「ウィンキー!星がだいぶのぼってきたよ。カーテンを開けてくれ!それでまた部屋が冷えすぎないように、ちょっとしたら締めてくれよな」
守護霊にのっかってエバンは毎夜精一杯叫ぶ。当初はこの守護霊の主人であるラクランに手紙まで書かせたが、やっぱり屋敷しもべ妖精は魔法使いや魔女の使う魔法の埒外であるようで、いまやすんなりと声を聞いてもらうことができる。
「はいはい、ただいまお開けいたします!」
窓を開けて、エバンはまったくの無気力と言った具合にクローゼットでうずくまるバーティに並んだ(もちろん、体はないので実際はコートに埋もれている)。
大昔星を見たことを思い出して欲しいだとか、綺麗だと思って欲しいだとかではない。
バーティは全てのもの全部信じられなくなってしまったんだと思う。
太陽や月、星というのはずっと遠くずっと昔からあるおかげで、おいそれとこっちを裏切らない。毎日忠実に姿を表し、同じように動いて消えていく。
おれたちはそれにならって毎日姿を表して、決まった時間にカーテンをあけ、同じことを少しずつ忠実に繰り返していくしかない。小さなことに忠実であれば、いずれ大きなことにも忠実でいられるはずだと信じている。
ビビッドな2色が蠢く観客席に、どくどくと心臓が鳴る。すこし走ったこともあってちっとも呼吸は落ち着かない。はやる気持ちを抑えて、ラクランは努めて丁寧に目の前のすました若めの魔法使いに声をかけた。
「こんにちは、ご機嫌麗しゅう。そちらの上段の方に席をご用意いただいていまして、よろしいですか」
「どうぞ......君は?あぁ、マグル学の」
「昨年退任しましたが、えぇ。というか先日魔法省でもお会いしましたよね、ミスター・マルフォイ」
「何やら今は私塾をやっていらっしゃるとか」
「妻のイザベラの事業ですよ、私はちょっとした手伝いで......今日は大事な娘のデビュー戦でして」
「ラクラン!席はこっちよ!」
折よくスプラウト先生が声をかけてくれて、一つ頷いてマルフォイ氏へ黙礼したのち、返答を待たずに歩き出した。
「お招きくださりありがとうございます!正直もうダメかと!」
「何をおっしゃい!身元は確かなのだし、あなたは全寮のコーチもしてたじゃないの」
「なんの、今の世代への影響力はほとんどないですよ。やっぱり卒業や学業でスタメンもかなり変わりましたね」
スプラウト先生とマクゴナガル先生に挨拶する。今日は校長はいないようだ。奥にセブルス・スネイプもいて、すこしギクシャクとあいさつした。
「お、遅くなりました!」
そこへ汗だくで飛び込んできた人物がいた。
髪を伸ばしたクィリナスだ。少し痩せたか?顔色もあまり良くなく見える。
「やあ、久しぶりだな。元気にやってるかい」
「ラクラン!本当にいらっしゃったんですね」
「もちろんだよ、ナンシーのデビューなんだ」
魔法界のカメラのマウントをいじくってマグルの明るい望遠レンズをつけたものをポンと叩けば、クィリナスはくまの濃い目をまん丸に見開いた。
「それが例の撥水耐衝魔法薬の開発秘話にあったカメラですか!」
「うん?まあそうだ。そんな大層なものじゃないよ、まだまだ安価な素材に代替できず調合に手間もかかる。とても実用性があるとは言えない」
撥水魔法薬というのは、このカメラのレンズがきっかけで発案したクィディッチ用品だ。現在なんの関わりもない人間が昔のよしみで感染というのは体裁が悪いから、最初はクィリナスに撮影を頼むつもりだったけれど、幸いにも手土産になりそうなアイデアが降ってきてくれた。
ゴーグルの濡れや傷、曇り防止だけでなく、クィディッチの走行速度での衝撃に耐えて脳震盪防止もできそうな質感を目指した。なおかつ視界を妨げないとなると難しい調合で、なんとか完成させたが量産の目処は立っていない。
