復活×ワートリ

城戸司令に呼び出された来馬辰也は、驚くべき要件に目を丸くする。
「君に息子の家庭教師を頼みたい」

・沢田綱吉が城戸正宗の一人息子
・二宮隊と鳩原未来についての独自解釈

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黒スーツで戦う沢田綱吉が見たい!それが動機です。


副作用も使いよう

 

 

「城戸司令のご子息、ですか」

 上層部が会議に使用する第一会議室に呼び出された時点で、何か特別な議題であることに気付いていたけれど、それはあまりにも予想外だった。おうむ返しにすることで脳内を整理しようとするも、舌に乗せてみても現実味がない。まさか息子がいたなんて──いや、年齢的にはいてもおかしくはないのだけれど。

「そうだ。今年で十四歳になる。君に息子の家庭教師を頼みたい」

 界境防衛組織・ボーダーの最高司令官である城戸宗正は、普段通りに指を組みながら言った。

 その指に結婚指輪がないことを、来馬辰也は視線だけで確認する。指輪どころか指輪をしていた痕跡もない。

「十四歳ということは中学二年生ですね。えっと、失礼ですが何か心配な教科がおありですか?」

「不登校だ」

「それは──」

 まさか城戸のプライベートな、しかもこんなにもセンシティブな話題を耳にする日が来ようとは。来馬が言い淀んでいるうちに、彼は続ける。

「その兆しが現れたのは妻と死別してから間もなく。だが、決定的な原因はあの子のサイドエフェクトにある」

 サイドエフェクトとは、副作用の意味を持つ超感覚能力だ。トリオン能力が高い者に稀に出現するが、現代の科学技術では解明されていない部分が多い。例を上げるならば、耳が良かったり、学習能力が高い、皮膚感覚が鋭いなどがあり、高い学習能力を持つのは来馬の直属の部下である。その能力による地元での苦労は、彼の涙と共に強烈に印象を受けている。

 指輪の痕がないのは何年も前に亡くなったと予想できるも、サイドエフェクトが原因で不登校になってしまったという話は、来馬の心にかなりの衝撃を与えた。

「どんなサイドエフェクトかお訊きしても?」

「──すさまじい直感力だ。精度百パーセントの第六感。対象は生物のみに限定されるが、対象の次の行動から心の奥底に隠した本音にまで気付いてしまう。根拠はない。ただ、何となく──それだけでたとえばジャンケンでなにを出せば勝てるのか、道ですれ違った人が近々なにかしらの事故に遭うこと、話している相手が自分にどんな感情を抱いているのか、あの子にはすべてわかってしまう。第一次大規模侵攻の死者数もあの子は言い当ててみせた」

 来馬は言葉が出なかった。なんて残酷なサイドエフェクトだろう。ちらりと脳裏をよぎるのは青い眼だ。

「対人関係に支障をきたす能力であることは私も理解している。だから無理に学校に通わせたりはしないが、定時、夜間は問わずとも高校は卒業しておいたほうがいい」

「城戸司令なりの親心なんですね」

「親は子より先に死ぬ。子に自力をつけさせるのが親の役目だ」

「わかりました。僕で力になれることでしたら、引き受けさせてください」

 厄介なサイドエフェクトを持っているという時点で、来馬は何か力になってやりたいと心を傾けていたが、冷静沈着、必要ならば厳しい判断とて下せる城戸の人間味にふれてしまったことで、来馬はすっかり彼の一人息子が気がかりになってしまった。

「顔合わせはいつを予定していますか?」

「今夜だ」

「えっと、今夜は混合部隊の臨時隊長の任務がありますので」

「その部隊に参加する」

「まさか──息子さんもボーダーに?」

「城戸の名は目立つ。ボーダーでは母親の旧姓を名乗らせている──沢田綱吉、それが息子の名前だ」

 

 

 来馬が今夜任される混成部隊は、漆間隊から漆間亘、そして城戸の一人息子という三人構成だ。オペレーターは漆間隊の六田梨香が務める。西を受け持つ臨時来馬隊、南には諏訪隊、北と東にもそれぞれB級とA級から部隊が配置されている。

「来馬先輩、今夜はよろしくお願いします」

 漆間という少年は、耳にする評判からは無愛想な一匹狼というイメージが付きまとうも、それはあくまでも噂の一人歩きにすぎない。と、来馬は思っている。こうして挨拶しに来てくれるし、任務も真面目にこなす。金を稼ぎたいと公言している大っぴらなところも、裏表がなくて良いと思う。

「うん、こちらこそよろしくね」

「もう一人はソロ隊員の沢田っすよね」

「漆間君は彼を知ってるの?」

「こうやって任務で何度か」

 戦闘員が一人しかいない漆間隊が当たる防衛任務はどうしても混成部隊になる。ごく稀に、未来視によってネイバーの出現が極端に低いとわかっている場合を除いて、彼はいつも日替わりのソロ隊員と組んでいるのだ。

「そうなんだ。僕は今夜がはじめて会うけど、どんな子だい?」

「よく動ける奴ですよ。ランク戦嫌いで順位は低いけど、スコーピオンとグラスホッパー使いとしてはかなり腕が立ちます。状況判断にも優れてるので一緒に任務やっててストレスないのが良いっすね」

 思いがけない漆間からの評価に、来馬はわくわくとイメージを膨らませる。

 すると、彼は最低限の着地の音だけで現れた。

 トリオン体の身体能力機能は等しく平等である。だが来馬はアタッカーランキング第四位の後輩のようには動けないし、共にB級中位で戦うバイパー使いの隊長のように壁を走ったりはできない。トリオン体には生身の運動能力がそのまま反映されるのだ。それはトリオン体の操作の上の利点であり、生身以上の動きに制限がかかる欠点でもあった。

 彼は来馬がいまだ突破できないでいるその壁を飛び越えたうちの一人なのだろう。トリオン体での体の操り方を身につけて、グラスホッパーで跳ねる姿は飛ぶようだ。

「よう、沢田」

 深い蜜色の髪がふわりと揺れて、父親と似ていないな、というのが第一印象だった。

「漆間先輩、こんばんは。今夜もよろしくお願いします」

 礼儀正しいけれど慣れを感じさせる挨拶の後、小柄な少年の眼が来馬に向いた。

「来馬隊長、はじめまして。沢田です」

 髪と同じ蜜色の眼は、やはり父親とは似ても似つかず、母親似なのだろかと推測する。

「よろしくね、沢田君」

 滞りなく任務が進み、一時間ほど経っただろうか。換装していると外気に影響は受けないけれど、暦の上では初夏の風が吹いている頃だ。

 気温を感じずとも、空を見上げれば光る星が季節を教えてくれる。来馬は夜間の防衛任務が嫌いではなかった。今夜はまだゲートがひとつも開いていないこともあって、気持ちの良い夜だ。

「先輩、少し話をしませんか」

 ビルの屋上に待機していたはずの沢田が、気付けばすぐそこの屋根に移動していた。

「駄目だよ沢田君、持ち場を離れる時は連絡をくれないと」

「大丈夫ですよ。今夜、西にゲートは開かないので」

 なんでもないことのように言うその姿は、やはり未来視という、来馬からすれば人間の枠を超えたサイドエフェクトを持つ青年と重なった。

「父に何を言われたんですか?」

「──君の家庭教師をして欲しいと」

「それで引き受けたんですね」

「うん、勉強は得意なんだ。部下の課題を見てやることもあるから、教えるのは下手じゃないと思うよ」

「俺がサイドエフェクトを持っているから?」

 なんだろう、この、言いようのない違和感は。こちらの前提がすべて見抜かれているような、あらゆる事情が筒抜けになっているようなやりにくさ。

 ──ああ、これが、彼のサイドエフェクト。

「超直感と、父はそう名付けましたよ」

「心が読めるわけじゃないんだよね」

「ええ、それだけなら良かったのに」

 心を読めるだけなら良かったのに──どんな経験をすればこんなことが言えるのだろう。

「父がどうして来馬先輩に家庭教師を依頼したのかわかりました」

「え?」

「申し訳ないですが、父に付き合ってもらえますか。ものすごく忙しくて、ものすごく不器用なくせに、どうにかして息子をかまおうとしてるんですよ」

「わかるんだね」

「そういうサイドエフェクトなので」

「君が、彼の息子だからだよ」

「そういうところですよ」

 沢田の言うとおり、来馬たちの受け持ちには未だゲートは開かない。内部通信で六田から北にひとつゲートが開いたと報告を受けると、漆間が「こっちは暇ですね」と心底退屈そうに言う。来馬は小さく微笑って「平和だね」と返した。

 沢田の直感どおりに一度も発砲せずに任務は終了した。平行処理が苦手だという六田の、何事も起こらなかった安堵の溜息を内部通信で聞き届けて、臨時部隊は解散となった。

「沢田君、連絡先を聞いてもいいかな。家庭教師として日程の調整もしたいし」

 換装をといて連絡先を交換すると、その名前は沢田ではなく城戸綱吉とあった。顔立ちが似ていないから失念しそうになっていたが、彼は本当にあの城戸司令の息子なのだ。

「他の人に見られると困るので、俺の名前編集しといてください」

「あ、うん、そうだね」

 言われて、その場で連絡先の名前を沢田綱吉に書き換えた。

「都合の良い日程も教えてもらえる?」

「できれば今週中だと助かります。来週になるとなんだか忙しそうなので」

「それも勘?」

 はい、と返事をしたところで、沢田がきょろりと辺りを見渡す。

「漆間先輩ってもう帰っちゃいましたよね」

「そうだと思うけど、用事があったのかな」

「いいえ、そういうわけじゃないんですけど、しばらく一緒の任務になりそうにないので」

 対生物においてのみ発動する精度百パーセントの第六感。耳で聞くよりも目の当たりにしたほうがその異様さがわかる。

「それと、俺は母親似ですよ」

 

 

 

 

 二人の姉に揉まれに揉まれて対人能力と処世術にはそれなりの自信がある犬飼澄晴だが、この時ばかりは愛想の良い微笑みを取り繕うことができなかった。なんだか最近こんなことばかりな気がする。まったく、嫌になる。せっかく作り上げた社交的で陽気なキャラクター性が崩れてしまうではないか。

 こんなふうだから嫌われるのかな、と雲丹のような髪質の友人を想う俯瞰した自分がいるというのに、表情筋は動いてくれない。

「──あの、それは」

 普段ならば犬飼が口を開かねばいけない場面で、後輩の辻 新之助に言わせてしまう自分が不甲斐ない。

「言葉の通りだ。鳩原密航による俺たちへの処分は、B級への降格とこいつを隊に加えることだ」

 二度同じことをくり返すことなんてほとんどしない隊長が、無駄を嫌い自分の隊には才能ある奴しか入れないと豪語しエンブレムをミルククラウンにしたあの二宮匡貴が、現実について行けない自分たちのために降格処分をくり返した。

 B級何位への降格だろう──原則として新設の隊は最下位からのスタートだ──A級から落とされたとなれば──まさか──まさか──

 頭皮がざわつくのがわかる。屈辱の二文字以上に相応しいものがあるだろうか。

 二宮隊のスナイパーであった鳩原未来がトリガーを盗んで民間人と近界に密航したと報告を受けた時から、犬飼の中で怒りの沸点が下がっている。だと言うのに、それでもなお頭に血が昇りきらないのは、暴君のような二人の姉の下で生きてきたからか、それとも生まれ持った気質か。

