仮面ライダーツルギ・INTERLUDE 影星トロイメライ   作:春風れっさー

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第一話 二連星デュエット

 星はいつも空に輝いている。

 燦々と照りつける太陽。満ち欠けを繰り返す月。太陽系を回る他の天体だって、美しい煌めきを放っていた。星と名の付くものは色々とある。だがやはり単に星と言われては、思いつくのは夜空へ無数に散らばった星々の方だろう。

 かつてそれらは、天国から覗き込むための窓だと言われていた。神の御許からの光が漏れ出しているのだと。天国は不変だ。周期こそあれど星もまた不変であり、だからこそ信仰された。常に輝ける星は永遠を願う人々を惹き付けた。

 

 ただしその光には、強弱がある。

 

 全てを照らすような強い輝きを放つ星があれば、今にも消えそうなくらい弱々しい星もある。空に浮かんでいることにすぐ気づけるような星があれば、その陰に隠れてまるで見えない星もある。明るい星。暗い星。美しい星。醜い星。それらは地球が生まれた時から定められていることだ。

 

 不変。絶対。永遠。

 

 運命。

 

 本当に?

 

 ならばその定めを破った星は、どうなるというのだろうか。

 

 

 ※

 

 

 無人の街中。閑散とした路地を息を切らせて走る者がいた。

 

「はぁ、はぁ!」

 

 奇妙なことに、その街には昼間の大通りだというのに人っ子一人いなかった。放棄されて日が経っているという風ならまだしも、建物は皆綺麗で荒れている様子は無い。栄えた無人都市という矛盾。まるで一夜にして誰もいなくなってしまったゴーストタウンのようだ。

 不思議なことは、もう二つ。

 甲高い音が常に鳴り響いていること。そして、看板などに書かれた文字が、全て逆さまに(・・・・・・)なっている(・・・・・)ということ。

 まるで御伽噺に出てくる鏡映しの世界。否、まるででは無く、現実にそうなのだ。

 そこはミラーワールド。鏡の中にある、もう一つの世界。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 走る人影も、おかしいと言えばおかしい。現代風の街中にあるにはあまりに異質だ。

 白いアンダースーツに若草色の鎧。首を初めとする各処には金色の鎖が虜囚めいて巻かれている。腰元には金属の光沢を持つベルトに、そのバックルに収まった犬の紋章が刻まれているケース。子犬を模したのか、少し迫力の無い兜。

 そこにいたのは、仮面の騎士(ライダー)だった。

 

「はぁ……ぐっ!」

 

 息を荒げて駆けていたライダーは、突然背後から飛来した矢を肩に受けてしまう。幸い当たり所が良かったのか肩甲を貫通することなく矢は弾かれたが、その衝撃でよろめいたライダーは足を縺れさせ、大きく転がってしまった。

 

「あぐっ!」

 

 少女らしき情けない悲鳴を上げたライダーはゴロゴロと転がって、電柱に衝突して止まった。起き上がろうとするがそれまでにもダメージや疲労が溜まっていたのか、電柱に手を掛けて立ち上がるまでにももたつく騎士。そんな騎士の前に、建物の上を駆けてきた二人の人影が降り立った。

 

「あはっ、手こずらせやがって」

「無駄。どうせ死ぬのに」

 

 嘲るようにそう言い放つのは黄色いライダーと青いライダーだった。黄色い方はクロスボウを持ち、青い方は斧を手にしている。二人組の騎士は若草色の騎士へと武器を構えながらゆっくりと近づいていく。

 

「はぁ、はぁ」

「あははっ、滑稽だね。大した反撃もせず逃げ惑うだけなんて」

「辟易。走って疲れた。さっさと決着をつけるべき」

「はぁい、分かってるって」

 

 相棒である虎を模した青いライダーにそう言われ、猛禽の意匠を持った黄色いライダーは溜息をつきながら狙いを付けた。矢の切っ先は真っ直ぐにライダーの心臓へ向けられている。後は引き金を弾くだけで、その命を奪えるだろう。

 そう、三者の間で繰り広げられているのは殺し合い。

 尊き命の奪い合いであった。

 

「アタシのシュートベントで……逝っちゃいなって!」

 

 そう言って黄色いライダーはボウガンのトリガーを引いた。躊躇なく放たれる矢。それが心臓へ届くまでは左程猶予は無いだろう。その短い時間で若草色のライダーは、右腕の手甲をスライドし走っている間に籠めていたカードを読み込ませた。

 

【GUARD VENT】

 

