あ。これはだめなやつだ。
腹部に刃を上にして突き刺さり、抜かれ、命の赤を吹き出す傷口を本能的に押さえつけながらどこか冷静な私は判断する。
きっと多くを望みすぎたバチが当たったんだ、とも。
しかし、それでも体は勝手に口を開き、私に凶刃を向けた犯人に語り掛ける。
刺した相手は私のファンなのだろう。何となく覚えているし、彼から貰ったプレゼントの星の砂は綺麗だったのでインテリアとして我が子の手の届かない場所に飾ってある。
ろくでもない人生で、ろくでもない人間だったな、と自分でも評価できる。
あぁ、まったく、ほんとに。
──キィ……。
そんな折り、聞こえた音は扉が開く音だ。
それは玄関ではなく、内側、リビングと玄関を隔てるもので、
まずい、と思う間もなくそれは開き、一番の宝物の片割れが顔を覗かせた。
そこからは無我夢中だった。自分が何を言っているかも覚えていない、何を言われたかも覚えていない。
ただ刺激しないように立ち回った気がする。
気付いたら彼は消えていたし、去り際に何か言っていたような気もするし、言ってなかった気もする。
再び三人になった我が家で安心と貧血、そして我が子を守りきった達成感で腰が抜けた。
座り込み、改めて見ると新居の玄関は地獄のそれ。この部屋だけ家賃めちゃめちゃ安くなるだろうなぁ……なんてどうでもいいことまで頭が良く回る。
必死に致命傷を押さえつける愛しい我が子の頭を撫でる。羨ましくなるほど柔らかな金糸が高い体温を手のひらに伝えた。
心が暖かくなる。じんわりと胸から手足の先まで広がるような名前の無い、言い様もない喜びの感情。
それはベットリと私の鮮血で汚されつつも、その聡明さで私がもうどうにもならないことを理解しているであろうに、心が張り裂けそうな程の絶望の表情を浮かべながら、それでも諦めない動作に、あぁ、どうしようもなく言い様もなく、走り出したくなるような、その場に留まりたいような思わず顔が綻ぶような感情に支配される。
──時間がない。
まずはアクアを抱き締めよう。小さな身体だ。抱き締めるだけで心がほぐされるように暖かくなって優しい感情が溢れ出すのを感じる。
次にルビー……はリビングか。私が座り込んでるせいで扉が開けられない。私もこれ以上は動けない。
ならせめて。とルビーの影が見える曇りガラスのおそらくルビーの頭があるであろう場所に覗き窓に手を添えた。それだけでも私の心は歓喜に揺れた。なんてチョロいんだろう。
あとは、この二人に感謝を最大に伝えよう。
嘘じゃなくて、本音で。
アクアの制止を振り切ってひたすら口を回す。
短くひたすら言うべきことを伝えていく。
将来の姿はどんなかな、どんな子になるのかな。
平常時であれば微笑ましい画になるだろうが、今の私はどのドラマでも見たことがないくらい恐ろしい様相だ。微笑ましくはない。
どれくらい話しただろう。意外と持つんだななんて冷静な部分が呆れたような声を出した。
でももう限界。あと一言くらいかな。
あ。なら。
「ルビー。アクア。愛してる」
口に出すのが恐ろしくて、嘘になると嫌で、名前も見ずに目をそらし続けてきた感情だ。
でもよかった。
「これは絶対嘘じゃない」
ほんとに?
ほんとにこれで悔いなく逝ける?
──そんなわけがない。
触覚は機能せず、もう目も見えない。
聞こえてるのは耳だけだ。
抱き締めたアクアの絶望の声と、同じくルビーの泣き声が頭に叩きつけられる。
これでいいの?
──良いわけがない。まだ何度も言いたい。これからだって自分の目で確かめたい。やっと言えるようになったんだ、もっともっと、今までの分まで愛情を注ぎたい!
なら、起き上がらないと。
どうやって?
そして私は、走馬灯を見た。
#
かつて。
施設に入る前のどこかで私は大怪我をした。
理由までは覚えていない。足を滑らせたのか、それとも癇癪を起こした母親にやられたのか。
とにかく私は窓ガラスに突っ込んで突き破るというとんでもない大怪我をしたことだけは覚えていた。
頭から行って、確か鎖骨の辺りで止まったのか。良くわからないうちに突然部屋の中から外の景色が良く見えて驚いた記憶がある。
そして激痛。叫ぶこともできないほどのそれは、ただ呻き声を発するに留まった。
どこが痛くて、どこが痛くないのかもはやわからない。けれど、私はきっとこのまま死ぬんだろう。
そう思った時だ。
部屋に引きずり込まれた。
再び激痛。
鋭利となった刃のようなガラスに首から上が満遍なく切り刺される。
「どうにかしなさいよ!!!」
この母親、とんでもない。無理だ。
でも私はその時から嘘つきだった。
また怒られると無意識に動いた身体は肯定を示した。
そして、私は無傷で次の日を迎えた。
これだ。このときのなにかを思い出せ。
無茶でも無理でもやれ。この子達の為だろう、世界だってなんだって騙してそれでもこの子達のために生きるとあの日に決めただろう。
無理は押し通せばそれは道理なんだ。
そう、こんなとき、何て言うんだっけ。
頭が疑問を呈したが、身体が勝手に動いた。
『
そして血まみれの私はなんの違和感もなくアクアを抱えたまま立ち上がり、扉を開けてルビーも抱えてめちゃめちゃ頬擦りした。
今、私は最高のパフォーマンスを出せる気がする!!!!
この日のドーム公演は過去最高潮の盛り上がりを見せた。
星野アイ
世界を騙す最強無敵アイドル。
たまーに不気味すぎる雰囲気を撒き散らすけど一番星の輝きは色褪せない。
愛情を知った母はつよい。
黒幕にネジを送りつけた。
星野アクア
推しの子になって幸せに暮らしてたら推しが死んで絶望したと思ったら推しが普通に立ち上がってライブ行った。脳が沸騰したけど推しが生きてるならいいや。
それはそれとして犯人は殺す。
星野ルビー
終始良くわかんない。ママが血塗れなのはまじでびっくりした。
この日以来ママがめちゃめちゃ愛してるを口にしてくれるので幸福指数が爆上がりした。
それはそれとして犯人は許さない。
殺人首謀者
報告を受けて重みを感じようとテレビを点けたら元気に歌って踊って跳ねてた。珈琲が無駄になった。
着信やメールの類はブロックされてた。
次の日ネジが送りつけられてきて鬼焦る。
ストーカー
だいたい末路は変わらない。
さよなら。