【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
指をくねりと振りながらお姫様は答える。
「王の度量、というやつよ」
「はぁ」
そこそこ長い期間抱いていた疑問を、メローヌが改めてぶつけてみれば自信満々にそう答えたのはアレリアだった。
繋ぎの間から来客用のサロンへと移り、お茶受けと紅茶が供され、他の侍女達が下がり、残るのを許されたナスラムの従者とメローヌとだけがそれぞれの主人の背後に立ったところで、メローヌがふと疑問を口にした結果がこれである。
「東方の言葉に『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』という言葉があるわ」
「はぁ」
「でも、袈裟を汚してもびりびりに破いても、坊主が鬱陶しく思うだけで、どうにかなるわけではないわ。袈裟も新しくすれば済む話よ」
「確かにそうですね?」
「僕は汚されるのも、びりびりに破かれるのも、新しくされるのも困るけどね」
「そういうことよ」
「はぁ、なるほど」
本当に息のあった二人である。
アレリアは紅茶を静かに飲んで喉を湿らせると、クッキーを振りかざしながら持論を続ける。
「目的を得るのに効果が無いなら無駄なことをしても仕方ないじゃない。それに私は王よ。女王に成る者なのよ。民が焦がれる王たる者はそれぐらい呑み込んで前へ進むべきだと思わない?」
「私に帝王学は分からないですねー」
「こいつがくれた本にそう書いてあったのよ」
「そうそう、「王たるものの心得」って西方語で書かれた本で、どっかの引退した王様が書いた本らしいよ」
「へー。あ、ナスラム様が持ってきたんですか?」
「そうよ」「そうだね」
「あれでもそれで学んだって……」
ナスラムへの接し方をナスラムの持ってきた本から学んだ、ということの意味を考えた時にメローヌはすぐある事実に気が付くが、それを口にしかけた所でナスラムに止められてしまう。
「せんの」
「それ以上はストップで」
「う、あ、はい。かしこまりました」
「何の話よ?」
意味ありげな会話をした婚約者と従者の言葉にアレリアが疑問の声を上げるが、すぐにはぐらかされてしまう。
「いえ、姫様は脳みそゴブリン並みだなと思っただけです」
「はぁ!? それを言うなら貴女は脳みそオーガ並みでしょ!? この脳筋侍女!」
「君たちのその罵りあい、淑女として最底辺だから今すぐやめた方がいいと思うよ僕は」
沸点の低いアレリアを煽って遊ぶ侍女を見ながら、事情を知らないはずのナスラムは呆れ顔で二人をたしなめるが二人には聞こえていない。
そんなくだらない雑談を幾つか交わして場が温まったところで、ナスラムは本題に入る。従者であるメローヌは貴人同士の会話になるようだと場を読んで、静かに口を噤んでいく。
ナスラムは席を立ち、一歩だけ横に逸れてからその場で傅くと、恭しく口上を述べる。
「さて、アレリア様。いえ、アレリア・オルトナ―王姫殿下。この度は王位継承権の授与。誠におめでとうございます。臣下として王国民の一人として大変喜ばしく思っております」
「ありがとう。良かったわね。貴方の王配権の駒も前に進んだことになるわね」
「成人にも満たぬ若輩者には過分な身の上です」
「安心なさい。婚約者を変えることは私には出来ないから」
「ご迷惑をお掛け致します」
王位継承権を得た王女の婚約者となればナスラムは将来の王配である。
この国での王位継承権所持者といえば、王の次にあたり、宰相よりも大臣よりも騎士団長よりも王妃よりも上の立場である。頭を押さえられているとはいえ、立場だけで言えば既にほとんど誰の文句も受け付けぬほどの権力であった。
だが現実問題としてどんなワガママでも通せるかといえばそうもいかない。度々改正されつつも建国時より定められた王国法により首一つ切るのにも実際には相応の理由が必要であり、何より借金で弱体化した今の国家では要人の理解と協力を反故にしてまで一方的な強権を振るう余地は持ちえないのだった。
そしてその要人には、<ゴブリン災禍>を終わらせた救国の英雄レン・バーランドが持つ、国民からの絶大な信頼というものが含まれていたのだった。
「あわよくば手討ちにでも出来ないかと思って挑発してみたけど全然ダメだったわ」
「お戯れはほどほどにてお願いできればと存じます」
「貴方のお父様が忠節を示している限り、私の婚約者は貴方だけね」
「王姫殿下の御威光を世に示せぬこと汗顔の至りです」
要は「おめーのオヤジの見え透いた権力欲のせいで好き勝手できねーんだわ」「僕の意志じゃないけどごめんね」というわけである。
もちろん国民からの信が厚いとはいえ簒奪者になれるほどではない。ゆえにレンは手順を踏んで、王権に手を伸ばしていたのだった。
いずれアレリアが女王となり、ナスラムが王配ともなれば、レンは王の義父へと至る。
更に子を成したその後アレリアに不幸でも起これば、この国は彼の思いのままとなるだろう。
一介の冒険者から王権へ。
当時適当な姫がいなかったがために、彼自身が王配位につくことは出来なかったが、それは夢物語のようなサクセスロードに違いなかった。
