも沈痛な面持ちを隠せていない。
「なんなのかしらね」
「メリットデメリット両方が濃淡含めて様々な形で出るらしいですし、下手したらどっちも出てますねこれ」
「そう」
メローヌの分析を聞いて、アレリアは今の時点で答えを出すのを諦めた。どうせ半ば人間を辞めているような呪術師である。様子見の内から理解しようとしても徒労に終わるのが見えていた。
仕方なくレンへと視線を向ける。
「ほら、もうあっちはいいから貴方も食べなさい。前座は十分でしょ」
「そうでしたな」
気を取り直してレンも自分の獲物に向き合う。
キコキコとナイフを鳴らして丸い竜の睾丸から口に入る程度を切り出し、皿の隅を醤油受けにした黒い液だまりにちょいちょいと竜睾丸の切り出しをつける。
「では」
「早くいきなさい」
「いただきます」
パクリと口にした。
そのままもぐもぐと口を動かして咀嚼した後、静かにそれを飲み込んだ。
「ふむ」
「どうなの……?」
「意外といけますな、これ」
そう言って二口目をひょいぱくする。
「は……?」
「あらら」
目を点にするアレリアの前でレンが非常にスムーズに食べ進んでいく。
その様にはなんの違和感も無く、痩せ我慢している様子も全く見受けられなかった。
「やはり鮮度。冷凍明けとはいえ、魔力保持の凍結陣は生の如き鮮度を維持していて遜色ない新鮮さですな」
「ノーリアクションとかあり得るのこれ?」
「レン様の才能が超越し過ぎてたか、同種の玉喰いをもうどっかでやってたかですかねぇ」
強力な力が凝集された部位のはずである。
本来ならば例え英雄であろうとも幾ばくかのショックを受ける事は免れないはずだとアレリアは考えていた。
自身の体験を元にすれば、床をのたうち回って必死にその強過ぎる衝撃を飲み込むべく全身全霊をかけねばならぬはずだった。
暴れる竜の力は人の身には余りにも重過ぎるため、ともすれば口から飛び出そうとする衝動を口を押さえて塞ぎ込み、勝手に飛び跳ねようとする我が身を抱き締めるようにして耐え忍ぶのは必然ともいえるほどの力だ。
くぐもったうめき声が外までは聞こえぬようにする為にアレリアがどれだけ苦労させられたのか。
それを身をもって知っているからこそ、彼らの無様を笑うべく愉しみにしていたというのに。
しかしレンの様子には変化も違和感も無かったのだった。
(つづく)
読んでいただきありがとうございます。
次回の更新は明日の今頃です。