ネバーランドSAGAの後編です。
あいかわらずフランシュシュよりも男達のほうがセリフ多いですが、今更なので気にしないで貰えると助かります。
いつもコメントありがとうございます。
毎回感想貰えるかドキドキしながら書いてるので、一言でもいいので頂けると助かる命があります。
「うーいっ・・・ひっく。やっぱ地元の酒は美味えなあーっ」
呼子イカの刺身を口に入れつつ、地酒を呷る。
東京では高い店に行かないとここまで美味い刺身は食べられない。
海が近い街ならではの特権だ。
酒を飲んでいる間は、難しいことは考えずに済む。
大切だった娘のようなやつのことも、その命を奪った憎む相手のことも。
「はぁ・・・何やってんだろうな俺」
ふと、妻のことを思い出す。
アイのことがあってから俺は苺プロを離れた。
あそこにいるとアイとの思い出が蘇って居づらかったこともある。
だが何よりも、これから俺がやろうとしていること・・・アイを殺した相手をぶっ殺す、それに巻き込まないためだ。
どんな理由であろうと、俺がやろうとしていることは殺人。
第一級の犯罪だ。
結果がどうあれ、俺は犯罪者になる。
そうなった時、俺が苺プロにいたらミヤコ達に迷惑をかけることになる。
「・・・あんなふうにも笑えるんだったな」
久しぶりに見た顔に、思わず笑みがこぼれる。
初めてユニットを組んだ当初、アイはもっと表情豊かだった。
メンバーとよく笑い、CDの売上一つで一喜一憂していた。
それが人気の差と言う形で、亀裂が入ってからはあんな笑顔は見せなくなった。
代わりに、誰が見ても可愛いと思われる無敵の笑顔を貼り付けた。
子供が生まれてもその鎧は変わらず、むしろパワーアップしていたな・・・。
アイドル、アイの全盛期の話だ。
「けっ、今さらセンチになるような歳じゃねえだろ・・・斉藤壱護」
自嘲気味に酒を呷る。
死んだ娘みたいだったアイドルを見て懐かしい思い出に浸るなんざ、俺らしくねえ。
故郷の味だからか、懐かしい顔に何度も会ったからか。
答えは出ずに俺は飲み続けた。
・・・・・・
・・・
どれくらいそうしていただろう。
気がつけばたくさんの空瓶が転がっていた。
まだ頭は酔いが回ってるようで視界はぐるぐるしている。
自分が立っているのか、座っているのか、平衡感覚もないからわからない。
ただ気がつけば知らない男が隣りに座っていた。
見た目は俺よりも若く、座ってるとはいえ背も高い。
顔も整っているように見える。
雑誌のモデルやアイドルグループのセンターと言われても信じられるくらいだ。
男は慣れた手つきで俺と同じ日本酒を頼むと、ぐいっと一気に飲み干す。
その横顔に、俺は昔のことを思い出していた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
あれはアイが死んでまだ間もない頃。
自分のやるせなさと犯人への怒りのあまり、自暴自棄で今よりも酒に逃げてた頃だ。
苺プロを出た俺は毎日居酒屋をハシゴしていた。
酒が入ってなかったらアイの遺体と生きてた頃の思い出、そしてそれを奪った犯人への恨みが溢れてしまうからずっと飲んだくれていた。
最初は近場の飲み屋だったが、何故かだんだんと身体はひかれるように故郷であるここ、佐賀へと向かっていた。
人間ってのは不思議なもんで、むしゃくしゃして全てがどうでも良くなると自然と故郷に足が向かうらしい。
結局俺は若い頃、新太とよく通い詰めたこの居酒屋にたどり着いていた。
『・・・』
当時と変わらない、いや、少しばかり白髪が増えたオヤジが佐賀の地酒を注いでいく。
佐賀の酒は他と比べて旨味であるアミノ酸が多く含まれており、非常にまろやかな口当たりだ。
この旨味が佐賀の特産品である様々な魚介と相性が良く、非常に味を引き立たせる。
新太とつるんでいた頃はよくどのつまみがこの酒に合うか、言い争ったもんだ。
毎日毎日飽きもせずにこの店に通った。
全身を酒浸しにすれば、この記憶が消えるんじゃないか、そんな根拠もない思い込みに従ってずっと飲み漁った。
今思えばこんな毎日飲んだくれている中年男性、嫌でも目に止まったに違いない。
なのにオヤジは何も言わずに毎回酒を出してくれた。
俺はその優しさに、ずっと甘えていたのかもしれない。
そんなある日、いつものように店の端で飲んだくれていると一人の若い男が入ってきた。
俺はその男の顔を見ても当然覚えがない。
だから視線を向けたのは一瞬ですぐに興味を失った。
なのに男は、真っ直ぐ俺のところに来ると勢いよく頭を下げた。
『──どうか俺に、アイドルをプロデュースするやり方ば教えてください!』
店中に響く声に、中にいた客の視線が集まる。
だが男はまるで気にしないと言わんばかりに頭を下げ続けた。
『・・・どうか俺にっっ!!』
『うるせーよ、聞こえてるよ、声がでけえよ馬鹿野郎』
『やったら・・・っっ!!』
『誰がやるかバーカ。つかてめえ、まだガキだろ。ここは酒を飲むところだ。ガキの来るところじゃねーんだよ。とっとと家に帰れ』
俺はしっしっと手を振って再び酒に手を伸ばす。
だがその前に、男は俺から酒を奪うと一気に中身を飲み干した。
『おいおい、そいつはかなりきついやつ・・・』
『ぶはっー!』
ぐいっと口元を拭くと、男は豪快に空になったとっくりを机のうえに叩きつけるように置いた。
『俺はっ!ガキじゃっ!なかっ!!!!』
顔を真っ赤にしながら鼻息荒く言い切る。
すると、急に目を回したかと思えばその場に倒れてしまった。
『あーあ、言わんこっちゃねえ』
俺はため息をつきながら、とっくりに手を伸ばして空になっていることを思い出す。
『オヤジ、もう一本』
『お客さん、まずはその兄ちゃんを何とかしとってな』
転がってる男を顎で指す。
『何で俺が』
『お客さんのツレやろ。あんたらよく相方が倒れたら背負って帰ってたやなかとか』
『知らねーすよ、だいたい俺はこいつと初対面ですって』
『そんなん知らなか。・・・とっとと面倒見んと二度とうちの店の敷居またがせんけんね』
オヤジの無茶振りにため息で返すと、床で寝ている男の頬を軽く叩く。
だが唸り声ばかりで目を覚ます様子はない。
『ったくよお・・・』
俺は起こすのを諦めて勘定を払い、男に肩を貸すと店を出た。
・・・
翌日、居酒屋で飲んでいるとあの男がまた現れた。
昨日公園に捨て置いた時から服装が変わっていない。
まさかあれからずっと探してたのか・・・?
