感覚が鈍くなった指先を泡が撫でていく。
揺蕩う髪に目を刺されながら泡を辿って微かな光を探すが、水面は見えない。
落下しているのか浮上しているのかもわからないまま、堪えきれなくなって口から泡がごぼりごぼりと溢れ出す。何かが口から入ってきて、体を冷やし、重たくしてくる。ぼんやりとしていた頭がふいに生きる意志を思い出して、悴んだ手は喉をしめつけ、バタバタと足が動く。
勢いよく引っ張り上げられて咳き込めば、一滴の水もないシーツの波の上だった。
「ゲッホ、ゴホ」
「大丈夫、ほら火をつけたよ。今にあったかくなってくるから」
大きな手が力強く背中やら手足やらを摩ってくる。何年も前に握手した彼の祖父とそっくりそのままの手で、ガサガサとして燃えるように熱かった。
僕は結局、ずっとあの湖の亡者になりかけている。人間に戻ろうとしてもこのとおり、ふとしたときに力が抜け息の仕方も忘れてしまう。
一生懸命擦ってくれるラクランの手まで冷たくなってきているのに気づいて、振り払って冷たく義手を胸に抱え込んだ。
私は動かなければ、少しでも過ちを取り戻さなければ、償うなんてできなくても、生きていて許されるわけがないのに。
三匹の蛇 42
暖かい日差しが差し込んで、微かなちりがキラキラ輝く。不意にちりが勢いよく泳いで、ついで軽快にベルが鳴った。擦れた靴底で滑らかな足音を立てながら少し首を屈めて家へ入ってきたリーマス・ルーピンに、ラクランがオイ、と手を挙げて一声かける。リーマスは本の山で視線を彷徨かせたあと、ラクランを見つけてパッと微笑んだ。
「ずいぶん早いね」
「月一で長めにお休みをもらうんだから、出勤日はちゃんと早く来ないと。やあイザベラ、印刷機を借りるよ?」
「はいどうぞ。ちゃんとって割にはあんた、頭ボサボサだけど......いい!謝らない!ちょうどいい!もしスタンリーが興味を持ったら、ついでに髪の整え方や洗い方の話をしてみよう」
バタバタとやってきたイザベラにつられて早口で話すと、リーマスはテキパキとカバンから羊皮紙を一巻きだしてすぐに倉庫へむかう。少しスキップしているのを見送って、ラクランはくすりと笑った。
リーマスには先月からアルバイトという形でイザベラの塾に関わってもらっている。イザベラはマグル向けのチューターの資格もとって、近所のマグルの子供たちも受け入れ始めた。一方で漏れ鍋で聞いた情報を中心にスクイブ向けの勉強会もはじめて、そっちで了解を得られた生徒が今のリーマスの担当だ。文字の読み方や、基本的な生活の仕方、気をつける魔法生物に、見えてしまってもマグルの前で声をださに方がいいものの見分け方、などなど。もちろんイザベラと一緒にみっちり研修を組んで受けてもらったけれど、彼は学生時代からひとにものを教えるのが上手な方。今まで食事に誘ったりした時より格段に楽しそうだ。
フクロウが小窓をノックするので立ち上がり、また一通、黒い封筒を受け取った。腰をストレッチしてから開封して、すばやく杖を振り暖炉にくべてしまう。
「はい、ありがとう......またお試し入学だ」
魔法のかかったタイプライターがガタガタと動いてリストを更新する。フクロウが首を傾げるが、バードフィーダーに温めたフードを置いて締め出した。
魔法族の家でひっそりと生活しているスクイブ、あるいはその家族から寄せられた手紙と個人情報だ。どんなにかわいい生き物にも漏洩するわけにはいかない。
スクイブはとくに純血の歴史が長い家ほど恥ずかしいものとして世間からひた隠しにしてしまう傾向がある。それはグリモールド・プレイスの家系図などで知っていることではあったけれど、スタンリー・シャンパイクをきっかけにホグズミードだの、ノクターン横丁だのにも足を伸ばして聞き回るうち、幼いうちに外に出されたスタンリーはむしろ幸運なほうで、家の中で生まれたことも知られないまま、屋敷しもべ妖精と同じように家事をして生活している人もいるということがわかってきた。
