エモいなんて言葉で表されるような夜。そんな雰囲気、あれっぽい、これっぽい。なんだかつまらない。けれどそれがなんだかんだ好きなのかもしれない。テンプレートに沿った人生を歩めるのがどれだけ幸せなことなんだろうなって、そんな風に思っていた。

1 / 1
ミッドナイト・テンプレート

 「だる」

 

 別にだるくない。口癖みたいなものだ。

なんにも考えず、口から出ただけの音。

深夜一時。少しだけ寒くなってきた季節、心地よい冷たさをもつ空気に無駄な言葉が混じっていく。おろした髪が防寒具代わりになってる気がする。ちょっと暖かい。

 記憶の中にあった未来の私は、きっと、いや絶対こんな風じゃなかった。

人間っていうのは、いつの間にか大人になってしまうのに、心はちっとも成長しないんだなと思う。

もし今、私の人生がドラマになったとしたら、さぞかしエモーショナルな音楽が流れていることだろう。

冬の夜といえば、まぁそれしかない。

 多分、缶チューハイを片手にふらふらと持ちながら、ベランダに軽く寄りかかる。冷たい風がそよいで、秋の残党がふわりと足元に落ちる。こんな感じでしょ、どうせ。

 くだんな、って思うだけ思って、ベッドに寝っ転がる。スマホを開く気力もなく、ただ天井を見つめてみる。

そうすると、ふつふつと過去の苦い思い出だけがここぞとばかりに顔を出してくる。

嫌だ嫌だ、いつもこれだ。でも、これってみんなあるものだよね。TikTokとかでよく見るはずでしょ、ぼーっとしてるときあるある的な。全然見たことないけど、私は。

あぁ、あのときこうすればよかったな。あのとき、もっとやっておけば。違う道を選んでおけば。そんなどうしようもないことばかり考えてしまうのが目に見えている。

だから、私は文字通りに頭を降って、物理的にネガティブ感情を追い出す。ふるふる。左耳の方からぽんって抜けてった、今。

 

「はぁ、しょうがないな」

 

 別に、しょうがなくない。いや、今回はしょうがないのかも

ぺたぺたと歩いて、冷蔵庫を開ける。すっからかんのその中に、なんとなく買った缶チューハイが2つ。

みかんと……みかん。

なんで私は同じ味を2つ買ったの?

まぁいいや。適当に片方を手にとって、ベランダに向かう。建付けの悪い窓を開けると、ひやりとした空気が部屋の中に入ってくる。

その流れに逆らって私は外にでた。ほんのり温かかった体がみるみる間に冷えていく。その感覚が少し気持ちいい。

ふう、とわざとらしく息を吐いてみる。残っていた温度が出ていって体全部が冬に浸かった。

さて、お楽しみの時間だ。手に持った缶チューハイのプルタブに手をかけ、

 

「よいしょ!」

 

 思いっきり力を込めて開けた。

これにそんな大層な意味はない。勢いが欲しかったとか、テンションを上げるためとか、なんだとか。

そういったものは本当になくて、ただそうでもしないと開かないくらい私の力が弱いってだけ。残念でした。

よし、飲むか。

ゆっくりと缶に口を近づける。ほんのりとみかんの香りがして、その後に炭酸の刺激が舌をちくちくと痛めつける。

 

「……うん」

 

 みかんじゃなくない??