 最悪の処分は二宮隊の解散だ。それに比べたら安いものではないか。最下位からだろうと、またA級に返り咲いて見せれば良い。

「その子は──えーっと、まだ中学生くらいかな」

 ぐっと口角を持ち上げたのは、体がそうすることを覚えていたからだ。自分で自分を褒めてやりたい。二宮隊のバランサーである自分がやるべきことだ。

 B級最下位への降格という現実から目を背けるには、もうひとつの現実と向き合うのが良いだろう。犬飼が問うと、二宮の隣に立つ少年は、小さく頭を下げた。

「城戸綱吉です。今日から二宮隊でお世話になります」

 え、と言ったのは誰だったか。犬飼であり、辻 であり、オペレーターの氷見亜季である。

「こいつは城戸司令の一人息子だそうだ。しばらくうちで預かる」

 そう言い残して隊室を出て行った隊長に、この時ばかりは、流石の犬飼でもカチンときた。仲間だと思っていた隊員の裏切りとも呼べる行為、それに戸惑っているのはこちらも同じだと言うのに上層部は二宮隊を謹慎にした上で個別に事情聴取。その間の隊員同士の接触は禁止(学校でもなるべく関わるなとのお達し)、彼女の弟子には噛みつかれて、ようやく皆と顔を合わせられたらこの中途半端な状況で隊長はどこかへ行ってしまう。なんという理不尽だ。せめて最後まで説明をしていけ。

 彼が言葉足らずで天然なのだと理解する前のような、当然と言えば当然で、けれども彼に抱いたところで意味のない怒りが、犬飼のこめかみを痙攣させた。

「──二宮さんてああいう感じなんですね」

 表情筋が柔らかいほうで良かった。

「どういう意味だい?」

「天然」

 これは驚いた。自分たちと元チームメイト、親しい同期以外にほとんど知る者がいない彼の本質を見抜く者がいようとは。

「どうしてそう思ったのかな」

「勘です。なんとなく」

 少年は続ける。

「俺のサイドエフェクトなんです。俺がここにいるのもこの副作用のせいです。なるべく迷惑かけないようにするので、半年くらい居させて下さい」

「──えーっと、城戸──いや、綱吉君、だよね。えーっと、いったん座ろうか」

 これは腰を据えて話をしないと大変なことになる。犬飼に勘のサイドエフェクトはないけれど、今までの人生経験から本能的にそう感じ取った。

「わ、私、お茶淹れます」

「じゃあ何かお菓子、お菓子あったかな」

 固まっていた辻 と氷見が動き出すも、しばらく油をさしてもらえなかったロボットのようにぎこちない。

「まったく、二宮さんはどこ行ったんだか」

「安心したみたいですよ。隊の存続が許されて」

 さも胸の内を見てきたような言い方が嫌だった。例えるなら、しじみの味噌汁に砂が混じっていて、それを奥歯で噛み砕いてしまったような嫌な感じだ。

「それも、勘? サイドエフェクトだっけ」

「そうです」

 近くで見れば見るほど父親の面影を一切感じさせない顔つきだ。丸い眼や幼さを残す頬は少女的で、数年の年の差がやけに大きく立ちはだかる。未知のサイドエフェクトが壁となっているのか。それとも、何でもないことのように自分が不登校なせいで父がこんなことを企ててしまって申し訳ないと語る口調だろうか。

「え、不登校だからうちに放り込まれたの?」

「他人と無理矢理にでも関わらせようとしたみたいで」

「いやいや、もっと最適な部隊が他にあるでしょ。うち謹慎処分真っ最中だからね。ほら、たとえば、来馬さんのところとか」

「来馬先輩は俺の家庭教師なので無しですね」

「ああ、そう──え?」

 すこしでいいから待ってくれ。情報を捌ききれない。給湯室に消えた二人はまだだろうか。

「すみません。不器用な父なもので」

 そういう問題なのだろうか。

 犬飼は自分のことを馬鹿だと思ったことはないけれど、ここにきて脳味噌のキャパオーバーが頭痛となって現れてしまった。氷見の紅茶を飲んで一息つきたい。この際、辻 の大好物のバターどら焼きで糖分を摂取しないとやってられない。濃厚すぎて好みじゃなかったあの甘塩っぱさが、今となってはこんなにも恋しい。

 

 

 

 

 城戸の口が「A級四位二宮隊をB級への降格処分とする」と告げるのを聞き届けた二宮の全身から、強張っていた余計な力がふうっと抜けていく。隊の解散ではなく、降格。自分はまだ彼らとチームとして戦うことができる。自分はまだ、彼らの隊長でいることを、許された。

 ここが会議室で目の前に上官がいなければ、間違いなくソファに脱力していただろうが、それほどまでの安堵も二宮のかたい表情筋では表に現れず、はたから見ればいつも通りの顔色だ。

「ただしもうひとつ、これはペナルティではなく、私からの頼みがある」

 ペナルティではないという前置きがあったとしても、二宮は断れる立場にいない。このタイミングでの頼み、それはすなわち上官命令だ。

「私の息子を二宮隊に預けたい」

「──それは、ご子息をうちの隊員として迎えるということでしょうか」

「そうだ。頼めるか」

「わかりました」

 城戸がひとつ頷いて見せると、出入り口の横で待機していた沢村響子が扉を開けた。躊躇を感じ取れるおずおずとした足取りの少年は、二宮を大きな眼で見上げて、通りすぎると城戸の横に並ぶ。

「息子の綱吉だ。ボーダーでは沢田の姓を使わせている」

 他人に興味がない二宮はその子供を知らなかった。見覚えがないということはA級、またはB級の上位グループに所属している隊員ではないということ。

 子供は名を名乗ると「少しの間お世話になります。迷惑はかけないようにします」と、子供らしからぬ態度を示した。

「本来なら今月のランク戦は不参加とさせるべきだが、息子を預ける負担を考えて参加するかはそちらで決めて良いこととする。十月まで四人チームでの戦略を固めるか、ランク戦を戦いながら慣れるも良し。ただし、今月から参加して八月の最終順位がB級の一位であろうと、A級への挑戦権は与えられない。3シーズンのランク戦で一位を取り続けること、それが二宮隊がA級に挑戦するための条件だ」

 厳しすぎるのでは、という考えは浮かばなかった。自分たちにはそれができるという自負があった。たとえスナイパーが抜けてしまったハンディがあろうとも、フォーメーションを見直せば必ずA級とも渡り合える、その強さを持つ隊員達だからだ。二宮は自分の眼を信じている。自分が選んだ隊員たちのことも。彼らがマスタークラスに上がったのも驚くことではなく必然だったのだから。

「最後にひとつ、息子のサイドエフェクトとトリオンについて話をしよう」

 その口調はあくまでも組織の人間としてのもので、内に秘められているとしても、表に親子の情が滲みはしない。

「君のトリオン量は現ボーダーにおいてトップとされているが、それは数値化できるからであって、綱吉のトリオン量はそれ以上だ」

 二宮は上官ではなく子供の顔をまじまじと見た。見た目とトリオン量は比例しないが、それでも平凡な容姿をしている。とうてい武器を持って戦場を走るイメージはなく、その身に巨大な力を秘めているなど誰が想おう。

 新しい隊員になると聞かされてから初めて、鳩原が密航したと知ってから停止していた感情の一部が熱を取り戻したのように、じわじわと興味がわいてくる。

「ボーダーの今の技術では綱吉のトリオン量を正確に計測することができない。単純な技術不足だが、これを公にすることはボーダーという組織の信用問題にかかわる。故に今まではスコーピオンをメインに扱わせてきた。だがこの子のサイドエフェクトを考えればトリオンキューブを扱わせることが理想だ」

 二宮は黙って城戸の話に注目する。

「サイドエフェクトの名を超直感。対生物のみに作用する精度百パーセントの第六感だ」

 精度百パーセントの第六感──それをこの世界では予知と言うのではないだろうか。サイドエフェクトとは超感覚的作用、つまりは人体の特性の延長上にあるものだ。未来視という脳の神秘を体現しているものよりも、第六感ならばまだ理解が追いつく。

「実際にどのようなものかは本人の口から説明させる」

 二宮が承知の意をこめて頭を下げると、子供は二宮のところまでやってきた。歩幅が狭い。そばに来ると華奢な体型がよくわかった。

「綱吉には特殊なトリガーを持たせてある。トリオンの最大値を抑えるもので、その他は本部支給のトリガーと全く同じものだ。オペレーターには隠れるよう設定しているからいじらせても問題はない。隊長として上手く使ってやってくれ」

 端的、かつ最低限の説明であるも二宮には十分なものだ。会議室を出た二人はその足でまだA級フロアにある二宮隊の隊室へと向かう。

「おい、おまえのトリオン値はいくつに設定してあるんだ」

「十四です。父は二宮さんからトリオンキューブの扱いを学ぶためにそうしたみたいで」

「──なるほどな。俺は人にものを教えるのは苦手だ」

「サイドエフェクトがあるので何とかなると思います」

「それは、具体的にはどういったものだ」

 頭の位置が低すぎるので、そうですね、と考えるその横顔は癖毛に遮られる。

「戦闘中なら相手が次にどう動くのか直感的にわかります。二宮さんが隊の存続にすごく安心しているのも、わかりますよ」

 言いながら顔をこちらに向けたことで、二宮はようやくその子供が父親と似ていないことに気が付いた。

「城戸綱吉と言ったか」

「ボーダーで城戸の名前は目立つので沢田綱吉と名乗ってます。母の旧姓です」

「では、沢田。おまえには一体何ができる。おまえの強みはなんだ」

「サイドエフェクトを用いた接近戦闘が得意です。スナイパーの位置も予測できます。トリオン値をいじったので、二宮隊ではバイパーを使った中距離戦闘も可能だと俺のサイドエフェクトが言ってます」

 どこぞの自称──自称ではないのはこの組織が証明している──エリートのような口ぶりだが、もしもそれが本当ならば優秀な隊員となるだろう。二宮の部下はコンビネーションはもちろんのこと、一人ひとりが非常に優れていて、新しい隊員に驚くだろうが、勝手に上手くやるだろう。

 使える隊員なら好都合。3シーズンだろうが何だろうが勝ち続ければA級に戻れるのだから、二宮は来週から幕を開けるランク戦に挑む方向で、考えを、今、かためた。勝って勝って勝って、一日でも早くA級に戻り、遠征に参加する。そして自分の手で規律違反を起こした阿呆な部下を連れ戻すのだ。二宮は決意新たに隊室の扉を開ける。

 

 

 

 

 来馬は、ドキドキと高鳴る自分の鼓動を抑えようと、ふーっと深く息を吐き出したが、わざわざ出向いた本部の映画館のような巨大モニターに映し出された生徒の姿が眼に焼き付いており、ちっとも落ち着かないのであった。

 生徒、というのは家庭教師の生徒のことだ。アルバイト代はボーダーからの給与に合算して支払われるように城戸が手配してくれたので、二週間前から沢田は正式に来馬の生徒となっている。

 沢田は少し前から二宮隊の新メンバーとして今期のランク戦に臨み、その戦闘能力の高さを華々しく披露した。

 スナイパーが規律違反を犯して除隊させられたという二宮隊は、一ヶ月の謹慎処分明けのランク戦であった。様々な噂が錯綜し、スナイパーの話題が落ち着く前に沢田が加わったことで、沢田を新しく迎えるために追い出したのではないか、二宮が妊娠させたんじゃないか──という、耳を塞ぎたくなるような酷い話が支部所属の来馬のところまで流れてきていた。しばらく二宮隊のランク戦参加は厳しいだろうと言われていたというのに、隊員を失って間もなく新メンバーを連れてのB級最下位からのスタートは、噂もあって注目された。早めに会場に向かった来馬は座れたが、試合当日は立ち見客が通路を埋める騒ぎとなった。

 大注目のなか始まった、B級下位三チームの試合は、二宮隊の圧勝で終わった。全てのポイント──三人と四人構成二チーム分のポイント七点と生存ポイント二点、合計九点──の取得、試合時間は十五分だった。なんとも鮮やかな試合で、辻 が女性隊員と会敵しないで弧月を振るうところや、二宮がひとチーム丸々を余裕のアステロイドで落とすところから、来馬は沢田のサイドエフェクトの気配を感じずにはいられなかった。来馬とて超直感というものがどの程度のものかは聞いた話だけれど、A級のオペレーターが優秀だとしても、それだけでは説明できない、何者かの意識の介入なくては成し得ない素早さだったのだ。