『げっ・・・』
一目散に俺の元へとやってくると再び勢いよく頭を下げる。
『お願いしますっ!俺にアイドルのプロデュースを・・・』
『ああー、うるせーうるせー』
言葉を遮り酒を呷りながら、まだ入っているとっくりを自分の方へと寄せる。
また勝手に飲まれて倒れられたらたまんねえからな・・・。
『だいたい何で俺なんだよ。俺はただの飲んだくれだっての』
『・・・あなたが、あの伝説のアイドル、アイをプロデュースした方だと聞きました』
ちっ、誰がこんな面倒なやつに話したんだか。
確かにアイは有名だから名前くらい知ってるだろう。
だがここは佐賀。日本の端の端。ド田舎だ。
都会の流行なんざとうてい知らないやつのほうが多いし、アイドルなんざご当地アイドルくらいしかここにはいない。
そんな辺鄙なところでどうやってアイではなく、俺のことを知ったんだか。
『俺は・・・いずれ伝説と呼ばれたアイドル達と共に、この佐賀を蘇らせるべく戦うことになります・・・。その時、彼女らの前に立つのが、何もできない情けない男のままじゃ駄目なんです・・・!!』
わけのわからないことを言いながら熱弁するのをやめない。
だがその瞳には使命感のような必死さが感じられた。
正直、内心では苛ついていた。
俺みたいな、娘のように思っていたアイドルも守れず、その仇すら打てない、こんなところで飲んだくれてるクズに頭を下げるこいつが、無性にむかついたのだ。
『だからどうかっ!俺にアイドルプロデューサーとしての・・・』
『誰が教えるかバーカ』
そう言うと俺はオヤジに金を払って店を出る。
暖簾をくぐる刹那、ちらりと振り向くと男は俺がいた席に向かってずっと頭を下げ続けていた。
・・・
それからというもの、そいつは毎日のように居酒屋までやって来た。
俺が飲んでる横でずっと頭を下げ続ける。
オヤジもこんなやつ、営業妨害だっつって蹴り出しゃあいいのに。
他の客もこの光景を見慣れたのか、もはや誰も見向きもしねえ。
むしろ俺に向かって、そろそろ話くらい聞いてあげなよだの、ケチケチすんなだの小言を言ってくるやつまで出るようになった。
別に俺がこの居酒屋に行かずに違うとこで飲めばいいだけの話だ。
だが俺はガキの頃からここに通っているし、今更別のとこで飲むのも負けたみたいで癪だ。
どうせこいつもすぐに時間を無駄にしてると気づいて諦める。
そうすりゃ前と同じ、俺の居心地の良かった馴染みの店に戻るはずだ。
・・・
だが男はそれからもずっとやってきた。
雨の日も雷の日も雪の日も。
一日だって現れない日はなかった。
俺はそいつを無視し続けた。
視界にも入れてやらなかった。
ただ席を立つときだけすれ違う。
それだけの関係だった。
ある日、その障害物を避けるのにも慣れた頃、俺は財布から小銭を落とした。
別にわざとじゃない。
ただ酔ってて震えた手で勘定を出そうとしたら落としちまっただけだ。
その小銭は運悪く転がり続け、俺の隣でずっと頭を下げていた男の足元に滑り込んだ。
落としたのはたいした金額じゃない。
だが仕事から半ば逃げ出してきた俺の財布は有限で、一銭だって無駄にできるほど余裕があるわけでもない。
男もじっと頭を下げたまま動く気配はない。
つかこんだけ動かねえってもう死んでんじゃねえのか?こいつ。
俺はため息をつきつつ、背を低くして床へと手を伸ばす。
なるべく男を視界に入れないようにしつつ、落ちていった方向の記憶だけを頼りに手探りで見つけようとする。
やがて、慣れ親しんだ硬貨の手触りを感じる。
その拍子に、ふと男の下げている頭がある方に視線が向いた。
男は俺の記憶のなかよりも、ずっとみすぼらしかった。
通い詰めてぼろぼろになった衣服と靴。
無精髭だらけの顔。
どうしてそうなったのかわからないくらいに伸びた髪。
全てが汚らしく、まるでゾンビのような姿の中、その眼だけが違っていた。
俺と初めて出会ったときと変わらない。
決して諦めるということを知らず、爛々と輝く瞳。
使命感でも情熱でもない。
ただ真っ直ぐ先だけを見つめる眼。
俺はその眼を見て、確かに認めてしまった。
こいつは決して、俺の前から消えることはない。
自分が死ぬ直前まで、俺に頭を下げ続ける。
俺が無視し続ける限り。
『・・・わぁーったよ。俺の負けだ』
俺は頭を下げるそいつに向かって、初めて自分から声をかけた。
俺の声に、一拍遅れて顔を上げる。
その顔は、何が起きたのかまだわかっていないようだった。
『どうせ金が貯まるまでもうしばらくこっちにいるつもりだったしな。その間でいいなら俺の知ってることを教えてやるよ』
『ほ、本当ですか!?』
『ああ、これ以上つきまとわれても面倒だしな』
俺の言葉に、男がまた頭を下げる。
同時に居酒屋で固唾をのんでこの状況を見ていた連中の歓声が上がった。
『えっ?えっ?』
困惑する男を見ながら、俺は酒に手を伸ばす。
だが一瞬の逡巡の後、酒ではなく酒を割る為に用意していたチェイサーへと手を伸ばしていた。
『・・・よし、まずてめえは髪を切れ、無精髭を剃れ、身だしなみを整えろ。そんな格好じゃアイドルの前に立てねえだろ。・・・いや、何よりも最初にやることがあったか』
俺はわざとらしく咳払いをし、姿勢を正すと男へと向き直る。
『おはようございます、だ。挨拶は基本だ。挨拶ができねえやつは認めてもらえねえからな』
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・懐かしい話だ。
あれから数ヶ月、そいつに俺の知る限りの知識と技術を叩き込んだ。
俺が佐賀を出る頃には、まだまだひよっこだが一端のプロデューサーにはなれた・・・はずだ。
いや、どっちかと言うとアイドルのマネージャーかもだが。
そういや、あいつの名前はなんて言ったっけか。
確か・・・。
「いぬい・・・だったか」
「・・・お久しぶりです、斉藤さん」
酔って茹だった頭を何とか横に向けると見覚えのある懐かしい顔が見えた。
「俺のこと、覚えてんだな」
「当然でしょう、とてもお世話になりましたから」
「俺はついさっきまでおまえのこと、忘れてたけどな」
「でしょうね、先程から何度も声をかけたのにずっと床に向かって唸ってましたから。正直、初めて会ったときのことを思い出しましたよ」
「ふんっ、相変わらず地べた這いずりながら泥臭くやってんのか」
「ええ。俺にできるのはそれくらいなので」
乾がお猪口に注いだ酒を飲む。
いつのまにかこいつも酒が飲める年齢になったのか。
時間が経つのは早いもんだ。
「・・・斉藤さんはどうですか?」
俺のお猪口に酒を注いでいく。
そういや、こいつに酌をされるのも久しぶりだな。
「・・・別に、ぼちぼちだよ」
注がれた酒を飲みながらぶっきらぼうに答える。
正直、こいつにはあまり会いたくなかった。
今の俺は、とてもじゃないがこいつに講釈垂れてた頃よりもみじめだったからだ。
アイの復讐はあれから全く進んじゃいねえ。
犯人はわからず、ただ時間だけが過ぎていく。
焦りと憎しみだけが募る日々。
俺だけがあの日に取り残されている。
「・・・斉藤さん、俺はあなたにとても感謝しています。あなたがいなければ、俺はここまで来れなかった。きっと今も有明海の干潟でムツゴロウのようにもがいていたでしょう」
「例えがわかり辛えんだよ」
「あなたは今、悩んでるように見えます。良かったら、俺に話してみませんか?誰かに話すことで解決の糸口が見つかるかもしれません」
「・・・うるせえよ。インチキ占い師かてめえは」
ちっ、鬱陶しいやつだ。
無視するように視線を切ると、ようやく静かになった。
「・・・良かったら、うちのアイドル達のイベントを観に来ませんか?ちょうど、一週間後に
そう言うと机に何かを置いて席を立った。
やつがいなくなった後、視線を向けると勘定とは別に一枚のチケットが挟んであった。
本当は頭のどこかでそうじゃないかと疑っていた。
佐賀で出会った、アイドルのプロデューサーになりたいと必死だった男。
そして、最近になって名が売れだした佐賀発祥のアイドルグループ。
チケットをめくるとそこには、見覚えのある名前が書かれていた。
「フランシュシュ・・・、まさかてめえがそのプロデューサーだったとはな」
・・・・・・
・・・
リリィちゃんのパピーであるヤーさんと会ってから数日が経過した。
あれからリリィちゃんは表面上は明るくしてるが見るからに元気がない。
その理由は・・・。
「あっ、リリィちゃんいたいた」
レッスンに現れないリリィちゃんをリビングで見つけて声をかける。
最初はぼーっとしていたが、私に気づくと慌てて時計を見た。
「・・・ごめん、そろそろレッスン行かなくちゃだね!」
「ううん、みんな今日はリリィちゃん休んでていいよーって」
「・・・やっぱ気づかれちゃうよね」
隣りに座った私に乾いた笑みを見せる。
ここ数日、ずっとこんな調子だ。
誰だって気づくに決まってる。
「リリィね・・・パピーに会えたらどうしようってずっと考えてたの。あんな終わり方で突然いなくなっちゃって、何年も経ってたし忘れられてたらどうしようってずっと思ってたの」
話しているうちにだんだんと声が震えていく。
いつもキラキラと輝いていた瞳からじわりと涙が滲み出した。
「でもパピーはね、リリィのこと、忘れてなかった。ずっと覚えててくれた。・・・なのに、なのにリリィは・・・うわあああああん!」
耐えきれなくなった涙が決壊し溢れる。
私は見ていられなくてリリィちゃんの頭を抱きしめた。
せめて少しでもその涙を止めてあげたくて、リリィちゃんが落ち着くまでずっと頭を撫で続けた。
・・・
やがて泣き止んだリリィちゃんが顔を拭いてソファに腰を下ろす。
その目元はまだ腫れており、表情も暗いままだ。
だけど少しは落ち着いたみたいでぽつぽつと話し始めた。
「・・・パピーはね、リリィと話す時、リリィが首を痛くしないように屈んでくれるの。そのせいで、リリィのマネージャーやってた頃はいっつもズボンの膝のとこが汚れてたんだよ。リリィは服が傷んじゃうからやめなよって言うのに、いっつも膝だけ生地が薄くなっちゃってすぐ穴も空いちゃって・・・」
昔を懐かしむように泣き腫らした眼でリリィちゃんは話し続ける。
その顔は本当に幸せそうで、お父さんであるヤーさんのことがどれだけ好きだったのか、察せられた。
・・・きっと二人はとっても仲が良かったんだろうな。
「たまに見た目で誤解されちゃって怖がられたり、警察の人に声かけられたりしたけど、リリィにとってはすっごく優しいパピーだったの。・・・でもね、この前会った時とっても悲しそうだった。リリィを見てずっと悲しそうな顔をしてた。もし、リリィに会ったからあんな顔をさせちゃったなら会わない方が良かったのかな・・・」
「・・・リリィちゃんはお利口さんだねー」
私は並んで座ってるリリィちゃんの頭を、自分の肩により掛かるように引き寄せる。
「同じ子供を持つ親としてはさー?もう二度と会えないと思ってた子供に再会できたら、きっと嬉しくて泣いちゃうと思うなー」
「それは・・・ルビーちゃんとアクアくんのこと?」
「あれ?私、二人のことだって言ったっけ?」
「わかるもん・・・アイちゃんが二人を見てるときの眼が、リリィを見てるときのパピーみたいだったから」
私ってそんなに顔怖いかなー?
