恋に溺れる、というのはこういうことを言うのだろう。
風に揺れる長い黒髪、華奢で幼げな雰囲気を醸す、良いところのお嬢様といった容姿。誰もが振り返るであろう文句なしの美少女だ。
だけど、俺が何よりも引き付けられたのは、彼女の瞳に浮かぶ強い意志。
その意志は不死鳥のように燃えていて、たとえ何があろうとも消えない、強い芯を持っているようだった。
まっすぐに前を見据え、背を伸ばして優雅にたたずむその姿。その奥に秘められた意志。
その目で射抜かれた瞬間に。俺は彼女に酔い、溺れた。
俺が平安学園を受験した理由は、和っぽい雰囲気がなんかいいなぁという曖昧なものだった。
夏に体験入学で訪れた時に、広大な中庭を見たことがきっかけだったか。
めちゃくちゃ枝とか葉が整ってる木や、泳げるんじゃねーかって思う池、桃が流れてきそうな小川とかあった。
どれも綺麗に手入れが行き届いてて、そこで吸う空気が美味かったのを覚えている。
頑張って勉強して、何とか高等部の新一年生という資格を得た時には、なかなか達成感を味わえた。
そして桜が舞う季節。
無事中学を卒業した俺は、平安学園の入学式に参加している。
体育館に並べられたパイプ椅子に腰かけて、校長の長い話を聞きながら、必死に睡魔と戦っていた。
「皆さん、高校生としての自覚を持ち――」
はやくしてくれ。マジで寝てしまいそうだ。
話を聞く気もない俺にとって、校長の話は苦行でしかなかった。その後もはきはきしゃべり続け、20分に及んだ校長の話は終焉を迎えた。
やっと終わりか。長かった……。
「次は、生徒会長である斎賀朝衣さんからのお話です」
まだあるんかいっ。
肩を落として落胆していると、背の高い大人びた少女が壇上に上がる。
整った容姿から静かな威圧感を放ち、新一年生を睥睨していた。
「おはようございます」
……なんだろう、挨拶されただけなのに敬礼したくなるこの気持ちは。
とりあえず姿勢だけは正しておこう。目をつけられたら恐そうだ。
言葉を突き刺すように話す彼女をぼんやり見ながら、俺は話を聞き流し続けた。
斎賀会長の話が終わった後は、各クラスに分かれて生徒手帳をもらったりと、必要事項をこなす。俺のクラスである1年2組はほとんど家柄が良い、ここでは貴族と呼ばれる人が特に多いらしく、あまり変なことをすると庶民(外部生)は睨まれるから注意した方が良いらしい。ソースは隣の席の木吉くんだ。もしかして平安学園にかけてるのか。おもしろくねーよ。
こそこそ木吉くんと話しているとホームルームが終わり帰宅する時間になった。俺はさっさと帰ろうと支度をするが、窓から綺麗な中庭が目に映る。
……俺がこの学園に来ようと思ったきっかけだ。挨拶しといたほうがいいかな。
場所に挨拶するってのもなんだか変だが、俺は気にせずに中庭に向かう事にした。
階段を下りて靴を履き、中庭に出る。そこは相変わらず和っぽくて綺麗なところだった。
いいな、この雰囲気。
地べたに座り、ふんわりと眺め頬を緩める。高校生になったのだなと初めて深く実感できた。
空気を大きく吸い込んで、ゆっくりと味わう。新しい学校で緊張していた体もリラックスできたようだ。
こんなに落ち着けるのなら、またこの場所にお世話になるんだろうな。
「ま、なんにせよ、これからよろしくなー」
「誰に話しているんですか?」
「っ!」
突然の後ろからの声に驚いて振り向く。
――俺の目の前には、美しい少女が立っていた。
「生まれる前から好きでした」
「はい? ……ごめんなさい、聞こえませんでした」
なんて言いましたか、と疑問符を浮かべる少女に、なんでもないですと返答する。あまりにもタイプだったから思わず告白してしまった。聞こえてなくて本当によかった。
小さくて綺麗な顔を見上げていると、胸が苦しい。心臓が仕事しすぎてバクバクと音を鳴らす。やばい、死にそうだけどこの少女を見ながら死ぬのもいいかなとか思っちゃってる、これは重傷だ。
こんなときには、
「助けて中庭クン……俺の心を静めてくれ……っ!」
「中庭クン?」
首をコテンと傾ける仕草にとどめを刺された。ああー、これはもうだめだ。
「……ええ、さっきもこの中庭に挨拶をしたんですよ。この場所が好きで、これからも何度もここに来るんで。長い付き合いになるだろうから挨拶ぐらいしても罰は当たらないんじゃないかと思いましてね」
そう言って苦笑する。
「そうだったんですか。……少し、分かります」
少女は中庭に視線を向ける。
「私もこの場所が好きです。ここに来ると、ささくれた心を優しく包んでくれるようで。花の香りが私を受け入れてくれてるようで。まるで時間がゆったりと流れているような、ゆるやかで心地よい所です」
つられて俺も中庭を眺める。すると、先程までは気にならなかった白い花が目に入った。
あれって確か。
「中庭クンも歓迎してくれているようです。あの白い花、コブシっていうんですが、花言葉は〝あなたを歓迎します〟なんですよ」
「ふふっ、それは嬉しいですね。……私も、挨拶した方が良いんでしょうか」
おどけた様子で少女は話す。
「挨拶はいまさらですし、お礼の方が良いんじゃないですかね。まあ、どっちにしたって喜んでくれると思いますよ」
「そうですか。なら、どっちもします。今まで、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
少女は中庭にぺこりと頭を下げて、花が咲いたように笑った。その表情に俺は言葉を失った。
(可愛過ぎんだろおおおおぉぉぉぉーーっ!)
だめだ、頭がくらくらする。破壊力がやばい。
そんな俺の様子を知らない少女は、楽しそうにこちらを向いて。
「ところで、コブシのもう一つの花言葉を知っていますか?」
「……いや、分かりません」
「〝友情〟ですよ。私、二年の左乙女葵と言います。あなたは?」
「い、一年の初実蓮です」
「初実君ですね。よろしければ、私と友達になってくれませんか?」
そう言って彼女は艶やかに笑う。その姿は、まるで女神のようで。
俺に選択肢は残っていなかった。
「もちろんです、左乙女先輩」
こうして俺の初恋は始まった。
恋愛を描きたかった結果駄文しかできず諦めました。