その後、ご無沙汰してしまいました。この間の失礼の段、どうかおゆるしください。
さて、本日お手紙をしたためましたのは、才囚学園での事件について、ひとつ不可解としか言いようのない矛盾に気がつき、先生にもお知らせしなければと考えたからです。
拝啓
その後、ご無沙汰してしまいました。この間の失礼の段、どうかおゆるしください。
さて、本日お手紙をしたためましたのは、才囚学園での事件について、ひとつ不可解としか言いようのない矛盾に気がつき、先生にもお知らせしなければと考えたからです。
才囚学園と聞いて、剣呑な話と思われるかもしれません。私にしても軽々には想起したくない場所です。しかし私は折につけて、あの学園で過ごした日々を思い返します。今の私を形成したのは、あの学園以外にありません。あの忌まわしき施設が、私にとって母校であるのもまた事実なのです。才囚学園は最原終一という存在を生み出した場所なのです。常々私は才囚学園に複雑な感情を抱いております。それはあるいは、ネグレクトされた子が他の大人に保護されて無事に成長したのち、ふと親について想う時と通じるものがあるかもしれません。才囚学園と私は、切るに切れない因縁があるのです。
話が逸れました、本題に戻ります。矛盾というのは、ひとえに学級裁判で私がひけらかした推理に関するものです。当時を思い返すと、自らの未熟さ加減に赤面します。先生ならば、事態をもっとうまく取りまとめることもできたのでしょう。しかし私にはあれが精一杯で、自分自身の無力さを痛感しながら、殺戮を支配する黒幕に翻弄されていました。
それでも学級裁判の推理に関しては、一応の真実を突き止めたつもりでいました。黒幕すら煙に巻かれた第四の事件に関しても、正鵠を射たと思っています。それは級友の協力があったからでした。私一人の力でなく、あの場にいた級友たちの介添を受けていたからこそ真実に辿り着き、ともにあの学園での日々を乗り越えていけたのです。
しかしこの度、どう考えても説明のつかない矛盾を当時の推理に見つけました。それは第一の事件に関してのものです。先生もご存知と思いますが、第一の事件は赤松楓さんによって引き起こされました。被害者は天海蘭太郎君で、赤松さんは地階の図書室にいた天海君を、ダクトを介して鉄球を落とすことで殺害しました。赤松さんがなぜそのような行動に出たのかについては、私にその責任の大部分があります。彼女は彼女の強い正義感、あるいは責任感に突き動かされたのでした。図書室の奥の書棚には仕掛けがあって、書棚の奥に隠し扉があることを、私が赤松さんに喋らなければ、彼女はあのような行動に出なかったでしょう。
当時、黒幕は学園生活にタイムリミットを設定していました。黒幕の定めた刻限までに殺人が起こらなければ、モノクマの群れによって私たちを一人残らず殺すという脅しが通達されていました。逆に、刻限までに行われた殺人の実行者は、罪を問われることなく才囚学園から出られるという褒賞が用意されていました。いわば殺人を誘発する飴と鞭です。対して私たちは、それぞれが対策を講じようとしていました。
例えば百田解斗君などは、武闘派の生徒を集めて、モノクマの大群とどう戦うか作戦を練っていました。翻って私は、黒幕がモノクマの大群を製造する際に通るであろう隠し扉を見張って、黒幕を取り押さえようと画策していました。
悔やんでも悔やみきれないのは、多くの協力を取り付けられなかったことです。いえ、まだ出会って日が浅いあの状況では、皆で協力なんて絵空事だと思われるかもしれませんが——それでも、全員で脱出口に挑戦した時のような団結力があの時も発揮できればと、今でも後悔しています。
せめて全員とは言わず、天海君とだけでも情報を共有しておけば、あの悲劇は生まれませんでした。私が偶々気づいた書棚の仕掛けを、彼は彼の才能によって把握していました。彼も私や赤松さんと同じように、事態を止めようとしていたのですから。
刻限間近に、天海君は図書室に入りました。彼は超高校級の生存者としての特典である、二つ目のモノパッドを抱えていました。そのパッドには、誰も知り得ない隠し部屋の所在が記されていました。
