※PSの奴隷=読者投稿ページ(読者様ページとも)の事。転じて投稿者を指す。
DPS-Dを買い始めた当時の自分は、「1本のゲームソフトを買うよりも安上がりだし、体験版の詰め合わせは自分にとって出会いに満ち溢れていてとても楽しい」などと思ってDPS-Dを毎号買っていた。
だけどいつの間にかチープながらも馴染む曲に魅了され、初めて触れた読者投稿小説に熱中し、貯めては体験版のページしか読んでいなかった本誌を目を皿のようにして読んで、未読の箇所を消化しきる頃には既にDPS-Dを愛する読者の1人になっていた。
しかしDPS-Dを取り扱う近所の本屋が消え、慌てて探しだした頃にはもう入荷してくれる本屋は届く範囲には無くなっていた。周囲に同好の士もいない自分はそれまでに買えた号をひたすら繰り返し続けてぽかんと空いた心の穴を埋めようとした。最後まで読めなかった読者投稿小説や謎に難しい超難解クイズ、そして毎号取り下ろされたのであろう自分の心を打った他で聴くことの出来ない曲をリピートしながら。
いつしかPS2を越えてPS3やDSが家に来た頃、体験版のディスクは棚の肥やしとなりダビングした一部の曲を勉強のBGMとして聞き流すだけとなっていた。穴はいつの間にか色々なものが覆い被さって元の痕跡をほんの少しだけ残して殆んど見えなくなっていた。
その後成長し家を出る中で持ち出せない物として古い物と共に処分され、二度とあの頃のワクワク感に出会う事は無いのだろうと思っていた。年を取り某動画サイトであの頃MDに焼いてまで聞いた(体験版はCDプレーヤーで再生して曲を聴くことも出来たのだ)曲が流れてくるまでは。
締め切った家の中で冴えた風が痕跡があった場所を吹き飛ばし、思い出さないようにしていた穴は容易く
動画の広告としてリンクの貼られていたこの本を見つけ、すぐに商品ページまで辿り着く。カートに入れ、あとは購入をクリックするだけ。
しかし買おうと思うも指が固まったかのように動かない。いま思うとなのだが、あの頃そのものを、あの時に感じた感情を、今の自分が上書きしてしまうのが怖かったのかもしれない。
堂々巡りどころかフリーズする思考。ブラウザを落としてしまおうとする視線の動きに気付き、かろうじてカーソルを動かし『あとで買う』をクリック。そこから1年、2年、3年、と年を何度も跨いで悩み続けた。どうにかして忘れよう、止めておこう、諦めようとしても頭の片隅に残るこの本の存在、あとからあとから滲み出てくる当時の歌詞。いっそ買って後腐れを無くしてしまえ、いややはり欲しい!そう思って購入をクリックした手にもはや後悔はなかった。
そうして、やってやったぞの解放感、やってしまったの虚脱感のまま届くまでを過ごし、遂に実本が手元に届いた。包装を剥がす。昔モンハンでコラボ武器のハンマーになっていた黄色い熊ことポリタン、今では自分の方が明らかに年上になってしまったであろうおねーさん、ウサギや猫や青い犬っぽいキャラ達、そんな彼らが当時の絵のままに出迎えてくれた。
あの頃と違いプレステでもCDプレーヤーでもなくPCに、中古のはずなのに誰にも開封されていなかった、自分が初めて開封した付録のCDを入れる。あの時のディスクを開封してPSにセットして起動を待つ、二度と味わえない筈だったワクワクが帰ってきた。
ヘッドホンで耳を覆う。クリック。
ああ、あの曲だ。
いつの間にか口ずさんでいた。自転車をこいで深夜のコンビニへと買い物に出た時の、少し冷える冴えた空気を、あの時見た星を思い出しながら。
今の自分は少なくとも胸を張れて生きてるのだ、だからきっとレベルアップできているぞ、自分、と泣き笑いのかすれた吐息と共に口にした。
いつの間にか再生は終っていた。目元はガビガビになって若干腫れていた。
買って良かった。
それだけが、その一言だけが心を満たしていた。
PCの前から立ち上がり台所へ。濡れタオルで顔を拭き、麦茶で一息いれて落ち着いて。
それから部屋に戻り床に座って夢中でいた頃の様に読者投稿ハガキページをパラリとめくり見て、自分が描いたわけでもないのに共感的羞恥を与えてくる黒歴史達に身悶えた。
DPS-Dの何号か資料を参照せずとも分かる人へ。
この本と再会する前に一番最後まで頭に残ってくれた歌でした。
全ての関係者様へ感謝を捧げます。
始めは○ma○onの購入者レビューを書こうとしただけなんです。そしたら文章が伸びました。レビューは小説や無いんやで?なのでこちらに投稿しました。
(こんなのが初投稿で)ええんか?(執筆はまず書いて投稿するところまでやって一歩だから)ええんやで。
あと実際にはあとで買うに入れてから買うまでに最低5年はかかってます。