【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
「竜肉を!! よこせぇぇ!!」
バンと勢いよく開かれた扉の向こうから聞こえたのは威勢良く張られた声だった。
誰しもの視線がそちらに集中する。
現れたのはいかにも粗野という言葉を具現化したかのような、野人の如く腰布一枚だけを履いた荒々しい風体の男であった。
手に持っている武器も剣などでは無い。
いかにも硬そうではあるが、握りの良さそうな太い枝をそのまま持ってきたようなただの棍棒であった。
男はキョロキョロと辺りを見渡すとまだ事態を飲み込めていない近場の貴族へと目を向ける。テーブルには食べ掛けの竜肉がまだ残っていた。
「竜肉!! それだ! それを寄越せぇぇぇ!!」
血走った目で叫びながら男は棍棒を横に振り、薙ぎ払うようにして周囲の高貴なる邪魔者どもを吹き飛ばそうとする。
目的を得る為にまず暴力へと訴えかける思考の流れは淀みなく、これまでもそうしてきたのだろうと簡単に彷彿させることが出来た。
「邪魔だぁ!!」
男の原始的なルールが、咄嗟の事に反応出来ずまだボヤッとしていた末席の貴族を吹き飛ばそうとする。
だが、その直前でこの場の守護者がその蛮行に待ったをかけた。
「邪魔はぁ! あんたよ!!」
ゴガッ! と激しい音がして男の側頭部にヒールが突き刺さるようにしてぶつかり、振り抜かれた脚によって男は勢いよく転がり飛ばされていく。大ホールに一つ置かれた大時計にぶつかり激しい破砕音を立てた。
「ぐああっ!?」
「品が無いにも程があるわね。この場は私の領域よ。荒らしてくれようなんてよくも思い上がってくれたわね」
「竜、竜肉……」
「ちっ。何があったか知らないけど正気じゃないのね。腹立たしい」
大時計の残骸をガラガラと払い除けながら男がうわ言のように呟きながら這い出てくる。
遠くでは王城内最後の大時計が破壊された事を知ったクタリヤ王が声にならない悲鳴を上げていた。
確かに頭に一撃いれたはずだが、男はピンピンしておりまだ戦意十分なようであった。
ここでアレリアもうっかり時計を壊してしまった事に思い至る。
「あっ。時計! しまったわ。イライラしてたからつい」
「つい、で壊すにはデカい損失ですね姫様」
「うるさいわよメローヌ。ほら、杖と魔術書」
文句を言いながら後ろを振り返らずに手だけでメイドに催促をする。
求められてメローヌはすかさずメイドポケットから取り出した戦闘用の大振りな杖と大型の魔術書を取り出してアレリアに渡した。
「はい姫様。戦える場所は狭いので周りをこれ以上壊さないように上手くやってくださいね。私も手助け出来ませんので」
「分かってるわよ。折角だから見せつければいいんでしょ私の力を」
「そういう事です。ふれーふれー姫様。がんばれがんばれ姫様」
「周りが見てるんだからいつもの調子で茶化すのはやめてちょうだい」
軽い掛け合いをこなした所でアレリアは乱入者の男へと向き直る。竜殺しは伊達では無いという証明が今ここでは求められていた。
相手はちょうど大時計の残骸から完全に抜けきったばかりのようだ。
「ううう……! 竜肉、竜肉を食って俺はもっと強く……!」
「強さだけは準英雄級か。こんな奴に見覚えないし、裏がありそうねぇ」
「竜肉ぅ!」
「うるさい!」
棍棒を振りかぶりながら飛びかかって来た男の突撃に合わせるようにして片手で杖頭を突き出し、相手の勢いをカウンターにしながら眉間へとぶつけ、押し返す。
「ぐあっ」
動きは素早く、力も相応以上にもっていそうだった。
今アレリアは危なげなく動きを制して見せたが、その実力は暫く前に会った上級冒険者パーティーをまとめて相手に出来そうなほどに油断ならないものであった。
居並ぶ王侯諸侯達もこの世界の掟に則って全員が原則として武闘派な為、この男の危険度がどれほどであるかは肌でしっかりと感じ取っているようだ。皆一様に真剣な面持ちで事の推移を見守っている。
アレリアの牽制から男はすぐに立ち直り棍棒を浴びせかける。
危なげなく王女はそれをいなすが、直ぐに次の打撃が降り注ぐ。
「があぁっ!!」
「ちっ。これダメだわ。メローヌ! 魔術書持ってなさい!」
「はーい」
吠え猛る男の乱打は呼吸を忘れたかのように絶え間なくくり返される。
相手の勢いを察して素早く判断を切り替えたアレリアは、棍棒を受け流す為には邪魔になる魔術書をメイドに投げ渡して杖に集中できるようにする。