「おお!君がミスター・ケイヒルその人か!」
朗々とした声に振り返ると、ルシウス・マルフォイの座っていた一角にあつまる魔法省の役人たちの中から、満面の笑みの体格の大きな男が手を振ってお辞儀してきた。興奮気味に頬を染める様子にラクランは眉を顰める。
「で、撥水耐衝魔法薬の販売はいつから?私に優先的に売るつもりはあるかね?」
「あなたは......ルード・バグマン......さん」
忘れもしない、バーティの法廷でいきいきとクラウチ氏を攻撃していた、あの男だ。
「そうとも!サインはあとでね!それで撥水薬についてだが」
「ミスター、仰った品はまだ試作品です。うまく実演販売の目処が立ちましたらご連絡はしますが、今日のところは......」
「もちろんだとも!監修なんかで関わらせてもらえたらなおいいな!選手の声を聞く!うん!」
「今日は娘のデビュー戦なんです。もちろん公平性のためにホグワーツの全寮に試作品を提供しましたよ、安全性には自信がありますが、たしかに選手の感想は楽しみですね」
言い切って背を向けた瞬間、周囲で歓声が爆発した。双方がやたらめったら大太鼓をかき鳴らしマフラーをブンブン回す。いまだスリザリンはあまり心象がよろしくないのか、応援の声こそ同じくらいでも色でいえばグリフィンドールホームのようだった。
真ん中のピッチに陣形を組んで、グリフィンドール、スリザリン両チームが現れた。
ズームしてあわててねらうと、ナンシーと一瞬目があって照れくさそうに鼻をこすったところが見えた。
バシャシャシャシャ!とシャッターを切る。
前方の席からなにやら声が聞こえたが、クアッフルが投じられマントを渦巻かせて奪い合うナンシーを追うのにもう必死だ。
あ!いい浮き玉を......キャッチ!そしてああ!ブロックされ、たと思いきや!わざと落としてヒールで持ち上げるようにパス、味方が足裏で落としたのを、今度は箒の柄で、ゴール!
「っっしゃー!!」
思わずクィリナスの背中をバシンと叩いてしまってから、慌てて抱き止めまっすぐ立てて謝った。
「いや本当ごめん!鼻が高くって......」
ラクランの目には気付けば涙が浮かんでいた。
熱狂冷めやらぬ歓声を背に、後で手を組んでずんずん進むセブルス・スネイプを追って歩く。少し太っただろうか?いや、痩せただろうか?自分と同様たしかに20代後半にさしかかり始めたゆるみが見えるのに、なにか影がべったり付き纏っているかのようで印象が定まらない。とにかく顔色は相変わらず良くなかった。
「あの、そろそろお話いただいても良いのでは?」
湖畔までやってきて、ラクランはおそるおそる口を開いた。ラクランとしては、以前と同様に栽培した魔法植物をおすそわけするだけのつもりだった。それがこんなところまで、だ。一体何の話をされるのやら。
「なぜ今年辞めたんだ」
立ち止まったスネイプはほとんど口を開けずに低く言った。瞳は少しだけ揺れている。
ラクランはふと悪戯心が湧いて少しだけ彼の心をのぞいてみたいと思ったが、意識の奥からすっ飛んできたエバンが大騒ぎするのでふっと笑って肩をすくめた。
「今年やめようと思ってたわけじゃないんですよ、降ってわいた一身上の理由という奴で。もちろんいずれは、と思っていましたけど......」
「なぜ奴を後任に?」
「空身で私の研修を受けてくれるのがあの子くらいしか......実際適任だと思いましたし」
ラクランはおそらくスリザリン寮出身者で初めてマグル学教授に就任した人間だ。だからと言って受講者が増えたわけではないが、注目度は高かったし、ラクランなりに自分だからこそ提供・発信できる情報を授業で伝えてきたつもりだ。
