【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~   作:GR/フィルン

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2-2 「良い、憎悪……?」

「良い、憎悪……?」

「そうとも」

 

 ナスラムが思わず息を呑むほどの本気の昏い悦びがそこには見えていた。

 

「素晴らしい。小さき頃より敵視され続け幼子ゆえの短気かと軽く見ていたが、暫くあけてみてからあれほどの場でお会いしてみればどうだ。場の全てを忘れたかのような悪意、身じろぎも許さぬほどの怒気。成長し大人しくなるかと思えば燃え上がるほどに強まっているとは。素晴らしい! まったくもって素晴らしいと言わざるを得んよ! そう思わないかナスラム!?」

「そ、そうなの、でしょうか……」

 

 理解が出来なかった。

 

 紛れも無い敵意に晒されたはずだ。権力を握る上位者に疎まれるどころか命の喪失を望まれるなど、人生の終局を刻むのになんら相違がないはずの窮地のはずだった。

 だというのにこの父親は心から悦んでいた。その恍惚とした表情は性的な快楽さえ感じているのではないかと思わせるほどに愉しげで危険であった。

 

 だが息子の同意を得られないと見るやその温度は若干下がり、惜しむようにかぶりを振ってみせる。

 

「分からぬか。ナスラムよ、この国で一番武力が強い者は誰だ?」

「それは父上、貴方で間違い無いかと」

「では二番目は?」

「筆頭術師のエーデル様が妥当かと思います」

「三番目は?」

「恐らくは、国王様かと」

 

 問われた内容を訝しみながらもナスラムは己の知るところを元にすらすらと答えていく。その返答は事実として間違いのないものだった。

 それに頷きながらレンは次の言葉を口にした。

 

「ではアレリア様は?」

「姫様、ですか……。どうなのでしょう。まだ成人前とはいえ王族ですから素質は十二分。鍛錬には特に熱心と聞きますから噛み合えば百人の中に数えるのも可能かとは思いますが」

「五番目だ。手管まで分かっているわけではないがまず間違いない」

「五!?」

 

 それはナスラムの想定を軽く越えた遥かに高い順位だった。父親の言が正しければ、小さく華奢で可愛らしくも眼光鋭いあの少女は父を支える副騎士団長達よりも遥かに強いということになってしまう。

 彼女の婚約者として接する機会の多い少年からしてみれば俄かには信じ難い話であった。

 

「その百に遠く及ばぬお前にはまだ理解出来ぬことか」

「も、申し訳ありません! 鍛錬は欠かさぬようにしているつもりですが、未だ諸々が及んでおらず……!」

「お前も素質はある。俺の子だからな。だが、渇望が足りぬ」

「渇望……」

 

 落胆したような叱責を受け咄嗟に謝罪を口にするが、レンが望んでいるのはそのようなものではなかった。

 

「力への渇望だ! この非情な世界で人はどこまでも強くなれる。才能と闘争が人の身に魔物や竜や悪魔すら凌駕する力さえ与えるのだ! 人はまだまだ強き高みを目指せるのだ!」

「は、はい!」

「だが現実はどうだ。人は群れ固まる事で得た安穏に容易く屈してしまう。強きを目指す志しを待ち続けることがあまりにも困難なのだ」

「それは誰もが戦いに向いているわけではありませんから」

「たわけが!」

 

 優しき少年が持つ咄嗟の言葉は強者の一喝で押し込められてしまう。

 

「ならば何故王家は強き血を求める。遠い異国の俺の血が混ざる事を拒まぬ! それは強者の力が必要だからだ。弱き集団よりも圧倒的な強き個の方が強大だからだ。俺は民が万人こようと歯牙にもかけぬ。雑兵が千人集まろうと容易く蹴散らす。だがあの腑抜けた現王様であってもその力は単身で俺に抗する事が出来る。それが王権が求め続けた血の力なのだ。その力を抑止力に人は群れているのだ」

「は、はい」

「であるならば民も一丸となってその王に続かんとすべきであろう! 強き者が増えればそこに更に突出した強者を得る機会がある! 人の国家とは群れた人とはその為の絶好の場なのだ!」

 

 それは鍛えれば経験によって成長を得られるこの世界の真理の一つには違いなかった。

 強まれば目方数倍の熊でさえ一刀の元に斬り伏せられるようになるのがこの世界の人々の常識であった。

 

 しかし、誰しもがそれを望んでいるわけでは無い。ナスラムが先ほど話していたパティシエは武器など手に持った事は無い。そして彼はそれを良しとしていた。むしろ大半の人間が命を懸けた成長よりも安定した平穏をこそ欲していた。

 それはレンに言わせれば平穏に屈する惰弱ということになってしまうようだった。

 

「クタリヤ王ではそれを為せない……」

 

 力を持ちつつも民の安寧を願ってしまっている現王をレンが歯痒く思っているのはそういった所であった。

 

 対して今日アレリアが見せた殺意の篭った憎悪こそレンの目指す先により近いと感じられるに足るものだったのだ。

 

「その点アレリア様は素晴らしい! 俺を倒すという目標を糧に高みを目指している! あの方であれば王にするに相応しい! 今日確信した! ……それで、どうだった?」

「あ、はい! え、と……?」

「冒険者嫌いの件だ。理由は分かったか? それが分かれば今ならばあえて憎悪を煽り、より強い王になっていただくという選択肢も取れる」

「すみませんハッキリとは。ただ、冒険者は文化の破壊者である、とだけ」

「ふむ。原因とするには解釈の分かれる言葉だ。それだけで結論づけるのはやめておくか」

 