そこで再び『週刊魔女』だ。
ラクランはまずフラメル夫妻におすすめの研究者を訪ねて、最新の研究に基づく魔法と精神や身体との関係を考察する対談形式の企画を出した。ラクラン自身も興味のある分野で、有意義な記事がかけたが、初稿の段階で編集部にこれだけだと固くて記事にできないと言われてしまった。
<客寄せパフスケインにちょうどいいいい人材がいるだろう?>
そんなエバンの一声で、編集部経由で後輩を呼び出した。以前レギュラスが出していた欧州旅の連載を一部パク......無断でオマージュしたらしいギルデロイ・ロックハートだ。あんまり目につくようならそのうちとっちめてやろうと思っていたから、それを匂わせれば一発だった。
鼎談は当然一筋縄では行かなかったが、とまれ人目を集めることに成功し、付録の「あなたを助ける人だけが開ける」黒いレターセットは無事に届き始めている。時折ロックハート宛のファンレターが入っている場合があることを除けば、結果には満足だ。
「こっちに先生宛の手紙が混じってましたよ」
「おお、ありがとう。今度はどこの人とペンフレンドをやってるんだい?」
「フランス。有名なマグルの俳優の写真をつけてくれた」
手紙の束を片手にピラピラとブレーズ・ザビニが靡かせる小さなブロマイドはたぶんアラン・ドロンの古い写真だ。
「この人くらいならパパになれるかもな」
「それは古い写真だよ、今はもうちょっとおじさんだ。それに君のお母様は顔がいいってだけで君のお父さんを選ばないだろう」
「どうかな、大きい声じゃ言わないけどうちは良いものは良いって主義だから。うん、この人なかなかいい顔だよ、ロックハートよりずっとマシ」
「ブレーズ、君わざとやってるだろ。その名前を出さないでくれってば」
「そんなこと言ったって、うちにもたまに妙なファンから吠えメール来て迷惑してるんだ。ありえないのにな。その手紙だってどうせまたコラボしてください!てやつでしょ」
「よくお分かりで......」
黒いレターセットは誰かが助けを求められるようにつけたもので、届くのも開けるのもラクランだけだが、中身はもちろん書く人の自由だ。そこに一定数ロックハート宛ファンレターが寄せられるのは織り込み済みだったが、フクロウ便は勝手に届く。他の手紙を受け取らないわけにも行かず、過激ファンから届く感謝と注文の嵐にほとほと困り果てていた。魔法の手紙は無視しても後が怖いのだ。
「おい、ノット来いよ!先生が弱ってる」
「最近は珍しくないだろ。それよりか僕は練習したい魔法がだな」
「わかったわかった、先生、そういうわけで来てもらえますか?」
「はいはい、もちろんだとも」
ラクランは気分転換も兼ねて立ち上がり、魔法を練習する裏庭へ引っ張られていった。
ブレーズやセオドールをはじめとする、家庭環境は決して悪くはないにせよどうしても時間の制限があるような子供たちは、飲み込みが早いか家ですでにある程度の教育を受けていて、いまや古い教科書で自習している。
「ごめんなさいね、N.E.W.T.レベルは私じゃ教えられなくて」
「N.E.W.T.レベル?まあいいさ、みておくから少し休憩してきたら」
申し訳なさそうなイザベラを労うまもなくセオドールが顔に教科書を押し付けてくる。
「先生!変身術の教科書のここ、この記述がわからなくて、やってみたけどできないんです。どうしてアグアメンティは変身術なんですか?」
「アグアメンティは6年で習う呪文だよ?やるのはまだまだ難しいさ。でも良い質問だ」
ラクランが紙とペンを取り出して定義の説明から始めようというところで顔を上げると、ブレーズが退屈そうにブロマイドをいじっていた。
「アラン・ドロンの出てる映画のビデオがあるけど、」
「映画?観る!」
「いいよ、それじゃ私も一緒に観ようかな」
「頼んだよ、さて、変身術というのは魔法をかける対象の形や状態を、別のものへ変化させる魔法一般を指すから、アグアメンティを使う時行う操作から考えてみようか」