 スナイパーを失って減速するどころか、新メンバーを加えて加速する様は、沢田から加入の経緯を聞いている来馬からしても異様なものがあり、二宮隊はいまだにゴシップの的にされている。

 来馬が本日、沢田の勉強をみる場所を鈴鳴支部に指定したのも、好奇心の眼から生徒を守るためである。

 時計の分計があと三分で約束の十四時を指し示す、というころに呼び鈴が鳴り、沢田がやってきた。十時に来馬が自宅から支部まで歩いて来た時よりも暑い太陽光が沢田の背後から差し込んで、その髪を金色に透かしている。来馬も色素の薄い髪を持っているからか、その色には親近感がわくのだ。

「暑いなかご苦労様、入って入って」

「お邪魔します」

 まだ授業を始めて数回目だけれど、沢田は随分と良い教育を受けてきたのだろうと、来馬は人知れず感心していた。簡単なことだけれど、靴の脱ぎ方や手洗いの仕草、鞄の扱いからマグカップの持ち方、そういう簡単なところに育ちが透けて見えることを、来馬は世話役から強く聞かされて育ち、躾けられてきたから、昔からボーダー設立のために忙しくしていただろう城戸に変わり、母親が教えたのかもしれないと、既に故人である女性に密かに敬服するのだ。

 このような細やかな仕草よりも、何よりも来馬を驚かせたのは、二宮隊のコスチュームが沢田に良く似合ったことだった。ジャージ素材の隊服がコスプレのようで嫌だから、という理由でスーツにしたら一番コスプレっぽくなってしまったというのは、確か二宮の同期から聞いた話だ。ホスト集団と呼ばれながらもどうにかなっているのは、二宮をはじめ、犬飼と辻 の容姿が褒められる側のものであるからだ。そしてトリオンで作られているスーツは、完全なオーダーメイド。身体に沿ったスーツは芸術品にも値する。衣服というのは身にまとう者によってその価値が変わる。どんなに豪奢な衣装でも、着こなしてみせると胸を張ればそれなりに似合い、恥ずかしげに背を丸めたらそれまで。二宮の部下として胸を張る彼らには、いなくなってしまったスナイパーを含めて、スーツがとても良く似合っている。良く似合っていたのだ。彼女とはそれほど縁がなかったけれど、パンツスーツでアイビスを構える姿に憧れた女性隊員が多くいたことを、来馬は知っている。

 二宮にスカウトされた者たちに彼の考案したコスチュームが似合うのは道理であるけれど、沢田にも良く似合ったことが来馬には意外でならず、Round1を観戦しながら観察してみると、どうやら沢田はスーツに慣れているらしかった。彼は犬飼のようにベストを着用しないツーピーススタイルで、ボタンを留めることでピークトラペルによるブリティッシュスタイルの華やかな雰囲気を演出しているけれど、トリオン体の動きやすさ重視なのか、なで肩を隠す肩パッドが入っていないように見えるのだ。

 ブリティッシュスタイルの命とも言える肩パッドがない──二宮のように体ができていない沢田の体付きが華奢であることは、肩のなだらかさや体にそって生まれるドレープからわかる。途端、ブリティッシュスタイルに抜け感が生まれ、来馬の頬を地中海の海風が撫でていく。

 来馬の視線は自然と下がり、足元で止まる。裾が僅かであるが短い仕立てになっていた。これは動きやすさを重視して沢田がオーダーしたのだろうか。まさか、そんな、それではまるでイタリアンクラシコ──それもピークトラペルを台無しにしない絶妙な塩梅で、自分の体型にスーツを似合わせている。オペレーターの氷見に特別なスーツの知識があるなんて話は聞いたことがない、となるとやはり──

「君はとても良い教育を受けてきたんだね」

 三門が近界民の襲撃を受けるまで毎年家族で訪れていた、カプリ島の目が覚めるような藍色の海が目の前に広がり、そこに住む現地の少年たちが思い思いに楽しんでいた、軽やかで、華々しい、肌に馴染むイタリアンクラシコが、沢田のスーツ姿にリンクしている。もう一度あの美しい風景に出会えた喜びが、ついつい溢れて、そんなことを問いかけてしまっていた。

 失言を取り消そうとしても、もう遅い。テキストに落とされていた眼が来馬を捉え、その深い眼の色が、アマルフィ海岸をさんさんと照らす午後の黄金の太陽と同じ色をしているものだから、見入ってしまう。伏せられてしまうのが、日没のようで物悲しい。

「家庭教師がいたんです。来馬先輩の他にもう一人だけ。そいつが沢山のことを教えてくれたんですよ」

 過去の何かに頬をゆるめる様子と、そいつという言い方から、ずいぶんと親しい関係なのだろうと、来馬にまで喜びが伝わってくる。

「俺、学校行ってないわりには勉強できるでしょ」

「そうだね。城戸さんが心配せずとも高校進学に問題はないよ」

「あいつのスパルタ教育のおかげなんです。まだ身についているなら、生徒として胸を張れるかな」

「素敵な先生だったんだね。今はもう、教わってはいないのかな」

 家庭教師のアルバイト経験のない来馬に話がまわってくるのだから、沢田に勉強だけでなく教養を教えた教師は、もう彼の元を離れているのだろう。いや、沢田が巣立ったというほうが正しいかもしれない。

 沢田は来馬の問いに寂しげな微笑みを、返し、そして意外なことを言った。

「この話は父には秘密でお願いします」

「え?」

「絶対に、言わないでくださいね」

 二人だけの秘密です、と、沢田は下唇に人差し指を当てて、子供にするようにしーっと、音を立てて息を吐いた。

 

 

 

 

 柿崎隊の巴虎太郎から電話がかかってきたのは、B級下位に落とされた二宮隊の試合が始まろうとしていたその時であった。

 隊員が規律違反を犯したことへのペナルティとしての降格であるわけだが、ランク戦を頻繁に行う緑川駿の耳には、その理不尽さへの不満が届いていた。理不尽だというのは何も二宮隊に同情してではない。スナイパーが抜けたとは言え、マスタークラスのガンナーとアタッカー、そしてアタッカーランク第二位の隊長がいるチームと戦わせられるB級下位チームへの同情だ。一方的な戦いになることは誰の目にも明らかで、緑川は彼らの試合に興味を持てずにいた。同じA級であったころならば喜んで観戦に行ったけれど、B級の、それも下位チームとして戦う彼らを見たくないというのが、ひとつ歳下のA級隊員から言わせれば子供っぽいらしい、緑川の率直な感情であった。

「なんだよ、虎太郎」

 試合を見学に行くと言っていた友への不満が隠せない、拗ねた声色であるも、巴はそんなことは気にもせずに叫ぶのだ。

「二宮隊に新メンバーがいる! しかも俺たちと同い年だ!」

 緑川は反射的に飛びあった。そして駆け出す。目指すは観戦ブースだ。

「どういうことだよ!」

「わかんないよ! わかんないけど、アタッカーらしい! 嵐山さんが混成チームの臨時隊長をやった時に組んだことがあるらしくて、えっと、沢田綱吉だって! 知ってる?」

「知らないよ!」

 観戦ブースに飛び込むと、そこは二宮隊の見物客でごった返していた。はたまた、哀れなB級下位チームの骨を拾ってやろうという者たちか。それにしてもすごい熱気だ。人混みをかき分けて巴のいる席を目指すと、そこには柿崎隊と嵐山隊が並んで座っていた。当然、後から来た緑川の席はないけれど、通路は立ち見客ばかりで、端に座る巴の側に寄る。

「いまどんな状況?」

 試合はすでに始まっていた。

「ほら、あの右上に映ってる」

 巴の指の先を見ると、そこには見慣れない少年が、二宮隊の隊服を着てランク戦に参加している。

「知らない顔だよ」

「今までソロ隊員だったらしいよ」

「アタッカーとしては非常に優秀な奴だ。ランク戦嫌いで順位は低いが、スコーピオンとグラスホッパーのコンビネーションはA級にも匹敵すると俺は見てる」

 この場で唯一、謎の新メンバーを知る嵐山准は、緑川に爽やかに微笑いかけた。

 その言い方はまるで、A級隊員でありスコーピオンとグラスホッパーを使いはじめて成績を伸ばしている緑川への、よく見ておきなさいというアドバイスのようで。ランキングこそ緑川が所属する草壁隊のほうが上であるが、それだけの理由で聞き入れないほど緑川は愚かではない。嵐山は余計なことを言わない男だ。そしてなにより、緑川が慕う迅悠一から信頼を寄せられる友である。

 画面に眼を戻した緑川は、二宮のアステロイドが隊ひとつを壊滅させる圧倒的な強さに感激した。B級になったことで変わってしまった二宮隊を目にすることを恐れていて、彼らは確かに仲間を失い変わったけれど、その変化は眼を逸らすべきものではなかった。隊長の元へ獲物を追い込んだ犬飼と辻 の乱れぬフォーメーションは、狙撃手の支援を失ったこからこそ強固なものになっている。彼らはB級に落ちてもなお素晴らしく、相手が格下だろうとあからさまな手加減などしない。勝つべくして勝つ。なんという、元A級としての貫禄。これは緑川とて対峙した相手チームに同情してしまう。

 緑川をはじめ、会場中が二宮隊の圧倒的な強さに感銘を受け、あるいは心をへし折られながら試合を見守っていると、カメラ後方で動く姿に、カメラが瞬時に大画面に映し出したのは、緑川がこの場に駆けつけた原因である。

 少年は空を飛ぶ。軽やかに、重力など微塵も感じさせない動きで、鳥のように自由に、そして猛禽類の爪の如き鋭さで標的の首を狩り取るのだ。

「いやあ、最後まで油断のない動きが良かったね。新しく加入した沢田隊員との連携も上手いこといってるみたいだし、二宮隊については言うことないかな」

 実況席から聞こえてきたその声に、緑川は階段を駆け降りようとして、同級の習性をよく理解している巴に捕まえられたことで、緑川を知る者ならば誰もが知っている、大好きで心の底から尊敬している男、迅に抱きつくという、幼子のような醜態を大勢の前で晒さずに済んだ。

「迅さんが実況だったなんて!」

「そうだよ、おまえが来ないなんて珍しいと思ったら、知らなかったんだ」

「なんで教えてくれないんだよ!」

「駿、静かにね、レイジさんが話せないだろう」

 マイク越しの注意に、緑川は慌てて口を閉ざす。その反応にまわりからは心底おかしそうな笑い声があがって、流石の緑川も羞恥心に頬が染まる。これがバレたら隊長にこっ酷く叱られることになりそうだ。

「二宮隊との今回のランク戦に同情の声があることは知っているが、俺は可哀想とは思わん。強者と戦うせっかくのチャンスだ。学ぶことは多かっただろう。両部隊最後まで食らいついた良い試合だった。しっかりとログを見直して、学べることを全て学びとって活かすと良い。特にチームとしての役割分担の徹底と、個の強味の活かし方は二宮隊の優れているところだ。自分の隊に当てはめてみると新たな発見があるだろう」

「迅隊員、木崎隊長、実況ありがとうございました!」

 実況を終えた迅に一回だけ三本勝負に付き合って貰った緑川は、その日の夜に夢を見た。グラスホッパーで自由自在に空を駆ける夢だ。高層ビルよりも高い空を鳥と並んで進んで行くと、大きな入道雲が現れて行く手を阻む。けれどもグラスホッパーを巧みに使える緑川は、入道雲の形に沿うように避けてしまえるから、見上げるように大きな雲もなんの障害にもならないのだ。