隠し部屋を調べるために、天海君が書棚を動かしたその時、私と赤松さんが仕掛けていたカメラのフラッシュが焚かれました。隠し撮り用のカメラのため、フラッシュ機能はオフにしていたものと私は思い込んでいましたが、そこには赤松さんの意図があったのです。
赤松さんは、扉を開けにやってくるであろう黒幕を、カメラのもとへおびき寄せるためにフラッシュ機能をオンにしていました。黒幕ではなかった天海君ですが、彼は結果的にそれに誘き寄せられました。私が持っていたブザーによって装置が作動し、何者かがカメラに近づいたことを察知した赤松さんは、一階教室のダクトに陸上競技用の砲丸を投げ込んでから、私とともに地階へと向かいました。
ダクトへ投げ込まれた砲丸は、赤松さんの作り上げた本の道を通って天海君に降り注ぎます。その砲丸によって天海君は頭を打ち、死亡した——というのが第一の事件のあらましでした。
無論、これは事件の真相ではありませんでした。キーボ君の破壊行為によって入ることのできた隠し部屋の手がかりから、第一の事件の真犯人は黒幕だったという隠された真実が、最後の学級裁判で明らかになりました。赤松さんは真犯人ではありませんでした。しかしそれが明らかになっても——つまり最後の学級裁判を踏まえたとしても、釈然としない点が当時の私の推理にはあります。それは音の問題です。
ダクトを砲丸が通れば、騒々しい音がするのは想像に難くありません。積み重ねられた本の上を通る時も、砲丸は音を立てるでしょう。そんな音が頭上からこだまして、天海君が気づかないはずがありません。本来ならば、砲丸は簡単に避けられていたはずです。
この問題について百田君から指摘された時、私はコロシアイ促進BGMを反論の拠りどころとして挙げました。事件当時はコロシアイ学園生活の刻限が迫り、才囚学園中に焦燥感を煽るような音楽が大音量で響き渡っていました。あのBGMによって砲丸の転がる音は掻き消されたのだと、だから天海君は頭上から降ってくる砲丸に気づかなかったのだと、そんな風に説明をつけました。
しかし、すると今度は別の疑問が噴出します。音の問題に関して、赤松さんはどう考えていたのでしょうか。というのも、コロシアイ促進BGMはなんの前触れもなく突然鳴り始めたものだったのです。
突然鳴り始めたものということはつまり、あんな音楽が刻限間近に鳴り出すなんて、黒幕以外の誰にも予想できなかったということです。当然、赤松さんにも予想なんてできなかったはずです。だとすると、赤松さんは自身の計画を練る段階で、ダクトを通る砲丸の音についてなんら考慮しなかったということになります。これは少し奇妙です。あれほど複雑で根気のいる殺人計画を考えた彼女が、砲丸がダクトを通れば騒音がするなんて当たり前のことを見落とすとは考えにくいのです。
どれほど遅くとも、図書室で本を整理する時点で赤松さんはあの計画を思いついたはずです。しかしその段階では、コロシアイ促進BGMを計画に織り込むことはできませんでした。音の問題は結果的に解決されていますが、赤松さんの計画に綻びがあるという点で、あの推理には穴があります。
とはいえ、赤松さんは殺人計画を自供しています。実は成功していなかったとはいえ、彼女に殺意があり、黒幕を葬り去る計画を練っていたのは確かです。ならば、計画を練る段階で赤松さんは音の問題に気づかなかったとする他ありません。超高校級のピアニストという彼女の称号、いわば音の専門家である彼女の思い描いた計画にしては杜撰であると首をかしげたくなりますが、それ以外に推理の穴を塞ぐ方法はないのです。釈然としないながらも、この点については一応の理屈がつくのですが、一つが気になると他も穿って見えてくるようで、私はあの事件の真相からさらに二つの穴を見つけてしまいました。