 電子音声が鳴り響くと同時に、どこか虚空より飛来する二つの物体。それは若草色のライダーの手元に収まると、迫り来る矢を弾いた。

 

「! 盾だって!?」

 

 それは二枚の円形をした大盾だった。両手に構えれば、上半身をすっぽり覆い尽くせる丸盾。自分を守る二枚の盾、ルナテクターを手に若草色のライダーは二人のライダーに立ち向かう。

 

「……驚愕。それで勝てる気でいるの?」

 

 しかしそれを見ても青いライダーは平静だった。動じることなくベルトに収まったケース、カードデッキからカードを引き抜き、手にした斧へと読み込ませる。

 

【STRIKE VENT】

 

 今度は青いライダーの両手に巨大な爪が装備される。

 

「鈍重。そんな盾を構えてはもう逃げられない。私が前に出るから、貴女は援護しなさい」

「了解だって!」

 

 二枚の盾は見るからに重そうだ。即ち、先程のように逃げ回ることはできない。二人はそう判断し、ここで確実に仕留めるべく動き出す。

 若草色のライダーへ接敵した青いライダーは盾を目掛け鋭い爪を振り下ろした。

 

「あうっ、きゃあっ!」

 

 火花が散り、衝撃に揺さぶられた若草色のライダーが悲鳴を上げた。それを青いライダーは鼻で笑う。

 

「惰弱。あまりにも弱すぎる。このライダーバトルを勝ち抜ける器じゃ無い。さっさと私たちに殺されて、願いを叶える礎になるべき」

 

 青いライダーは言い放つ。

 ライダーバトル。それは少女たちが己の願いを賭けて戦う殺戮のゲーム。カードデッキを参加資格に仮面ライダーに変身し、鏡の世界に生息するミラーモンスターと契約してただ一人の勝者となるまで戦い続ける。そして最後に残った一人のみが、願いを叶える権利を得られる。

 契約モンスターに応じた効果を発するアドベントカードを駆使し、手にした武器を振るい、致死の刃を突き立て合う。その先にある己が望みを果たすまで、殺戮の連鎖に身を投じる。

 それが、彼女たち仮面ライダーに科せられた運命だ。三人は殺し合う宿命にあった。

 だが最後の一人になるまで手を組むかどうかは当人たちの問題だ。一人対他全てでは、勝利までは遠く険しい道のりになる。故に青と黄色の二人のライダーは二人で力を合わせ、効率的に勝ち抜いていくことを決めた。

 若草色のライダーは、その獲物に選ばれたという訳だ。

 

「うううぅっ」

 

 確かに青いライダーの言う通り、若草色のライダーは戦い慣れている様子ではなかった。攻撃を防ぐのが手一杯で、防戦一方。このままではジリ貧なのは目に明らかだ。

 できることは精々、少しでも逃げること。盾で攻撃をどうにか受け止めながら、二人から遠ざかるように下がっていく。分厚い円盾はクロスボウの矢も虎の爪も弾いた。反撃はできないが防御は硬い。

 だがそれは追いかけ続け追い詰めていけばいいだけの話。そしてそれすらも億劫なら、逃げる足を止めてしまえばいい。

 

「無駄。もう逃がさないと言った」

 

 青いライダーが一時攻撃の手を止め、カードを使う。

 

【FREEZE VENT】

 

「!? 足がっ」

 

 後ずさりしていた若草色のライダーの足。それがビタリと止まる。見下ろせば何故か青くなっていて、どんなに力を籠めてもまるで凍り付いてしまったかのように動かなかった。

 フリーズベント。相手の身動きを封じるカードだ。仮面ライダーのカードは武器を呼び出すだけではなく、このように特殊な効果を及ぼすことがある。

 

「停止。貴女はもう動けない。そのまま朽ち果てなさい」

「だってさ!」

 

 動けなくなった若草色のライダーへ、黄色のライダーが放った矢が飛来する。鏃自体は盾で弾いたが、足すら動かせない状況では衝撃を逃すこともできない。

 

「あうっ!」

「観念。大人しく死んで」

 

 トドメを刺すべく青いライダーが爪を振り上げる。

 

「くっ……お願いっ!」

 

 それが自分を無惨に引き裂くより速く、若草色のライダーは一か八かでカードを使った。

 

【RESIST VENT】

 

 幸いなことに、間に合った。

 若草色のライダーは光に包まれたかと思うと、弾かれたようにその場を飛び退いた。標的を失った爪は虚しく空を切る。

 必中である筈の一撃を躱された青いライダーは驚愕した。

 