 目覚めてすぐに、緑川は自分の中に残るものが、空を自由に飛んでいた少年への憧れであることを、認めた。

 巴からランク戦嫌いと聞いてはいたけれど、沢田綱吉という隊員は、いくら待ってもランク戦ブースに顔を出すことはなかった。学校終わりに真っ直ぐ本部に向かい、防衛任務までランク戦ブースで張り込んでみても、犬飼や辻 が現れても沢田は来ず、沢田を連れて来てくれと頼んでみても、それは本人の意志だからね、とかわされてしまう。緑川を含めて三馬鹿と呼ばれる出水公平と米屋陽介もあの日の試合を観ていたらしく、彼らは「あれはなんか戦闘への慣れ方が桁違いだな」「生身もそうとう動けるようにしてんだろう」と、沢田が只者ではないと主張する緑川に賛同した。するとますます戦いたくなるのが、緑川の性質なのだ。待っても駄目ならばと、緑川は二宮隊の隊室へ直接会いに行くことにした。

 と言っても、突然押しかけるとバレたら隊長に「人様に迷惑かけるんじゃない!」と叱られかねないので、あくまでも紹介という形をとるのがボーダーの作法である。こうやって繋がりを増やすことは個々のレベルアップだけでなく、再び大規模侵攻が起きた際に戦場での円滑なコミュニケーションに役立つ──というのは迅の言葉だ。当時は理解できなくても音として彼の言葉を覚えている緑川の脳は、時たま「これ迅さんが言ってたやつだ!」とひらめくのだ。

 さてさて、誰にどう紹介してもらおうか。沢田を知っているらしい嵐山か、それとも迅か、同じ隊に所属する犬飼・辻 か、それとも隊長にお願いしてオペレーター経由で繋げてもらうか。

「うーん、どうしようかなぁ」

「何がだ、珍しく悩んでんじゃねぇの」

 背後から伸びる手が緑川の頭を鷲掴み、犬にするようにわしゃわしゃと両手で撫でる、このようにする男は一人しかいない。

「わっ、諏訪さん! ボサボサになっちゃうよ!」

「もとからだろうが。後頭部の寝癖すげぇぞ」

「嘘だぁ、直してきたよ!」

 乱された髪を手櫛で整える緑川は、にやにやと微笑う諏訪洸太郎を睨むようにしたけれど、ふと思い至り、勢い良く立ち上がる。

「諏訪さんて混成部隊の臨時隊長やってたよね?」

 抱きつかん勢いで詰め寄ると、諏訪は「お、おう」と緑川の勢いに押されながら答える。

「沢田綱吉って知ってる? 紹介してほしいんだ!」

「なるほどなぁ、そういやおまえたちタメだもんな。この間の試合見て気になってるんだろ? 沢田のグラスホッパーの使い方はおまえ以上だもんな」

 大人という生き物はどうしてこう、いとも簡単に緑川の考えを見透してしまうのだろうか。迅といい、諏訪といい、嵐山もそうだった。圧倒的な経験の差があるのだと言われているようで、正直なところめちゃくちゃ悔しい。

「──そうだよ! だからランク戦やりたいのに、いくら探しても会えないんだよ」

「あいつはランク戦嫌いだからな」

「それはもう聞いた! なんでだろうね、楽しいのに」

 緑川が純粋な気持ちで尋ねると、諏訪はもう一度大きな手で緑川の頭を掴んだけれど、その手つきは先ほどよりもだいぶ優しい。

「苦手なんだとよ。トリオン体だから相手が傷つくことも死ぬこともないってわかってる。それでも人間に向かって刃物振り回したり銃口を向けることに、いつまで経っても慣れたくねぇんだって」

 慣れないのではなく、慣れたくない。相手を真に傷つけるものでないとわかっていながらも。

 先日の試合では見惚れるような鋭さで首を切り落としていたというのに。

「──ふーん、変なの」

「まあ、良いやつだよ。一匹狼気質だけど話しかければ普通に話すし笑う。興味があるなら声かけてみろよ」

「そうしたいんだけど、二宮隊の隊室に押しかけたら早希ちゃん怒るよね?」

「草壁は怒るだろうな」

 諏訪は、気位が高く飼い主にさえも懐かない洋猫のような性格をしている彼女を歳下としてかまえる数少ない大人である。

「だからどうしようと思って」

「そうだな、漆間なら沢田と仲良いぞ」

 どうして考えつかなったのだろう。オペレーターとソロでチームを組む漆間は混成部隊の常連だ。彼ならば沢田と顔を合わせる機会が多く、紹介してくれる可能性だってある。

「漆間先輩のとこ行ってくる!」

「待て待て、走るな、俺も一緒に行くからよ」

「やったぁ! 諏訪さんありがとう!」

 緑川は今度こそ諏訪の腹に顔を埋めた。

 自分一人ではいまいち協調性にかける漆間に沢田の紹介を頼むのは難しいが、諏訪がいれば百人力だ。緑川が一番尊敬する先輩は迅であるけれど、大好きな先輩という括りならば、緑川を含め多くの者が諏訪の名を上げるだろう。

 B級フロアにある漆間隊の隊室で漆間を見つけるなり、諏訪は開口一番にこう述べた。

「漆間、焼き肉奢ってやるから沢田呼べ」

「まじっすか、呼びます」

 人の金で食う焼肉ほど美味いものはない──漆間の顔にはそう書いてあるように、見えた。

 

 

 緑川はその年齢と人懐っこい性格から先輩に奢ってもらうことが多い。やらないけれど、やろうと思えば一週間ほどならば先輩からの奢りで食い繋げるだろう、もう一度言う、やらないけれど。そんな緑川も漆間ではないが、人に奢ってもらう飯は美味い派だ。自分が可愛がられている実感は心地が良いし、誰かと囲むテーブルは楽しい。今日のように、同年代を集めていれば特に。

 後輩を集めたからには接待役にまわるらしい諏訪が、網の上で美味しそうな色に焼けたカルビをそれぞれの皿にのせていく。奥の壁側に沢田を座らせ、隣に漆間、通路側に諏訪、向かい側に巴、弓場隊の帯島ユカリ、そして緑川は沢田の正面に座った。

「ほらガキ共、遠慮しないで食えよ」

 ありがとうございます、いただきます、と口々に述べて、白米と頬張る肉は美味い、美味いけれど、肉だけに夢中になっていられない緑川は、諏訪に礼を言いながら、普段はあまり食べないサラダを取り皿に盛りながら、烏龍茶を飲むふりをしながら、目の前にいる沢田という少年を観察した。

 童顔だと言われる緑川から見ても童顔の、重力を無視した髪の毛を冷房の風に揺らしながら、漆間とメニューを覗きこんで次に何を頼むか相談しているところを見るに、警戒すべきところはないのだけれど、憧れと呼ぶには癪な、嫉妬と認めるのも癪なものを持て余している緑川は、人懐っこいといわれる性格がヘソを曲げて、どう声をかけたらいいのかわからないでいるのだ。

「あの、沢田君は誰かにスコーピオンを習ったのかな。この前の試合で動きがすごく綺麗だったから、自分は弧月だけど、同じアタッカーとして気になってたんだ」

 そう声をかけたのは帯島だ。内容はまさに緑川が聞きたかったものだ。

「ありがとう、帯島さん。動きっていうと俺は我流なんだけど、スコーピオンの扱いそのものはユウ君が教えてくれたよ」

「ユウ君?」

「あ、迅くんのこと」

「迅さんのことユウ君なんて呼んでるの」

 あれだけどう声をかけたらいいのかわからなかったのに、迅のこととなると口が勝手に動いてしまった。

「緑川君も、言えば呼ばせてくれるよ」

「お──俺は迅さんでいい」

 命の恩人である迅を心の底から尊敬している緑川にとって、迅はあくまでも「迅さん」であり「悠一さん」ではなく、どうやっても「ユウ君」なんて呼べるわけがないし、呼びたいとも思わない。皆とは違う特別な呼び方に心を乱されはしたが、そんな親戚のお兄ちゃんを呼ぶようなノリは緑川が迅に向ける憧憬には不釣合いなのだ。

 帯島に続いて巴が質問を投げかける。緑川だけでなく、諏訪と漆間を除く皆が沢田とは初対面であった。

「沢田はさ、どうやって迅さんに教えてもらったの? 迅さんて忙しい人だからなかなか捕まらないんだよ」

「それは俺のサイドエフェクトが関係してるんだ」

 これには諏訪も驚いたらしく、今まで聞き役にまわっていた諏訪が、肉を焼く手を止めた。

「なんだおまえ、サイドエフェクトって」

 見た目がヤンキーだからこそ、何でもない問いかけに凄みがあり、正面に座っている帯島が丸い眼をさらに丸くしたが、沢田は何も気にした様子はない。

「超直感といって、わかりやすく言うと、すごく勘が良いんです」

「勘だあ?」

「はい、だから相手がどう動くのか大体わかります。じゃんけん最強です」

 いたずらに笑う沢田に諏訪がじゃんけんを挑む。すると五回やっても沢田が勝ち、動体視力の類を疑って漆間に目隠しをさせるも、やはり沢田が勝ち続けた。

「勘てことは、なんとなくわかるの?」

「そう、なんとなく」

 帯島はへぇ、と歓声を上げて、巴は「えっ、じゃあテストの答えも?」と問うが沢田は「生き物にしか通じないからそれは無理」と、投げられた質問には何にでも答えていく。諏訪が言っていたとおり、人見知りとか人間嫌いの一匹狼ではないらしい。

「なあ、いつでもいいからランク戦しようよ。この前の試合見て戦ってみたくなったよ」

「自分も! 何本でもお願いしたい!」

「ランク戦はやればやるだけ身になるからな」

 事前に話を聞いていた緑川には、漆間が何となく心配そうに沢田を見守り、諏訪はどうにか同年代と関わらせようと気にかけていることが良くわかり、沢田がどう答えるのか待ち構えていると、彼は何故か緑川のほうを向くのだ。

「俺と一番ランク戦をやりたいのは君だよね」

「──なんで」

「俺のサイドエフェクトがそう言ってるから」

 まるで迅のような台詞にぞっと鳥肌が立つ。沢田はスコーピオンを教えてもらった理由をサイドエフェクトにあると語った。つまり、沢田の超直感と迅の未来視には何かしらの共通点があるということだろうか。

「相手の動きがわかるってことは、俺のグラスホッパーも見切れるってことだよね」

「そうだね」

「他には何がわかるの」

「たとえば、狙撃とか」

 迅のようなサイドエフェクトでありながら、影浦隊の隊長の能力とも似ているのか。

 不意に沢田が斜め上を見つめて微笑みを深めるものだから、皆の視線がそちらに向いて、緑川は思いがけない知った顔に箸を取り落とした。

「こんばんは、東さん」

「やあ沢田。おまえが人といるのは珍しいな」

 そこにいたのは元A級一位部隊を率いた狙撃手、東春秋その人だ。

「漆間先輩から連絡をもらいました」

 そう言って立ち上がると、沢田は向こうの席とこちらの席を区切っているパーテーションから顔を出す。

「二宮さん、お疲れ様です」

 緑川も覗き込むと、そこには東の元チームメイトである二宮、加古望、三輪秀次が焼肉を堪能しているではないか。この店はボーダー本部から近く、緑川も東に連れてきてもらったことが何度もあるが、こうして鉢合わせるのは初めてだった。

「ああ、お疲れ。食ってるか」

「諏訪さんにご馳走になってます」

 すると二宮も立ち上がり、諏訪に向かって「部下が世話になります」と声をかける。

「沢田、見てのとおりこの店はボーダー関係者の出入りが激しい。あまり公にしたくないことは話題にしないほうがいいぞ」

「そうですね。でも、俺にサイドエフェクトがあることは試合を重ねたら誰かしら気付くことなので。知られて対応できるものでもないので平気ですよ」

「本当に、いいんだな」

 沢田の軽い調子に対し、東は何やら慎重だ。諏訪の顔を盗み見ると彼の眉間にはシワが寄っていて、東の言葉を噛み締めているように見える。

「大丈夫です。今が丁度いいタイミングのようなので。いっそのこと広めて下さい。二宮さんもいいですよね」

「おまえがそう決めたならかまわない」

「ありがとうございます」

 わかったよ、おまえがそう言うなら協力しよう、となにやら納得したらしい東は、高い上背に相応しい長い腕をパーテーション越しに伸ばして沢田の頭をぽんぽんと撫でる。珍しい。東は誰にでも分け隔てないが、諏訪のような無遠慮なかまいかたはしない。わしゃわしゃではなくぽんぽんなのは東らしさだ。