勉強をすることがいろんな環境の子の助けになれば良いというのがイザベラの当初の考えだったけれど、ここが家のほかに居心地良い場所になれるというなら、それも良いことだ。
ただの場所貸しと授業が同額というのは厳しいから、月謝の考え方は見直していかなきゃいけないが......。
日がとっぷり暮れて子供達を帰した後も仕事は続く。
ホグワーツで働く前に戻っただけだが、没頭してしまうとどうも仕事の区切りを見つけられなくて良くない。それだけでなく、今やラクランのデスク周りではあらゆる資料がペラペラと魔法で勝手に捲られていた。この速度で全部に目を通せるわけではないけど、丹念に読む時間もない。カリキュラムの確認やイザベラの採点作業の一部、帳簿作成と同時進行しつつ、マグルの小説に、法案についての新聞記事、新しい論文...目端に留まった単語を拾っていく。
「これ、珍しい装丁の本だね」
「うお!もうそんな時間か。それはマグルの本だよ」
今日の授業や資料作成を終えたらしいリーマスの声に、びくりと跳ね上がる。ラクランが振り返ると、バッグを片手に艶のあるペーパーバッグを繁々と眺めていた。
「なんだってマグルの本を?」
「魔法界のスクイブのみんなや、ホグワーツ入学前の子どもたち、それに近所のマグルの預かりときて、次におれたちが居場所を作っていくべきはどんな人たちだと思う?」
リーマスは暖炉の脇のスツールに腰掛けて顎に手を当てて考え込んだ。基本長居しない彼が座るときは、なにか話したいことがある。
「そうだな......この本をヒントとすると、マグル生まれの魔法使いとか?」
「とくに、ホグワーツ入学前のマグル生まれのこども」
我が意を得たり、とばかりに指差して、ラクランはいつのまにか冷え切った紅茶を啜った。渋い。
「ここに通わせるにはご両親の理解が必要だろう、だいぶ難しいんじゃないか?」
「まあね。でも家庭環境に問題はないけど、魔法を使えてしまうことが周囲の関係において大きなネックになってる...なんて例は結構あるよ」
ラクランもホグワーツ入学前、目立った魔法の暴走は起こさなかったけれど、知らないお屋敷に迷い込んだことがある。人除けならそこそこの腕前の魔法使いだってある程度弾けるが、"マグル除け"は文字通りマグルしか弾けない。ラクランは現実主義ながら魔法の存在を疑っているアランのもとで静かに育ったから、そう困ることはなかった。
「こういう場合、もっと人目の多い都会では?放任しておかない、丁寧な保護者さんなら?」
「なるほど......」
ちょっとした不一致が、みんな一緒を前提とした生活では大きな異端とみなされて、普通に生きてるだけなのに悩み苦しみを生む。マグル生まれの魔法使い達のヒアリングを通してようやくわかってきたことだ。
「本当、誰にでも苦しいことはあるものだね、スタンリーと話していて僕はなんだか幼い頃の父に寄りかかるばかりだった自分が情けなくなってきたよ」
「そんなこと言うなよ、喉元通り過ぎたから痛みを忘れちまっただけで、君は君なりにやってきたんだろうに」
「しかしだね、ホグワーツにいけないなんてこと、僕は体験していないんだ!本当の意味で寄り添えているかどうか......」
「うーーん、なるほど」
これが彼のお悩みらしい。人間、どこにいたって真面目に生きてればきっと悩みは尽きないのだ。
「大丈夫じゃないかと思うけどな。それでいうとおれだって、家族や友達に超恵まれちゃってたし」
肩をすくめていえば、リーマスは一瞬むっとして、それから張り合うように顎を持ち上げた。
「僕だって、ホグワーツでは人生で一番素晴らしい時間を過ごさせてもらえた」
「ハハ、結論は急いじゃダメだぞ、人生は長い。でも突き詰めて考えた時、おれは本当に集団への不一致の原因ってそんなに重要じゃないと思ってる。それを生徒たちと共有している必要はないよ」
