目が覚めるとどことも知れない世界、どことも知れない部屋、慣れない体に慣れないベッドの上だった。
うーむ、これは一体?
眠りに就くまでの記憶は、水星の魔女の最終回を見終わって良い気分であった所までだが……
戸惑っていると、手元にあった端末が電子音を立てた。
「おっ、おっ、おっ?」
使い慣れない代物であるが、恐らくこれがスマホや携帯電話の類の物であるとは分かる。そしてサメの進化が何億年前に完成していて、恐らくは2億年後の海でも同じように変わらない姿で海中の覇者であろうと考えられているように、通信・個人情報端末もひとまずスマホで進化は完成あるいは袋小路に入ったようだ。
実際に、記憶にある中でも毎年発売される新機種で斬新な機能などはまるで搭載されず、精々がカメラの機能が少しずつ上がっているぐらいのものだった。
だからどこをどうすればどうなるかは、大体分かる。この辺りは感性頼りだ。
恐らくはこれだろうと画面に表示されたスイッチを押すと……通話状態に切り替わって、端末の向こうから声が聞こえてきた。
<社長、おはようございます>
「あ、あぁジョン。モーニングコールありがとう」
通話画面に表示された名前から、通信の向こう側に居る相手に調子を合わせる。
<それでは本日の予定ですが、10時からドミニコス隊との合同訓練が……>
「!!」
私を社長と呼んだ事から恐らくは秘書のような立ち位置にある? ジョンという人物の言ったドミニコスという言葉。これはまさか……?
<社長?>
「あ、あぁ……えーと、ちょっと私は今日は体調が悪いので、訓練の……あー、立合いについては誰か代役を立ててもらえるかな」
<分かりました。では訓練の視察には副社長に行ってもらうようスケジュールを調整します>
「ありがとう。今日一日はゆっくり休みたいから、火急の用事以外は取り次がないようにしてくれ」
<分かりました。お大事に>
そうして通信を切った所で……フーッと一息吐くと同時に全身にドボーッと冷たい脂汗が伝い始めた。
ドミニコスって、まさか……
手元の端末で(暗証番号は知らないけど指紋認証で幸いした)可能な限りの情報を収集すると……嫌な予感ほど当たるというもので、嫌でも分かったし分からせられた。
アド・ステラ、パーメット、ベネリットグループ、ドミニコス隊、ヴァナディース事変……
集めた情報は全てが、私の記憶と一致する。
ここは水星の魔女の世界であると。
そして今はプロローグからおよそ1年ほどが過ぎた時代であり、スレッタもミオリネもまだ生まれてすらいないという事である。
これが転生というものなのは分かった。
原因が何なのかは、この際どうでも良い。
重要なのは今このアド・ステラで私は生きていて、という事は生き続けなくてはならないという事だ。
それにしても恐ろしい世界に転生したものである。
原作時点でのアド・ステラは本物の混沌とした末世にならないように、辛うじてコントロールの効く戦争シェアリングというましな地獄でマジモンの地獄に蓋をしているような世界である。あるいは本物の世紀末を通り越したかのようなアフターウォーや経済度外視の絶滅戦争をやっているコズミック・イラでなかっただけ良かったと思うべきなのだろうか……?
そして私はベネリットグループの末端企業の一つで、各企業が生産した兵器を運用することでの実戦評価・広報を担当するPMCの社長であるという事だった。
さて、生き続けるとは言ったが、ではどう生きるかを考えなくてはならない。
原作ではベネリットグループの資産全てを地球に売るという形でひとまずの決着となったが、その資産はまた宇宙に吸い上げられる事になっていた。GUND医療の発展も見込まれるが、それにもまだ時間が掛かるだろう……あるいは再び、最終回の後のあの世界では戦争シェアリングが始まるのかも知れない。
クワイエット・ゼロとかの問題はスレッタやミオリネがどうにかするだろうとして……
では私は、どうすべきなのか……
デリング・レンブランは毎日20人以上は面会を求めてやってくる各グループの代表やCEOが、ようやく今日最後の一人になったのでやっと終わりだという面倒臭さを隠そうともせずに、ラジャンに入室を許可するよう伝える。
入ってきたのは正装の上からでも分かる鍛え上げられたがっしりとした体付きをした精悍な男だった。デリングはこの男の顔を記憶の片隅に留めている。確かグループの末端に位置するPMCの社長だ。
だとすれば彼の用件も知れたものだ。恐らくはグループの新型機のテストを自分達に回してくれとでも言いに来たのだろう。
「お忙しい中、お時間をいただきまして感謝致します」
「挨拶は良い」
さっさと用件を言えと言い捨てる。
さて、この男は何を述べるのかと思っていたが……
だが次の瞬間、デリングは強烈なパンチをかまされる。
「今度、グループを挙げての一大事業を立ち上げられると聞きました。是非我が社も、それに参入させていただきたいと思いまして」
「!!」
受けた衝撃を、しかし表情には出さず完全に胸中に置くことに成功したデリングは、とぼけるように尋ねる。