「あと諏訪、次は絵馬も誘ってやれ」

「おいおいおい、東さん、そこ突くかよ普通」

 絵馬ユズル──彼は緑川たちと同級であり影浦隊に所属する狙撃手だ。今回この場に誘わなかったのは、彼が隊務規定違反でクビになった狙撃手、鳩原の愛弟子であるからだ。師匠をある日とつぜん失った傷は深く、そこへ追い討ちのような隊長と上層部による揉め事でB級に降格された──ちなみに彼らは今シーズンのランク戦には不参加だ──のだから、師匠の穴埋めのように追加された新メンバーがいる食事の場にどうやって誘えばいいのか、緑川にはわからず、諏訪もやめておこうと結論を出したのだ。

「沢田の二宮隊への加入は同量のトリオンを持つ二宮に扱い方を習わせるためだ。期間限定のものだよ」

「は、同量?」

 これには腰を据えて見守っていた加古と三輪も立ち上がり、こちらのテーブルでは全員が驚愕の声を上げたので、近くにいた店員が「お静かに願います」と注意しに来た。謝ろうとする帯島に変わり諏訪が対応するが誰も腰をおろさない。

「まじか、てことはトリオン量──十四か」

「沢田君だっけ、どうしてシューターじゃなくてアタッカーやってるの?」

 トリオン量を持て余してるからだ、と加古の問いに答えたのは二宮だ。

「私は沢田君に訊いてるんだけど」

「俺の部下だ」

「あーあ、イニシャルKだったら絶対うちに入れたのに」

 場は再びがやがやと盛り上がりをみせ、同じ店員に睨まれていることに気付いた東が、ようやく教え子たちを座らせる。しぶしぶと、各々が腰をおろすが緑川はまだ粘った。

「この調子じゃ明日にはボーダー全体に広がってるな」

「そうなりそうです、勘ですけど」

「次のランク戦が楽しみだ」

 二宮が焼肉を再開し、三輪が新しいドリンクの注文に手をあげると、東は最後に諏訪に声をかけた。

「沢田をかまうなら変に気をまわすのはやめなさい。サイドエフェクトを持つ者にとってその気遣いは重荷になってしまうこともある」

「なんだよ、東さんは知ってたのかよ」と言う諏訪は拗ねた様子で、後輩の前ではほとんど見せないに違いない、東の前でだけの後輩としての顔だった。

「まあな」

「大丈夫ですよ、諏訪さんが世話焼きで優しくて後輩をかまうのが大好きなことは初対面の時から知ってますから」

「だー沢田! やめろ!」

「諏訪さん、諏訪さん、店員さんがまたこっち見てます」

 帯島が慌てるが、漆間は「俺たち出禁になりますよ、これがこの店で食べる最後の焼肉かな」と一人もくもくと肉を焼いている。

「俺のサイドエフェクトの精度は百パーセントですよ?」

「だったらなおさらやめろ!」

「お客様、本当にお静かに願います!」

 

 

 

 

 これはもう試合までにはボーダー隊員全員の耳に入るだろうからおまえ達にも伝えておくが、沢田のサイドエフェクトは狙撃にも有効だ。たとえるなら影浦であり、迅のサイドエフェクトと言える。沢田は手強いぞ、俺は狙撃手としておまえたちの健闘を祈ってるよ。

 だなんてことを前々回の訓練で東に言われたなぁ、と思いながら、半崎義人は作戦室で転送を待っているわけだが、隊長である荒船哲次と穂刈篤がなにやら議論を展開していて、試合前の緊張感はない。

「やはり思考を止めないのが唯一の方法というわけか、迅さんを出し抜くには」

「そうだろうな。カゲに対しても感情を殺し切ることで東さんが攻略法を示してくれている。俺たちで沢田のサイドエフェクト攻略の糸口をつかみたい」

「那須隊のことも忘れちゃ駄目だからね」

 荒船隊のオペレーターである加賀美倫がようやく試合前らしいことを言うけれど、転送カウントダウンはすでに始まっている。

 ──五、四、三──

 未来視のサイドエフェクトを出し抜くなんて現実的には不可能で、唯一彼に対抗できるアタッカー一位の弧月使いは、純粋な戦闘能力だけで未来視に力押しできる脳筋だ。

 感情受信体質なんていう狙撃手泣かせのサイドエフェクトだって、狙いを定めることで殺気が漏れると言うならば、東は一体どうやってスコープを標的に合わせているのだろう。感情が伴わない殺し──それはもうA Iロボットの所業ではなかろうか。

 ──二、一──嗚呼、ダルいなぁ──

 今回のステージ選択権を持っていた那須隊が選んだ市街地Bは、建造物が多く密集した、狙撃手からすると戦いにくいマップであった。天候は雨、予想するならばマンションや学校などのかろうじて潜伏できる高い位置からの狙撃を手助けするものであるが、狙撃ポイントが絞られるため狙撃手三人構成の荒船隊は場所取りで失敗すれば致命的、那須隊は日浦茜が事前に打ち合わせしているだろう絶好の狙撃ポイントに辿り着ければ勝機があると考えているのだろうが、天才的なトリオン量を誇る二宮と、同じ量を誇るという噂の沢田がいては、建物を破壊される可能性がありすぎて半崎でなくともダルいと口に出してしまうはずだ。幸いなのは、沢田がシューターではなくアタッカーであることだ。

 二宮と同じトリオン量を持つならば何故シューターじゃないのか、という至極当然の疑問も噂が解決してくれるのだから、人の口に戸は立てられぬとはまさにこのこと。トリオンの扱いが下手でスコーピオンを使っていたが、上層部が宝の持ち腐れを嘆いて二宮隊に放り込んだらしい──と言っても、噂は噂。本人の口から聞いたわけじゃないからあくまでも噂だが、その話の輪に東が加わっていたとなると、人々は何故か信憑性を感じてしまう、不思議なことに。

「こちら半崎、狙撃ポイントにつきました」

 ショッピングモールも学校も、市街地Bが選択された時に狙撃手がいつも使う場所だ。乱戦中でもない限りは常に警戒されている狙撃ポイントを序盤に使うのは馬鹿だと判断し、三階建ての一軒家の屋上の陰に潜った。トリオン体は雨の冷たさを感じないから良い。視界はいくらか悪いけれど。半崎は帽子のつばを前にまわした。

「こちら穂刈、到着したぞ」

「半崎君、反対側で二人合流しそう」

 加賀美の指示を受けて、バックワームをひるがえし移動する。

「沢田と辻 先輩ですね。狙えますよ」

「待て半崎、俺もそっちへ行くから動向を伺ってろ」

 荒船の指示に短く返事をし、半崎はイーグレットから二人を監視する。

 ──沢田のサイドエフェクトは狙撃にも有効だ。

「──は?」

 いやいやいや、待てよ、嘘だろう。

「あ、荒船先輩」

 内部通信で呼びかける声が震えて、イーグレットをかまえる腕にもぶるりと緊張が走った。

「どうした半崎、間もなく着くぞ」

「眼が合いました、てか、合ってます」

「どういうことだ」

「スコープ越しに沢田と、眼が、合ってるんですよ」

 イーグレットはトリオン能力が高いほど射程距離が伸びる性能がある、精密狙撃を得意とする半崎にとって相棒と呼べるライフルだ。半崎の射程はおよそ一キロメートル、人間の眼で一キロ先のものを見分けることは視力が1.0あればまあ可能だけれど、建物の影の直径数センチの銃口のその先にある狙撃手と眼を合わせるというのは、人間の視力では不可能だ。物理的に不可能なはずなのだ。スコープを直接覗きこみでもしない限り、あり得ない──

「沢田のサイドエフェクトは狙撃にも有効だ」

 東が耳元で囁いている。

「言っただろう、影浦であり、迅のサイドエフェクトだと」

 こちらを見つめていた沢田が、隣で内部通信をしているらしい辻 を呼び寄せると、彼はこちらを指差し、二人して半崎に手を振り、微笑いかける。まるで友人に挨拶するような気さくさで。

 ランク戦はいつからホラーゲームになったのだろう。

 半崎は全身の毛穴が開く心地で荒船の指示を待っていた。これが生身だとしても恐怖のあまり冷や汗も流れないだろう。早く、早く、この状況を打開する指示をくれ。

「こちら荒船、到着した。いつでも狙え──」

 途中で荒船からの通信が切れたのは、沢田が荒船を見たからだ。その瞬間を半崎はスコープ越しに見ていた。くるっと首をまわして、ある一点を見たのだ。まわりを探る素振りは一切なく、一瞬で捉えてしまった。

「──今、沢田と眼が合ってるぞ。どうなってんだ畜生」

「撃ちますか」

「同時に撃つ、が、撃ったと同時に全力で逃げろ」

 懸命な判断だ。半崎は心の底から同意してトリガーに指をかける。

 荒船の指示で同時に発砲、ヒットしたかも見届けずに駆け出した。あの様子なら多分シールドで防がれているだろう、加賀美からすぐに「外れた!」と通信が入り、防がれた、ではなく外れた、ということに疑問を持ちながらも、あのサイドエフェクトがあれば避けられるのかと、屋上から飛び降りながら反則だろうと毒を吐く。

「なにが反則ですか?」

 ──早すぎる──

 そう思うと同時に視界が反転し、半崎の首は胴体と泣き別れていた。

 ベイルアウトベッドに転がった途端、半崎の心臓はドッ、ドッ、と体全体が音を立てていると錯覚するほどの動悸に襲われた。

 トリオンの扱いが下手でスコーピオンを使っていたと吐かした馬鹿はどこのどいつだ。いますぐ目の前に連れてこい。アイビスのゼロ距離射撃で脳味噌を吹き飛ばしてる。

 あれは下手で仕方がなく使っていたなんてレベルの動きではない。スコーピオンの鋭い扱いだけじゃない、半崎はどう動いたらあの数秒で一キロの距離を詰められるのか知らない。寄られたら終わりな狙撃手としてグラスホッパー使いの動きはそれなりに研究してきて、沢田のログだって観たけれど、前の試合であのような動きはなく、記憶の中にも存在しない、ということは沢田はボーダーで最もグラスホッパーとスコーピオンの扱いが上手いということじゃないのか。

「まだ寝てるのか、半崎」

 ぼすんっという衝撃と共に隣のベイルアウトベッドに落ちてきたのは穂刈であった。

「落とされたぞ、犬飼と熊谷に挟まれて」

「──ダルいっス」

「まあそう言うな。行くぞ、加賀美と荒船のサポートだ」

 精神的疲労に引きずられて重たい体をどうにか動かすと、加賀美はモニターから顔を上げずに「遅いよ!」と喝を入れた。何も反論できないので素直に謝り、穂刈と加賀美を挟むように左右に立ち戦況を確認する。

 荒船隊の得点・ポイントなし

 那須隊の得点・ポイントなし

 二宮隊の得点・二ポイント(沢田…一点・犬飼…一点)

「おかしくないですか」

「まさか、全部の点を掻っ攫うつもりなのか、二宮隊は」

「そのまさかだよ!」

 加賀美は忙しく画面を操作しながら荒船に回線を繋いで「二宮さんが那須さんを落としそうだよ、熊谷さんが辻 君に向かってる!」と戦況を伝える。

「了解、なら俺は辻 と熊谷を狙う」

 女性恐怖症が知れ渡っている辻 をガールズチームが狙うのは、加古隊がよく使う嫌がらせで、那須隊も当然のようにそれを仕向けただろうに、二宮が隊長でありエースである那須玲を抑えてしまったことで、熊谷友子が単独で向かったのだろう。二宮を一人で相手して勝つには那須はあと一歩実力が伴わない。リアルタイムで弾道を構築できても火力勝負では二宮に軍配が上がるのだから、トリオン量という圧倒的な才能が嫌になる。