もちろん問題解決や、一緒に楽しく生きるために知る必要はあるけれど。大事なのはたぶん、一回でも生きづらさを味わったことがあって、相手のそれに対しても想像力を働かせられるかどうかだ。
「今おれたちがこどもを優先的に教育したり、うちへ結びつけようとしているのは、彼らの接する世界が大概狭く小さい分、近しい人ひとりに想像力が欠けているだけで、致命的になってしまうからだ。
一度でもちゃんと自分の身で生きづらい思いをしている君は、おれたちとしちゃとても頼り甲斐があるよ」
友が苦しむ病を喜ぶなんてのははなはだ間違った振る舞いだけれども、そういう君がここにいてくれることできっと、手を伸ばしやすくなる人もいるはずだ。
「そうかい......!」
目をキラキラさせて弾んだ声を出すリーマスに、今のうちだ、とラクランは詰め寄る。
「そうだとも。でも勘違いしないでくれ、君はこんな小さいところで収まるタマじゃない。おれもこの小さな私塾だけで終わるつもりはないんだ」
「え?どういうことだい」
「イザベラはこぢんまりした現場が一番好きだろうし、こういう場所はもちろんこれからも大事にしていくつもりだけどね」
子供に限らず、あらゆる人生き物みんな、それぞれ生きやすいように生きたいだけだ。
スクイブも魔法使いや魔女もマグルも、リーマスみたいな症状の人や、老いて歩けなくなったじいちゃん、頑張りすぎて心に病を抱えたレギュラス、肉体として生きているのが苦しくなったエバン、入学当初からずっと心の置き場がなかったような気さえするバーティに、あんなふうになってしまったクリーチャーも。
「生まれながらに、あるいはひょんなきっかけで生きやすい生き方がその他大勢から乖離してしまったとき、その難しさがそのまま全部個人にのしかかってくるのは、各家庭の問題じゃなく、社会全体の問題だ。
そういうわけだからね、おれはこの私塾のほかにも色々動いている。君も、先生をやる以上にもっといろんなことができる人だ。差し支えなければ近くキングズリーたちとも会ってもらいたい。考えておいてくれ」
痩せ始めた月を尻目に、考え込んだまま動かなくなったリーマスの背中を叩いて送り出す。
「.......早まったかな?」
<さあな、遅かれ早かれ引き込まなきゃいけない人材だっただろ、ただのバイトさせとくにゃ惜しいし>
「バーティはどうだった?少しは癒されたかな」
<俺は癒し系じゃねえからな!食事は食えるようになった。ウィンキーはいい奴だが、フン どんなに恐ろしくていやでも身体ってのは勝手に生きようとするから嫌だね>
「身体があるからこそ、できることもいろいろあるだろう」
<それより嫌なこともあるさ。たしかに今日は湖が本当にきれいで、触ったら気持ちよさそうだったけどなあ。あいつは窓に近寄らないから、空さえまだ見れない>
生まれたのは夜の黒い湖、育ったのもこのそこかしこに大小の湖がある場所で、ホグワーツにもやっぱり湖があった。夜の湖面は見ているだけでどんな季節も冷たいけれども、いろいろなものをうつして見せてくれる。
時計の音を遮って、リビングの暖炉がゴオと鳴った。
「もどったよ」
「おうおかえり。先生も!」
煙突飛行ネットワークで戻ってきたスラグホーンとレギュラスに飛び上がるのを抑えてラクランが応じる。レギュラスは顔色の悪い顔でうっすらと笑っていた。
「遅くまでお疲れ様でした。お茶でも一杯?」
「いや、ありがとう。漏れ鍋でもう3杯も飲んできたんだ。私はこのへんでお邪魔するよ、ああそう!今日もしっかり服薬は見届けたよ!」
「はい、先生。ありがとうございました」
なにか良い情報でもあったのか、ニコニコと手を振ってふたたび立ち去るスラグホーンのマントの裾を見送り、ラクランはレギュラスに椅子をすすめた。
「それで、少し横になるかい?」
「先生も言っただろう、私は4杯も飲んだ。動けないだけで、眠たくはないさ」
レギュラスの目をしっかりとみて、ラクランは数秒黙った。彼は途中でほっぽり出すのが嫌いな人だし、ここで無理やり体を休ませたって、気になって結局頭の方は休めないだろう。
