【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~   作:GR/フィルン

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1-5 ナスラムはまだ自覚が足りないらしい

 ナスラムはまだ自覚が足りないらしい。

 アレリアはそれを指摘する。

 

「はっ。甘いわね。この美味しいケーキよりとは言わないけど、甘ちゃんね」

「ケーキ程ではないんですね」

「ケーキは至高だから仕方ないわね! とにかく甘いし浅いし狭くて話しにならないわね!」

「ここぞとばかりに言い過ぎじゃない君?」

「浅くて狭いのはむしろ姫様では?」

「私のどこが浅くて狭いのよ!」

「そこはまぁ色々と」

 

 早熟な少年の見せた隙を嬲りながら、アレリアは小さな反撃を一蹴しながら言葉を続ける。

 

「いい? 食は文化よ! 文化と知恵こそ、人が人たる証明なのよ! 生きるためだけに生きてたら、その辺の魔物とすら変わらないじゃない! 人である事を誇り、文化と知恵を誇ってこそ人間よ!」

「随分大きく出たねアレリア」

「当然でしょ。私の目の前で文化を捨てようなんて人間を見て、私が黙ってられるなんて思わない事ね」

 

 それは前世に焦がれ続け身を焼いた憧れ。ゴブリンのままでは遂に得られなかった大輪の華だ。拾って齧るだけのゴブリンに調理など出来はしない。五味も知らぬゴブリンに味付けなど望めない。

 これほどのケーキを作った文化の体現者を蔑ろにしようなど、到底許せるものではなかった。

 

「いーい。私がケーキを食べなくなったとして、貴方の所のパティシエはどうなるの? 考えてみなさい」

「ぅっ」

「普通に考えれば暇を出して解雇よね。上手くすれば外国に流れることも出来るかもしれないわね。でも優しい貴方は料理人として雇い直すのでしょう? 彼のこの素晴らしいケーキを作る技術を腐らせ、誰にも引き継げずに忘れさせてしまうように優しい残酷さで文化を殺してしまうのよね?」

「……っ、ぼ、くはっ」

 

 反射的に思った幾つかのこと、良かれと思っていた想定を悪手と言い切られて言葉に詰まってしまう。

 

「いい。確かにこの国は苦しい。借金は莫大だわ。正直賢者の石でも見つけて山に積まれた黄金とかを手に入れでもしない限り、私の代なんかじゃ覆せないかもしれないわ。だけど、考えてみなさい。いずれ自分たちの国を取り戻した時にそこに残っていたのが命だけだったら。生きていることだけだったら、その先がどうなるか」

「それは……」

「他の国は進み続けるに違いないわ。私達から奪った富と文化を使ってね。進んで手にある文化を手放そうなんて、考えがまだ足りていないと思うべきよ。少なくとも繁栄には不可欠だわ」

 

 半ば以上を平らげたケーキの山の向こうから顔を覗かせて、熱量のある言葉でアレリアが諭してくる。それはナスラムが渡した本には載っていない、アレリア自身の言葉だった。

 

「このケーキ。一人じゃとても作れなかったはずよね」

「あぁ。他の料理人たちの手も借りた大変な作業だったと言ってたよ」

「その時彼は泣いていた? 苦しそうだった? いいえ違うわよね」

「……そうだ。彼は確かに。笑っていたよ」

 

 大きな木箱に収められたケーキを見せられたとき、ナスラムは引き攣ってそれを見上げてしまったが、大金を注ぐ羽目になったケーキの作り手は、確かにとても満足そうでそして間違いなく、誇らしげだった。

 

「その彼の笑顔を守りなさい。一人でできなければ技術は広がるわ。それはそいつを飼い殺すことよりもずっとこの国の為になる。貴方は王配になる男なのよ。私の国を繁栄させる一翼を担っていることを、ゆめゆめ忘れない事ね」

「アレリア。君はそこまで考えて……」

「さぁね」

 

 アレリアの脳裏には、人ではないかつての自分の民たちが成果物を誇らしげに掲げてくる満面の笑顔が思い起こされていたが、焼け落ちた過去に価値などなかった。

 

「とにかく。貴方が持ってくるケーキだけで我慢している私に感謝することね」

「うん。分かったよ。ありがとう」

「はー。いい話でしたね。ご馳走様でした」

 

 二人が盛り上がっている間にちゃっかりケーキの大半に手を出していた立ち食いメローヌが満足げにお腹をさする。

 アレリアの小さな胃袋では入りきらないのだから仕方ないが、この高級品を他の侍女達と分け合おうという考えがメローヌにあるのかは多分に謎であった。

 それをナスラムは横目に見ながらスルーしつつ深く頷くと、静かに席を立った。

 

「さすがだねアレリア。今日は僕の負けみたいだ」

「そう。じゃぁケーキは授業料ってことにしといてあげるわ。次もちゃんと持ってくるのよ。いいわね」

「この流れで断るのは無理そうだ。分かったよ。彼の次の力作を楽しみにしておいてよ」

「そうそうそれでいいわ。文化は大事にしなきゃね」

 

 パッと手を打ってケラケラと笑うアレリアは、姫としての教育を十分受けたはずながらも王女らしからぬはしたない仕草であったが、妙に堂に入っておりナスラムも止める気にはならなかった。

 

「あーあ、本当はこの超特別なケーキのお代にアレリアから秘密を聞き出すつもりだったのに、これは次回以降に持ち越しだね」

「余計なことを嘆く前に聞いておくべきだったわね。もう遅いわ」

「君が徹底的に嫌っている冒険者嫌いのその理由。本当は父上から今日こそ絶対に聞き出して来いって言われてたんだけど、はぐらかされたってことにしておくよ」

「こうもり男は大変ねぇ。頑張りなさいな」

「ヒントも無しかい? ひどい人だ」

「はっ。アレに文化が作れると思っているの? 馬鹿ね。むしろ破壊者じゃない」

「そういうことにしておくよ」

 

 ヒントとは名ばかりのミスリードに肩を竦めてナスラムは帰り支度をする。アレリアは座ってまだケーキと格闘中だ。これ以上はメローヌには渡せない。

 

「メローヌ。お客様がお帰りよ。ご案内して」

「すいません、只今人生を賭けた格闘中ですので」

「……メローヌ」

「はーい」

 

 さすがに王でさえ無視できぬ国の重要人物の系譜を雑に追い返すわけにはいかない。しぶしぶとメローヌが口を拭くと、サロンの外へと案内していく。

 ナスラムが出ていく姿に目もくれず、アレリアは美味しそうにケーキを頬張り続ける。

 

 その満面の愛らしい笑みから彼女の前世がゴブリンの王であったことを想像できる者はいないだろう。

 だがナスラムは、確かに彼女の横顔に、王としての覇者の貫録を感じたのだった。

 

 それはかつてロードだった元ゴブリンの現プリンセスだからこそ持ち得た物、かもしれなかった。

 

 少年はまだその事実を、知らない。

 

 

(続く)

 

 次回、『幕間・レンという男』




読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の昼頃ぐらいです。
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