携帯電話のアラーム音が鳴り響き、女は深い眠りから覚醒する。ベッドから半身を起こし軽く伸びをしてから足を床に下ろした。
女=宮野志保。数ヶ月前までは灰原哀と名乗っていた彼女は、現在自らが居候する家の家主である阿笠博士の紹介で彼の友人が所長を務める研究室で働かせてもらっている。本来ならまだ高校三年生の年齢の為、地元高校への編入を勧められていたのだが志保はそれを頑なに拒否。まあ彼女の性格上、今更日本の高校生活を謳歌しろというのは少々酷なことだったのかもしれない。
しかし、志保が高校編入を拒んだ理由は実は他にもある。当の本人でさえも認めたくない理由だが、それは志保のなかの‘‘ある感情”が大きく関係していた。
「おお、おはよう灰原」
服を着替えてリビングに出ると、当たり前のようにソファに腰掛ける男が居た。名を工藤新一。彼女の運命共同体というべき存在であり、また彼女に生きる希望を与えてくれた存在でもある。そして、今志保が思い悩まされている感情の、まさに元凶というべき存在でもあった。
「早いのね、今日は」
「ああ、当番なんだ今日」
そんな会話を交わしながら志保はキッチンに立ち朝食の支度を始める。自分と博士と、新一の三人分だ。
元の体を取り戻して以降、新一は朝食と夕飯を阿笠宅で食べるようになっていた。まあ、一人暮らしでろくな食事も作れない新一にとっては、栄養バランスをしっかり考えた志保の食事を食べる方が良いに決まっているのだが。
しかし、それならあの幼馴染の彼女に頼めばいいではないかと志保は以前、新一に言ったことがある。あの優しい彼女のことだ、嫌な顔など全く見せず、せっせと励んでくれるに違いない。
だが新一はあっさりと言った。
「蘭にわざわざ来てもらうより、隣の家で食べる方が効率がいいだろ?」
結局志保はそれ以上何を言うこともなく、新一もその質問を意に介した様子もなく、現在に至っている。
ただ志保としては、今の状況が嫌なわけでは無い。多少の罪悪感はあるが、少なからず自分としても喜ばしい状況なわけだから。
「灰原〜、今日の夕飯は肉が食いてえな」
まるで子供のように言う。そういえば今日博士は出掛ける為、夕飯はいらないと言っていた筈だ。
「じゃあ、買い物付き合ってくれるかしら?荷物持ちとして」
「・・・げ。まっ、いいや」
こんな朝のひと時。志保にとっては幸せな時間だった。
「相変わらず、仲がいいのう」
そんな二人を見て博士も思わずつぶやいていた。