既存のマグル社会に溶け込んだり、そのための実技を重視する学習とはかなり方針が違う。自分の残したものを早晩かき消されないためにも、後任には素直に当たらしいことを受け入れてくれそうな若手以外考えられなかった。
とはいえ、半純血で諸外国を見て回っているクィリナスの知見は子供にとって得るものも多い。彼に心労をかけている点は申し訳なく思いはするが、失敗だったなどとは微塵も思っていない。
ラクランが胸を逸らした分、スネイプは暗い瞳で一歩近寄ってきた。
「本当にそう思っているのかね?ではどうして奴が話を受けたと思う。奴の性根がどういう人間か」
「そりゃあ......一応わかっていますよ、あの子がちょっとコンプレックス持ちなことは」
なんせ2年生の頃からの付き合いだ。フィジカルでもなんでも知識を欲しがる貪欲な子で、実にレイブンクローらしかった。そして負けず嫌いだ。さっきの魔法薬の話でも、うっかり吹き飛ばしてしまったときも、関節が白くなっているのをみていた。本人がキラキラした目でたしかに慕ってくれているから、本当に悔しがっているだけなんだろうけれど。
「では、このタイミングでホグワーツに関わらせるのが君の"善意"だと?」
「へ?質問の意味が......まあでも、ええ、あそこまで若年でホグワーツ教授職なんて、それこそあなた以来でしょう。それであの子自身も安定するんじゃないかと思ってはいますが」
「......ダンブルドアに期待しすぎないことですな」
「期待?」
ラクランが眉根を寄せると、スネイプは大きな鼻をいっそう大きくして笑った。
「"ふつうのホグワーツ"、"ふつうの校長"をあの人に期待するのは間違いだ」
「それもダメってさすがに言い過ぎでは」
「うすうすわかっているのだろう?」
「まさか!タイミングって、例のあの子のことですか?まだ数年先ですよ。もう動き出すというんですか」
「正確には、もう動いている。君も私も、あいつもすでに盤上の駒だ」
「動いている?」
「手紙を預かっている。今日中に届けるように」
斜めの細い字には見覚えがある。宛名も、よく見覚えのあるものだった。
「何をやろうっていうんですか......」
一応、クィリナスには休暇を勧めておこうか......。
人間は光合成をしているわけではないけれど、日が短くなってくるとどうしても気分が落ち込むという。少し白い顔で投薬を再開したことを報告したレギュラスは、スラグホーンと相談してこんどは赤道に近い地域を視察することになった。
「マラリとかには気をつけてね」
「わかっているさ、欧米の魔法使いがよく油断するんだろ」
「魔法生物なら、あとはレシフォールドか?」
「僕は対抗手段がないから本当に気をつけなきゃね。まさか生息地に行く日が来るとは」
薬を飲んだり休んだりとマグルの病院に通いつつ、国際魔法使い連盟や各国省庁の人、その他地域の有力者を中心にコンタクトをとること。いわゆる外交をすることと、これから変革していくイギリス魔法界の方向づけ、法律や行政の先行事例の探索、問題の掘り起こしがラクランたちの主な目的だ。
ラクランたちのやっていきたい改革や歴史、現体制、経済、さらにどんなところが闇の帝王の進展を招いたかまで、もっとも理解が深く支配階級的な切り口で話ができるのはレギュラスだ。これはレギュラスにしか務まらない仕事だった。
しかし外交というのは将来の金のなる木の生える地面を耕し種を蒔く仕事だけれども、すぐにお金を産むことはできない。その点スラグホーン先生はまるでレプラコーンのようだった。