・・・なんて冗談、口にはしないけど、リリィちゃんには気づかれてたみたい。
だけどそっか。
普通、愛されてるってことは子供にもわかるんだ。
・・・私はお母さんとお父さんには愛されなかったから、わからなかったな。
「ね、アイちゃんのパピーとマミーはどんな人だったの?」
「私?わたしかー、うーん・・・覚えてないからわからないなー」
記憶の中のお父さんはいつも曖昧だ。
・・・いや、きっと思い出したくないだけかも。
思い出そうとすると、お母さんの怒ったような、悲しいような顔が思い浮かぶから。
「えっ?もしかして・・・アイちゃんは本当にコウノトリさんが連れてきてくれたの!?」
リリィちゃんが眼をキラキラさせる。
ん?なんか誤解されちゃったかな?
ていうか、リリィちゃんくらいの年齢だと子供の生まれる仕組みとかわからないよね。
「違うよー、あまり覚えてないだけ。大人になるとね?親に会うのって面倒に感じるものなんだー」
・・・ってミヤコさんが昔言ってた。
うん、嘘は言ってないはず。知らないけど。
「えー、信じられない。リリィはおっきくなってもパピーにいつでも会いたいって思うけどなー」
「そうだね、私も・・・うん、そう思ってくれたらなって思うよ」
ルビーもアクアも、もっとおっきくなってもたまにでいいから、顔を見せに来てくれたら嬉しい。
きっと、私はいつ二人に会えても幸せな気持ちになれるから。
「じゃあじゃあ、お母さんやお父さんみたいな人はいた?」
「お父さんみたいな人・・・はいたかなー」
頭の中に浮かぶのはお世話になった社長の顔。
金髪で強面なのにサングラスまでかけてるもんだから、初めて会った時はスカウトじゃなくてヤンキーのナンパかと思ったものだ。
「私を
「わぁ・・・、リリィのパピーみたいだね!」
「ふふっ、確かにちょっと似てるかも。あの人はさー、なーんにもなかった私に、夢をくれた人なんだー」
お母さんに捨てられて、言われるがままに施設に入れられて、ただ何もせずに生きていた。
私は誰からも愛されてなくて、施設じゃ言い寄ってくる人や優しくしてくれた人もいたけどその気持ちがよくわからなくて。
あの人の話を聞いたのも、フラペチーノ代が浮くなら程度に考えてて。
『嘘で良いんだよ、むしろ客は綺麗な嘘を求めてる』
『皆愛してるって言ってる内に、嘘が本当になるかもしれん』
・・・今思えば、あの言葉から始まったんだなー
「あの人がいたからアイドルになったの。・・・そりゃあ嫌なことや苦しいこともあったけど、アクアやルビーにも会えたし、死んでからはフランシュシュのみんなにも会えたから今でも感謝してるんだー」
「そっか・・・なんだかホントにリリィのパピーみたいだね。リリィも最初はパピーをテレビの中から喜ばせたくて子役になったけど、かなちゃんやあかねちゃんと出会って、ゾンビになってからは大輝くんやアクアくんとも舞台の上で共演できてとっても楽しかったの。きっとそれは、パピーがいなきゃ叶わなかったことだから・・・」
「ふふっ、なんだか私とリリィちゃん、結構似てるね」
「・・・だねっ!」
少しばかりいつもの明るさを取り戻したリリィちゃんを見てほっとする。
リリィちゃんはしっかりしてるけど、やっぱりまだまだ小さい子供だ。
亡くなったお母さんと話をしたくて、大好きなお父さんに甘えたい年頃なんだ。
なら、私のやるべきことは・・・。
「──私はね、リリィちゃんはお父さんに全部打ち明けたほうがいいと思ってる。きっとリリィちゃんのお父さんなら、リリィちゃんがどんな姿でも受け入れてくれると思うし、何よりもリリィちゃんがこんなに悲しんで涙を流してるのに、お父さんがそれを知ることができないのは・・・何ていうか嫌だから」
フランシュシュの一員としては、リリィちゃんを引き止めるべきだと思う。
だけど、子供を持つ親として、私はヤーさんの気持ちが痛いほどわかってしまった。
もしあの日、私の代わりにアクアとルビーを失って、数年後にあの日のままの二人に出会ったら、私はきっと・・・二度と離れたくないって思っただろうから。
「アイちゃん・・・ありがとう。リリィのこと、すっごい心配してくれて嬉しい!・・・だけど、やっぱりリリィはパピーにゾンビのこと、内緒にしたいの」
「・・・それはなんで?」
「パピーに正体を明かしたいのは本当だよ。・・・けど、リリィがアイドルを続けたいのも本当なの。フランシュシュのみんなと一緒にアイドルでいたいし、舞台の上でまたアクアくんやかなちゃんと共演もしたい。どっちも大切なの!」
「なら・・・事情を話して秘密にすればいいじゃん。ルビー達みたいに、きっと協力してくれるはずだよ」
「・・・それは駄目なの。リリィがパピーの子供だよって言ったら、・・・リリィはまだまだ子供だから、きっとパピーにずっと甘えたくなっちゃう。・・・フランシュシュのみんなのこと、考えられないくらいに」
「・・・私はそれもいいって思う。リリィちゃんもヤーさんも大好きな人と一緒にいられて、幸せでいられるなら、それで」
リリィちゃんが抜けてもフランシュシュは終わらない。
アイドルグループはそういうものだ。
辞める子、辞めさせられる子が出ても、いずれは新しい子が補充される。
巽は前にフリルちゃんを連れてきた。
ならきっと、新しいゾンビの子を連れてくることだってできるはず。
「だから・・・」
「──アイちゃん、その嘘はリリィでも気づいちゃうな」
「──え?」
思わず聞き返す。
私が嘘?