「わかった。ゴブリンの情報は得られたかな、人間の勉強をしたいなんて人、じゃなくてゴブリンさんがいるなんて話は?」
「存在課にダーク・クレスウェルが勤めていてね、グリンゴッツの話は聞けた。ゴブリンの中でもあそこはやはり名門みたいだ。今後も良い情報元になると思う」
「グリンゴッツじゃかなり職業選択の幅は狭そうだね」
「そうでもない。金勘定の苦手な個体もいて、彼らは大概彫金や鍛冶の道に進んでいるそうだ。近頃は大枚を叩いてゴブリンに剣やら装身具やらを発注できる魔法族がいないから、もっぱらグリンゴッツ内部のメンテナンスをしているそうだよ、あとは鑑定とか」
「なるほどねえ。クレスウェルが?魔法界に戻ったんだ、マグルのお祖母さんを介護するって言ってたと思ったけど」
「君は知っていたんだ」
「知ってたって、スラグ・クラブで一緒だったろ。ああいやごめん、君はあの時期......」
「いいんだ。魔法戦争の間はマグル界にいたけど、馴染めなくてスラグホーンの斡旋もあって魔法省に入ったらしい。あの人は本当に手広くやっている」
「おれたちも続かなきゃだな、しかしそれじゃあゴブリンたちはゴブリンたちで概ね回ってるのかなあ」
ラクランが腕組みしてうなっていると、レギュラスがおそるおそる口を開いた。
「......これは私がただ疑問に思っただけなんだけど...」
「ほうほう?」
「グリンゴッツのゴブリンたちは見える限りそんなに動き回らないし、みんな足は速くない。だからあまり関係ないかもしれないけれど、杖をついていたり、怪我をしている人はひとりもいないんだ。あんなに危険な場所なのに」
深いところにある金庫はラクランも目にしたことはないけれど、レギュラス曰くドラゴンが守っているという。ドラゴンの鎖をメンテナンスしたり、鳴子をつかってドラゴンを調教するのも一部のゴブリンたちの仕事だ。当然、大きな危険も伴う。
「うわあ、ねえ、ビルの呪い破り就職の説得に付き合ったの、早まったかな?」
「苛烈な罠はミスして骨折なんかの軽傷で済む場合より、死んでしまうことが多いんだろうね。あの子を信じて送り出したんだから、サポートするしかない。けれどやっぱり、障害を負うゴブリンはゼロじゃないはずだ」
「君は実際、片手が義手で生活しているし、そういう人の受け皿がゴブリンの世界にもあるのか気になってるってこと?」
「そうだ。今後私はクレスウェルから渡をつけて、ゴブリン自身に今度はそうした話を聞いてきたい」
「いいね!しかし、それをいうなら魔法界もだ。じいちゃんは退役軍人の集まりに出たりしてたけど、魔法戦争で身体に障害を負ったり、精神的に傷を負った人がどれだけいたか......」
「マグルの間ではそういう集まりもあるんだ」
「あったよ、じいちゃんが死んじゃってから縁遠くなって、おれもすっかり頭から抜けていたけど」
身体障害もそうだし、PTSDに悩まされてお酒や薬に溺れてしまう人も多い。健康観察もかねて、同じ経験を共有する人たちで集まって、歓談しながら食事したり、読書会したり。つながるきっかけが違うだけで、まあ普通の地域の集まりだ。映画やサッカーをみたりもする。じいちゃんはオルガンを弾きに行ってたっけ。
「そうか......それならそういう場所を、つくりたい......かもしれない。財源も全然、あてはないけれど」
「いいじゃん!お金引っ張ってくる方便を考えるのはおれの仕事だ」
うまく馴染んでいくための準備を手伝うのがイザベラの塾だけれど、集団やあたりまえの日常に馴染めなくて苦しむのは、なにも能力やうまれもった個性だけが問題じゃない。それまで送れていた生活が、ある体験をきっかけにまったく成り立たなることだってありえる。怪我や恐ろしい体験はもちろん、病気とかそういうものでも。
レギュラスの目に活力が戻り、ラクランも熱が入る。