絶対違うもん、こんなの。思いっきり夏の味。私こんなにお膳立てしたのに、こんなにも、夏。そんなことってある? あるよ、今。

だって、こんなのテンプレじゃん。冬の空気を感じて、なんとなく外に出て、季節の変わり目を感じながらベランダでゆっくりとお酒を飲む女。これ、広告でしょ。主役が私じゃなかったらだけど。

シチュエーションは完璧だったのに、妙ながっかり感がある。それっぽいことがしたかっただけなのに、なんでか悔しい気持ちが湧いてくる。

 こういうどうでもいいことをするのが、私は結構好きだったりする。

売れないことを曲にして売れたミュージシャン。大学デビューで髪染めてみた挙げ句に成功して、就活のときにしっかり黒髪に戻して就職してくやつ。

そんなやつらに、一瞬でもなれる気がするから。

結局、私はそういう人にはなれなかった。だから、テンプレにこだわってるんだ。

でも、みんなそうじゃない? 例えば、人気の声優さんに会ったとして、あのセリフ言ってください! ってなるでしょ? それと一緒。

それっぽいことを、したくなるのよ。そうすると、なんだか自分がまともな人間なように思える。

 まぁそれも気休めだし、今回に関しては大失敗なんだけど。

はぁ、と誰にも聞かれないため息をついて、私は諦めて部屋の中に戻った。ベッドに座って、まだまだ残っているみかん味のアルコールをぐいと一気に飲み干す。

お腹にたまるアルコールと、あと多分8割ぐらいこいつが悪い炭酸が喉からせりあがってきて、仮にも乙女の私が出してはいけない音が口から漏れる。まぁいいや。だって誰も聞いてないし。

でも、まだまだ私の気は済まないらしかった。

空になった缶をぽいとごみ袋に投げ捨てて、部屋着はそのままに上着を着る。

スマホと財布、それと鍵。それだけをポケットに入れて、かかとを踏みながら部屋のドアを開ける。

室内から室外。やっぱり寒い。がたりとドアを締めて鍵をかける。

さて、ここからは気晴らしの時間だ。

 

 マンションの扉を開くと、さっきと同じ冷たい空気。

だけど、地上かベランダかってだけで少し雰囲気が違う気がする。実際はおんなじ空気。排気ガスとか、そんな感じのものにまみれた、あんまり綺麗じゃない空気。人間の幸せの代償。

そんなものが、少し特別に感じるのは、街の夜が特別だからだろうか。や、私がこの夜を特別に思っているから、思いたいからそう感じるんだろう。

人間なんて思い込みの存在だ。プラシーボだかフラミンゴだか、あるじゃん。世界ゲーム理論とかさ。ほんとにこんな名前だったかは知らないけど。

 

自分が特別だと思えてたら、どんなによかったか。

自分のことが特別だと思えないから、自分以外に仮託するんだ。私なら、夜。

それが音楽の人もいるだろう。文章の人もいるかもしれない。でもそれらは、自己に付随した創作。私は、まったく別の概念に託した。自分から生まれる一切に自信が持てなかったから。

 

 夜は私を特別にしてくれる。

なんて、誰もが言ってるだろう台詞。誰が言っても自分のものになるような便利な台詞。今日は私のものだった。

実際、気分ってのは大事なものだ。だって今、私はちょっと楽しくなっている。これが夜の魔力か。そりゃあ吸血鬼も夜行性になるはずだね。

まぁ、これがアルコールのせいだとかはまったく考えなかったけど。

 

 さて、これからどうしようか。こんな深夜に開いている店なんてないし、お店に入るような気分でもない。なんとなく、一人でいたい気がする。今はとにかくただ、この世界には自分ひとりなんだ、っていう世界に浸っていたい。

うーん、とりあえずコンビニかな。喋らないでもいいし、お酒も飲みたい。

お酒片手に深夜徘徊。字面だけ見るとちょっと不審者だけど、まぁよくある感じだ。

それで、ふとしたときに不思議な少女に出会って、物語が進んでいく。ベタだけど面白い冒頭じゃない?