アレリアに不幸が起こりうるなど、不敬が過ぎる言葉である。
だが、ナスラムに罪は無い。
「貴方が謝ることではないわ」
「それでも、父上の意向に逆らえぬ我が身を恥じております」
「父親に似て口が達者ね。嫌いじゃないわ。本当よ。才のある者は重用されるべきだわ」
才あるものが多ければ集団はより強くなる。それはアレリアが前世で学んだ事実の一つだった。
そしてナスラムには、父にも逆らえず、父を嫌う婚約者ともうまくやっていかねばならぬ、雁字搦めの境遇の中で強かに生き抜いていくだけの強さがあった。
だからこそアレリアは彼を嫌いになることが出来ない。彼は十分に上手くやっていた。
「それで、今日はどんな献上品があるのかしら?」
「はっ。我らがエレツ王国内での流通のみ認められている奴隷の死亡率の偏りに関しての報告書です。改ざん前の物です」
アレリアはそれを聞いて少し目を開いて驚いてみせる。
「やるじゃない。検証は可能なのよね?」
「はい。紙の記録は弄れますが、人の動きまでは隠せません。墓地の死体で証明できます」
「十分ね。使わせてもらうわ」
「はっ。ありがたきお言葉です」
「メローヌ。念のため後で現地を調べておいてちょうだい」
「かしこまりました」
にじり寄ってきて差し出された紙束に目を通してアレリアが満足げに頷く。
バーランド侯爵家の弱点の横流し。
これこそがアレリアがナスラムを重宝する最大の理由であった。
当初はアレリアから要求したわけではない。ナスラムが自主的に父親の不利になる情報を漏らし始めたのがきっかけだった。もちろん今回ほど決定的な情報が提供されることは滅多に無い。
初めは母が抱えているレンへの不満だとか、剣術訓練で運よく一本取った時の隙だとか、そういう雑談に毛が生えたような他愛もないものだった。
だが、当時人嫌いを拗らせており会話さえままならないのに対し、その手の話しには俄然興味を示すアレリアの歓心を得るため、父からの重圧を避け自身の生きる活路を得るために、ナスラムは健全に歪んでいき、遂には父の不義の証拠をアレリアに提出するほどになっていったのであった。
「ふん。ゴブリンに奴隷が殺された為に再購入、ね。今のこの国でそれを書いておけば何でも通るわよね」
「<防波の英雄>レン・バーランドの印が押してあれば、疑う者もいないでしょう」
「奴隷制度も、一度は廃止されてたこの国で負債を払い終えるまでの急場凌ぎとして提案したのだって、そもそもの話しレンとエーデルのアイディアだって聞いたわ。ほんとこの数字の内のどれだけが本当にゴブリンに殺されてるんだか分かったもんじゃないわね」
「父上やエーデル様と敵対したくはありませんが、今の奴隷の扱いは非道が過ぎます。今や口減らしが目的にさえ見えるほどです」
跪いたままナスラムが苦々し気に吐き捨てる。難しい環境で歪んでしまってはいたが、彼の感性は真っ当で健全な成長を遂げていた。
もっともそれは目の前で、未だ彼に休めの許しすら与えないアレリアの善性を信じてのことではない。むしろ時折見せる冷徹なまでの王者の目線を感じ、毒に毒をぶつけるがごとき覚悟をもって彼は綱渡りを続けているのであった。
「ま、超々短期的には手っ取り早い方法ではあるわよね。先の事を考えてないやり口だけど」
「…………はい」
この言葉が平然と出てきてしまうが故にナスラムはアレリアを愛することは出来ない。どれほど愛らしく可憐であろうとも、常に怖れが先に立ってしまうのであった。
足を組んで頭上でペラペラと資料を見ながら呟く様は、とても14の少女に出せる威厳ではなかった。
「耕させて育てさせて収穫させて、十分に食べさせる前に他国に売ると。新設の奴隷法では他国への奴隷の売却は認めさせていないし、ほんの15年前までは普通の国民だった人たち相手によくやるわね。これじゃ墓地の数が合わないわけだわ」
「ゴブリンを討ち逃すという報告は、ゴブリンの天敵を表明する父上としては許せぬのでしょう。いなくなった奴隷の数はいつもきちんと報告まではされています」
「ということは一部の死体はゴブリンかもしれないわね。くるんでしまえば数の誤魔化し程度にもなるものね」
資料を大体見終わったところで、アレリアは紙束をメローヌに渡す。
そしてニッコリと笑うとナスラムに面をあげさせ、微笑む。
「えらいわ。これは大手柄ね。何かご褒美が必要かしら?」
「では、出来れば奴隷たちの環境改善と、他国への売却防止の監視に力を注いでもらえるよう、ご助力いただければ……」
「……はぁ。継承権を得た途端にこれを持ってくるあたりが本当に強かよね貴方。今日からの私なら介入も出来るだろうから、時間はかかるかもしれないけどやってみるわ」
「ありがとうございます」
親への背信の咎を背負ってまで行った報告の褒美に望む物が、奴隷への助け。彼は優秀でありながら、本当に正しく心優しい形で育った少年なのであった。
(つづく)
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