僕と猫。   作:大野 紫咲

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Day10.ぽたぽた

「えっ、エアコンの漏水?」

「そ〜なのよぉ、ここ開業する時に知り合いに譲ってもらったちょっと古い奴だったんだけど、そろそろ書い替え時ってことかしらねぇ。おまけに、温度調整も効かなくてうんもすんも言わなくなっちゃって。この豪雨の時期に困るわよねえ」

 

 そう言いながらヒデさんがリモコンを動かす。猫波荘のリビングは、たしかに昨日とは比べものにならない蒸し暑さだった。

 どうも、昨夜の豪雨で雷が落ちてから、エアコンの調子が悪いらしい。運良くヒデさんの知り合いが夜には修理に来てくれる事になったらしいが、これではさすがにいくら窓を開けようと耐えがたい暑さなので、宿泊のお客さんには急遽自室に避難してもらっている。個室やドミトリーのエアコンは新品だったらしいので、まだちゃんと機能してくれてて助かった。

 メルもレイも、いつもの居場所がじめじめのジャングルと化しているとわかるや否や、とっくに涼しい部屋に退散してしまったが、一匹、エアコンの隅から垂れてくる雫に興味津々な物好きが残っている。ポーラだ。

 

「こら。その水は汚いんだから飲んじゃダメだよ」

 

 ポーラはハチワレだけど、お腹や背中のあたりが黒毛で、どちらかというと黒っぽく見える猫だ。靴下模様の足で、洗面器の中にぽたぽた落ちてくる雫を見上げては、ちょいちょい弄って遊んでいる。それとなく僕に追い払われても、遊んでもらっていると勘違いするのか、すぐ洗面器の傍にやって来て、足を中に突っ込んだり、水を舐めてみようとしたり。

 

「まったく、しょうがないなあ……。ほら、ポーラ。こっちおいで」

 

 仕方ないので、僕はキッチン台の方に移動すると、流しの水を捻った。あんまりお客さんが使うエリアでやりたくないが、最終手段だ。

 水の流れる音を聞きつけたポーラがピンと耳を張り、あっという間に台所に駆けてくる。そのまま身軽にぴょんと流し台に飛び乗ると、そのまま蛇口から垂れる水に猫パンチを繰り出していたポーラは、器用に首を伸ばして蛇口の水を直接美味そうに飲み始めた。

 

「お前、猫のくせに水が好きなんて変わってるよな……」

 

 聞くところ、お風呂場やシャワールームにもよく侵入してくるらしい。とにかくポーラは水遊びにあまり抵抗がない珍しい猫だった。流し台で遊んでいるところを僕はそのまんま後ろから捕獲し、不服そうににゃごにゃご鳴き声を上げるポーラを、手狭なスタッフルームに放り込む。

 

「あんなところにずっといたら熱中症になっちゃうだろ。ほら、こっちにも流し台はあるから」

「あら。捕まえて来てくれたのね愛理ちゃん、ありがとぉ。まったく、いつもリビングがあるからって油断してたけど、こういう時のために、こっちもこの子らがいつでも入って来れるようにしとかなくちゃダメねぇ」

 

 苦笑しながら、ヒデさんが慌ただしく作業机を片付けている。ここはヒデさんが普段手作りのアクセサリーを作っている工房でもあるので、猫たちが誤飲しないように、小さな部品や工具を箱にしまって隠しているところだった。

 

「そういえば、寮の一階も今エアコンの冷え悪いんだっけ」

「そうなのよぉ。こういう時こそメル達を放り込んでおきたいんだけど、ちょっと長時間留守させるには心配なのよねぇ。今まで、日中は人も猫もあんまり別棟にはいないからと思って気にしてなかったんだけど……これを機にクリーニングでもかけてもらうわ。愛理ちゃんは、自室のエアコン使ってていいからね」

「ヒデちゃんも色々大変だね……経費も安くないでしょうに」

「こういう小さい宿一人でやってると、やりくりはねぇ。自分が我慢して削れるところは削っちゃってたけど、その結果がこれよ」

 

 ヒデさんは、お茶目にぺろりと小さく舌を出してみせる。

 三匹同室で手狭になったと見るや、箪笥の上に乗っていたレイは、こんな場所にいられるかとばかりに扉を開けた僕の方にやって来た。心なしか鬱陶しそうな顔をしている。すれ違い様、ポーラが「遊ばないの?」とばかりにちょいちょい手を出して、レイに睨まれていた。

 が、ポーラのすごいところは、どんなに鬱陶しがられても、適当な距離感でちょっかいを出してくるところだった。強引に誘わず、傍でおもちゃやボールを追いかけ回して遊んでみたり、機嫌の良さそうな時に傍に行ってレイの気を引いてみたり。

 おかげで、こんなに絡まれているのに最近レイはポーラのことを嫌がらなくなってきた。どころか、たまに二匹で並んで爪研ぎしたり、ボールで遊んでいるのを見たことがある。

 意外なことに、やんちゃっ子のポーラの方が、頑ななレイの心を開く才能があったようだ。

 

 もう水遊びには満足したのか、レイの後を追いかけていくポーラに苦笑しつつ、僕は籠の中で目を細めて昼寝中のメルに見送られながら、本棟のスタッフルームを後にしたのだった。

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