結局のところ、王道なんてものは面白いから王道になってるんだよね。私は邪道なものが好きだけど、面白くない人間だからね。

 

 ぽつりぽつりとしかない街灯。灯りから灯りの間の暗闇がやけに遠く感じる。

光と影は表裏一体。光が半端にあってしまうと、その分だけ影が出しゃばってくる。

そのせいで余計に暗さに恐怖が増してきて、ちょっと怖い。そんな怖さを誤魔化すように、私は一つ、大きく息を吐く。そして、ゆっくりと空気を吸うと、肺の中に爽やかな冷たさが流れ込んでくる。

ちょっとわざとらしく足音を立てて、コンクリートの道を歩いて行く。ここからコンビニまでは、大体10分もかからないくらい。結構近い。何気に優良物件なのだ、我が家は。

 いつも見慣れている道も、夜になると姿を変える。歩いているうちに、くたくたのスニーカーがたてていた音はいつの間にかなくなっていた。そして、未知を開拓するわくわく感に似た感覚が胸の中に湧き始める。いつもは気にもしない電柱の高さ。空き地に伸びる草。オシャレな外観の一軒家。そういった、視界には入っていたんだろうけど気に留めてなかっただけのものが、今になって一気に押し寄せてくる。

何気ない日常が一番大切って、こういうときの感情なんだろうな。

 

「へぇ。曇って、夜でも見えるんだ」

 

 見上げると太陽に代わって必死で空を照らす月が、細々と漂っている雲を映し出していた。

普段から、空を見上げてなんて歩かないから知らなかったけど、夜でも空って結構明るいんだな。

いくら街灯が少ないからって、それでも一応都会だ。星なんてものはほとんど見えたもんじゃないけど、それでも特別明るいやつらくらいは見える。あれは確か、何星だっけ。一番明るいのは……、金星?

 なんて、過去の記憶をどうにか呼び起こそうとしていると、コンビニの灯りがぼんやりと目に入ってきた。あらら、お星さまとはもうお別れかな。また今度、思い出したらね。

 

 少し反応の悪い自動ドアが開くと、ふんわりと暖かさが体を包む。

私は一直線にお酒が売ってあるコーナーに進む。横目に見ると、客に全く関心のなさそうな店員さんが、やっぱり私のことなんて全く気にせずスマホを弄っている。むしろ私にはそれが助かる。

 うーん、みかん味以外がいいな。さっき飲んだし。ちょっと寒い季節、何がいいかな。

色々と商品を見ていると、桃の缶チューハイが目に入った。美味しそうだな。私、桃好きだし。

あとね、人間は期間限定って文字に弱いんだよね。これにしよう。

 私はその缶チューハイを二つ手にとってレジに向かう。やる気のない店員さんがちらりと一瞬だけ私の顔を見た。別にその行動に意味なんてないんだろう。どうでもよさそうに商品をレジに通した。私の方も、別に店員さんと仲良く談笑したいわけじゃない。

 

「あ、袋ください」

 

 会話なんて、これくらいで十分だろう。

無言でタッチパネルを操作して、電子マネーでお金を払う。便利だ、この時代。

ことっ。とカウンターに置かれた袋を手にとって、軽く会釈だけしてお店を出る。寒い。さぁ、ここからどこへ行こうか。

 何も考えずとりあえず足を進めた。と、同時にお酒を一つ取り出してぷしゅりと空ける。

ほのかな桃の匂いがする。あー、こういう感じ。桃の味じゃなくて、桃味の味がしそうな匂い。

くいと飲んでみると、やっぱり桃の味……の味。私はこういうのが結構好きだ。これでしかしない味ってあるよね。上手く言語化できないけど。

 

「あー、どうしよっかな」

 

 なんか、何もすることなくなっちゃった。

 

「公園にでも行ってみよかな。あったよね、そこそこ大きいの」

 

 もはや独り言だ。でもどうせ誰もいないんだもん、いいじゃんこれくらい。それに、よくあるでしょ? 主人公が謎の独り言してるシーン。あれだよ。

 

「ま、私はそんな物語とは無縁だけど」

 

 そう。結局のところ物語と現実は違う。いくらリアリティのあるだとか、事実をもとにしたとか言っても、文章も、絵も、動画も、現実とは一枚隔てた先にある。

だから、私に物語が降りかかることはないし、それ故に私はこのテンプレートごっこを楽しむことができる。って考えとくと、人生楽なのかもね。

実際のところは、私はなにか劇的な変化を求めてしまっているし、同時にそんなことが起こりっこないってこともわかっている。この理想と現実の板挟みから、逃れるべく私はお酒を飲んでるのかも。アルコールに逃げてるのか、お酒が好きで飲んでるのか。どっちかわからなくなったらいよいよ危ないね。

 

 公園。

ところでなんだけど、深夜の公園に一人でお酒片手にぼそぼそ呟いてる人がいたらどう思う?