次から次へと魅力的な事業を思いつき、どこかしらに一筆書いてあっという間に話をまとめてしまう。レプラコーンのつくった金貨が数時間で消えてしまうように、スラグホーン先生の結ぶ契約やプランが泡沫夢幻であることはままあったが、あたらしいツアーの造成や魔法生物、植物の流通を取りまとめる仲介業などは人脈がものをいう仕事で、安定してお金を稼いでくれている。
「オパールアイ種の卵の殻は入手できると思うかね?」
「さあ。うちの国の法的には殻であれば持ち帰るのは問題ないですが、マグルにも化石扱いされて人気があるらしいですからかえって値がはるかもしれませんね」
「ふうむ......」
せっかく教授職を勇退されたのに働かせすぎか?という不安は相変わらず不要なようだ。輸入ではなかなか入ってこない魔法薬や薬材に出会えてほくほくしている。レギュラスのお上品な外見だって存分にビジネスに使っているので、こちらも思いきり寄りかからせてもらう。
「そういえばラクラン、聞いているか?クィリナスは君のアドバイス通りまた旅に出るそうだ。メディさんが連絡をもらったって」
「もうかい?学年末試験は?」
「もう問題も作ってあるそうだよ。終わったらすぐに発つそうだ。扱いとしては一旦退任になる」
「会いに行く時間は作れないか、まあ貯金もあるだろうし......メディにはまずよろしく言っておいてくれ。またつながるとは思わなかったけど、相当話しやすかったんだろうな。ビルも世話になったし」
「わかった。彼巡礼を終えたらしいよ、君が会ったらビックリするかも」
「もしかして髪を剃ってた?上物のクフィをプレゼントしようかな。羊毛かなにかでさ」
思い出した、と煙突に入ってから教えてくれたレギュラスに、ラクランはまた腕組みしてウンウンと唸った。
ずいぶん立派に育ったブルブル震える木の木陰で、俯きがちのバーティにサマーニットの身幅を合わせてみる。
「見立て通り!さすがウィンキー」
メディへのクフィ作りで眠れない夜に始めた編み物が、気づけば趣味になっていた。テキトーにバーティへ着せてからまたいそいそと手を動かす。目標にしていたクフィを編み上げたころにはもうすっかりハマっていて、その後家族友達に生徒の分の靴下やら、膝掛けやらをざかざか編んだ。
「考えたんだけどさ、こういう組紐や編み物って呪具とも相性がいいから、魔力を含んだり魔法生物由来の素材を扱う知識さえあれば、魔法力が弱かったり呪文が苦手な人の手仕事にぴったりなんじゃないかって」
もはや暗闇で目が見えなくても編める。老後はこれで食べていこうかな、なんて冗談を言いながらまた誰かにあげる靴下を編んでいく。パターンにこだわったりはできないけど、その代わり魔法で棒針に編ませるより早い。
「君のニットにもルーンスプールの卵の殻を織り交ぜてみたんだ。ちょっとキラキラするでしょ?」
「......煙突飛行粉としては不十分という評価に落ち着いていたはずだ」
「!そうそう、ニットだけ浮いたって股にベルトでも通してなきゃ脱げちゃうし、ライフジャケットにはしなかった。でも俊敏性や浮遊に一定の効果はあるんだ。どう?肩が軽くない?」
「.....,脇がスースーする」
「これからの季節にピッタリ」
こんなに元気な相槌があることはそう多くない。ラクランはこっそり頬の内側を噛んで、ただ黙って編み物を続けた。
思い出を封印してしまったのか、忘れてしまったのか。居心地の良さはなんとなく感じてくれているようだから、こうしてたまにただ一緒に過ごして、もう一回、少しずつ友達になっていくんだ。
「って、ありゃりゃあ。これじゃまたハグリット行きだ」
メディ本人にはなかなか会う機会がなく、結局クフィを贈れたのはこの数日後だった。
「なに婆さんみたいなことやってんだと思ったけど、これすごいな!蒸れない!」
バーティの良いレビューもあったので内側に加工を施してみたのだ。ラクランは腕組みして胸を張った。