今のやり取りの中で嘘なんて私は・・・
「アイちゃんね?今とーっても辛そうな顔してたよ。リリィがフランシュシュからいなくなるの、本当は嫌なんだよね?」
指摘された言葉を頭の中で繰り返す。
リリィちゃんがフランシュシュから抜ける。
そんなの、当然嫌に決まってる。
だけど私は、同時にそれも仕方がないことだって納得してた。
リリィちゃんは大好きなヤーさんと一緒にいるべきだって思った。
だけど、リリィちゃんの言葉が頭から離れない。
リリィちゃんがいなくなったフランシュシュが、私は想像できない。
・・・ううん、想像したくないんだ。
この八人じゃないフランシュシュが、いろいろなことを乗り越えてきた私たちが、一緒にいられないことが嫌なんだ。
「心配しなくても、リリィはずっとアイちゃんと一緒だよ。もちろん、さくらちゃんやサキちゃん達も。だってリリィ達はゾンビなんだもん。この先ずーっとマジカルでトゥインクルにアイドルを続けるんだから♪」
・・・参ったなあ。
元気づけるつもりが、逆に私の方が励まされるなんて。
「・・・そうだね。私たちはゾンビだもんね。この先、死ぬこともないし誰よりも長く生きるんだもんね。・・・あれ?この場合、すでに死んでるから生きるって言うのかな?」
「そんなのわかんないよ。けどずっと一緒にいたいって思ったら、きっと一緒にいられる。そうでしょ?」
「・・・うん。フランシュシュはずっと一緒、だね♪」
「あっ、でもパピーを元気にしてあげたいのは本当なの!どうすればいいかなあ?」
「うーん、リリィちゃんが正体を明かさずに元気にする方法かぁ・・・。みんなにも相談してみよっか?」
・・・
リリィちゃんを連れてレッスン室にやってきた私たちは、いつものようにぐるりと円になるように座っていた。
「ちんちくがゾンビだってバレない方法でヤーさんを元気づける方法か・・・」
「なかなか難題でありんすな」
「や、ヤーさんがんばれーって応援ソングを歌うとか!」
「ガウガウー!」
「いきなり会ったばっかのアイドルから名指しで応援されんのは怖くねえか?」
「というかヤーさん呼びはもう固定なんですね・・・」
「リリィは気にしないよ?」
「さくら・・・その発想ありかも」
「愛ちゃん?」
「要するに、リリィの想いを歌詞に載せて歌えばいいのよ」
「作詞をリリィちゃんがするってこと?」
「歌・・・いいですね、心の底からの想いを歌に乗せれば、きっとリリィさんのおと・・・ヤーさんの心にも届くと思います」
「なんでわざわざ言い直したと?」
「わっちの時代にも想いを歌に乗せる俳人はおりんした。きっとリリィはんの想いも届くでありんしょう」
「じゃあまずは巽の説得だねー」
・・・
意外にも巽はあっさりと首を縦に振ってくれた。
巽が新曲を作る間にリリィちゃんも歌詞を作り始める。
私たちも協力はするが、基本的に口出しはしない。
やっぱりこの歌はリリィちゃんが一人で作るからこそ、意味があると思うから。
あとは、ヤーさんを招待するだけ・・・なんだけど・・・。
・・・・・・
・・・
「あーもう!全然思いつかねえー!」
イベントの傍ら、私達はヤーさんをライブに呼ぶ方法を考えていた。
リリィちゃんは作詞中だからここにはいない。
「リリィちゃんが直接来てねー?て言うわけにもいかないしねー」
「私達のライブに来た百人目のお客様なのでチケットをプレゼント、とかいかがでしょう?」
「そんなの、調べられたら告知してないことバレるでしょ・・・」
「家の場所はちんちくが覚えてんやろ?ならポストにでもチケット突っ込んどきゃ来るんじゃねーか?」
「それは考えたんだけど・・・あまり家にいないのか、ポストに新聞が溢れてたのよね」
「あっ、じゃあ仕事場は?確か土方の人がよく着てる服着てたとね!」
「確かに・・・あのガタイだし、外にいるなら遠目からでも目立って見つけられるかも」
「おし!じゃあ工事現場巡りだな!ちょっくらひとっ走り行ってくるばい!」
そう言うとサキちゃんがレッスン着のまま飛び出し、自転車で走り去っていった。
こういうときのサキちゃんの行動力はすごいなー。
「私たちも探しに行こっか?」
「そうね」
「はい!」
「・・・アイはん、リリィはんが呼んでありんしたよ。行ってあげなんし」
リリィちゃんの様子を見に行ったゆうぎりが戻ってきた。
私に用事・・・歌詞のアイデア出しとかかな?
「リリィちゃんが?・・・どうしたんだろ?」
「アイちゃん、リリィちゃんのとこ行ってあげて。ヤーさん探しは私たちの方で進めとくけん!」
「・・・うん、わかったー!早く終わったら私も合流するねー!」
・・・
「アイちゃん!リリィと一緒に、この新曲を歌ってほしいの!」
開口一番、リリィちゃんが元気よく告げる。
もともとこの曲はリリィちゃんの完全ソロで、私たち他のメンバーはせいぜいコーラスでフォローしようって話だった。
けれど、リリィちゃんから提案されたのはパートを分けてみんなで歌う部分を増やそうってことで・・・
「私はいいけど・・・、リリィちゃん一人で歌ってあげたほうがヤーさんは喜ぶと思うよ?」
「そうかもしれないけど・・・この曲はリリィだけの歌じゃないから・・・」
「 どういうこと?」
「・・・この曲はね、もう会えない大好きな人に贈るお手紙なの。リリィがパピーのために作った曲だけど、きっと他にも、伝えたくても伝えられない気持ちを抱えてる人がいて、その人たちもこの曲を歌って想いを伝えられたらなって!」
「・・・そうだねー、とっても素敵だと思うな☆」
「うん!だから、アイちゃんも一緒に歌お?リリィ達の歌が、きっとリリィ達のことで悲しんでる人にも届いて、少しでもその心に寄り添えたら・・・そう思って作った曲なの!だからこれは、リリィだけじゃない、フランシュシュみんなの歌なの!みんなで歌いたいの!」
興奮しながら思いを口にするリリィちゃんはキラキラと輝いていた。
正直・・・ちょっと眩しいくらいかも。
「このあとみんなにも話すつもりだよ。・・・でも、最初はアイちゃんに伝えたかったの。アイちゃんがいなかったら、リリィはこの歌を作れなかったから・・・」
「リリィちゃん・・・」
「きっとこの歌は、アイちゃんのお父さんにも届くよ。今は届かなくてもいつかは絶対に。だからアイちゃんも、その人への想いを口にしてもいいんだよ」
私のお父さん・・・。
リリィちゃんが言ってるのは、本当のお父さんじゃなくて、以前話した佐藤社長のことだろう。
あの人だけ、生前苺プロでお世話になった人の中で足取りが追えてない。
会いたいな、とは思う。
けどこれは、ルビーやアクアと会いたい気持ちとは別な気がする。
その気持ちが、フランシュシュのみんなと一緒に伝えられるのなら。
「・・・ありがとう。私もこの想いを伝えたい。リリィちゃんの作った歌、一緒に歌わせてほしいな」
「うん!みんなで届けちゃおう!」
・・・・・・
・・・
「ヤーさん・・・、ヤーさん・・・どこやろ。あの人は頭ツルツルやけん、ばってん身体は大きかなか・・・。あっちの人は身体大きいけどフサフサ・・・やっけんなかなか見つからないとね・・・」
みんなと手分けして探してからだいぶ経った。
工事現場で働いてる人、をヒントに前に見たリリィちゃんのお父さんの姿を探しているが一向に見つからない。
サキちゃんがここから離れている場所を重点的に探してくれてるから、近場のは私たちであたってみてるけど・・・。
「さ、佐賀の工事現場ってどれだけあるとね!?」
どこもかしこも今日に限って工事中ばかり。
しかもヤーさんの特徴にどこかしら一致する人ばっか働いとるし!
「はぁ・・・、愛ちゃんや純子ちゃん、ゆうぎりさんやたえちゃんの方で見つかるといいけど・・・」
もしくはサキちゃん。
たた見つからなくてだいぶイライラしてたし、見つけてもヤーさんに突っかからないといいけど・・・。
「・・・泣き言言っても何も始まらなかね!頑張っちゃろ!」
「・・・あのー、さっきから一人で何を話してたんですか?」
「うひゃあ!?」
後ろから急に声をかけられ、思わず飛び退る。
うう・・・独り言聞かれてた・・・変な子に思われたかも・・・。
見ればそこには見覚えのある女の子が立っていた。
「・・・あっ!鞘姫の・・・黒川あかねちゃん!?」
「お久しぶりです、フランシュシュ一号さん」
黒川あかねちゃん。
東京ブレイドの舞台でリリィちゃんと共演した子だ。
少し前の時代劇の撮影のお仕事でもゆうぎりさんと共演した二人と一緒にいた。
もしかして今日も仕事で佐賀まで来ていたのかな?