「常にグループ内では新事業のプランはしかも複数出されているが……どの新事業を言っているのだ?」
「正式な名称はまだ無いようですが……敢えて言うなら戦争シェアリングとでも言うべきあれですよ」
「……貴様、どこでそれを?」
右手を気付かれないようにデスクの抽斗に伸ばしつつ、脳内ではこの話をこの段階で知っていたのは何人居るのか? 素早く記憶から検索していく。
「そこは企業秘密ですよ。ただ、蛇の道は蛇、とだけ……」
こちらもとぼけるようにPMC社長は言うが……しかしこれがハッタリの類でない事はデリングには分かっている。戦争シェアリングという具体的な構想まで当たっているのだ。見込みや憶測で言えることではない。
「……それで、参入とはどのような形でなのだ?」
好奇心が手伝ったのか、デリングはそう聞いてみることにした。
どのみちこの執務室に通される時点でボディーチェックは完全に行われているし、この距離では仮にこの男が飛びかかってきたとしても、自分が抽斗から銃を抜いて胸板の風通しを良くしてやる方が早いだろう。そして更に万一自分を害することに成功しても、ここはベネリットグループという城の最奥でありどうせ生きては帰れないのだ。ちょっと話を聞くことで、自分が不利になる要素もこの男が有利になる要素も無い。
「我々はPMCです。提供出来るのは、やはり実際的な戦力ですよ」
「……」
デリングは顎をしゃくる。これは続けろ、という合図だ。
「戦争シェアリングの大まかな構想は地球での戦争状態をコントロールすることで、アーシアンの国家にスペーシアンが武器を売り、その利益を宇宙開発に当てる……というものですよね」
「……」
デリングはまだ無言。だが「止めろ」とは言われていないので、PMC社長はプレゼンを続けていく。
「このシステムの性質上……戦争が早期に終結したり、また不要に長引いたりしたら困りますよね。アーシアンの国家が複数存続していてこそ、戦争シェアリングのシステムは永く続けられる。ならば戦争が適切な長さと規模で継続されるように、調整する役割を担う者が、必要でしょう」
「それを貴様のPMCがやる、と言うのか?」
「無論貴方のことだ。他にも声を掛けているPMCや子飼いの部下が何人も居るのでしょうが……その中に我々も噛ませて欲しいのですよ」
「……何が欲しい?」
「2つあります。やはり汚れ仕事を担うのですから、それなりの見返りをいただきたく」
デリングの右手が、抽斗から離れた。
金が目的なら御し易い。そしてどこからかまだ機密である戦争シェアリングを嗅ぎ付けてくる情報収集能力。こいつは始末してしまうよりも、利用する方が遙かに価値があるだろう。
「もう一つは?」
「我が社にもシンボルマークをいただきたい。扇のマークを」
「扇?」
「はい。扇が煽る風は、火を消しもすれば燃え上がらせもする。調整役には相応しいかと思いまして」
「良いだろう。追って指示を伝える。当面はそれに従って行動したまえ」
「分かりました。必ずや我がグループに最大の利益をもたらす事を誓います」
恭しく礼をして執務室を退室して……そして自室に戻ると、私はやっと大きく息を吐いて肺腑の二酸化炭素濃度を下げた。
下手を打ったら殺られる所だったが……どうやら、デリングには利用価値有りと見なされたらしい。これで永く苦しいプランの第一段階は完了した。
私の最終目的は、このアド・ステラにギャラルホルンを創設する事だ。
地球圏のあらゆる国の武力もそれを超える事を許さない圧倒的武力。それによるあらゆる戦争行為へ武力介入し、戦争そのものを圧倒的な軍事力で制圧出来る超国家軍隊。そんな軍隊を維持する為には、当然ながら莫大な予算が必要となる。その経済効果は天文学的となり、各企業が戦争シェアリングの利権をすげ替えるには格好の器となる。
理想を言えば議会連合に掛け合って安全保障税を新たに設立する事が望ましい。これはあらゆる人類、アーシアンもスペーシアンも関係無く平等に負担する形になるべきだ。税制改革によって可処分所得を可能な限り減らさずに施行される形が最善となる。
その安全保障税で軍を維持、新兵器を購入し、企業はその利益を宇宙開発費に回す、ある意味ではこの世界のギャラルホルンはマネーロンダリング機関という側面を持つようにもなるべきであり……言うなれば歴戦の兵である事を誇りとするのではなく、実戦経験の無い事を誇りとする軍隊となるのが私の理想である。
計画の実行は本編時、クワイエット・ゼロ事変のどさくさに紛れて行うと仮定するなら20年以上先になる。それまでデリングにも誰にも知られぬよう、慎重に慎重を期して、あくまで慎重に、水面下で事を進めなくてはならない。本丸は我がPMCとして、多くのダミー会社を設立して怪しまれないように戦力の拡大を行わなくてはならない。
どうなるかは分からないが……このアド・ステラを戦争シェアリングから解放する為に、そして私が生きる為に。
帰らざる河は、今渡ってしまったのだ。