「元気にやってそうで安心したよ、教育系はもともと向いてそうだと思ってたけど、存外楽しそうだな」
「おれは別にメインで先生やってるわけじゃないけど」
「まあまあ。先生たちも会いたがってた。顔見せに行くか?おつかいの報告に行くとこだ」
好待遇で迎えてもらったのに早々に去ることになってしまってだいぶ顔を合わせづらい。ラクランは少し尻込みしたが、イザベラに物理的に尻を叩かれてレモンケーキを携えメディと飛んだ。あいもかわらずデヴォン州だ。
「おお、懐かしい顔だ」
「ご無沙汰してしまって......これ、妻の自信作です」
「まあまあ!ありがとう!」
「先生、無事預けてきましたよ」
「ああ」
メディとニコラ・フラメルの会話は短かったが、ラクランも一度交わしたことがある。チラリと視線を交わしてなにも気にしないことにした。
雇用時に交わした魔法契約はまだ生きてるとはいえ、秘密は聞かせる人が増えるほど漏れる。しかし前にラクランが"おつかい"をしたのは何年前だったか。ずいぶん近い気がする。なにか新しい実験でもするのだろうか。
学年末試験が終わると、木漏れ日や輝く湖に身体がうずうずしてたまらない夏休みがやってくる。
パンパンに膨れたトランク片手にホグワーツ特急からお尻の痛そうな生徒たちが溢れてきた。
「ナンシー!大きくなったね!」
イザベラが飛びついてってラクランにトランクを押し付けた。ニッコリ笑って担ぎ上げようとしたら、腰が抜けそうに重い。慌てて浮遊呪文で1インチほどだけうかべたところで、添えた手をバシッと小さな手に振り払われた。
「お父さんは触らないで!」
「エッお、おう......」
「あらあらあら」
つっけんどんなナンシーはトランクだけお願いね、とイザベラの方へ寄せるとどすどすと歩いて公衆電話で早口の電話をかけ、稲妻のような速さで別な電車にのってしまった。
「おーい!ひさびさの再会だぞ、ナンシー!」
「まあまあ、お年頃お年頃」
「おれも君も仕事をお休みにして迎えにきてるのに!さすがにこれはちょっと後で言わないと」
「それはそうだけど、ナンシーのほうだってなんかあったんでしょ。今は好きにさしてやりな。ナイト・バスとかもあるんだし」
イザベラは眉をわざとらしくぴくぴくさせたから、なにか思い当たるところがあるのかもしれない。
家出もよぎって気を揉むラクランを嘲笑うように、ナンシーはトンクスと合流してロンドンでひと遊びした後はいつも通りどすどすと歩いて鼻歌を歌いながら帰ってきた。
ナンシーもずっと黙ってる人間ではない。不機嫌の理由はすぐ提示された。
「この招待状!」
「なに?」
「ンー!!」
ビシっと差し出された黒々としたカードには既視感がある。マグル学のレポートで睨めっこした、チャーリー・ウィーズリーの字だ。強い筆圧で潰れて太い線に加え、列車の中で急いで書いたんだろう、かなりの乱筆でいつも以上に読みにくかったが、なんとか読めた。
「またクィディッチをやるのか、いいじゃないか。はは!懐かしいな、ビルにも頼まれた......なるほど、骨が折れそうだ。夕食に私とイザベラもお邪魔するとしよう、トマトタルトでも持っていこうか?いいやファイアウィスキーがいいかな」
「もう!マジで最悪!」
「でもご招待いただいたんだし.......ナンシーは行かない?」
「行きます。行くに決まってるでしょ、でもこんなふうに誘われたくなかったの!」
言い放つとナンシーはまたどすどすと音を立てて階段を上がり、バァンと爆発のような音をたてて自分の部屋のドアを閉めた。
「アー、ナンシーにもルーンスプールの殻入り靴下が必要かな」
「今日だけでしょ。でも今のはあなたのが悪いんじゃない」
「おれぇ?」