一つは、隠された真実についての矛盾点です。最後の学級裁判で明らかになったのは、天海君を殺したのが実は黒幕である白銀つむぎさんだったという事実でした。超小型モノクマーズ「モノチッチ」の撮影する映像を介して、赤松さんの計画を知った白銀さんは、赤松さんの計画が失敗した時に備え、隠し扉の向こう側で待機していました。白銀さんの危惧した通り、赤松さんの遠隔トリックは失敗しました。白銀さんはあらかじめ用意していたもう一つの砲丸を持って隠し扉から出て、突如降ってきた砲丸に気を取られている天海君を背後から襲いました。天海君を撲殺したのち、白銀さんは隠し扉を通って隠し部屋に戻り、その扉以外にあったもう一つの出入口——女子トイレの掃除用具入れに通じている方の出入口です——から出て、何食わぬ顔で図書室に駆けつけたというのが真相でした。
しかしそれはおかしいのです。赤松さんの計画を知っていたという白銀さんは、当然私と赤松さんが図書室に仕掛けたカメラの存在も知っていたことになります。となると必然的に、天海君を背後から襲った際に自身の姿がカメラに収められてしまうことを危惧するはずです。才囚学園の黒幕として、それは最も避けたい事態でしょう。にもかかわらず、彼女は堂々と隠し部屋から現れ、カメラの前に体を晒し、天海君を撲殺しました。
実際には、白銀さんの姿はカメラに捉えられてはいませんでした。フィルムを使うタイプのあのカメラは、写真を一枚撮ってから次を撮るまでに、フィルムを巻き直すための数十秒のインターバルを必要とするからです。白銀さんはこのインターバルの間に犯行を完遂し、扉の向こう側へと消えたので、写真に撮られずに済んだのです。
ですがそもそも、あのカメラのインターバルは、学級裁判で初めて明らかになった事実でした。学級裁判で入間さんがカメラの仕組みについて説明するまで、インターバルの存在は作成者である入間さん以外の誰も知らなかったのです。作成の依頼人である私と赤松さんにしても知らない事実でした。
勿論、入間さんがカメラを改造する過程か完成図をつぶさに観察すれば——そして工学的な知識があれば——インターバルが発生することも事前に察知できたでしょう。しかし白銀さんにそのような時間と知識がはたしてあったのでしょうか。モノチッチはあらゆる場所に入り込める高性能の覗きカメラですが、モノチッチから送られる映像を確認する白銀さんは一人です。彼女は他の級友たちから疑われないように日常を送りつつ、入間さんが作成したカメラの性能を詳しく確認することができたのでしょうか。釈然としないものがあります。
あるいは、それは可能だったのかもしれません。白銀さんは超高校級のコスプレイヤーでした。被写体として関わることの方が多かったとはいえ、カメラについての知識は人並み以上にあったでしょう。図書室に仕掛けられたカメラをモノチッチ越しに観察すれば、フィルムを巻き直すまでのインターバルがあることを事前に察知できたのかもしれません。もしかすると、チームダンガンロンパの構成員が白銀さんのバックアップをしていたのかもしれません。
先に触れた音の問題と同様、インターバルの問題にもなんらかの説明をつけることが可能です。
しかし次に挙げる問題は、少なくとも私ではなんとも説明をつけることができませんでした。いくら考え直しても、当時の自分自身の正気を疑う結果にしかならないのです。
学級裁判で提示された証拠の一つに、入間さんの撮った写真がありました。私と赤松さんが仕掛けたカメラによるものではなく、事件が発覚した後、ドローンとカメラを合体させて作った空撮用カメラによって入間さん自身が撮った写真です。あの写真が決め手となり、赤松さんの遠隔殺人トリックは白日の下に晒されました。整理された本棚の裏側に作られた砲丸の道を暴くためには、あの写真はなくてはならないものでした。
しかし先日思い返した時、あの写真には不自然な点があったような気がしたのです。私の記憶違いかとも思い、当時の映像資料を確認したのですが、疑念はやはり当たっていました。あの写真には、天海君以外の人物が誰一人として写っていないのです。
入間さんがあの写真を撮ったのは、事件発覚後、私たちが調査を始めてから少ししてのことです。図書室内には事件現場の見張り役として星竜馬君と東条斬美さんが常駐していました。あの二人の姿と、ドローンの操作をする入間さんの姿は、絶対に写っていなければならないはずです。しかし実際は違いました。あの写真には、写っているべき三人の人物が写っていないのです。明らかな矛盾に見えます。
