【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~ 作:GR/フィルン
王女への貢ぎ物の献上と言う大仕事を終え、疲れた顔を取り繕って王都の侯爵邸に帰ってきたナスラム・バーランドを家の者達が迎える。
「「お帰りなさいませナスラム様」」
「あぁ、ありがとう」
応えて中に入っていき自室へと戻る途中で、使用人の一人に横から声を掛けられる。
「あの、ぼっちゃん。お疲れ様でございます。その……、いかがでしたでしょうか」
彼こそはナスラムが持参し王女アレリアを大いに喜ばせたケーキの作り手たるパティシエであった。コック帽を手に持ち不安そうに尋ねてくる彼は、渾身の出来だったとはいえ、万が一にでもあの気難しい王女の不興を買ってはいやしないかと気が気ではなかったようだった。
その彼にナスラムは笑顔で頷く。
「あぁ。素晴らしかったよ。間違いなく今までで最高のケーキだと王女様もとてもお喜びくださっていたよ」
「そ、そうですか! それは何よりです! 腕によりをかけたかいがありました!」
「瑞々しく、甘く。ふわりとして口の中で溶けるようだと、それはもう絶賛だったよ」
「なんと……!! 前々から思っておりましたが、王女様は本当に作り甲斐のあるお相手様ですね。嬉しいことです。……これで、私も最後のご奉公に心残りが無くなりました……」
アレリアの食レポは採点するならそこそこヒドイものだったが、ナスラムも上手く直せず心の中で小さく謝罪しながら伝える。
そんな風に思われてるとも知らず、喜色を浮かべて己の仕事の成果を喜んだ後、じんわりと噛みしめるように己の先行きを告げるパティシエ。
彼こそは一番分かっていることだろう。貧乏を覆せぬエレツ王国において高級嗜好品の作り主であるパティシエという肩書きを名乗り続ける事がどれほど罪深いことであるかを。
王女の慶事とはいえ、恐らくは最後の華としてもらえた仕事なのだろうと彼は分かっていたのであった。
故に
「バーランド侯爵家とぼっちゃんには本当に感謝しております。身の振り方にも疎くもう店を閉めて奴隷に身売りでもするしかなかった私を拾ってくれて、王女様への献上品作りという大役を任せていただいて。ただこの国の厳しさは終わりが見えない。私にだってこの仕事がいい加減潮時なんだと分かります。なので、ぼっちゃん今まで散々お世話になりましたが、私はこれで……」
「いや、待ってくれ。君にここで辞めてもらっては困る。まだここで働いてもらいたいんだ」
ナスラムが慌てて止めようとするが、一度漏れ始めた言葉は簡単には止まらない。辛そうに薄く笑いながらパティシエは続ける。
「でもぼっちゃんそれは、パティシエとして、ではなくコックとして雇ってくださるという意味でございますよね。職を失う私を見かねてそうおっしゃってくださるのは嬉しいですが、私はケーキ職人なんです。料理の腕は二流だ。お情けで置いてもらうには辛すぎます。それならいっそ国外でも行って雇ってくれるところを探そうかと思ってます。国越えは大変ですけどね」
「違う、そうじゃないんだ」
それはまったくもってアレリアが予見した通りの話しの流れだった。出発前までは最後の仕事であろうことを確かに匂わせてはいた。それ故に彼も待つ間に覚悟を決めていたのだろう。
だがここで彼を逃がしては大事な技術を、アレリアが言うところの文化を失ってしまう。
「君にはこれからもケーキ作りを続けてもらう。王女様からのご命令だよ。次も必ずケーキを持って来いとね。分かるだろう。彼女は今日から王位継承者だ。この決定は僕どころか父上でさえ覆せないよ」
「おぉ……。なん、と……!?」
「彼女は君のケーキをとても高く評価している。この国の文化の体現だとね。そんな君を国外に逃がすのは文化の流出で、この国の損失だとまで言われたよ。目が覚める思いだった。すまなかったね、僕の考えが浅はかだったようだ」
「いえ、いえ……。そんな、もったいないお言葉で、ございます……っ」
下を向き僅かに涙ぐんでいるかのような声でパティシエが首を振る。
それは肩身の狭い境遇である彼の全てを肯定する言葉だったのであろう。パティシエは感極まるように肩を震わせていた。
そんな彼を見上げて肩を叩くと、ナスラムは笑って言った。
「正直に言うけど今日の彼女は最初かなり不機嫌だった。でも君のケーキのお陰で最後は満面の笑みだったよ。人を笑顔にできる。流石は文化の体現者だ」
「おぉぉ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
「それで、あれだけのケーキだ。材料の余りも少しくらいはあるんだろう? 僕たちにも王女様を喜ばせた文化のおすそ分けをもらえないかな」
「はいっ! もちろんでございます! お任せください!」
己が認められたゆえなのか、スキップでもしそうな勢いでそれはもう嬉しそうに去っていくパティシエを安心した笑顔で見送って、ナスラムは自室へと帰る。
ナスラムは部屋に帰ってすぐに椅子に座りこむと、自嘲するように嘆き始めた。
先ほどまでの笑顔に偽りはなかったが、彼の心身は疲れ切っていたのだった。
「はぁぁぁ。全く完璧にアレリアの言った通りじゃないか。勉強になりすぎる。もしかして危なかったって言えるんじゃないかなこれは」
「そう思えます。足元ばかり見過ぎていたのかもしれません。私の凡眼でございました」
「いあ、僕の見識の足りなさだよ。父上からは上手くやれとだけ言われて、裁量をもらえたと調子に乗りすぎていたみたいだ。やっぱりまだまだだな僕は」