「ううん、今日はプライベートだよ?親戚がこっちに住んでいるから様子を見に・・・。そしたら、偶然この前見たアイドルの子がいたのでつい声をかけちゃいました☆」
「そ、そやったんですね・・・」
な、なんか前見たときと話し方というか性格というか・・・まるで別の人みたいやけん。
舞台にも立つ役者さんやしプライベートとお仕事で使い分けてるのかな?
やっぱりプロの役者ってすごいなあ。
「あ、あの・・・黒川さんは・・・」
「あかね、でいいよ?年齢も近いだろうし、敬語もナシナシ!もしくはあかねちゃん、までならオッケー!」
「う、うん、わかったけん。ならあかねちゃんって呼ぶね」
「おおー!そっちを選ぶかー、一号ちゃん意外とグイグイ来るねー☆」
「ええ!?そんなつもりはなかったとよ!?」
不思議・・・今のあかねちゃんはどこかアイちゃんぽい気がする。
話してる姿とか、考え方とか。
まるで本当にアイちゃんと話してるみたいな・・・。
「え?私とは仲良くなれないってこと?こんなに可愛いのに?」
「そ、そういう意味でもなかとよ!?」
「そっかー!良かったー!・・・・・・・・・ごめん、最後のは忘れてください・・・//」
あ、照れて俯いちゃった・・・。
自分のこと、可愛いって言い切るほど自信があるわけじゃないんだ・・・。
でもこっちのほうが前見たあかねちゃんぽいって言うか・・・。
「・・・よしっ、切り替え終了っ。ところでさー?一号ちゃんは何をしていたの?」
さっきまでのことはなかったかのように再びアイちゃんモード(仮)になる。
ううん?もうわけがわからなくなったけん・・・。
「えっと、私たち人を探してるけん。ばってん、なかなか見つからんくて・・・」
「人探し?どんな人を探してるの?」
「ええっと・・・身体ががば大きくて、顔に傷があって、工事現場で働く人が着るような格好していて、任侠映画にいるような顔と声で・・・」
「・・・え、一号ちゃん達、闇金に手を出したの?」
「ええっ!?なんでそんな話になると!?」
「だってそんな怖い人から見つからないように逃げてるんでしょ?」
「違かね!?」
冗談だよー、と言いながら悪びれもなく笑う。
やっぱりこの話し方はどこかアイちゃんぽく見えるから混乱するけん・・・
「で、人探しだっけ。・・・ふむふむ、一号ちゃんが言った特徴に被ってる人、さっき見た気がするなー」
「ほ、本当!?是非教えてほしかね!」
「オッケー☆じゃあついてきてねー!」
・・・
「ごめんね。あかねちゃんも予定があるのに案内までしてもらっちゃって・・・」
「全然いいよー☆それより、この前フランシュシュのライブ映像見たよー、一号ちゃん達って本当にアイドルだったんだねー」
「わー、ありが・・・ってなんでアイドルであることを疑われてると!?」
「そりゃあ、私は五号さんと六号ちゃんが演技してるとこしか見てこなかったからね」
「うっ、確かに、言われてみるとあかねちゃんと会う時ってだいたいアイドル以外のことやってるとき・・・さ、最近は私たちも売れてきてアイドル以外のお仕事も貰えるようになってるだけとよ?じ、実際はミニライブや握手会、着ぐるみショーとかやってるけん、勘違いしないとってね!?」
「・・・着ぐるみショーはアイドルのお仕事なの?」
「え!?た、たぶん・・・?」
よく考えたら、着ぐるみを着たら顔も見えないし・・・い、いや!きっと、お仕事を取ってきた幸太郎さんにも考えがあったとね!うん!
「一号ちゃん達はさー、アイドルになって長いの?」
「え!?えーと一年半くらい・・・かな?」
「そっかー、結構長いんだ」
思い返せばみんなと出会ってからそれくらい経ったんやね・・・。
「でもさ、それだけ長くやってると、家族の人が心配しない?」
「え?」
「アイドルってさ、若い間しかなれない、ずっと続けることもできない先行き不安定なお仕事でしょ?ドームに立てるのは一握りのグループで、その他は見向きもされずに消えていく・・・とっても狭き門で厳しい世界。・・・別に一号ちゃん達が向いてないって言いたいんじゃないよ?ただ、やっぱり理解もされ辛いお仕事だし、そのあたりどうしてるのかなーって」
家族・・・。
私にはゾンビになるまでの記憶がない。
だから当然、家族に関してもピンとこない。
しいていえば、目覚めてからずっとフランシュシュのみんなと一緒だから、みんなが家族みたいなものだ。
けど、最近は私も記憶を失う前の自分の家族について考えることがある。
アイちゃんみたいに可愛い妹がいたり、リリィちゃんみたいに優しいお父さんがいたりしたんだろうか。
「・・・どうなんやろ、あまり考えたことないっちゃけん・・・」
「え?」
「あ、えっとね?わたし達、親元を離れて生活してるけん。だからあまり家族っていうのに馴染みがなくて・・・。どっちかと言うと、フランシュシュのみんなが家族って感じ・・・なのかも」
「ふーん、仲良いんだねー」
空虚な返事が空に消える。
同意しているように見えて、内心では全くそう思ってない時のアイちゃんの言い方。
前を歩く背中に、馴染みのある天才アイドルの姿が重なる。
その足が、急にピタリと立ち止まった。
「でもさ?やっぱり仲の良い友達と血の繋がった家族は別じゃないかな?産んでくれた両親と、心を許した友人、きっとその二つに向ける愛情は分類上は一緒でも、実際は違うって思うな」
「あ、あかねちゃん?」
あかねちゃんがその場でくるりと振り返る。
アイちゃんと同じ、星の瞳がこちらを見透かすように見つめてくる。
まるで嘘は許さないと言わんばかりに。
その双眸が私を捉えていた。
「ね?もう一度よく考えてみて。あなたの
「
本当の。
それはまさしく、ここにいる源さくらではなく、記憶を失う前の『源さくら』の・・・。
フランシュシュとして活動して、これまでに何度か記憶を取り戻すきっかけになりそうなことはあった。
だけど結局、実際に思い出すまでには至っていない。
だから私は彼女の言う、
「・・・うーん、やっぱりよくわからんけん」
「・・・そっか。ごめんねー、変なこと聞いて」
いつの間にか、あかねちゃんは先程までの勢いが嘘のように、いつもの笑みを浮かべていた。
「・・・あっ、もう着いたよ。あそこの工事現場で見かけたの」
「え、あ、ありがとうっ」
「じゃあ、私はもう行くね!またねー!」
それだけ言うと風のように去っていった。
「・・・・・・・・・最後の、何だったんだろう?」
・・・・・・
・・・
『うーん、やっぱりよくわからんけん』
「・・・それはこっちの台詞だよ」
後をつけられていないことを確認してから息をつく。
・・・調べた限り源さくらはごく普通の一般家庭に生まれた女の子だった。
普通の母親と普通の父親に育てられて、普通の一人っ子で、普通に小中高と学校に通って、そして───普通に事故に遭って亡くなった。
人並みに両親から愛され、人並みに友達を作って、人並みに他人と関わりがあった。
なのにさっきまでの彼女はまるで、
普通は死んで生き返ったら、家族や友人に会いたくなるはずだ。
あのアイだって
例えどこにいるかわからなくても、そのきっかけさえあれば親に会いたいと思うのが人情だ。
なのに、まるで───
「死んで生き返って・・・全くの別人になったかのような・・・」
自分で口にして、思わずその先を噤む。
あえてアイになりきれば、困惑してぽろっと秘密をこぼさないかと思っていたけど・・・思わぬ結果になった。
もし本当にあの源さくらが、生前の源さくらと違う、全くの他人だとしたら・・・巽幸太郎がやったのは死者の蘇生ではなく──
「もしアイもガワだけで中身が全くの別人だとしたら・・・?」
私が自分の中に作ったアイを演じることができるように。
彼女もアイを演じている全く別の人間だとしたら。
その目的は──何?