「ニブチンが。気になってる先輩からお家に誘われたと思ったら、自分の父親目的だったってむしゃくしゃするに決まってるじゃない」
「気になってる!?」
「恋愛か知らないけど、どうみてもそうでしょ!」
えぇぇぇ!とラクランは思い切り頭を抱えたが、イザベラはしら〜っとした冷たい目だ。たしかに親友のトンクスの次に話題に登場するし、自分もよく名前を出していた。トンクスと違って寮まで同じだ。
「でも5年生だぞ、女子が親同伴で家行くくらいで......」
「
「あそうか」
チャーリーの方ももちろんそういう気はなく、というより最初からラクランを呼びたくて、でも伝言を頼む同寮かつチームメイトでたぶん友達のナンシーをすっ飛ばすのは筋が悪いので、礼儀としてナンシーをクィディッチと夕食にまず誘い、ラクランへの魂胆と依頼も素直に書いて寄越したわけだ。
誠実なのだが、嘘のなさがナンシーのあこがれをズタズタにしてしまったというかっこう。
「そりゃかわいそうだけど。でもさ、チャーリーだぜ。会話の七割は魔法生物のことなのに、女の子の話を期待するのは酷じゃないか」
「期待をもつのは間違ってないでしょ。期待できるだけの、悪くない子じゃない」
「そりゃあの子たちはどっちもいい子だが」
嗜められて腕をポンポン叩かれるうち、徐々に整理がついて、自分がチャーリーをかばうようでいて、悪く言おうとしていたのに気づいて黙りこむ。
構図はきちんと理解できるのに、ラクランはまったくもってナンシーに共感もできなければ、気持ちを想像してみたり、気持ちの上で肩を寄せてみるということもできなかった。努力して気持ちに近づこうとするほど、ナンシーが期待を裏切られたことを喜ぶ、自分のしょうもない寂しさや不安、心配みたいなものが見えてしまう。
「かわいそうに、なんでもない日に男子から、しかも自分とこの寮のクィディッチスターから手紙をもらうなんてさぞドキドキしただろうに」
「ドキドキかあ、そりゃあなあ......」
ラクランを置き去りに、かろやかにナンシーの気持ちの隣へ腰掛けるようなイザベラの一言に、ラクランの心臓の方が嫌な音を立てた。
「私らの頃なんか婚約にかかる契約書か闇の魔法使いへの勧誘の二択だったから期待もクソもなかったけど、期待がある分落胆も相当なはずだよ」
「その節は、聖書の引用ばかりで申し訳ありませんでした」
「それがあんたにとって大事な言葉なのはもう知ってるし、別に最初から怒っちゃないよ」
誠実や正直はいいことだが、ときに苦い。真っ黒なコーヒーに映り込む顔は、ランプで上から照らされているために随分と暗く見えた。
「期待ってのも結局こっちが勝手にしてるだけ。もっと優先順位が高いことがあるっていうのは、ナンシーもわかってるでしょ」
「いや、大事なものの順番なんて人それぞれだ。命より大事になっちゃうものもたびたびある。ぶつけ合う方が健全なくらいじゃないかな。おれとか君に譲らせちゃってばっかだと思う。ごめん」
「ブフー!なんで私の話になる!?私はいいんだよ。だいたい、あんたは謝るだけ。悪いとは思っても変えられないでしょ」
「それはそうだけど!だってさあ」
自分の生きる時間、体をどう使いたいかは人それぞれだ。とはいえそれは建前で、おれたちの体というのは生まれた時からいろいろなしがらみがあり、家から離れるホグワーツにいる間でさえ全然自由ではなかった。
入学当初から色眼鏡で見られて、それを積み上げた実力で塗り替えて、そうかと思えば闇の魔法使いが憧れで謁見が順番待ちな状況にって具合で。
「正直どうやって生き抜いていくか、どうやって向き合っていくかばかり考えていたよ。それだって友達と一緒だから結果楽しかった思い出だけど。悔いはある。視野がすごく狭かったのはたしかだ。それは謝るべきだと思う」