「意外だな、熊谷が那須を置いて行くのか」

「──二宮さんに二人でやられるよりは別れて辻 先輩を狙った方が点が取れる可能性ありますからね」

 可愛くないことを言っている自覚はあるも、穂刈も加賀美も否定しない、つまりは誰もが同じ考えであるということだ。隊一番のエースが足止めをしてもなお、長くは保たない。それがアタッカーランク第二位、二宮というシューターなのだ。

 二宮VS那須、辻 を狙う荒船と迫る熊谷、穂刈を落とした犬飼は二宮のサポートにまわろうとしている。では沢田はどこに──

「狙撃手狙いなのか、あいつは」

 背後から迫ってやったのは沢田なりの気遣いなのか、バックワームによる奇襲は、日浦に自分に何があったのかわからぬ間にベイルアウトさせた。転送直後からバックワームを着ていた日浦は、やはり二宮を狙える位置に潜伏し、那須の援護をしていたようだった。

「沢田のサイドエフェクト、超直感でしたっけ、あれは狙撃手がどこにいるのかわかるんですか」

「わかるんだろうな、なんとなく。勘だからな」

「チートじゃないっスか」

 ゆるやかな絶望のようなものが空気を満たしていく。日浦が落とされたことで二宮隊は三点獲得、狙撃手の援護を失った那須も二宮のフルアタックに負けた。

 残るは荒船、熊谷、そして二宮隊だ。荒船がどうにか一点、できれば二点をもぎ取ってくれたら──それが唯一、勝利街道の真ん中を突き進む二宮隊への抵抗だ。

 荒船は辻 を狙えるビルの屋上に潜伏し、熊谷が辻 を追い詰めるのを待っていると、熊谷から全力で逃げる辻 が荒船の射程圏内に入った。荒船がかまえるのは威力重視のアイビスだ。

「頑張れ荒船君──! 待って、二宮さんがそっちに向かってる!」

「このまま狙う」

 もしもいま半崎か穂刈のどちらかだけでも生き残っていたら──

 こうして見守ることしかできないのが悔しくてたまらない。ランク戦で苦戦を強いられるのは初めてではないし、相手はA級上位の二宮隊だ。B級中位チームの自分たちが一点も取れなくとも、自分たちが弱いのではなく二宮隊が強すぎるという評価で落ち着くことも予想できる。できるけれども──

 荒船の渾身の狙撃は、二枚の遠隔シールドによって阻まれた──一枚は二宮──もう一枚は沢田──どこから──加賀美はあんな距離からどうやって──と驚くけれど、半崎はもう驚きはしない──生物においてのみ発動する精度百パーセントの第六感──それは一キロ先のスコープを覗く狙撃手と眼を合わせ、マップ上のバックワームを無いことにする──たとえるなら影浦であり、迅のサイドエフェクトと言える──認めざるを得ない──沢田がいる戦場──それはつまり沢田の手のひらの上ということ。

 二宮のアステロイドが荒船と熊谷に迫る。熊谷の退路を犬飼が塞ぎ、辻 がグラスホッパー──沢田が展開した──で荒船のところまで飛び上がる、それを受けて荒船が抜刀、二宮が熊谷をベイルアウトさせた。

 二宮隊に囲まれた荒船が落とされたことで試合は終了した。

 荒船隊──〇点、那須隊──〇点、二宮隊──六点+生存点二点の合計八点。これにより二宮隊は上位グループに食い込んだ。

 どけどけ、道を開けろ。ここは二宮隊が通る勝利街道だ。

 半崎の頭のなかでは、有名RPGゲームのメインテーマが流れていた。

「荒船先輩、穂刈先輩、なんか俺めちゃくちゃ悔しいんですけど」

「同感だな」

「──ああ」

 トレードマークであるキャップを手に持つ荒船は、空いてる左手でぐしゃりと髪をかき混ぜた。

 

 

 

 

「綱吉君は何にする?」

「じゃあ、コーヒーにします」

「ブラック? 大人だね」

「シュークリームと合わせるならコーヒーですけど、コーラとかも飲みますよ」

 本名が城戸である新しい仲間を名前で呼ぼうと最初に提案したのは氷見である。犬飼は自然と名前で呼んでいたが、辻 や二宮が何となく戸惑って見えたので、偽名とわかっているならいっそのこと「綱吉君でいいんじゃないですか」と提案したのだ。

 呼んでみると案外舌に馴染みが良い。二宮隊は基本的に名字呼びだから、はじめての歳下隊員は、氷見に弟ができたような気分にさせた。

 息子曰く、不器用な父親によって放り込まれた少年は、すんなりと二宮隊に馴染んでみせたけれど、そのスムーズさは二宮隊が彼を受け入れたとかそれ以前に、彼の空気感によるものだ。

 一切の不愉快を感じる隙がない。

 これは氷見にとって驚くべきことだった。

 二宮隊が遠征部隊から外されたことで見切りをつけただろう鳩原が、一般人にトリガーを横流しして近界に行ってしまったことは、氷見にそれなりの衝撃を与えた。氷見にとって鳩原は大好きな先輩だったし、次の遠征を目指して頑張ろうと、隊としては意志決定をしていたから、置いて行かれた事実は裏切りにも等しく、それでも鳩原という人間の優しさと頑なな部分を知るからこそ、一秒でも早く弟を探しに行きたかったのだろうと、彼女の大胆な行動を受け入れている自分がいる。ただ、そう結論を出せたのはごく最近のことで、鳩原失踪当時は訳もわからぬまま謹慎処分にされ、隊員同士の接触も禁止、学校も休み自宅に軟禁状態、そしてボーダーから呼び出されて尋問が始まり、尋問の直前に五分だけ顔を合わせることを許された二宮は、上層部の監視のなか「おまえたちが潔白なのは俺が一番よくわかっている。何も知らないことを素直に話せ。そして自分の身を守ることだけ考えろ」とだけを早口に言い、要件が終わったとみなされたのか、五分も経たずに連れて行かれてしまった。

 オペレーターである氷見は鳩原宅の事情聴取にも同行できず、学校は許されても隊員同士の接触は最低限にしろとの通達があったので、これ以上二宮隊の立場を悪くしないようにひっそりと過ごした。

 そうして一ヶ月が経ち、今回の事件が鳩原による独断専行だとの判断が下ったのだろう、二宮隊はB級最下位への降格と最高司令官の不登校の息子を放り込まれる形で隊の存続を許された。

 中学二年生の綱吉はまだ十三歳で、四歳の差は未成年のうちはかなり大きい。氷見と辻 は弟がいるし、犬飼は犬飼だから頼りにしている。問題は二宮だが、綱吉は驚くことに二宮の扱いが上手かったのだ。

 歓迎会をしようと発案した犬飼には、これ以上悲しんでも怒っても鳩原がいなくなった事実は変わらないから、気持ちを切り替えて前を向こうという意図があったのだと思う。氷見も辻 もなんとなくわかって賛同した。二宮はまだ乗り気ではなかったけれど焼肉に行きたいと言えば連れて行ってくれた。

 焼肉が大好きな二宮だが、肉の焼き方に特別なこだわりがあるわけではなく、おもてなし心なんてものもないので自分の肉は自分で焼くのが二宮隊の焼肉スタイルだ。女だからトングを持てみたいな空気感がないのは楽で良い。だから皆がそれぞれ違う肉を人数分網にのせる。

「綱吉君はなんの肉が好き?」

「なんでも食べますけど、ハラミとかマルチョウとか好きです」

「マルチョウなんて渋いね」

「食べたことないから頼んでみようか」

「どこの部位?」

「牛の小腸だ」

 氷見と辻 はマルチョウ初体験であったが、焼き加減によって弾力が変わるから、綱吉曰く、初心者の二人は軽いコゲがつくくらい焼いたほうが食べやすいと言うので、そのとおりにしたら美味い。二宮隊の焼肉に新しくレパートリーが増えた。

 不登校だという話は聞いているが、焼肉に行っても、隊室でお茶をしても、隊服の設定をしても──なにやらスーツに妙なこだわりがある──不登校になるような要因は感じられなかった。学校生活に障害を感じたことのない氷見では何が不登校に繋がるのかは想像力に欠けるけれど、少なくとも対人関係に問題は感じられなかったのだ。氷見が密かに不安を抱いていたのは、戦闘面だ。二宮隊はA級の上位に位置していたチームだ。一人ひとりがマスタークラスの技術を身につけている。そんな彼らに綱吉がついていけるのか、という氷見の不安は、良い意味で裏切られた。

 スコーピオンとグラスホッパー使いと聞いて誰もが思い浮かべるのは、A級草壁隊に所属するアタッカー緑川だろう。彼はグラスホッパーを追加することで機動力を身につけポイントを伸ばしており、彼のようには動けなくとも似た戦闘スタイルだろうと予期すれば、綱吉は模擬戦闘で二宮の首を刎ねてみせた。

「お世話になる以上は本気でやります。俺がこのチームにできる一番の貢献は戦闘なので、まずは今期のランク戦で一位まで上がりましょう」

 さも当然のように言ってのける十三歳に、首を刎ねられたばかりの二宮と、見学していた犬飼と辻 、そしてオペレートしていた氷見は絶句した。

「全部のポイントを取れば二回の試合で上位グループに入れますよ。来期からは影浦隊が参加するので、やっぱり今期で一位になってしまうほうがA級に戻りやすいでしょう」

「──いやさぁ、もちろんA級には戻るつもりだけどさ、え、全部のポイント?」

 こういう時にいち早く切り返せる犬飼は流石だ。

「俺のサイドエフェクトは力技で捻じ曲げることができるんです。たとえば、俺は犬飼先輩がジャンケンで何を出すのかわかります。だから先輩にグーを出すと教えれば、先輩はパーかチョキに切り替えますよね。こんな感じで、二宮隊は強いので俺がいてもいなくてもB級一位に上がります。ただ、一位になるまでに何日かかるかまではわかりません。俺にできることは最速で上がるための手伝いかなって」

 精度百パーセントの第六感が二宮隊の勝利を約束している。これに高揚しない者がいるだろうか。少なくとも氷見は全身の血が熱くなり、拳を握って喜びに耐えた。皆が仮想空間にいて良かった。でなければ潤む眼を見られていたから。

 鳩原の行いによって二宮隊は形を変えてしまったけれど、それで駄目になるほど二宮隊は脆弱ではない。生まれ持った才能を活かしてトップになるという意味を持つ血のミルククラウンを隊印にするような部隊だ。

 そしてなにより、二宮隊を終わらせる理由を鳩原にしたくはなかった。弟のためなら仕方がない、そう納得できてしまえるくらいには、氷見は今でも鳩原のことが好きだった。自分たちにこれだけの迷惑をかけたのだから、せめて無事に弟と再会できますように。誰に言わずとも、氷見は心の中で祈っている。

「二宮さんてジンジャーエール以外は飲まないんですか?」

 自販機のボタンを氷見が押して、綱吉がドリンクを回収する。

「コーヒーも飲むけど、二宮さんの体の水分の半分はジンジャーエールかな」

「糖分が多いから糖尿が心配ですね」

 思いがけない言葉にギョッとして、氷見は声を上げて笑った。可笑しくて仕方がない。ここが休憩スペースで良かった。

「綱吉君て、たまに年寄りくさいこと言うよね。お父さんの健康を心配してたりするの?」

「父はワーカホリックなので。ご飯は食べてるみたいだから安心ですけど」

「あーあ、まだ可笑しいわ。犬飼先輩と辻 君にも教えてあげよ」

 目尻に溜まる涙を拭いながら休憩スペースを出ようとした氷見は、入り口で立ち尽くす子供の姿に体が固まるのがわかった。

 絵馬だ。鳩原の弟子であった男の子が、隊長である影浦雅人とそこにいて、感知系のサイドエフェクトを持たない氷見にも伝わってくる、何かに酷く傷付いた顔をしている。

 ──鳩原を慕う後輩である氷見が楽しげに笑う姿に傷付いたのだ。

 その顔を見た瞬間に、氷見は全身を雷に打たれたようなショックを受けた。腹のそこから湧き上がる罪悪感にカッと頬が赤くなる。氷見たちは鳩原の抱えていた事情を知っているけれど、絵馬は知らない。弟子であっても二宮隊ではないというだけで、彼は師匠を失った理由を何も知ることができない。