思わず背筋が寒くなる。
自分が求めていたゾンビというオカルト。
その正体がこれまで考えてきた仮説と違う、全く異質のものである可能性。
・・・豪武雄氏の反応でフランシュシュ六号が星川リリィであることはほぼ確信できた。
そして、あの
やはり、ゾンビの秘密を解明するにはあの館で手に入れたノートの解読が一番の近道かも・・・。
そうなれば長居は無用だ。
アクアくんには仕事が忙しいと伝えてるとはいえあまり長い間、顔を見せないのも怪しまれるかもしれない。
「・・・それに、やっと本物の彼氏彼女になったんだし、できれば会いたいってのも本当っていうか・・・」
・・・。
だ、誰に言ってるんだろう・・・。
こほんっ。
と、とにかく!さっさと戻ろう!うん!
私はスマホでタクシーを呼ぶと、急いで空港へと向かった。
・・・・・・・・・
・・・・・・
「ヤーさんにチラシ、届けておいたとよ!」
「でかした!」
「あい」
「ヴァウ!」
「よしっ、あとはさくら達のパートの仕上げね」
「パピー・・・来てくれるかな・・・?」
「大丈夫です、きっと来ますよ。リリィさんのおと・・・ヤーさんなら」
「だからなんでわざわざ言い直すんだよ」
「誰かさんに蹴られた痛みで来れないかもねー?」
「ああ?あん時はちんちくのオヤジだって知らなかったから仕方なかやろが!」
「大丈夫だよ、パピーはダンプカーにぶつかっても無傷だったから」
「そ、それは流石に誇張し過ぎじゃ・・・え?もしかして本当の話と!?」
「むしろダンプカーのほうがスクラップになってても違和感ないかも・・・」
「だんぷ?かー、とはなんでありんしょうか?」
「えっと・・・がばおっきな車ってゆーか・・・」
「よく外を走ってる車あるじゃん?あれが三倍くらい大きいやつ!」
「とーってもかっこいいの!」
「なんと・・・リリィはんのお父上は島原の男達と遜色ない程強いのでありんすな」
「あっ!い、今、や、ヤーさんって・・・いえ、何でもないです・・・//」
「純子、急にどうしたの?」
「あちゃー、愛ちゃん駄目だよー?純子ちゃんは頑張ってヤーさん呼びしてたのに、ゆうぎりがあっさり違う呼び方してしょげちゃってるんだから気づかないふりしてあげないとー」
「わ、わたし、しょげてなんていません!」
「なんと。純子はん、ごめんなんし。わっちも今後はリリィはんのお父上のことヤーはん、と呼ぶように気をつけるでありんす」
「ち、違いますから!わたし、そんなこと思っていませんから!!・・・アイさん!!」
「あはははは!ごめんねー、必死に言い直す純子ちゃんが可愛くてついさー」
「・・・いいでしょう。アイさんがそう来るのであればわたしも考えがあります」
「あ、あれ?純子ちゃん?顔が怖いよ?ほら、わたしたちアイドル、スマイルスマイルー」
「いいですか?アイさん、常日頃から思っていたのですがアイさんはアイドルとしての自覚が──」
「げっ、お説教モードになっちゃった!?ご、ごめんってばー!」
「まったく・・・。純子、アイ、そのへんにしておいて。さくら達の仕上げが終わったらすぐに合わせて通しでやるから」
「オッケー!まっかせてー!」
「むむ・・・仕方ないですね。わかりました」
「そんじゃ、ちんちくのライブまで間もねえし練習はじめんぞー!」
「「「「「「「おー!」」」」」」」「ヴァウ!」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「豪さん、今日も最後までっすか?」
退勤時間になり、事務所で同僚が声をかけてくる。
普段ならこのあと、夜遅くまで残業をしてクタクタになった身体で家に帰るまでがセットだ。
ふと、ゴミ箱の方へと視線が向く。
休憩中に同僚が話していた、職場のポストに入っていたと言うフランシュシュのチラシ。
あのときはいらないと答え、同僚がくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てているのを見送った。
だが今日一日、ずっと頭の片隅に引っかかっている。
「・・・」
もう正雄に似たあの子には会わない。
そう心に決めたはずだ。
あの子がそう思わなくても、俺が会いに行けば他のメンバーを怖がらせるかもしれない。
それが理由でメンバーの不和ももたらすかもしれない。
何より、あの子は正雄にそっくりで・・・、見たら思い出してしまう。
自分のせいで死なせてしまった
辛かった気持ちを。
なら忘れてしまえば良かやないか・・・。
ゴミ箱の中にある紙を、見なかったふりをしてこのまま残業すればいい。
明日には同僚がまとめて捨ててくれる。
そうしたらもうこんな気持ちになることもない。
そう、したら・・・
『パピー!』
ああ・・・そやね、忘れることなんかできるわけなかね。
「・・・すみません!今日はもうあがらせてもらいますけん!」
「おう」
座っていた上司に頭を下げると、何も聞かずに返事をくれた。
ゴミ箱からチラシを拾い、急いで事務所を飛び出す。
背中に驚きのあまり口をあんぐり開けている同僚と、いつもよりも仏頂面の口元を緩めている上司の視線を感じながら、俺は夜の佐賀を走り続けた。
・・・・・・
・・・
『──曲目、ありがとうございました!!』
ワアアアアア!!
お客さんの歓声を浴びつつ、ヤーさんの姿を探す。
あれだけのガタイだ、客席のどこにいても見つかるはず。
だけど、今のところ全然見つからない。
「・・・もう終わっちゃう、来てくれるとかな」
「出来ることは全部やった。あとはヤーさん次第やけん」
「・・・来たっ!」
慌てて来たのか、汗だくで一番うしろに並ぶヤーさんの姿が見える。
良かった・・・ギリギリ間に合った・・・っ。
『──えー、今日は新曲があります!!』
サキちゃんが拡声器越しに声を張り上げる。
『メインはちんちくが担当します!!』
「・・・サキちゃん、ちんちくじゃないって!」
『あっ、えーと六号が担当します!!』
さくらちゃん、ナイスフォロー!
サキちゃんの言葉に合わせてリリイちゃんが前に出る。
『・・・聞いてください。To my dearest』
・・・
『──サヨナラはやってくるけれど、ずっと先だって思ってた』
歌い出しは静かに。
だけど、誰もが聞き入れるようにゆっくりと。
『照れ臭くって言えなかった言葉も、伝わらないまま消えてった』
彼女たちの想いを乗せた歌詞が、メロディと共に流れていく。
『でもね、一緒に居られた日々の中で私は心から』
それは旋律となって聴くものの心を震わせる。
『笑ったり、泣いたり、笑ったり』
「何だおまえ・・・バラードもいけんじゃねえか・・・」
視界の端で目立つ大きな図体の男が客席に現れるのが見えた。
つい先日も会った豪さんだ。
その人の死角になるところで、俺はステージに立つ
結局、あいつの前に立つ勇気はなくて、なのに不格好な変装までしてここまできた。
情けなさと恥ずかしさで死にたくなる気持ちよりも、今ここで目を逸らすほうが自分を許せねえと思ったからだ。
B小町じゃあコテコテのアイドル曲ばっかりやってたから気づかなかったが・・・。
「やっぱアイにもこういうのを歌わせるべきだったか・・・」
・・・今更口にしたところで、何の意味もねえけどな。
「乾・・・オメーの見せたかったものってのはこんなもんかよ」
頭の端で、つい先日再会した男のことを思い浮かべる。
俺が昔担当したアイドルにそっくりなやつに、俺が歌わせなかったような曲を歌わせることが、お前の言う見せたかったもんか?
