僕と猫。   作:大野 紫咲

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Day8.こもれび

 意外な言葉だった。

 小さく俯いてつむじを晒している美沙ちゃんに、僕は驚きのあまり口を開いていた。

 

「メルって、番だったの?」

『番っていうか、きょうだいだったんです。

ララという、雄の黒猫がいました。生まれた時から一緒で、すっごく仲良しだったんですけど、二年ほど前に病気で死んじゃって』

「そうだったんだ……」

 

 流れてくる文字を読みながら、僕は呟いた。次々と、美沙ちゃんはその寡黙さからは考えられない程に、次々とLINEのメッセージを隣で打ち込んでくれる。

 

『去年も、メルはここに座ってたんです。じっと座って、空を見てたんです。だから、七夕の日になれば、ララが逢いに来てくれると思ってるのかも。

本当のところは、メルに聞いてみないとわかりませんけど』

『ひょっとして、美沙ちゃんがLINEのアイコンにしてる黒猫って、そのララちゃん?』

 

 そう打ち返すと、美沙ちゃんは僕の方を前髪の下から見上げて、こくりと——初めて、僕にそれとわかるように頷いてみせた。

 直後に、ひゅぽんと画像が送られてくる。尻尾を絡めるようにしながら窓辺の方を向いてぴったり寄り添う、白猫と黒猫の後ろ姿。ゲストハウスのリビングで撮られたもののようだ。

 他にも何枚か、美沙ちゃんは二匹の写真を送ってくれた。

 

『写真、撮るの上手なんだね』

『それほどのことでも…。なんか、可愛いとついつい撮ってしまうので』

『わかるわかる。この観葉植物の傍にいる奴なんか、よく撮れてる』

 

 カーテンの傍で、甘えたように緑の葉を見上げるメルの写真。宝石みたいな目玉と、絨毯みたいな白い毛が、植木越しにカーテンを通して降り注いでくる光の中で輝いている。

 打ち込んでから写真の画面を見せると、美沙ちゃんは言った。

 

『猫の毒になる植物はうちには置けないんですけど、パキラなら大丈夫なので。

木漏れ日の下で寝そべるメルの毛並って、綺麗だろうなと思って鉢植えを移動したんです。外には出してあげられないけど、これだったら再現できるから』

 

 僕も時々打ち込んでるけど、LINEの画面は美沙ちゃんの言葉でいっぱいだった。指が画面を叩く音と、爪がかつんと当たる音が、心なしか次第に踊るように、軽やかに響いてくるのがわかる。

 ふと我に返ったように、美沙ちゃんは画面をタップした。

 

『すみません。私、喋りすぎですね』

『いやいや。そんなこと。僕はおしゃべりできて嬉しいよ。美沙ちゃん、僕と喋りたくないのかもしれないと思ってたから』

『そんなことはないんですけど…

昨日、助けてくれた人が突然現れて、緊張してしまって。お礼もまだ何もできてないし』

『それだったらもう、君の叔父さんに十分すぎるくらいもらってるからさ。こんなによくしてもらえて、僕だけじゃなくレイのことまで』

 

 本当に、人とコミュニケーション取ること自体を避けているのかと思ったから、こうして無言のまま会話が盛り上がるのは、不思議でもあり、面白い体験でもあった。

 メルもその沈黙が心地よかったのか、はたまた気が済んだのか、椅子から降りて僕らの足元にやってくると、簀子の上に座って見上げている。

 しゃがみ込んでその頭を撫でる美沙ちゃんの腕は、黒っぽい服と対比してとても色白に見えた。

 

『もしよかったら、これからも猫のこととか、色々教えてほしいな。僕は猫初心者だし』

『はい。私でよかったら』

『それから、君のことも』

 

 猫を撫でる手を止め、片手でスマホをチェックした美沙ちゃんは、少しの間固まる。

 おずおずと僕の方を見上げた彼女に、僕は言った。

 

「友達になりたいんだ」

 

 メルが、美沙ちゃんの手に頭を擦り付けている。それを好きにさせながら、美沙ちゃんは微かに唇を開いていた。

 そこから言葉が零れることはなかったけれど、微かな表情の中でも、驚いていることは伝わった。彼女はゆっくりと、スマホの画面に俯く。

 

『そんなので、お礼になるんですか?』

「僕は暇してるんだから、それで十分だよ。これでも結構話し相手に飢えてる」

 

 立ち上がろうとする美沙ちゃんの手を取りながら思わず笑うと、彼女はふんわりしたボブの黒髪をそのまま片手で押さえ付けるように撫でながら、一度逸らした視線をスマホの上に戻した。

 

『愛理さんって、変わった人ですね。声の出ない人間を友達にしたいだなんて』

『何、見える言葉も聞こえる言葉も、そんなには変わらないよ。

固いことは考えず、ここで一緒に過ごす時間も増える事だし、少しずつ仲良くなれたらなって』

『あの。今のでわかったかもしれませんけど、私こう見えて結構おしゃべりなんです。

愛理さんにも一度に色々聞きすぎて、引かれてしまうかも』

『だったら、こういうのはどう? 毎日このベランダで、お互いにできる質問は三つずつ。

あ、もちろん普段会って喋る分はノーカンだけど、もし改まって聞きづらいとか、喋りづらいとかいうことがあれば』

 

 僕が三本指を立てると、美沙ちゃんは鏡のように磨かれた瞳にそれを映して、こくっと頷いてから、文字を打ち込んだ。

 

『マーニーとアンナみたいですね』

「え! 美沙ちゃんあの児童文学読んでるんだ。結構本とか好きなんじゃない?」

『少しだけ。あんまり詳しくはないけど、最近歌とかゲームにも、昔の本とか出てくるから』

 

 そういえば、歴史上の偉人と一緒に闘うゲームとか、刀をモデルにしたゲームとか、最近は色々出てるんだっけ。媒体は何であれ、色んな歴史や文化に触れる機会があるのはいいもんだ。

 その後も少しだけ本の話題で盛り上がって、足元でそろそろ帰ろうと鳴いて催促するメルを連れながら、僕らはようやく雨空を後にしたのだった。

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