「影浦先輩と、絵馬君だよね、はじめまして、沢田です」

 氷見が顔を背けた横で、綱吉は堂々と名乗り頭を下げた。

 まさか自分から関わりに行くだなんて、今の二宮隊は彼らにとって地雷だろうに、でも綱吉は鳩原の件には無関係で、でも、でも──

 絵馬の視線は氷見を責めていた。責められるいわれなんて何もないのに、鳩原の密航に気付けなかった氷見を、楽しげに笑った氷見を、何も知ることができないからこそ無垢な瞳が、無言で氷見を貫いて、克服したはずのあがり症が再発してしまったのかもしれない、呼吸が浅くなるほどの動悸だった。

「これは後回しにすると後悔しそうだから、いま伝えてもいいかな」

 綱吉だけが一人、別の場所に立っている。別次元の思考をしている。氷見はそろりと綱吉を見、綱吉が見る影浦を見た。この場において絵馬の保護者は影浦で、影浦は凝と綱吉を睨むようにしたけれど、何も言わなかった。それを許しと捉えた綱吉が、柔らかく口を開く。

「俺は鳩原さんの代わりじゃないよ。色んな噂が飛び交っているけどね、鳩原さんは二宮隊が追い出したわけじゃない」

「だったら、どうしていなくなったの」

 何かに耐えるような冷たい声色だった。

「どうしてこんなことになったのかは鳩原さんにしかわからないよ」

「なら会わせてよ。どこにいるんだよ!」

 これ以上は踏み込んではいけない。何も知ることができない絵馬に、鳩原の宝物だったはずなのに、血の繋がった弟のように選んでもらえなかった絵馬にこれ以上は──

「会えるよ」

 氷見は己の耳を疑った。

「君はまた鳩原さんに会えるよ」

「──いつ」

「いますぐとはいかない。でも、必ず会える。俺のサイドエフェクトが保証するよ」

「直感のサイドエフェクトだっけか」

 見守っていた影浦が確認するように口を挟んだ。

「そうです、影浦先輩ならわかりますよね。サイドエフェクトは俺たちに嘘をつかない」

「ああ──」

 心底わかってるよ。氷見にはそう聞こえた。

 あまり遅くなると犬飼先輩と辻 先輩が様子をみに来てしまうから、そう話を切り上げて、氷見は綱吉と隊室へ続く廊下を歩いた。

 ジュースは綱吉が持ってくれて身軽のはずなのに、氷見の足は重く、思うように前に進まない。

「私たちは鳩原先輩の未練になれなかった──なのに、先輩は帰ってきてくれるの?」

「すこし違いますね。氷見さんたちが迎えに行くんですよ」

「え?」

「二宮さんはそのつもりみたいですよ」

 サイドエフェクトは嘘をつかない。真実しか伝えない。それがどれだけ残酷な内容であったとしても。

 まだ十三歳である綱吉が学校に行くのをやめて他者との関わりを絶った理由を、氷見は唐突に理解した。いいや、同じサイドエフェクトを持たない氷見には到底わからないけれど、綱吉が抱える深淵の、入り口の、ふちの部分に、指一本だけふれることができた気がした。たとえそれが氷見の自分勝手な思い上がりだったとしても、恐ろしく深い穴の、光が届かない陰の色を眼にできたことは、何も気付けずに鳩原を行かせてしまった氷見にとって、確かな一歩だったのだ。

「二人とも遅かったね、何かあった?」

 隊室のドアを開けると、いま外に出ようとしていた様子で、犬飼と辻 がそこにいた。やはり二人は心配して探しに行こうとしていたようだ。あのまま話していたら犬飼と影浦が一悶着おこしていたかもしれない。

「なんでもないですよ。それより、早く準備しましょう。二宮さんも戻ってきますよ」

 様々な噂は未だ面白おかしく人々の口を渡り歩き、わざと聞こえるように話す心無い者たちもいる。そのせいで犬飼たちは以前よりも過保護になってしまった。だからあえて氷見は明るく言う。ついでに綱吉の糖尿発言を教えてやると、二人は氷見のように声を上げて笑った。

 二宮が帰ってくるまでにどうにか笑いの波を落ち着けて、五人はテーブルを囲んでお茶会を始めた。辻 おすすめのシュークリームは絶品で、美味しいものは悲しいことを無かったことにはしないけれど、人を笑顔にさせる力がある。

「ねえ、綱吉君の好きな食べ物ってなに?」

「好きな食べ物──一番は母さんのハンバーグですね」

「素敵だね。じゃあ趣味はなに?」

「うーん、なんだろう、ゲームはしますよ。音ゲーとか好きです」

「じゃあ──」

「なになに、綱吉君に質問タイム?」

 質問攻めにする氷見にストップをかける犬飼は、二宮隊のバランサーとして難しい時期に放り込まれてしまった後輩を気にかけているが、氷見とて目的があっての行動だ。

「私、後悔してるんです。鳩原先輩の未練になれなかったのは、弟さんと比べたら仕方がないと思いますけど、先輩のことをもっと知ってたら気付けたのかなって」

「氷見先輩、それはたらればの話です」

 誰よりも先にそう言ってくれる綱吉は、やはりそのサイドエフェクトのせいで人の心がわかりすぎてしまうのだろう。迅が強制的に未来を見せられるように、影浦が刺されるように、聞こえてしまうように、学んでしまうように、綱吉はわかってしまうのだろう。人の心の奥底にしまわれている願いさえも。

 絵馬の苦しみも吐露も年相応のゆらめきだった。可笑しいのは綱吉のほうだ。子供らしくない子供、彼の言動は年齢にそぐわない。サイドエフェクトがそうさせるのかも、氷見にはわからない。知らないから、わからない。どうしてあんなふうに戦えるのだろう。何を楽しいと想い何を悲しいと想うのか。氷見たちは綱吉のことを何も知らない。

 

 

 

 

 ──いやいや、こんなんチートやん。

 そう言ったのは垂れ目の後輩か、元気小僧か、それとも自分の本音が漏れ出たか。

「ヤバない? 超直感て言うらしいけど、ヤバいよな」

「ヤバいっすね!」

「一体どうなっとんの」

 隊長である生駒達人の「ヤバない?」を合図として掛け合いをするのはB級一位生駒隊の常であるけれど、この日は掛け合いではなく渾身の「ヤバいっすね!」だ。まあ、生駒隊アタッカー能天気代表・南沢海にとっては緊急事態でもなんでもない。

「ヤバいなぁ」

 水上敏志は重力を無視し続ける髪をかき混ぜながら、うーんと唸る。

「二宮隊にサイドエフェクト持ち放り込むって何考えとるん? ほんまありえへん。しかもなんやねん、勘て。こちとら商売上がったりですわ」

 ぐずる垂れ目の後輩、隠岐孝二は、荒船隊と那須隊の試合記録を観てからすっかり怯えてしまっているのだ。

 一キロ先のスナイパーと眼ぇ合わせるとかホラー以外のなんだって言うん?

 影浦のサイドエフェクトもスナイパー泣かせで有名であるが、あれは照準を合わせる──感情が刺さる──まではわからない。迅の予知とてチートであるも、生駒隊がランク戦に参加するころには彼はすでにS級隊員だったのと、玉狛支部は独自開発のトリガーを使うのでチーム戦をしたことがない。

「これってどないなってんの? 沢田君は超絶眼ぇ良くてスコープの向こうも見えてるってこと?」

「そうやなくて、なんとなくここら辺かなぁってところを見たらスナイパーと眼あうんとちゃいますか」

「なんやねんそれ怖!」

 水上の解説を素直に聞く生駒だが、口先だけで隠岐のように本気で怖がる素振りはない。そういえば、この人の恐怖という感情を目撃したことは一度もない。悔しいはあるけれど。

「正直、このサイドエフェクトをどうにかせんとうちに勝ち目ないで」

 オペレーターの細井真織の軌道修正にのっかり、水上はこのままどうにか作戦会議を推し進めることにした。

「確かにこの直感はヤバいけど、捌ける情報量にも限界があるんとちゃう? 機械やなくて人間の脳やし、操ってるのも一人の人間や。周りに指示出ししても、勘てのは確証がない。何となくで言われても対応する側は対応しきれないんちゃうかな」

「──ほんまですか? じゃあスナイパー三人で同時に狙ったら当たります?」

「どやろなぁ、当真あたり巻き込んでシュミレーションしてみたらどや。あいつ当たらない的には当てたくなる奴やからノリノリで対策考えると思うで。荒船も悔しがってたし」

 沈み込んでいた隠岐の眼にわずかばかりに光が戻る。そこへ、細井が「ほな今日の試合で弱点暴いたらな!」と喝を入れれば、いつものマイペースな隠岐の完成だ。すぐにぐずるのが玉に瑕のイケメンだが、復活が早いのは良いことだ。

「わかってても対応できない状況にするのが手っ取り早いな」

「つまり?」

「囲む」

「えー! 俺そういうのあんま好きじゃないっす」

「ほう、なら海。おまえ沢田とタイマンで勝てるか?」

「無理っすね! 緑川や巴とのランク戦を何度か見ましたけど、そうとう動けますよ。囲んでも逃げられるんじゃないですか?」

 南沢の言うことも間違ってない。水上が見かけた個人戦は辻 と帯島であったけれど、沢田は動きだけはマスタークラスだ。

「うちだけで囲めばそうかもな。でもな、沢田をどうにかしたいと思うてるのはどこも一緒のはずや。これ以上、二宮隊に好き勝手やらせる気は王子隊も東隊もないやろ」

「共闘するってことか?」

「ちゃいますよ、イコさん。二宮隊を最初に抑えたほうがスムーズに行くってだけで、取れる点はバンバン取ります。なんせ二宮隊は今回の試合後にはB級一位に上がるつもりみたいやからな」

 生駒隊をさしおいてたった三試合で一位に駆け上がろうなんて良い度胸だ。A級上位にいた彼らの実力は嫌というほど知っているけれど、それでも敢えて言わせてほしい。生駒隊を舐めるなよ、と。

「ただひとつ、気になることがあるんやけど、沢田が二宮隊に放り込まれた理由、聞いたことあるか?」

「トリオンの扱いが下手くそやから二宮さんに習うためって聞きましたけど」

「それやそれ、でもおかしいやろ。だってトリオンの扱い習う言うとんのに沢田の戦闘スタイル変わってへん。その理由が本当なら、そろそろトリオンキューブ来てもおかしくないで」

「沢田がシューターやるってことか!」

 ひらめいた! とばかりに手を叩く生駒に「そうです、やから注意してください」と、水上は特に念を押さねばならない南沢と生駒、そして意外とゴーイングマイウェイな隠岐、つまりは全員の顔をしっかりと見渡した。

 

 

 一点差でどうにか上位に食い込んでいる二宮隊が選んだマップは、中央に位置する大型ショッピングモールが特徴の市街地Dだ。スナイパーを失った二宮隊による生駒隊の隠岐、東隊の東を封じるための選択か、となれば大通りではなく屋内で戦う構図が彼らの理想と予測できる。

「イコさん、ひとつ頼んでもいいですか」

「おん、言うてみ」

 転送まで残り五秒のタイミングで、水上はゴーグル越しの生駒の眼を探る。

「二宮さんはあんたが落として下さい」

「は──」

 生駒が呆けてる間に転送が始まる。

 縦に長いステージとも言える市街地Dは人によってはクソマップ認定されるけれど、開けた空間よりも相手チームを出し抜くネタが転がっているこの戦場が、水上は嫌いではない。上手く使えば元A級だろうと出し抜けると、人より多少良くまわる脳味噌がいくつかの策を捻り出す。