「・・・ちくしょう、あいつはアイじゃねえ。わかってる。わかってんのに・・・なのに、どうしてもアイの顔がちらつきやがる・・・っ」
・・・
私にとって、佐藤社長は不思議な大人だった。
アイドルという偶像を誰よりも理解しているのに。
アイドルという輝きがもたらすものに誰よりも魅せられていた。
自分の求める夢に向かって一途な姿は、どこか子供っぽくもあって。
だけど、私たちアイドルを守るときはちゃんと大人らしさも見えて。
私が嘘つきで愛すること、愛されることに飢えてることを知っていて、それでも適切な距離を保って接してくれた。
それはたぶん、自分に依存し過ぎないようにしてくれてたんだなって今なら思う。
そんな、不器用で優しいところが、私は好きだったんだ。
『たくさんのぬくもり、与えてくれた』
およそ人らしくなかった私に、人並みの夢と希望をくれた。
ただそれが・・・今は嬉しくて。
『大きな優しさ、教えてくれたの』
もしあの日、リョースケくんが現れなかったら。
私が、死ななかったらどうなってたかな。
ドームライブは大成功して、一躍トップスターになって。
事務所ももっと大きなところに引っ越して社長もミヤコさんも大喜び、ルビーとアクアも将来困らないくらいには貯金も増えて。
そんなあり得たかもしれない未来。
いつか社長とミヤコさんの間にも子どもが産まれて、その子達の面倒を見るアクアとルビーが見れて。
私は・・・流石にアイドルは引退してるかもだけど、あまり見た目が変わらなくてルビーやアクアと同級生のお父さんお母さんから美人って噂されて。
その話を聞いた社長から年齢をネタにイジられて、ミヤコさんにはどうしてそんなに若さを保っていられるのって文句を言われる、そんな世界。
アクアとルビー、社長とミヤコさん、二つの家族の輪の中で私はゆっくりと愛すること、愛されることを学んでいって・・・。
『この胸に空いたスキマは埋まらないけれど』
ああ、そっか。
私って、あのままでも幸せになれたんだ。
もしアクアとルビーに出会えなくても。
フランシュシュのみんなに出会わなくても。
きっと、社長が見つけてくれたあの日から。
私にはあの人の娘として、幸せになれる未来もあったんだ。
『今も、今も、あたたかくて』
今、ここにいることを後悔することはないけれど。
それは、少し、うん、なんていうか。
───もったいなかったかな、て。
・・・
「・・・今日は本当に本当にありがとう!六号はね、テレビが大好きなの!これからたくさんテレビに出られるように頑張るからね!テレビの前で、笑顔になってくれたら嬉しいな!」
「この歌は、身近な大切な人達への想いを綴った歌です」
「当たり前の日常、かけがえのない家族がそばにいることを大切にしてください」
「もし伝えたい相手が遠く離れたところにいるのなら」
「そんときゃあアタシらが代わりに伝えにいってやるけん」
「例え幾星霜、幾山河離れていようと必ず」
「この歌と一緒に届けてあげるから!」
「ヴァゥァア!!」
「会いに来てくれたこと、とってもとっても嬉しかった!絶対絶対忘れないから!大好きだよ!!」
『──あなたといた世界、あなたのいない未来』
正直、もう立っていられなかった。
涙で前はぐちゃぐちゃで、サングラスがなきゃ周りの連中にこの酷い顔がバレて引かれていただろう。
『遠くへ、離れて、行くけれど』
・・・だけど仕方ねえだろ。
眼の前のアイドルは、アイがなりたかったアイそのものだったんだから。
嘘つきだったあいつが、嘘をつかなきゃ生きていけなかったあいつが、心の底から本音を口にできている。
仲間と一緒に、ステージの上で笑えてる。
「・・・そうか、おまえはそんなふうにも歌えたんだな」
俺が知らないアイ。
俺が見つけられなかったアイ。
あいつにアイドルとしての基礎を叩き込んだのは俺だ。
初めて自分でスカウトしたアイドルで、人生全てをかけてプロデュースすると決めたアイドルだ。
ステージのうえに立つあいつを、最も後ろから長く見守ってきた男が俺だ。
正直、そんなアイを見れたのは嬉しい。
だが・・・それだけじゃなかった。
嬉しい思いだけじゃない。
確かに・・・悔しい思いもあった。
なんで俺は、こんなにアイドルとして輝いているアイを客席から見てんだ・・・?
なんで俺は、そんなアイを後ろから見守る立場にいねえんだ・・・?
俺は・・・。
『────社長。私もいつか、こんな景色を社長と一緒に作りたいです』
「・・・はは、とんだ父親ヅラだな、おい」
てめえの娘の復讐のことよりも、てめえの夢のほうが大事かよ・・・。
だが・・・
「まっ、おまえなら・・・今の俺を見ても笑い飛ばすよな・・・」
頭の中で、いつもみたいに俺の名前を間違えて呼びながらけらけら笑う姿が思い浮かぶ。
『あははっ、佐藤社長ってば、いくらわたしが可愛いからって十年も引きずるなんてわたしのこと好き過ぎでしょー!』
・・・久しぶりにあいつが笑ってるとこを見たな。
俺は、アイに笑われる今の自分が可笑しくて、涙を流しながらも口元の笑みが止まらなかった。
『──今も、今も、暖かくて』
・・・
『遠くへ、離れて行くけれど』
俺がやった罪は消えない。
けれどあの子と・・・正雄と過ごした時間は本物だった。
悲しくて辛い記憶だけじゃなくて、一緒に笑いあった幸せな記憶があった。
それを、正雄にそっくりなあの子が思い出させてくれた。
『貰った勇気を誇りに進むから』
・・・本当にあの子は正雄なのかもしれない。
神様がかわいそうなあの子を憐れんで奇跡を起こした、亡くなったあの子の生まれ変わりなのかもしれない。
だけど、例えそうだとしてもあの子が自分から名乗るまでは何も言わないようにしよう。
だってもし本当にそうだとしたら、甘えん坊だったあの子の決意を無下にしてしまうだろうから。
『いつの日も会いたいよ、会いたいよ、そんな気持ち、消えない、けれど、大丈夫』
俺は・・・前を向いていいけんね。
いつまでも下ばっか見ないで、立ち上がって歩き出さなきゃいかんと。
正雄との思い出ば胸に、残りの人生をしっかり生かんば星になった二人に将来顔向けできんばい。
『愛は、愛は、変わらないよ、いつまでも』
涙を流しながら夜空を見上げる。
そこには、ひときわ輝く星のそばに寄り添うように、別の星が瞬いていた。
・・・
『──会いたくて、会いたくて、いつか──』
パピー!
『また会えたら、ちょっと褒めてね───』
ずっとずっと!リリィのこと、大好きでいてね!!
・・・・・・・・・
・・・・・・
「リリイちゃんのお父さん、来てくれて良かったね!」
「うん!」
「たりめーだ!あんだけ走らされて来なかったら、逆にこっちからカチコミかけてたばい!」
「押し込み強盗ならぬ押し込みアイドル・・・」
「辻斬りみたいなもんでありんしょうか」
「いや、そこはこっちからカチコんでるとこにツッコミなさいよ・・・」
「ヴァウ?」
「あはは・・・そういえばアイちゃん、しきりに観客席を気にしとったように見えたけど、ヤーさん以外に誰かいたとね?」
「んー、恥ずかしがり屋の誰かさん・・・かな?」
・・・・・・・・・
・・・・・・
「・・・豪さん」
「ん?・・・ああ、斉藤さんやなかとですか」
いつもの公園で休憩を取っていると、先日も会った斉藤さんから声をかけられた。
「その格好・・・どこか行かれるとね?」
「ええ、ちょっくら仕事に復帰しようかと・・・」
「・・・そうですか。よか思いますけん、斉藤さんばまだまだあの業界に必要な男やすけんね」
「はは・・・まあ、そもそも許してもらえるか、というか生きて戻れるか命の保証もないんですけどね・・・」
「・・・斉藤さん、なんばしよっと?冬の有明海でカニ漁でもするつもりとね?」
「カニか・・・手土産に持っていけば少しでも怒りを鎮めてくれっかな・・・いや、無理だろうな・・・普通に考えても半殺しで許して貰えたら温情って感じだしな・・・」
「・・・ま、まあ覚悟を決めていくしかなかとね」
「・・・ですね、人間死ぬ気でやりゃあ何とかなる!・・・今はそんな気分なんです」
「!!・・・ふふ、よかかね。俺も死ぬ気でこの先、生きていこうと思うけん」
互いに笑い合う。
心なしか、斉藤さんは憑き物が落ちたかのように晴れやかな表情になっていた。
「それじゃあまた!食事の約束はまた今度、是非奢らせてください!」
「ええ、斉藤さんばお元気で!」
・・・
「・・・なんつって別れたばかりなのにこれかよ・・・」
ついさっき豪さんに別れの挨拶を告げた俺は、佐賀空港で途方に暮れていた。