「何故!? フリーズベントで動けない筈……!」

 

 まな板の上に縫い止めた鯉を、後はどう料理するかという話だった筈だ。しかしフリーズベントによる足止めは明らかに機能していない。黄色いライダーが訝しげな声を上げる。

 

「コンファインベントを使われたってこと?」

 

 カードの効果を打ち消すカードを例に上げ、フリーズベントが無効化されたことを疑う。だが青いライダーは驚いたものの、冷静に観察することですぐに違うと気付いた。

 

「相違。コンファインベントじゃない。おそらく光の所為。あの光が当人にかかっている間、状態異常系に耐性を得る効果のアドベントカード」

「つまりどういうことだってば?」

「結論。相手に影響を及ぼさないカードなら問題なく行使可能」

「へっ、それなら簡単だって!」

 

 黄色いライダーは己の召喚機に翼を広げる猛禽が描かれたカードを読み込ませた。

 

【ADVENT】

 

「っ!!」

 

 若草色のライダーから息を呑む気配が伝わる。それもその筈、彼女の目の前に翼一枚が車ほどに巨大な猛禽が降りてきたのだから。

 ライダーは契約したモンスターを使役できる。黄色い翼を羽ばたかせる怪鳥、黄色いライダーと契約を結んだモンスターはその誓いを果たすべくけたたましく咆哮を上げた。

 

「ははは! コイツで盾の上から押し潰して上げるってばよ! それでジ・エンドってね!」

 

 黄色いライダーは高笑いを上げた。実際そのままならば、二人組の勝利は間近だっただろう。

 戦場にいるのがこの三人だけ、ならば。

 

【FINAL VENT】

 

「はっ?」

 

 間の抜けた声が響く。直後、黄色いライダーが見たのは。

 己のモンスターが炎を纏った猟犬に食らい付かれ、そのまま自分たち二人に突っ込んで来る光景だった。

 

 

 ※

 

 

「がっ……はっ……」

「不覚……」

 

 青と黄色のライダーは満身創痍の状態で転がっていた。武器も破壊され、指一本動かすことが出来ない。

 そんな二人を見下ろすのは若草色のライダー、そしてその隣に停められた車、その上に座る新たなライダーだった。

 黒いアンダースーツに臙脂色の鎧。若草色のライダーと似通った意匠が多いがこちらはより鋭角的。あちこちからは鋭い牙めいた金のトゲが逆立っている。猟犬を模した仮面の額には、剣の如き一角が聳え立っていた。

 

「いい気味なのです」

 

 臙脂色のライダーは這い蹲る二人を見下して嘲った。そこには心底馬鹿にした響きが含まれている。

 

「フフッ、追い詰めた気になって舌舐めずりしているお前たちは実にお笑いだったのです」

「真逆、グ……最初から若草色の方は囮だった……?」

 

 青いライダーは思いつく。消極的な若草色のライダーの戦い。逃げ惑う姿は思えばどこかを目指している風に見えた。それが恐らく、この臙脂色のライダーとの合流地点。

 最初から、釣り出す計画。

 組んでいたのは自分たちだけでは無い。目の前の二人もそうだったのだと、青いライダーは悟った。

 

「撒かれた餌に食い付いて狩猟気取り。それではこの先のライダーバトルは勝ち抜けないのですよ? ここで退場させてやるのは慈悲なのです。願いを叶える礎になるべき……なんて、どこかで聞いた台詞なのです?」

「……無念。こんな卑劣な奴に」

 

 悔しげに青いライダーは呻いた。

 最初から二人で出てきていれば互角の勝負だった。真っ向からぶつかり合って、どちらが勝るかという単純な話。だが臙脂色のライダーはそうしなかった。若草色のライダーを生き餌にしての騙し討ち。二対一で追い詰められた彼女は途中で倒されていても不思議では無い。現に二人は追い詰めかけていた。それなのにトドメを刺す瞬間までは一切出てこなかった。自分は隠れて、安全な位置から必殺を狙う。危険は犯さない。その根性を、青いライダーは忌々しげに吐き捨てたのだ。

 もっとも、二対一で追い詰めていた彼女たちに言えることでは無いが……。

 

「フフン、愚か者からの負け惜しみにしか聞こえないのです」

「……最悪」

「ア、アタシたちを殺す気ってこと……?」

 

 最早自分たちには逃げ出す余力も残されていない。濃厚な死の気配に黄色いライダーが喉をヒクつかせた。ライダーバトルの目的。最後の一人になるまで数を減らすこと。その目的に邁進するならば、取るべき答えは決まっている。