「表に出られない私にできることはごくわずかだけれど、かつての日常に戻れなくなった人にも、学校とは別に、なにか、身を寄せられる場所があるなら、それは良いことだと思うんだ」
「おれも同意だよ。そもそもさ、イギリス魔法界の魔法族は少ない。ホグワーツの名簿に基けば減ってく一方だ。このままじゃどこまで維持できるか」
そう、魔法界が縮小傾向なのは穴だらけの資料であってもちょいと整理すれば明らかだ。長い目で見れば争いなんぞしている場合ではまったくなかったのに、魔法戦争もあって若くして死んでしまった人はもちろん、やむなく魔法界を離れた人、国外へ逃れた人だって相当数いる。
ホグワーツに限った話でもマグル生まれの割合は増えているにも関わらず、魔法界で就職する人口は減る一方。差別が根強く就職も困難だし、空き家も少ないので、結局成人した後魔法界にとどまれていない。
ふと、レギュラスの表情がかげった。
「正直言って、私は滅ぶなら滅んでしまえばいいと思うんだ。国際魔法法があるように、マグルの世界にあるようなわかりやすい国地域ごとの対立や戦争はすくないけれど、かわりに種族間の搾取によって成り立っている共同体なんていうのは」
「おれももちろん、再編は必要だと思ってるさ。でも完全な解体や滅亡はダメだ。現実的じゃないし、それは無責任だ。君もわかってるだろ?」
レギュラスは小さくふるえはじめた手を握りしめる。クリーチャーのように魔法族に何百年も昔、何代も前から搾取されてきた生き物たちがいる。ずっと間違った方法で回っていた社会を、ラクランたちはいま一生懸命手術しようとしているけれど。
「結局のところ特定の共同体がある限り、差別や分断は生まれ続けるだろう」
「そうだろうけど、共同体がなければ各個人の選択肢はごく限られたものになってしまうし、マグルの前で魔法を使ってしまったり事故が起こったときだってセーフティネットのない状況に陥るんだぞ」
「だがその結果、また無くしきれない歪みからもっと強固で、より多様な存在を憎む、あの人のように破壊と殺戮と搾取ばかりを愛する人が現れてしまったらどうする!」
共同体の裾野を広げて主体となる者の間口を広げるということは、一見よいことずくめだけれど、ある意味あたらしい仕組みのもと、また別の誰かを虐げる罪をみんなで負うことでもある。
「僕は滅んでしまいたい。過去無分別に魔法族が積み重ねてきた一方的な利用と差別の歴史の終わりとして」
<あぁ?おい......>
「たしかにおれたちはまったく万能じゃないとも。でも考えてくれよ、下の世代はもういる!君が純血魔法族の"責任"とやらをとったところで、なにも変わりはしないんだよ」
万人の意思を反映する共同体運営なんぞというものは、どんな魔法を使っても無理だし、マグルの科学技術にも存在していない。魔法界でだって、対話と権利を求めて蜂起するゴブリンたちもいれば、マーピープルやケンタウルスのように交わらないことを望むものたちもいる。
「おれたちにできることは、できるだけ長くたくさんの手を伸ばして、耳を傾け、できるだけ良いものを残すだけだ。あとは次代に期待するしかない」
「それは僕の責任とどう違う?結局次代に期待するしかないじゃないか」
「そう違わないさ。でも現状が完全に持続不可能だって現実をきちっと洗い出して継承する。絶対そのままにはできない。そのままにして、そのあとナンシーたちはどうなる?その次、また次の世代は?」
「わかってる!」
「本質的にはわかってないんじゃないか?君は親じゃない。おれだって本当の親じゃないけど、一応保護者だ」
言ってしまってから、ラクランもため息をついてドサッとソファに沈み込んだ。エバンは絶対あとで茶化すだろうな。いや、怒るかも。
「悪い......君とおれで対立したいわけじゃない。見てるものは一緒だ、だよな?」
「別に間違ってもいない。実際のところ君と僕は違うだろう......僕は結局学生時代からなにも変わっていない」