なぜこういった矛盾が生じるのか、なぜ不審な点が散見されるのか。何より、なぜ当時あの場にいた誰もがそれらを違和感なく呑み下していたのか。これら全てに説明をつけるためには、思い出しライトを引き合いに出す以外にはないと私は考えています。
つまり第一の事件は、学級裁判の決着まで含めて、フィクションの記憶だったのではないかという仮説を立てているのです。あくまでも仮説ですが、刻限まで待っても殺人が起こらなかったのではないでしょうか。そのために黒幕は思い出しライトを使い、第一の事件が起こったことにしたと——第一の事件があったという偽の記憶を植え付けたのではないかと、私はそのように考えているのですが、先生はいかがお考えでしょうか。
第四の事件、獄原ゴン太君による入間さん殺害の事件が収集したのち、黒幕は私たちに思い出しライトを浴びせ、例によって偽の記憶を植え付けました。その際に植え付けられた記憶は、いくつかの矛盾点を孕んでいました。急拵えの思い出しライトで植え付けられた記憶には、矛盾点が生じる可能性があるということです。
第一の事件の矛盾点は、第一の事件そのものが急拵えの思い出しライトで植え付けられた偽の記憶であったために生じたものではないでしょうか。当初の予定では、誰かが殺人を犯すはずだったのが、誰も犯さなかった、あるいは計画を立てていたとしても失敗したために、急遽偽の事件を仕立て上げたと考えると、辻褄が合うように思われます。
そしてそう考えた場合、関連して呼び起こされる事柄があります。それは『屍者の書』です。
先生もご存知でしょうが、『屍者の書』は第二の事件ののち、第三の事件を引き起こすためにモノクマたちが用意した道具です。『屍者の書』を使った儀式を執り行うと、これまでに亡くなった級友たちのうち、特定の誰か一人を蘇らせることができるという話でした。結局使う機会なくモノクマたちに回収されてしまいましたが、もしあれを実際に使っていた場合、何も起こらなかったわけはないと思うのです。モノクマが、黒幕が、なんの考えもなしにあのような道具を渡すはずがないからです。私は、あれを使った場合、実際に死者が蘇っていたと考えています。
というのは、あの時『屍者の書』を使っていたとして、誰を蘇らせようとしたかと考えた場合、私たちは天海君を選んでいたと思うのです。夜長アンジーさんも同様のことを考えていたようですが、私としても、できることなら天海君ともう一度話をして、彼が何者だったのか知りたいと考えていました。確実な保証はありませんが、彼を蘇らせようとしていた当時の状況に、第一の事件がフィクションだったという仮説を掛け合わせると、これまで思いもよらなかった可能性が見えてくる気がするのです。
つまり、天海君は第一の事件で殺されておらず、ずっとどこかで生きていたのではないか、という可能性です。『屍者の書』というアイテムは、第一の事件がフィクションだったという推理の傍証になるのではないでしょうか。
ところで、ここまでの推理には一つ重大な欠落部が存在しています。私は第一の事件が存在しなかったと述べ、黒幕が思い出しライトを使って私たちの記憶を捏造したと主張していますが、では、私たちの学園生活の様子を視聴していた外部の方々には気づかれなかったのでしょうか。
言うまでもないことですが、私たちの様子はチームダンガンロンパの電波ジャックによって全世界に放映されていました。映像媒体に触れる場所にいる限り、誰もが一度は我々の様子をご覧になったことと思います。しかし誰一人として、第一の事件が実は発生していなかったなんて馬鹿げたことを言ってはおりません。外にいた皆様は、モノチッチのカメラ、あるいはキーボ君の眼を通して、確かに第一の事件を視聴していたと主張なさるでしょう。
しかし、それではやはり、先に私の指摘した第一の事件の矛盾点が解決されません。あの裁判に参加していた人間が多ければ多いほど、私程度に見抜けた矛盾を、当時の皆様が指摘されていらっしゃらない事実の奇妙さが増すのです。私は、才囚学園の外にいた皆様にも思い出しライトが使われていたと考えています。