というのも・・・
「と、東京に帰るための旅費が足りねえ・・・っ」
よ、予定より滞在し過ぎた・・・。
元々ギリギリの懐で立てた帰郷計画だ。
バツが悪くて実家にも顔出してないし、金を借りるアテもねえ。
あんな別れ方をした豪さんところに戻って借りるわけにもいかねえし・・・。
念のため、財布をひっくり返すが何も出てこなかった。
「・・・今から働ける日雇いのバイトでも探すか」
「──んなこったろうと思ったよ」
突如、背中から声をかけられ、思わず飛び退る。
声がした方に視線を向けるとそこには・・・
「・・・新太?」
「おう、てめーと腐れ縁の大古場新太とよ!・・・つーかこれは二回目か」
何故か東京で別れたはずの大古場新太がそこにいた。
「な、な、なんでてめーがここに・・・?」
「わはは!やっと俺が期待していたリアクションをしやがったな、壱護!」
新太はなんてことのないように近づいてくると、俺の顔をジロジロと見始める。
「・・・なんだよ」
「いやあ?どうやら俺がやった薬はよっぽど効いたみたいで安心しとるとこやけん」
「・・・ほっとけ」
見透かされたみたいで腹が立った俺は視線を逸らす。
だが、それすらやつの予想通りだったらしく、愉快そうに笑い飛ばした。
「どうせおまえ、帰りの旅費がなくて途方に暮れてたんやろ?」
「ギクッ」
「くくく・・・やっぱりな!テメーのことだからそんなこったろうと思ったけん!」
なおも笑い続ける新太にさらにいらいらが増す。
そうだった。
こいつは昔からこうだった。
俺が勢い任せに始めて失敗すると、いつも隣でげらげらと笑っていた。
・・・ちっ。久しぶりに地元に帰ったからか、なんだか無性に懐かしく感じちまう。
おかげで怒りよりも笑いが込み上げてくるぜ。
「ふっ、ふはは!なんだよ!悪いか?計画性のねえ俺が失敗してんのがよ!だいたいてめーだって学生時代に売れるからって自腹切って新聞作ったら、半分も売れなくて赤っ恥かいてたじゃねーか!」
「なんやと!?テメーだって将来トップアイドルをスカウトする練習だとか言って地元の女片っ端からナンパしてたじゃねーか!あれに付き合わされたせいで俺は地元の連中から節操無しの尻軽男って笑われたの忘れてないけんな!」
「ああ!?そんな女共の盗撮した写真にランクつけて夜な夜なオークション開いてたのは誰だよ!」
「テメーは司会役だったやろが!!」
ギャーギャー言いながら年甲斐もなく殴り合う。
ああ、本当に久しぶりだ。
こんなくだらねえことでこいつと喧嘩すんのは。
またこいつとこんなことで喧嘩できるなんざ、ここに来るまでは思いもしなかったな。
・・・
しばらくして、見ていた観光客に呼ばれたガードマンに連行され、こってりと叱られたあと、俺達はやっと解放された。
「あーあ、てめーのせいで無駄な体力を使っちまったぜ」
「それはこっちのセリフばい」
まだじんわりと痛む生傷を擦りつつ、俺は空港の出口に向かおうとする。
「ああ?どこいくとね」
「決まってんだろ、旅費稼ぎに行くんだよ。てめーの言う通り、今の俺は素寒貧だからな」
そう言い捨てて胸ポケットからタバコを取り出す。
だがその中身は空だった。
ちっ、そういや今朝吸ったのが最後の一本だったか。
「・・・おい」
そんな俺を見かねたのか、懐からタバコを取り出すとそのまま俺に差し出す。
特に気にせずにその一本を受け取ると、俺は火をつけた。
「・・・感謝は言わねーぞ」
「いるか、気持ち悪い」
新太もそのまま新しいタバコを取り出すと火をつけた。
しばらくの間、無言で同じ煙を口から吐き出す。
そういや昔はよく、どっちかがタバコを切らしたら互いにくれてやってたな。
大人になって、上京して、社会で働くようになっても定期的に会ってはこうやってタバコの煙を燻らせていた。
仕事であった嫌なことも、良いこともタバコの煙を見ながら互いに愚痴ってたらどうでもよくなって、夜更かしした翌日、眠い眼を擦りながら出勤して上司に怒られたっけか。
・・・ほんっと、懐かしいな。
「おまえ、これからどうするとね」
口から煙を吐き出しながら、新太が尋ねる。
どう、とは東京に戻ってからのことを指しているのだろう。
つまり、まだお前はアイの仇に復讐するつもりなのか、と。
「・・・さあな、まだ答えは出てねえよ」
アイを殺した犯人は憎い。
見つけだして殺してやりたいと思っている。
少なくとも、佐賀に来る前までとその想いは変わっていない。
だが今は・・・それだけじゃないことも確かだった。
「だが俺は・・・少なくともミヤコに謝らなきゃなんねえとは思ってる」
アイが死んだ後、犯人に復讐するために俺は他の全てを投げ出した。
アイの子供も、ここまで大きくした会社も、周りの人間からの信頼も、全て。
あの時はそうするしかないと思っていた。
この怒りをどうにかしなければ、俺は狂ってしまいそうだったから。
だがその選択が、結果的にミヤコをどれだけ苦しめることになったのか・・・俺は向き合わなければならない。
「アイツにかけた苦労を、責任を、負債を・・・今から全部肩代わりできるとはいわねえ。あそこから逃げ出した俺に言えるわけがねえ。だがせめて、少しでも背負えるのなら・・・背負ってやりてえ、いや背負わなきゃなんねえ。それが、あいつを選んだ俺の・・・けじめだ」
俺の独白を静かに聞いていた新太は、吸い終えたタバコを灰皿に捨てると、ゆっくりと振り返った。
「なら、尚更すぐに東京に帰らねえといけねえな」
そう言って懐から何やら長方形の紙を取り出す。
それは、東京行きの航空券だった。
「そいつは・・・っ」
「勘違いすんなよ。こいつは俺のだ。・・・まっ、誤って落とすかもしんねえし、俺は気づかねえかもしれねえ。やっけん、俺はなくした航空券を諦めて帰るかもしれんけん」
そう言って持っていた指を離すとひらりと俺の足元に落ちた。
「新太・・・お前・・・」
「・・・こいつは独り言だがな。てめーの選んだカミさんを絶対に手放すんじゃなか。絶対に泣かせんじゃなか。俺は・・・そんなやつをダチに持った覚えはなかかよ」
「・・・恩に着る」
「・・・次、辛気臭え顔で佐賀の大地を踏んでみろ。そん時ば誰だかわかんねえ顔になるまで殴って、カミさんの前で土下座させてやるけん」
・・・
東京行きの飛行機が飛び立つ。
懐かしの故郷が、あっという間に小さくなるのを見送った後、俺は懐からスマホを取り出した。
手慣れた操作で、古巣である苺プロのサイトを開く。
そして、そこに投稿された最新のお知らせを眼にした。
『新生B子町!初の新曲MV公開!』
「・・・悪いな、アイ。俺はあいつと一緒にお前の娘の夢を叶えるよ」
バナーを開き、MVの再生ボタンを押す。
そこには、かつて自分が担当したアイドルの面影を残す少女の力強く歌う姿が映っていた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
佐藤社長と巽を師弟関係にする案は、この作品を書こうと思った初期の頃からありました。
巽が物語開始時点でプロデューサーとして有能なのは、師匠的な人がいたのでは?とも思いますし。
そのあたりはいずれ明かされるんですかね⋯。
ついでに大古場さんともダチにして勝手に佐賀出身にしました。
佐賀に行く理由作りが雑過ぎる!
アイはフランシュシュのメンバーの中で唯一子を持つ親なので、たぶんパピー側の心情に寄ってしまうと思います。
まあでもリリィちゃんはマジモンの天才子役なのでアイのそんな心情にも寄り添えるフォロー力もある。
星川リリィ、逆に貴様は何をもち得ないのだ。
佐藤社長とアイって仕事のパートナーで年齢的にも親子みたいな関係ですよね。
原作で、もしゴローとさりなが転生しなかったらアイの子どもは魂が宿らず死産が示唆されてますけど、佐藤社長とミヤコさんがいれば立ち直れると思うんですよね。
そりゃあ最初は絶望するでしょうけど、デビューしてからずっと面倒を見てきた社長と文句は言うけど根が優しくてお人好しのミヤコさんならアイのことを絶対見捨てないし、時間をかけて心の傷を癒してくれると思う。
そんなイフを見たい。必要だろ。
パピーはたぶんリリィちゃんの正体に気づいてる派です。
実の親子だし再登場するたびに成長を見て涙流したりしてたし逆に気づいてなかったら亡くなった実子に似てる子を推してるヤバい人にな(ry
引き続き書いていきます!
また続きも読んでもらえると嬉しいです!
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