 だが意外なことに、臙脂色のライダーは首を横に振った。

 

「そんなもったいない(・・・・・・)ことはしないのです。――メイサ」

「……うん、キオン」

 

 若草色のライダー……メイサは、臙脂色のライダー……キオンに言われ、二人へと近づく。そして倒れた彼女たちの腰に巻かれたベルト、その中央に収まったカードデッキへと手を伸ばした。反撃する力も奪われた二人は抵抗もできない。それぞれのデッキから一枚のカードが引き抜かれるのを、ただ黙って見送ることしかできなかった。

 メイサが抜き出したのは二枚のカード。それは戦いを有利に進めるアドベントカードとはまた違う、特殊なカードだった。

 

「メモリアカード、だって……?」

 

 メモリアカード。それは少女たちの願いが記された一枚。

 そこに刻銘された一文こそが、少女たちの抱く心の底からの望み。赤裸々で偽れない祈りが刻まれたその紙片は、少女たちの願いその物だ。

 故にそれはライダーの半身。メモリアカードが破かれれば願いは消え去り、二度と叶えることはできなくなってライダーバトルからも退場する。ただし、死ぬことはない。

 

「不殺? それを破いて退場させる気なの……?」

 

 青いライダーは意外に思った。メイサはともかく、キオンは自分たちと同じく無慈悲なタチに見えたからだ。即ち人の命を奪うことに躊躇を持たないライダー。確かにメモリアカードを破いても退場とはなるが、今更人殺しを厭うようには思えなかったからだ。

 キオンはメイサから手渡されたメモリアカードをしげしげと眺める。

 

「ふぅん、【Money()】に【Intelligence(知恵)】、ね。随分俗っぽい願いなのです。ま、もう関係ないのですけどね」

 

 そう上機嫌に言うとキオンは自分のカードデッキからもカードを引き抜き、左腕の召喚機に読み込ませた。

 

【TEMPERING VENT】

 

「精々私の役に立つカードになるのです」

「てんぷりんぐ……? それに、カードって……?」

 

 聞き慣れない電子音声と不可解なキオンの言葉に黄色いライダーが首を傾げた瞬間だった。

 彼女たちは自分の指先が粒子となり始めたのを目撃した。

 

「えっ、な、なんで!? まだ消滅までは時間がある筈だって……!」

 

 ミラーワールドにいられる時間はライダーであっても限られている。九分五十五秒。たったのそれだけしか存在できず、それを過ぎればこの世から消滅する。しかしいくらか戦い慣れている二人はちゃんと計算しながら戦っていたので、まだ猶予があることは分かっていた。だからこの消滅がおかしいということを即座に理解する。

 故に二人は理由を探って視線を動かし、目撃してしまう。自分から滲んだ粒子が、キオンの手元にあるメモリアカードへと吸い込まれている光景を。

 

「……何故、カードに……?」

「フフフッ、私は優しいので冥土の土産に教えてあげるのです」

 

 キオンは人差し指を仮面の口元に当て、まるで幼子へ秘密を打ち明けるかのように言った。

 

「私のテンプリングベントは倒したライダーをカードに変えることができるのです。一回限りの使い捨てですけどね。しかも対象のメモリアカードが必要という少々厄介な条件が必要になるのです。面倒な話だけど、その分見返りの大きい効果ですね?」

 

 言い聞かせるような口調で囁かれる言葉。それが毒のように二人に染み渡ると、呆然とした声が自然と漏れた。

 

「アタシたちが、カードに変わる、だって……?」

「ええ。故に打ち直し(テンプリング)

 

 キオンは弾んだ声音で頷いた。その表情は、仮面の下を見ずとも分かった。

 嗤っている。

 

「喜ぶといいのです。死んだ後も、私に貢献できるという栄誉を」

 

 その言葉で二人は自分自身という存在がカードに吸い込まれていることを理解した。ただ死ぬのでも願いを失うのでもない。物に変えられ、利用される。その事実に二人は根源的恐怖を覚えた。

 

「ひっ、やだ、やだぁっ! まともに死ぬことすらできないなんてぇ!」

「拒絶、否定、悪夢。こんな最期なんて、嘘、嘘よ……」

 

 絶望したところで結果は変わらない。

 

「「あああぁああぁぁぁぁ……」」

 

 泣き叫びながら二人は完全に粒子となり、カードに吸収されて消えた。後にはカードデッキすら残さず、完全な無だ。

 メイサは何も無くなった跡地をジッと見つめる。

 