 ナスラムの言葉を聞いて少し考え込むが掘り下げる気は無い様だった。罵倒されて姫の怒りを知れたお陰か機嫌が良いらしく、半端な回答しか得られなかった事を咎められることは特に無かった。

 

 まだ14歳のナスラム少年は、自分の父が見た目も幼い息子の婚約者に面罵されたことをむしろ悦んでしまっているその姿に、この時ばかりは普段から感じている畏敬の念すら薄れて心の中で更なる距離を取ってしまうのであった。

 

 

 ~ 〇 ~

 

 

「それとだ。お前は俺の跡を継ぐわけではないが、折角なので知っておいてもらおうと思ってな」

「はい」

「これを見てみろ」

 

 ゴトリと執務机の上にナスラムの肘から先ほどの長さのショートソードが置かれる。

 鈍い鉄の輝きを放つその剣は中々に使い込まれているようだった。

 ナスラムとて若輩ではあるが、戦いを知らねばならぬこの世界の者として武具への知識は十二分に持っている。手に取ってその状態を確かめ、素直な所見を述べる。

 

「悪くない剣ですね。元のつくりはそこそこかもしれませんが、長く使っていたにしてはよく手入れされています。錆も刃こぼれもないし、油もきちんとさされていて、握りも最近取り換えた後がある。誰か熟練の冒険者の物ですか?」

「それはゴブリンが持っていた剣だ。昨日討伐したな」

「え!?」

 

 それは間違いなくつい先日まで手入れが欠かさずされていたに違いない武器だった。

 授与式の前日であるつい昨日まで、レンは王都ガデドヨルール近郊に出没した100匹を超えるゴブリンの群れの討伐に出ていた。

 その突如とした大規模な群れは近場の森に急にとしか言いようがない形で現れた。原因は不明だが事は大きく驚かれ、授与式という一大事が差し迫っていたこともあり冒険者による討伐などという悠長なことは言わず、騎士団長自らが兵を率いての出陣となったのであった。

 

 急ぎの仕事となったとはいえたかがゴブリン退治。それなりの安全マージンを取っての出撃のはずだったが、そんな騎士団を出迎えたゴブリン達の装備が今目の前に置かれている剣を代表とした整備された武器防具であった。

 

「これでも雑兵のゴブリンが持っていた武器でな。十分な切れ味があって少なからぬ犠牲が出たのだ」

「そんな……」

 

 主な犠牲は騎士兵士の壁となる奴隷戦士達に出たという。

 

「率いていたのは以前に中級冒険者から奪ったと思われる大剣を持ったゴブリン・チャンピオンだったが、シャーマンも2体いたし中々の規模だった。おまけに鉄武器以外のゴブリンはスパイクの付いた棍棒に、石器の剣や槍だ。ゴブリン・アーチャーの矢柄も随分とまっすぐなものを使用していた。恐ろしく武器の洗練化が進んでいると見るべきだろう」

「最近ゴブリンの武装の向上が著しいとは聞いていましたが、これほどだったんですか……」

「あぁ。どうも小さい単位でも油断ならないらしい。冒険者ギルドを通じて触れは出すが、お前も何かないように気を付けるといい。鍛錬で少し遠征すると聞いているからな。まったく忌々しいゴブリン共よ」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 この世界では貴族といえど都市の中に籠りっきりというわけにはいかない。ナスラムも訓練目的の遠征が近々予定されている。

 であれば想定されうる外敵への備えは常に頭に入れておくべき事柄であった。

 

「それでは失礼します」

「あぁ」

 

 話は終わり、ナスラムが一礼して執務室を出ていく。

 

 

 

 そして一人きりになった部屋でレンは静かに引き出しを引き、もう一つ、実の息子にさえ見せられなかった物を取り出して机に置くと乾いた笑いをもらす。

 

 それは薄く細い木の板だった。そこにはナイフで刻んだと思しき形で文字が書かれており、書かれていた内容は武器の手入れの方法だった。

 

『東方語で書かれた武器の手入れを記した木簡とはなぁ……』

 

 この国で広く使われている西方語ではなく、木簡に書かれているのと同じ東方語でレンが呟く。

 木簡には東方語特有の『漢字』と呼ばれる特殊な表語文字は使われておらず『ひらがな』と呼ばれる平易な文字だけでその筆致は粗く、とても人が書いたとは思えないものだった。

 この木簡自体を作成したのがゴブリンだろうという推測をレンが立てるのは容易ではあったが、その更に元が問題であった。

 

『東方語を用いてゴブリンに入れ知恵している者がいるのは間違いない、か』

 

 攻撃的な笑みを浮かべたままレンが呟く。

 

 ゴブリンが東方文字を使うなど軽々には広められぬことの為、息子であるナスラムにさえ伝えず、討伐に参加した騎士兵士達にも他言無用を命じ、目撃した可能性のある奴隷達は処分したが、東方出身であることが広く知られているレンにとっては万が一にでも疑いをもたれてはならない非常に危うい案件なのであった。

 

『人か魔物か悪魔か知らぬが、必ずその正体を突き止めてこの剣の錆にしてくれる。まぁ、まさか人の中にゴブリンを利して益を得られる者などいるとは思えぬが、人こそ至高であるべきところをゴブリンなどに邪魔などさせてなるものかよ』

 

 くつくつと喉を鳴らしながら、レンが窓の外を見る。

 城よりも近く騎士団の演習場を望めるその先には、相棒でもある筆頭魔術士エーデルからの依頼によって持ち帰られたゴブリン達の死骸と集落から回収してきた物品とが山と積まれていたのだった。

 

 

(続く)

 

 次回、『冒険者の話』




読んでいただきありがとうございます。
ということで次回より日に一回投稿にさせていただきます。

次回投稿は明日の夕方ぐらいです。
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