恋人だの婚約だの、自分の命がどうなるかわからないのに、何を寝言言ってるんだ?と思っていたくらいだし。ぼんやりとマグルの世界ではやっていけないと思いながら、将来どうやって魔法界で食べていくかも見えていなかった。
「いいよ、私なんか家族も友達もイマイチ本物だと思えた試しはなくて、もっと外の人に期待してた。いつか誰かがって。でもダメだったし、落っこちてからやっとあんたたちは友達で、ずっと見捨てないでいてくれたってわかった。だから私は期待じゃなくて、自分で本物を作ることにしたの」
「じゃあ、視野狭仲間だな」
友達は気づいたら一緒にいる存在で、家族は生まれた時から一緒にいる存在で、切り離したくないそれらをどうにか守るので精一杯。新しい家族を作るだとか、さらに大事な人をつくるだとかというのは、全部を失いかけてイザベラに手を差し伸べてもらってからやっと視界に入ってきた。
ラクランは振り返ってみた自分の視野の狭さに恥いっていたけれども、腕を伸ばして昔みたいに肩を組んでみる。すげなく振り払われてちょっと口を尖らせた。
「別に。人間ってみんな視野狭いでしょ」
「連れなさすぎだろ」
「イヤ実際そうだよ、魔法族はとくにそう。小さいコミュニティの中で生まれてきて育てられる」
「それはまったくそうだけれども」
「私はこの場所をホグワーツに入学しても、家でケンカしても帰って来れる場所にしたいんだ」
安心できる場所であってほしい。ここでできた、寮分けや学年分けと関係ない友達のことを忘れないでほしい。他人に期待してみられる場所にしたい。
「ほかで期待ができなくても、ここでは期待や甘えるってことができたらいいって」
だんだん俯いて拳を握るイザベラに、ラクランはさっきまでの気持ちを少し思い出して身を乗り出した。
「そうか、じゃあナンシーの期待は、君にとっては成功の兆しだね?」
「うん。あの子を思えば可哀想だし、報われてほしいと願ってるのは当たり前なんだけど」
ぎゅーっと拳を握りしめてから、イザベラはラクランの肩をガシっと組みなおす。
「私は私個人としてね、あの小さかった子があんなふうに真っ直ぐ期待できる人がいることが、期待が報われなかったことにちゃんと腹をたてて、あんたに八つ当たりすることがさ、とてもうれしい」
「ああ、本当に。それはおれもわかるよ。心配やら焦りやらと一緒に、なんだかうれしくてちょっと不安になってたとこだったんだ。でも本当、あの子が期待できる子でよかった。期待できる人がいてよかった。そういう環境があるってことは、うれしいよ」
「「親戚にこんな人いたか??」」
「いいえ、違います。こんばんは、私はラクラン・ケイヒル。そういう君らはフレッドとジョージだろう。ホグワーツの先生方から噂はかねがね」
「エーット、こんばんは?」
増改築を繰り返した結果いろいろな図形のツギハギのようになっている隠れ穴の庭先で、そろそろと動く真っ赤な頭が二つ。さっきまでナンシーたちと飛び回っていたはずなのに、いつの間にやら泥だらけの手にはいろいろの魔法植物を握りしめている。
「あんたたちが素直に挨拶するなんて、お父さん何したの?」
「うわ!ナンシー戻ってきた!!」
「お父さん?!ナンシーのパパ若すぎだろ」
ウッドたちを送ってきたのか、ぴょんと背後から顔を出したナンシーに、双子も飛び回って大騒ぎを再開した。
「誰なの?なに?」
「ロン言っただろ、ナンシーのパパで、ママを説得する俺の最終兵器だ。さあさケイヒル先生!じゃない!魔法大臣!」
「魔法大臣?!アイタ!スキャバーズ!」
昼寝明けで寝ぼけ眼のロンの手をやさしく引っ張ってきていたのに、大臣のワードが出た途端にぴしりと背筋を伸ばしたパーシーは抱えていたネズミを握りしめてしまった。