「そう言わないでくれよ、おれだってそりゃあ君の感覚全部をわかれないけど.......」
どうもこうして一日ここで資料を漁ったりフクロウ便を読んでいると、データとして記録されてる稀な一の裏に十も二十もの馴染めなかった人たちが見えてくる気がする。これらは"魔法界が認識してこなかった現状課題"だ。
マグルの間にもマグル生まれの魔法使いは誕生し続けるし、マグルの世界に必死に適応しようとするスクイブだって創作の人物像に、オカルト雑誌に、そしてフリーペーパーにも、探そうと思えばそれらしき存在はいくらでも見出せた。
グレートブリテンだけではない、大昔から大陸からの移民は絶えなかったし、リヴァプールあたりの資料を漁ればアフリカから人身売買でやってきた魔法使いも相当数確認できる。もちろんインドやアメリカからもだ。これからもマグルの豊かな交流がある限り、魔法を使えてしまう人、魔法と関わりのある人もずっと存在し続ける。
人が動けば動物も植物も、もっと小さな生物もやはりくっついて動く。大型の輸送船にえら昆布がくっついて分布域を広げていたみたいに。
「否が応でも世界ってのは繋がっていて、動くんだ。ここはぽっかり浮かぶ絶海の孤島なんかじゃない」
大陸からどんどんと新しい考え、生態の生き物たち、人間たちが入ってくるのは止められない。同時に古い生き物たち、人間たちもやってくる。そうそう消え去ることはない。生き物が生きていける土地というのは案外限られている。
そんな中せっかく育った人材を外へ流してしまったり、育成する機会もなく隅に追いやり、差別的な賃金や契約で働かせ、食うに困って後ろ暗い集団のほうへ追いやってしまう歪みは、結局闇の帝王の増長や反社会勢力への加担を産んでしまった。
「魔法族の数が減って魔法界の仕事の循環が鈍くなってきた今こそ、おれはチャンスだと思うんだ。チャンスにしなくちゃ、犠牲になったひとたちに失礼なくらいだ」
「ああ。......でも僕は、どうしても怖い」
間が空いてしまいました〜活動方針がやっと見えてきたかな?な一行です。
◽️リーマス採用
騎士団員ですし、戦後も連絡を絶ったりはせずいろいろ活動はしていたはずですが、国外にはあまりいっていなさそう...と思ってまずバイトになってもらいました。一年生〜三年生の闇の魔術に対する防衛術はだいぶ魔法生物学寄りな感じもしたので、あのへんはスクイブにも必要な教養だよな〜感を匂わせていたり。
◽️ラクランのムーブ
法令や社会の構造について考えを巡らせていろいろやる適性がありそうなのはスリザリンかなあと思っています。官僚寄り?マイクパフォーマンスが一番上手なのはグリフィンドールでしょうか。
打倒闇の帝王に長期計画がある、ダンブルドアがかなり確信を持っているようだ、というのがこれまでで明らかになったので、闇の一派の爪痕を癒し、再発防止に向けた魔法界の再建・改造を目標として定めた、という感じです。クラウチ氏を説得し、バーティやレギュラスが再び外を歩けるようになるためにも遠回りですが前に進める数少ない方法の一つと言えるでしょう。
マグルの知識や最新情報にためらいなくアクセスできるところ、身分証明がきちんとあるところはラクランの強みですが、それゆえ突っ走りやすくなっているかも?
◽️心を病んでしまったレギュラス
打倒闇の帝王にむけ、具体的に動けているうちは目的意識に引っ張られて罪悪感に追いつかれず済んでいましたが、ダンブルドアの動きと安全の問題から具体的な前進は難しくなってしまったので、病んでしまいました。
家族や身近なものへの愛着がとても強いこと、魔法族としての誇りや教育されてきた自負、根を下ろしてきた価値観との相剋などなど、アイデンティティがそのまま全部心を苛んでくるような状況だと思います。
本来一番政治的な立ち回りや思考ができる素地がある人物だと思うのですが、自己嫌悪や破滅願望、現状社会から隔絶されてしまっていることがネガティブな方向に働いてしまったらこうなっちゃうかな、と。