「フフッ、さぁて、肝心のカードは何ですますか~?」

 

 キオンは少女たちの消滅に何ら感慨を覚えず、効果を終え絵柄を変えたカードをワクワクしながら眺めた。

 

「おお、こっちはフリーズベント。中々の上玉なのです。コンファインベントとこれはいくつあっても損ではないのです。もう片方は……うわ、シャッフルベント。使いにくいカードなのです、外れなのです」

 

 喜びと落胆。半々に嘆息するキオンはカードをデッキへ仕舞う。そして自分の手を眺めると、先程の二人と同じように指の先から粒子が生じ始めていた。

 

「あ、こっちも時間なのです。待ち伏せしていたので仕方ないのですけど」

 

 手の先から消滅が始まっているのを見ても慌てることは無い。先程の哀れな二人とは違い、この消滅はミラーワールドから退出すれば収まるのだから。

 キオンは車の上から降り、ミラーを通して現実世界へと帰った。メイサはしばらく二人のライダーが倒れていた場所を見ていたが、同じように倣う。

 ミラーワールドに残されたものは、何も無かった。

 

 現実へと戻った二人は人通りの少ない道路に帰還した。変身は解かれて、仮面を脱いだ少女たちのありのままの姿へと戻る。

 

「ふぅ、なんだかんだ言ってこっちの方が空気が美味しいのです。耳障りな音も聞かずに済むしですし」

 

 よく似た少女たちだった。背丈は全くの同じ。顔も左程変わらない。見ただけで誰もが姉妹と確信し、そして大抵は双子だと推測できる。

 キオンだった少女は灰色がかったストレートの髪をサイドテールに纏めていた。服はいわゆる地雷系。黒を基調としたゴスロリ風のドレスを着ている。目付きは鋭く全てを見下しているようで、柔らかく浮かべた笑みにも油断ならない雰囲気があった。

 メイサだった少女は同じく灰色じみた髪だが、こちらはふわふわとしたくせ毛のロングヘアだった。着ている服は甘めの白いフリルワンピース。首元にはチョーカーを巻いている。上目遣いの目付きに、愁いを帯びた表情を浮かべていた。

 

 キオンだった少女は大きく伸びをした。

 

「う~ん、成果は半々、微妙なのです。できれば今日中にもう一人くらいは回りたいですが、帰って寝たいのでここらにしてもそれはそれでいいかもしれないのです。どうしようなのです~」

「……ねぇ、お姉ちゃん」

 

 メイサだった少女は暗い表情で、キオンを姉と呼び、問う。

 

「ぼくたち、いつまでこんなことをすればいいの?」

「……いつも言ってるのですよ、二星(ふたせ)

 

 クルリと振り返った姉――一星(ひとせ)は冷たい眼差しで告げた。

 

「私の願いが叶うまで、なのです。折角参戦したライダーバトル。能力があるのに勝ち残らないのは損なのです。だからそれまではお前も、ちゃんと私に従うのですよ」

「……うん」

 

 有無を言わさぬその言葉に少女、二星は力なく頷いた。

 

「分かればいいのです」

 

 その答えに一星は満足げに頷いた。

 そんな二人の間に割って入るような声が響く。

 

「あははっ、一星ちゃんは相変わらずみたいですね」

「おや、アリス」

 

 二人に掛けられる声。しかし双子の近くには車以外何も無く、人もいない。

 ではどこからの呼び声なのかというと、それは車の窓ガラスからだった。

 周囲の光景を反射するそこに映り込んだのは腰まで伸ばした黒髪をたなびかせる、どこの学校とも分からぬセーラー服を着た美少女だった。纏う空気は妖しげで、まるで船人を誘う亡霊か魂を地獄へ誘う悪魔のようにすら思える。整った容に悪戯げな笑みを浮かべる少女は、一星へ嘲るように話しかけた。

 

「妹を囮に走らせて、食い付いた獲物を横からかっさらう。まるでハイエナのように小癪な戦い方。賢しすぎて一周回って感心してしまうような戦法です。私としてはそろそろ、ガチンコで派手に戦ってほしいところですけどね?」

 

 鏡の中にのみ存在する少女、その名をアリス。願いを抱いた少女たちへデッキを与え、ライダーバトルへ誘う謎の案内人だ。多くの少女たちを甘言で惑わし、殺戮劇の中へと引きずり込んできた。愛らしく親しみやすい表情をする少女だが、真相を知ればそれが深海魚の疑似餌の如く不気味に思えるだろう。