第二の事件において動機として用意された、私たちの身内の映像を思い出していただきたいのですが、あの事件の犯人となった東条さんは、自身のために作られた映像を視聴したことで、自分が日本の内閣総理大臣だったことを「思い出して」いました。あれは明らかに思い出しライトの効果でした。つまりチームダンガンロンパには、思い出しライトの効果を映像媒体に仕込む技術も持っていたことになります。思い出しライトの仕組みは、私は専門外なのであまりよくわかりませんが、原理的には、光の形をした情報を目から受容させることで相手の記憶を書き換える技術と聞いております。であれば、チームダンガンロンパによる電波ジャックの放送を観ていた方々の記憶にも介入することができたのではないでしょうか。我々の生活の様子は、言うまでもなく「光」を使ったメディアによって出力されていました。馬鹿げた妄想と失笑を買うかもしれませんが、私にはこれがどうにも絵空事とは思えないのです。
チームダンガンロンパはなぜそうまでして私たちにコロシアイを強要し、その映像を放送していたのでしょうか。これに対しては現在までに色々な方が色々な予想しています。単なる愉快犯説から、世界秩序転覆説、技術誇示、殺人行為の善悪を社会に問い直すことが目的だったという説まで、多種多様です。私にとってはどれももっともらしく見え、どれが本当の動機なのかは特定できません。ひとつ確かなのは、江ノ島盾子の模倣犯と名乗っていた白銀さんの語る動機が、全くの嘘だったということです。
希望ヶ峰学園は全くのフィクションであり、超高校級の絶望もまたフィクションでした。それらは全てチームダンガンロンパと名乗る者たちによって作られた物語の中の存在でしかありません。私にとっては、もともと私が才囚学園に閉じ込められるまで通っていた学校としての記憶がありますが、これもまた思い出しライトによって植え付けられた記憶です。フィクションの存在である江ノ島盾子の起こした事件もまたフィクションなのですから、彼女の模倣というのは、やはりおかしいのです。せいぜいが「再現」と言うべきでしょう。
才囚学園を構成するあらゆる要素はフィクションでしかなく——そのために、チームダンガンロンパの動機も見えなかったのですが、この度、チームダンガンロンパには映像に思い出しライトの効果を仕込む技術があったのではないかという結論に辿り着いた時、あるアイデアが浮かびあがりました。
それは、私たちのコロシアイ学園生活を世界中に向けて放映することで、世界中の人間をその映像に釘付けにさせて、世界中の人間の記憶を改竄しようとしていたのではないかというアイデアです。
例えば洗脳効果のある映像があったとして、それをただ流したとしても、全世界の人間を網羅的に洗脳するのは難しいでしょう。洗脳を免れる人間を極力減らすためには、洗脳効果のある映像をより長期的に放映し、より多くの人間に視聴してもらう必要があります。彼らはそのために、コロシアイ学園生活を演出したのではないでしょうか。
この推理を確からしいものにするためには、彼らが世界中の人間の記憶をどのように変えようとしていたのかについて考察する必要があります。彼らは世界中の人間の記憶をどのように変えようとしていたのか——あるいはどのように変えたのでしょうか。そもそもなぜそのように大規模な記憶の改竄なんてものを行おうとしたのでしょうか。思い出しライトという技術は誰がいつ開発したのでしょうか。才囚学園という施設は、どのような資本によって建設されたのでしょうか。
とても私には手に負えない謎です。しかし私はそれらの謎の核心に限りなく近づいた人物を——王馬小吉君を知っています。
王馬君は、コロシアイ学園生活というゲームの一プレイヤーでありながら、運営側と互角以上に渡り合い、運営側をプレイヤー側の席に着かせた唯一の生徒です。彼はおそらく才囚学園の級友たちの中で最も賢い人間でした。
第四の事件ののち、私たちは入間さんの開発したエレクトハンマーを使って「外」の世界への脱出を試みました。その際に、すでに外の世界は荒廃していて、人の住める環境ではなくなっていること、才囚学園に残された十六人の高校生だけが現状生きている人類である「事実」が判明しました。この「事実」は後になって嘘であることがわかるのですが、気になるのが、王馬君はどうやってあの「事実」に辿り着いたのかということです。