接近戦が本職ではない魔術師では攻撃に転じるのに一拍が必要そうだと相手の様子から認識を改め、そうして一歩も引かず両手で握り直した杖で全てを捌き切ることに集中し始めたのだった。
だが、アレリアが魔術師であろうと、この場の貴族の過半には打ち勝てそうな半英雄となった男が相手であろうと、竜殺しのアレリアに求められているのはコレを圧倒するような勝利であった。
そしてそれは、下手人である騎士団長からも求められていた。
「さぁ姫様。英雄に足を踏み入れられるのならば、この程度の障害で無様など晒さずに頼みますよ」
「けしかけた側が良く言いますなぁ」
「言っただろう。直接に手などくだしてはいない。たまたまこうなっただけだ。ふふ。だが良い仕上がりに見えるな。一号としては悪くない」
大ホールの反対側の壇上から高みの見物を決め込む騎士団長レン・バーランドと筆頭術師エーデル・イー。
誰にも聞かれてはいないが、その会話は不穏なものであった。
「人はどこまでも強くなれる。才能と鍛錬と運の果てに人は英雄を生み出す。これを額面通りだけに捉える者はいるまいよ。統治に携わる者ならば一度は考えるはず」
「この世界に在る者ならば、ですな。つまりはまぁ」
エーデルの言葉を受けてレンが強い確信を込めて言い切る。
「英雄は、作れる」
「ですなぁ」
「人を高みに押し上げるにはやはりこの方法が一番手っ取り早いようだな」
「神はコレを蠱毒と呼び、禁忌としたのですがねぇ。しかし思った以上にちゃんとなるものですな」
「うむ。英雄には物語が必要と言うだろう? 闘争と才能と運に、スパイスとして悲劇を加えたのだ。目論見通りだったな」
ニマニマとレンが満足そうに顎をさする。
視線の向こうでは作られた悲劇の半英雄がアレリア姫へと猛攻を未だ続けていた。興奮で赤く染まった顔には酸欠気味の青が混ざり始めているが、それでも男が止まる様子は無く、さしものアレリアもいなし続けはしながらも表情に苦いものを滲ませていた。
「奴隷に堕ちた者ばかりが運悪く集まってしまったのだよ。食料も乏しく、命の危険が絶えず、心休まることの無い閉ざされた場所に。守るべき大切なモノを抱えながらな」
「おぉ、神よ。イニーク神よ」
騎士団長の独白に冒涜の呪術師が嘆く。
しかし、姿を見せぬ主神は放蕩で気紛れであり、彼の言葉は拾われない。
「そして数多の敵と名付けられた同じ境遇の者達を討ち果たした末に、愛したモノさえも罠によって手にかけなければならなかった不幸と慟哭。あの男は呪っただろうな。世界を。この世を。理を。涙枯れ果てたその虚無の心で全てを失わぬ為の強さだけを求めるようになったのだ。我武者羅に前だけを見つめるあの眼差しこそ、今の人間に足らぬものだとは思わぬか?」
「私は人々に必要なのは、心安らかな尽きぬ安寧でこそあれと願っておりますからなぁ。悪いが共感はいたしかねますな」
仄暗い闇を宿した目つきで愉しげに語るレンをエーデルは静かに否定するが、騎士団長は構わなかった。
「ククク。ヌルい話しだ。英雄の先には神の座が待っているのだぞ。神へと至れば安寧など思いのままではないか。力こそ闘争こそ人が尊ぶべき究極の正義に他ならぬ」
「やれやれ。興奮しておりますなぁ」
「さぁ、姫様。才能などゴミほどしかないクズの寄せ集めでもそれほどの半英雄に仕上がったのです。元より才能溢れる姫様であればそのような者など簡単に上回れるに違いありませんよな? より強者を生む為に。より人を高みに押し上げる為に。究極の人の王へと成っていただきましょうぞ」
前世がゴブリンの中身を持つ姫君に、そうとは知らずレンは語り掛けるかのように一人喋る。
この場では誰よりもレンこそがアレリアの圧倒的な勝利を願っていた。期待を裏切るなと。さもなくばこの様な落ちぶれた王国など潰してしまうぞとばかりの激情を持って、遠くホールの向こうで杖を振るうアレリア姫へと熱視線を送る。
「ですから。まさか竜の心臓程度に負けて弱体化したなどと、言ってくだされるなよ。もしそんな事があるならば、そう万が一にでもあるならば」
溜めるように一拍言葉をおく。
「俺が貴女を、喰ってしまうかもしれませんからなぁ」
そうしてレンは獰猛な舌舐めずりを、幼き見た目の姫へと向けるのだった。
(つづく)
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