顔に手をあててぐったりとすると、ナスラムの脳内に反省がこみあげてくる。自分の考えの全てが間違っていたとまでは思わないが、アレリア姫の言う様な視点があったかと言われれば皆無だった。ましてやパティシエが国を出るつもりだったなど、いくら聡明だなんだと普段囃し立てられているナスラムだとて所詮は年を14回重ねただけの少年でしかなく、彼の想定していた対応は甘いだけの優しさを露呈することになってしまったのだった。
だが、今回のように取り返しのつくものならばいいが、彼は既に取り返しのつかない危ない橋すら渡っていた。
「資料の件、早まったかな」
「何もかもを失敗したと考えるのは良いことではありませんよ」
「まぁ彼女ならなんとか出来るかもしれないと思って渡したわけだし、奴隷法の指揮者である父上に対抗してもらうには彼女ぐらいの敵意と権力が必要だものね」
「内々に話しが出来るというのもあのお方ぐらいですしね」
「資料作成の件助かったよ。ありがとう」
「いえ。私自身の為でもありますので」
ナスラムの抱える従者は共犯である。彼は元々はナスラムの父であるレンからつけられた従者であったが、恋人が奴隷堕ちするのを止められないままに失っており、奴隷の現状に心を痛めるナスラムにとっては頼れる味方であった。
そんな一息をついていたところで、扉がノックされ従者が開けるとメイドが控えており、先に戻っていた父親であるレン・バーランドが呼んでいると告げられた。
「ん。分かった。すぐに行くと伝えてくれ」
「お早い招集でしたね」
「気になって仕方ないんだと思うよ。それぐらいは僕にだって分かる」
先ほどの反省からか自嘲気味に言いながら腰を上げると、ナスラムは慌てず急いで父の執務室へと向かったのであった。
~ 〇 ~
ナスラムが従者を部屋の外に置いて執務室へ入ると、父親であるレンは立ったまま背を向け窓から景色を見ていた。
窓の外には騎士団の練兵場や宿舎が少し離れた所に建ち、更にその先遠くには王城が見てとれた。
レン・バーランドは東方顔の黒髪の偉丈夫である。綺麗に剃られた髭の無い顔に厳めしい顔つき。鍛えられ練り上げられた長身の体軀は雄々しい激しさを常に纏っていた。
年は40を幾つか過ぎたところ。国の重鎮を務める騎士団長の任に就くには多少若いとも言えたが、彼の実績と実力は他に推すものがいない程に飛び抜けていた。
彼こそは〈防波の英雄〉と呼ばれ、15年前にゴブリンロードが起こした〈ゴブリン災禍〉から国を救った英傑その人である。
当時には冒険者としては最高ランクである特級冒険者の地位を既に彼は持っていた。同時に東方の国の貴族の出であった事からその頃は伯爵家であったバーランド家の令嬢と婚約関係にあり、災禍からの功績によって伯爵家を背負って立つ事を認められたのであった。またそれに合わせてバーランド伯爵家はバーランド侯爵家へと陞爵(しょうしゃく)された。
継承権授与の儀が終わり、息子であるナスラムより一足先に侯爵邸に戻っていたレンは既に儀礼用の鎧姿から貴族としての平服に着替えており、その視線は息子が入室してからも変わらず窓の外を見続けていた。
ナスラムが軽く挨拶をした後にも外を見たままのレンが尋ねてくる。
「アレリア様はどうだった」
「はい。最初こそ不機嫌さを引きずった雰囲気をしておられましたが、基本的には普段通りで、持参したケーキもあって最後には他意の感じられない笑顔を浮かべておいででした」
「そうか。それは何よりだ」
返ってきた平坦な声には特別な感情はなにも込められていないように見受けられた。
アレリアから授与の儀でレンを公の場で侮辱したことは聞いていたナスラムだったが、父親の様子にはそれをもって波立つような激情はないかのようだった。
この父には独特の信念がある。
王権を目指すのも、奴隷制度を進めるのも、ゴブリンを積極的に殺すのも全てそれに繋がっている、らしい。
だが未だに理解しきれないその思考を元にすれば、公式の場で主役であった姫に侮辱されるという屈辱でさえも澄ました顔で流せるもののようだった。
「アレリア様から式典での顛末を聞いたか?」
「少しだけ、ですが。公然と父上を罵倒されたのだとか。全く不要な諍いだと私は思います。どうして姫様もあのような戯れを」
「良いのだ」
「……っ」
「それがアレリア様の有り様であるならば、それで良いのだ」
「ですが……っ」
ナスラムには父が分からなかった。
彼は分断山脈も越えた遠い東方の異国出身者だ。王権に忠誠を誓った身であるが、その行動からも感じれる通り、王家に対する真なる傾倒などあるはずもない。むしろ現王に対しては彼を操作しようとしている節すらある。
だというのに、その王の次代が行う傍若無人な行いには寛容にも良しだという。
そもそもからしてあのような稚拙な振る舞いが王の取るべき行為として相応しくないことは明白であり、ナスラムとしてはこの件において父を擁護するのに流石に否はなかった。故に更に言い募ろうとしたナスラムだったが、父が続けた言葉に二の句を遮られてしまう。
「殺意があった」
「……そ、れは」
「あの罵倒は本気だったよ。戯れなどでは決して無い。俺を害そうとするはっきりとした意志の元に行われていた。そう、あれは、あれは完璧に疑いようもなく」
そこでレンは言葉を区切ると、それまで窓から遠く王城を見ていた視線を体を回しながら息子へと移し、うっそりとした歪んだ笑顔で舌舐めずりをしながら呟く。
「良い憎悪だ」
「……!?」
(つづく)
読んでいただきありがとうございます。
投稿はじめてすぐですみませんが、明日から日に一回投稿にさせて頂きたいと思います。
次回投稿は本日夕方ぐらいです。