 そんなアリスに二星は怯えを浮かべ、一星は憮然として答えた。

 

「ルールを破っている訳では無いのです。全部私に与えられた力の範疇。妹を使うことも、カードを節約して集めることも。であるならば、ケチを付ける方がお門違いという物ではないのですか?」

「うーん、でも面白くないんですよねぇ。折角強力なライダーなんだから、もっと派手な戦いが見たいんですよ。管理者である私の機嫌を損ねると、後でどうなるかわかりませんよぉ?」

「別に構わないのです。むしろ強力なライダーをぶつけて貰えれば、強力なカードを手に入れるチャンスなのです。この一星、無駄な労力を使うのは面倒ですが挑まれた戦いから逃げる程怯懦でも無いのですから」

「やれやれ、これですよ」

 

 つらつらと屁理屈を述べる一星に肩を竦めるアリス。どうやら二人の間では既に習い性となっているやり取りらしい。

 ライダーバトルという舞台で少女たちのドロドロとした殺し合いを見届けたいアリスと、あくまでシニカルに生き残ることを目指している一星では意見が合うはずも無い。折角育ちつつある強力なライダーを戦わせるべく画策するアリスとそれを突っぱねる一星。両者はハッキリと対立し、そして実際アリスの嗾けたライダーと衝突したこともあった。それを生き残り、一星はなお現在のスタンスを貫いている。

 アリスにとっては面白くない存在だ。可愛げの無い性格も含めて。平然としている一星に嘆息したアリスは、別の玩具を弄るべく二星へと振り向いた。

 

「少しは二星ちゃんの素直さを見習ってほしいくらいですよ、ねぇ?」

「ひ、え、あっ」

 

 突然水を向けられた二星は息を呑み、しどろもどろとなった。まるで蛇に睨まれたカエルのよう。まともに答えることも出来ない程慌てふためく哀れな少女をアリスは嗤った。そして毒のような言葉を吐く。

 

「お姉ちゃんの忠実な言いなりになって、言われるがままに殺戮に加担する。どれだけの奴隷根性があったらそんな風に従えるのか、是非とも聞いてみたいですし」

「!! あ、う……」

 

 その言葉に二星はまるで突き刺されたかのように胸を押さえた。唇を噛み締め、苦悶の声を上げる。

 無論、現実に傷ついた訳では無い。ただ、痛いのだ。どうしようもなく。

 

「ねぇ、奴隷の二星ちゃん。どうなんですか?」

「ぼ、ぼく、は……」

 

 顔を青くし、言葉を探す二星。暑くも無いのに汗が噴き出し、寒くも無いのに唇が震える。肉食獣に追い詰められた子鹿のようになってしまった妹に対し、一星は溜息をつきながらアリスに向き直った。

 

「……そこまでにするのです」

「おや、庇うんですか? 麗しい姉妹愛ですね」

「手駒を自分以外に弄ばれて、いい顔をする持ち主がいるのです?」

 

 不快げに一星は言った。

 

「さっさと去るのです。ただでさえ悪い虫の居所を、これ以上損ねたくないのです」

「仕方ありませんね。今日のところはお暇して上げましょう」

 

 そう言ってアリスはガラスの中でふわりと浮き上がる。

 

「ですが、お忘れなきよう。貴女方もまた、ライダーバトルという盤上に乗った駒の一つということを」

 

 そしてアリスは、完全に姿を消す。現われたときと同じように唐突な消え方だった。

 異様の少女がいなくなった車のドアを一星は苛立たしげにブーツで蹴りつけた。表面をへこませ、鼻を鳴らす。

 

「ふん。精々今の内に粋がっておくことです。私が勝ち残ったら、貴女だってタダではおかないのですから」

 

 ブーツで躙って泥を擦り付けるかのように傷跡をつけ苛立ちを少し晴らすと、一星は踵を返し歩き出した。

 

「行くですよ、二星。やっぱり今日中にもう一枚か二枚くらいカードを増やしておくのです。腹立たしいことですが、奴に強力なライダーを嗾けられた時へ備えておかないといけないのです」

「あっ……うん」

 

 言われた二星は、姉の背を追って一歩踏み出す。が、すぐに止め、誰にも聞こえないような小ささでポツリと呟いた。

 

「……ごめん、なさい」

 

 宙に溶けて消えるその謝罪だけを残し、二星は一星を追いかける。置いて行かれないように。それはまるで主星に追随するしかない、伴星のようで。

 それが双子の日常だった。

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