当時の王馬君とモノクマの口ぶりから察するに、王馬君は第四の事件が起きるより前にあの「事実」を察知していた、あるいは確実に察知していたわけではなくとも、推理によって予想していたようです。しかしあの時点で王馬君の手元にはエレクトハンマーもなく、あの「出口」に辿り着くことはできません。思い出しライトによって植え付けられていた記憶に関しても、当時はまだ断片的で、あの「事実」にまで思い至るのは不可能でした。
思い出されるのは、第三の事件ののちに運営から手渡されたカードキーです。王馬君はあのカードキーを一人で持ち去りました。王馬君はあれを使って才囚学園のどこかの部屋に入り、そこで見た何かを推理材料としてあの結論を組み立てたと考えるのが自然です。
重要なのは、そこに思い出しライトが介在していない可能性が高いということです。あの「事実」を思い出すための思い出しライトは、入間さんの改造したスーパーコンピュータの中にありました。そしてあれを浴びたのは獄原ゴン太君ただ一人です。王馬君にしてもあの思い出しライトを浴びてはいないのです。勿論、カードキーで入れる部屋にあれと同じ思い出しライトがあった可能性はあります。しかし、運営が私たちにあの「事実」を思い出させたければ、カードキーを渡すなんて回りくどいことはせずに、直接思い出しライトを渡す方が自然です。それに当時モノクマは、王馬君があくまでも推理によってあの「事実」へと辿り着いたというような口ぶりでした。私たちの過去は全て思い出しライトによって思い出したものだとばかり思い込んでいましたが、あの「事実」だけは、思い出しライトが後出しで提供されているのです。
先生ならばすでに私が何を考えているのかお察しのことと思いますが、敢えて書かせていただきます。私は「ゴフェル計画」が実在したのではないかと考えております。
隕石群と未知のウイルス。それらによって人類は滅亡の危機に晒され、希望ヶ峰学園に在籍する十六人の未来ある高校生に人類の希望を託して宇宙へと送る計画が、ノアの方舟の建材となった樹木の名を取り、ゴフェル計画と呼ばれました。私の記憶には、その計画に選ばれた過程から結末まで、全て鮮明に残っています。そしてこれらの記憶にはいくつかの矛盾があり、思い出しライトによって植え付けられた偽物の記憶であることが、最後の学級裁判で明かされました。
しかし思い返してみれば、矛盾があるのは希望ヶ峰学園と超高校級の絶望の戦いの歴史に関しての部分に限られるのです。隕石とウイルス、そしてゴフェル計画に関する記憶が偽物だったという事実は、最後の学級裁判においては、白銀さんとモノクマの証言でしか確認できませんでした。
勿論、あの裁判の後に外の世界へと出てみて、それらの危機はフィクションだったと私にもわかりました。それによって私たちはゴフェル計画もまたフィクションだったのだと悟り、現在こうして日常を送っています。現実世界にはゴフェル計画も希望ヶ峰学園も、超高校級の絶望もないのだと、全てはフィクションだったのだと思っています。
しかし、もしチームダンガンロンパに全世界の人間の記憶を改竄できる技術があったとしたら、全世界の人間の記憶を改竄するところまでがゴフェル計画に組み込まれていたら、前提が覆ります。
思い出していただきたいのは、最後の学級裁判において白銀さんが披露したコスプレです。白銀さんは江ノ島盾子をはじめとする『ダンガンロンパ』のキャラクターの数々に、目まぐるしくコスプレしていました。あれほどの数を、あれほどのクオリティで、あれほどの早着替えでもって再現する彼女の腕前は、まさに超高校級のコスプレイヤーと呼んで然るべきものでしたが、無尽蔵のレパートリーというわけではありませんでした。彼女は五十三作あるという『ダンガンロンパ』シリーズの内、最初の「希望ヶ峰学園シリーズ」の登場キャラクターに限定してコスプレしていると言っていました。しかしこれは妙です。希望ヶ峰学園シリーズは三部作のはずなのに、彼女は一作目と二作目のキャラクターにしかコスプレしていなかったのです。