「おっとっと。大丈夫か?チャーリーおだてるにしてももうちょっと実態に即して欲しいな。パーシー、私は昔魔法省に勤めていただけで、そんなごたいそうなものでは......」
大慌てでネズミを受け取って見聞しつつ訂正していると、フライパンを片手にしたまま小さな子をおぶった女性が小走りでやってきた。
「まあまあ、ようこそいらっしゃいました!お前たちどうしてすぐ知らせないの?」
「こんばんは、ミセス・ウィーズリー。みんなとお話を楽しんでいたところです。今日はお招きいただきありがとうございます」
「いいえ〜うちにウィリアムも大変なお世話になって.....チャーリーまで」
「あ、こちらご迷惑かもしれませんがうちで作ったトマトのタルトで、こっちがお土産のマクドナルド...」
「ようこそケイヒル君!!!」
少しピリっとしたモリー・ウィーズリーに土産で間をつなごうというところに、快活な声が飛んでくる。赤ら顔で以前より少し髪が減ってしまったアーサー・ウィーズリーはしかしにこにこの顔で姿を表すと、同時にヒシとマクドナルドの紙袋を胸へ抱き抱えた。
「お疲れ様です、さては嗅ぎつけましたね?あなたに喜んでもらえるかと買ってきた甲斐がありましたよ、ミスター・ウィーズリー」
「う〜ん、揚げたての油!妙な成形の芋!素晴らしい!ありがとういつか食べるのが夢だったんだ!アハハ、どうぞアーサーと!」
「では私のことも、どうぞラクランとお呼びください」
チャーリーにパチッとウィンクしておく。後ろからナンシーにどつかれた。
ご無沙汰してしまいました〜
捏造バランスに苦慮中です。
◽️クィディッチ観戦、一年目クィリナスとセブルス・スネイプ
ダンブルドアのアシストそしてダンブルドアという人間に関しての経験値では、スネイプが同年代の中で頭抜けていると言えるでしょう。実際の賢者の石中のふるまいも参考に、「そろそろ来るぞ」感を出してくれるんじゃないだろうかと考えてこのように。
巻き込まれるかもしれない後輩にアドバイスをするほどわかりやすい善人ではないのでしょうが、ダンブルドアより予防や防衛に関心があり、無用なリスクを犯さない方針だろうという解釈です。
◽️レギュラスとバーティ
時間をところどころ吹っ飛ばしているのでわかりにくいですが、それぞれの方法でゆっくり回復傾向です。
◽️ニコラ・フラメル
お久しぶりの登場。何を預けてきたんでしょうか。グリンゴッツの713番ですかね。
捏造ポイント①金庫への預け、移動
何年も前からグリンゴッツ、ハグリットを利用していたわけではない
(ハリー入学に合わせあえて預け、あえてハグリットに回収させた)
めちゃくちゃ迷いましたが、拙作ダンブルドア(とフラメル)はこの解釈です。意図はまたのちのちわかってくるかもしれませんし、わからないかもしれません。
◽️ナンシーの悩み
親世代は魔法戦争で思春期キャンセルか、ウィーズリー夫妻のような「大慌て結婚」が起こりやすかった時代といえます。その後味の苦さは、のびのびと悩んだり期待したり悲しんだりできる子どもたちがいてこそ気付けるのかな、と思いました。
チャーリーはドラゴン大好きナイスガイなのでビル同様説得アシストでラクランを呼ぶのが主目的。
◽️ウィーズリー家
ロンの言動的にカジュアルに友達呼んで泊めて、はやってそうだったので、半クィディッチ合宿のようなかたちに。
元魔法省勤めでホグワーツの教授もやったことがあり、月刊魔女によく記事が載る。気づけばラクランはかなりモリーに強そうなプロフィールになったので、ビルに引き続き説得アシスト要員としてついにお宅に招かれました(そこそこの強さ)。アシスト要員なので説得は成功するでしょう。