せいかーい。ざっつらいとだね。不審者です。

いや、参ったね。これ通報されたら一発でお縄だよ。

お姉さん、何してるの? いや、あの、散歩してて……。 学生さん? だめだよこんな夜中に歩いてちゃ。 あっすんません……。 みたいなことになる。

まぁ、こんなど深夜にわざわざ公園を見てる人の方がやばいと思うけどね。

 とすりと公園のベンチに座る。お尻が冷たい。周りの目は、ないから大丈夫。ゆっくりとお酒を飲んで、胃袋から浸透するアルコールを感じる。別段度数が高いってわけじゃない、むしろ低めなんだけど、だからこそじんわりと巡っていく感覚がよくわかる。ほんとにか細い酔いの糸を、どうにか優しく引っ張って脳に繋ぎ止める。自分が酔っていると思うと、ほんとにふわりと浮いたような感覚がしてくる。

 ふぅ、と軽く息を吐いて、くらくらと頭を揺らす。うわ~、ふわふわする~。

 

「ねぇお姉さん」

「ひゅぇ!? な、ん、あっ。なにっ!?」

「えぇ……。大丈夫?」

 

 いや、大丈夫なわけない。

だって、深夜に公園で一人でお酒の見ながらぶつぶつ呟いてる挙げ句ふらふら揺れてるところ見られてるんだから。大丈夫なわけない。主に私の羞恥心が。

しかも私より小さい子。多分ぎり成人してないんじゃない? くらい。ふわっと肩で揃えた髪と、なんかぴょこって感じの雰囲気で、小動物的な可愛さを覚える女の子。私とは反対の世界にいそうな子。

 

「お姉さん何してるの? こんな夜遅くに、一人で」

「あっ、あーいや。なんとなく外出たくなって、その……、散歩? みたいな」

「へー、それお酒? あっ、期間限定のやつじゃん。美味しい?」

「え? あー、美味しいけど。飲む?」

 

 もう完全にテンパった私はもう一つ、袋の中に入ってるもう一つの缶を取ろうと思って、ベンチの方に目を向けた。その時に

 

「ありがとー」

 

 彼女は私の手をくいっと傾けて、私の飲みかけに口をつけた。

 

「あっ、えっ、それっ」

「ん。これおいしーね。ありがと」

 

 気にしているのはどうやら私だけらしい。彼女はぺろりと舌を出して……、うわ、かわい。何だこの子。

 

「えっと、君は? てか未成年じゃないよね……?」

「あれ、まだ未成年に見える? うれしー」

「いや全然見えるけど……。えっと……」

「ごめんごめん。私も散歩してたんだ~。ほら、夜ってちょっと特別な気持ちになれるじゃん? だからね」

「あ、わかる、私も」

「へー、そうなんだ! 一緒だね、私たち」

 

 なんか、これ、なんだろう。

胸がざわざわする。なんかこう、アルコールだけじゃないふわふわ。

 

「ねぇお姉さん、名前聞いてもいい? わたしたちさ、気合いそうじゃない?」

「わかる。私もそう思ってた」

 

 いや、嘘。そんなことを思ってる暇なんてなかった。

でも、悪い気はしない。というか、なんだか、この子のことをもっと知りたいって気持ちが湧いてくる。

だってこんな会い方、他にないじゃん。

 よくある物語が始まった気がした。

 

 

 




いや、季節感。暑すぎ

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。