私の記憶でも、希望ヶ峰学園と超高校級の絶望との戦いによるコロシアイは、通算三度起こったことになっています。一度目は希望ヶ峰学園、二度目はジャヴァウォック島、そして三度目は、未来機関で起こったものです。
未来機関でのコロシアイの参加者たちに白銀さんがコスプレしなかった理由はなんでしょうか。私たちが三度目のコロシアイについてよく知らなかったからでしょうか。確かに私たちは、未来機関でのコロシアイについてほとんど知りません。多大な犠牲者を出した事件であり、その首謀者は超高校級の絶望たちであったという断片的な情報を持っているのみです。しかしそれを言うならば、ジャヴァウォック島でのコロシアイについてもまた、私たちは詳細を知らないのです。全世界に放映されていた希望ヶ峰学園のコロシアイはともかく、ジャヴァウォック島でのコロシアイは、それが仮想空間で起きたものであり、超高校級の絶望たちが参加していたというような概要しか知りません。私たちが知らないキャラクターへのコスプレを避けたというのなら、二作目のキャラクターへのコスプレもまた避けるのが自然でしょう。
なぜ白銀さんは三作目のキャラクターへのコスプレを避けたのか。それはひとえに、コスプレできるほどの情報が白銀さんの手元に無かったからではないでしょうか。
私の記憶によれば、希望ヶ峰学園のコロシアイの様子は、全世界に放映されていました。ジャヴァウォック島のコロシアイの参加者は、超高校級の絶望として名を馳せた面々でした。しかし未来機関のコロシアイについては、情報の秘匿度が高く、誰が参加させられていて、誰が亡くなったのかすらわからないのです。ジャヴァウォック島で目覚めた超高校級の絶望たちが、事件を闇へと葬ったのだと聞いております。
『ダンガンロンパ』がフィクションであったならば、未来機関のコロシアイの真実にアクセスするのは容易でしょう。ましてや白銀さんはチームダンガンロンパの一員です。最初期の三部作のシナリオは熟知していて然るべきです。それにも関わらずコスプレしなかった、できなかったということは、『ダンガンロンパ』として虚構の存在になっている希望ヶ峰学園と超高校級の絶望の戦いが、実は本当にあった事件であり、白銀さんのいう「チームダンガンロンパ」の方こそが嘘、という可能性が出てくるのです。
つまりゴフェル計画とは、隕石とウイルスによって絶滅の危機に瀕した人類が、自分たちの世界とは異なるもう一つの世界に才囚学園を送り込み、自分たちの世界の記憶を移植する計画だった——というのが、私の推理です。モノクマが王馬君の推理をほぼ当たりとしたのは、記憶の移植に関する言及が抜けていたからではないでしょうか。
異なる世界などという概念をいきなり持ち出して、大仰だと思われるかもしれませんが、才囚学園に使われているテクノロジーの数々を見れば、あれが別世界から持ち込まれた技術であるという予想は、あながち馬鹿げた妄想でもないと思うのです。
希望ヶ峰学園の実在する世界を、仮にダンガンロンパ世界と呼称するのならば、この世界の他にもう一つ、白銀さんの出身となる世界があって、その世界を隕石とウイルスが襲ったのでしょう。私の推理が正しければ、白銀さんの世界の人間たちはゴフェル計画を立案し、実行しました。そうやってダンガンロンパ世界にやってきた彼らは、この世界の人間の記憶を迅速に書き換える手段を探し——そして、江ノ島盾子によるコロシアイ学園生活の存在を知ったのでしょう。
希望ヶ峰学園のコロシアイが視聴率がほぼ百パーセントだったというのは、私の記憶にもありますし、白銀さんも言っていました。記憶を植え付けるための最も効率的な手段のモデルが、コロシアイ学園生活だったのではないでしょうか。
ここまでの話には、確実となる根拠は存在しません。全ては私の想像です。しかし、当時のコロシアイ学園生活に不審な点が多々見受けられることは事実です。特に第一の事件に関しては、再捜査の必要があると考えています。先生はいかがお考えでしょうか。ご意見をお聞かせいただければ幸いです。
二〇一八年七月三日
佐伯真先生