 転送と同時にマップを確認すると、すぐに細井から通信が入る。

「どっかの隊が速攻でショッピングモール目指して動き出しとる! 中で合流するつもりかもしれへんで!」

 この戦いで最も優先すべきことは沢田を最初に落としてしまうことだ。ただでさえ落としづらい駒なのにチームメイトと合流されたら攻略難易度は跳ね上がる。

「隠岐、そばに誰おるか見えるか?」

「ちらっと見えたのは二宮さんと犬飼先輩ですね」

「となると、ショッピングモール向かってるのが二宮隊か。マリオ、似たような動きしとる奴らにマーカー頼むで」

「もうしとる。座標送るで」

 外で合流を狙っているのは王子隊と予想できる。東は開始早々バッグワームで消えているから、となると浮いた二人が東隊の小荒井登と奥寺常幸だろう。

「海、そばに一人おるから注意せえ!」

「了解っす!」

「隠岐、おまえは外で待機や」

「はいはい」

「イコさんは俺と合流しましょか」

 それぞれに指示を出して動きだす。

 さて、今回はいくつかの勝ちパターンがある。ひとつはランク戦らしく得点をあげる通常通りの白星だ。もうひとつは、点数は取れなくても二宮隊を追い込むことでの白星。水上としては点を取った上で二宮隊を追い込んだ白星が目標であるけれど、最悪の点も取れず二宮隊に一位を攫われる黒星だけは避けたい。

「なんか二宮隊の動き怪しいで」

 大通りの向こうから手を振ってくる生駒に手を振り返していると、細井の慎重な声色の通信が入り、水上はバッグワームなしに動いている布陣を見た。レーダー上では南沢がまもなく誰かと出会う──水上はこれを沢田と仮定している。東隊らしき二人が真っ直ぐ沢田(仮)を目指しているのも東の何らかの指示だろう。ショッピングモール脇では王子隊(仮)も合流している。となると反対に一人いるのは辻 か──二宮と犬飼を目指しているからそうだろう──

「二宮隊、ショッピングモールの合流やないみたいやで」

 細井がそう言うが、水上も気になっていたのだ。彼らの動きは合流を目指しているものだが、沢田はそこに含まれていない。

「──東さん狙いか!」

「マジですか」

 ボーダーの生ける伝説、一番最初のスナイパーである東は、潜伏を基本とするポジションなだけあり、彼が本気で隠れると見つけるのは難しい。あの影浦のサイドエフェクトでも感知しづらいまさに潜伏のプロ。けれども、そんな彼でさえも沢田の超直感は見つけてしまえるらしい。

「沢田発見!」

 南沢は通信と共に弧月を抜いたようだ。となると、寄ってきてる二人組は小荒井と奥寺で確定、二人も東の指示で沢田を落としに来たのだ。

「ちょお待って、沢田が囲まれるのわかった上で東さん落としに行ってんの?」

「みたいっすね。東さん狙えば小荒井と奥寺が釣れるのわかった上で、わざとショッピングモールで合流する風に見せかけ、東さんの援護にまわれないようにしたんやないですかね」

 皆が沢田を囲む意識で動いているけれど、二宮隊は違う。沢田を囮にし、沢田に足止めをさせるつもりなのだ。

「ほな、超直感とやらのお手並み拝見といきましょか」

 元A級にバッグワームをないことにしてしまうチート級サイドエフェクト、今までの試合を観戦した者たちは勝負する前から劣勢と呼ぶだろう状況、けれども生駒隊に勝ちを諦めている奴はいない。

「海、王子隊もそっち向かっとるからな」

「隠岐、沢田狙えや。位置バレても今はおまえ狙える駒がおらん。海の援護やなくて点取るつもりで撃ちぃ」

「そういうのを鬼畜言うんですよ」

 なんて言いつつも隠岐は狙撃ポイントを変えるためにグラスホッパーを起動しているころだろう。その時、水上はひらめいた。

「狙撃ポイントはこっちで指定する。どうにかそこで沢田落としや」

 細井にマーカーの座標を送り、隠岐に反映させる。沢田から十分な距離を取った場所に隠岐は「先輩、鬼畜言うたこと気にしてます? まさかこんな繊細やったとはすみません」とべちゃくちゃお喋りしているので、ぐずりは試合前でさっぱり終わったらしい。

「イコさん、俺たちもこのまま沢田に圧力かけに行きますが、タイミング見て離脱して下さい」

「──二宮さん落としに行けゆうことやな」

「あんたならできます」

「水上に言われるとできる気がしてくるから頼もしいわ」

 この人は、相変わらず何も意識しないでこんなことを言う。それがどれだけ水上のモチベーションに繋がってるかも知らないで。

「とっておきのアクロバティック生駒旋空、期待しとります」

 水上と生駒が対沢田戦に参戦すると、南沢、小荒井、奥寺の三人が丁度良い位置どりをしながら二宮隊への合流を阻む動きをしていた。東隊の二人はソロではそこそこといった実力だが、その連携は風間隊にも匹敵する実力者だ。そこに南沢と隠岐の狙撃、一対四の構図は水上の理想の囲いだ。

「マリオ、東さんのほうどうなっとる」

「まだバッグワーム解いてへんてことは見つかってないっちゅうことやな。ほんま隠れに徹した東さんを見つけるのは至難の業やで」

「動きがあったらすぐに教えてくれ。東さん取られる前にイコさんが二宮さんを取る」

 隊長の元に二宮隊が向かっていることが、小荒井と奥寺にはそうとうなストレスに違いない。戦いを上手く楽しめるはずの二人の表情は険しく、その剣技を避けながら隙を伺う沢田も、同じくらい真剣だ。そういえばログの中で沢田はいつもこんな顔をしていた。犬飼のようにヘラヘラしているほうが少数派ではあるも、アタッカーは近距離戦闘のスリルを楽しむ節があるから、硬い沢田の表情は妙に気になる。

「アステロイド!」

「旋空弧月」

 東隊を巻き込まないように気を配りながらの攻撃であるも、これで一対六の局面だというのに、いまだ沢田は攻撃を避け続けている。これは生駒を行かせる余裕があるだろうか。どうにか生駒がいるうちに腕か足の一本は落としたい。

「うわぁ、ほんまに眼合いよった!」

 それは狙撃直後の隠岐の悲鳴だ。これでもまだ弾速重視のライトニングを避けるのか。薄々気付いていたが、本当に厄介なのはサイドエフェクトではなく、サイドエフェクトを使いこなす肉体のほうだ。どのような訓練を受けたらそこまで己の肉体を使いこなせるのか、流石の水上にもわからない。

「そろそろ王子隊も来るで」

 内部通信で指示を出し、各々が弧月とトリオンキューブをかまえる。

「この攻撃が終わったらイコさんは離脱してください」

「生駒了解」

 腕よりも足の一本が欲しい。小荒井と奥寺の特攻に合わせて南沢と生駒が動く。隠岐の狙撃、水上のアステロイドに見せかけたハウンド。そこへ中距離から加わるのが、王子隊・蔵内和紀によるハウンドとメテオラの合成弾、サラマンダーだ。

 どれだけシールドが分厚くとも必ずどこかしらに攻撃を受けると思われたその時、水上はそれを目撃した。

 沢田はそっと瞼を閉ざした。

 視覚を捨てたサイドエフェクトによるオート回避行動。すべてを避けきれないと判断したらしい沢田は左手首の肉を犠牲にそれ以外の攻撃を防いでみせた。

 ──ほらな、やっぱり。サイドエフェクトよりも肉体の扱い方がえげつない。

 能力としては素晴らしいサイドエフェクトだけれど、それに肉体が反応できなければ宝の持ち腐れだ。これは聞いた話だが、迅がランク戦で負ける原因は未来を見ることに集中しすぎて現在が疎かになるから、らしい。

「凄いなぁ、沢田。あの動きは半年そこらの訓練じゃなくて、長い時間をかけて積み上げられたもんや。血の滲むような努力の結晶や」

 生駒の純粋な賞賛に、水上は心の底から同意した。

「東さんがバッグワーム解いたで!」

 スコーピオン使いにとって手首の欠損は大した意味を持たず。沢田の足を削れなかったのは惜しいが、このままでは一瞬の隙をつかれてこちらが押し負ける。二宮隊が分裂している間に沢田か二宮のどちらかだけでも仕留めなければこの試合に勝つことはできない。生駒離脱の隙をなくすために水上は広く動く。隠岐もイーグレットに持ち替えて沢田を狙っている。

 このまま沢田を抑えて生駒が二宮を取る。そのために出来ることは沢田の足止めだが、東が戦闘体勢に入ったことで小荒井と奥寺の動きに焦りが見える。

「海、おまえは焦るなよ」

「大丈夫です!」

「ほんまかいな」という本音は胸の内側にしまったというのに、直後に南沢の右腕が飛んだ、利き腕だ。間髪入れずに小荒井が前に出、王子隊が乱入するも、沢田は上空に飛び上がる。

「抜けられる──!」

 奥寺が言うが、違う。二宮隊に向かうのではない──

「隠岐ぃ!」

 水上の指示に咄嗟に反応した隠岐がアイビスを、王子一彰がアステロイドを放つ。それを身を捻ってかわし──脇腹をかすめる──空中に浮き上がったそのタイミングで、ギィン! と発現するのは二つのトリオンキューブだ。

「空中で初お披露目かい!」

 視認した者たちがフルガードに切り替える──放たれる沢田のフルアタック──アステロイドと見せかけたその球はある時に鋭利に曲がり、前衛にいた東隊の二人を捉え、バイパーの回避に動いた南沢だが、超直感はその先を読み切る。

 一度のフルアタックで三人が落とされた。水上も右半身を撃たれてダメージは大きい──そう認識した直後、樫尾由多嘉が弧月を振るう。

「まだ沢田狙っとく場面やろが!」

「取れるところから取らせてもらいます」

 未だ点を取っているのは二宮隊の三点だけだ。樫尾の判断は間違っていないけれど、それよりもまずは沢田だ。そして、二宮だ。

「──イコさんが二宮さん落とした!」

 細井からの通信は、作戦のひとつの成功を告げた。

 生駒が弓場拓磨対策として考案した生駒旋空の射程は四十メートルだ。居合道を極め続けてきた生駒にしかできない、まさに神業と呼べる剣技。それは家屋だろうと切り捨てる。ならばショッピングモールの壁だって切れるだろう。そんな、安直とも生駒への信頼ともいえる思い付きは、生駒を隠岐のグラスホッパーで飛ばし、東に夢中になっているところを壁越しに切り捨てるというものだ。市街地Dは縦に長いステージであるため、レーダーではそばにいても実際には二階と四階と距離が開いていることがある。その予備知識は近付いてくる生駒への警戒を鈍らせただろう。グラスホッパーを持っていない生駒が、まさか空中から斬り込んでくるとは思うまい。隠岐を後方に配置したのは、沢田にビビる可哀想な後輩への気遣いでもなんでもなく、沢田を狙い生駒を支援できるギリギリのポイントがそこだっただけで、それもマップが狭くないと実現はしなかった。市街地Dは、やはり工夫次第で化ける面白いマップだ。

 嬉しいことに、生駒の旋空は辻 の利き腕まで奪ってくれた。乱闘の最中に東は再びエスケープし、生き残った犬飼と辻 は一時撤退を余儀なくされる。

 これで生き残りはこうだ。

 生駒隊──生駒、隠岐、水上

 二宮隊──沢田、犬飼、辻 

 東隊──東

 王子隊──王子、蔵内、樫尾

 迫りくる樫尾の弧月を避けて屋根に上がった水上は、トリオン体でありながら背筋がゾッとする何かを感じ、それは水上だけでなく樫尾も同じだったようで、二人がハッと意識を向けたその先では、再びのトリオン値十四のフルアタックが空を明るく照らしている。

 わかる──という感覚が、水上にはわからない。サイドエフェクトを持たない水上には、そんな抽象的な、個人の感覚を分析する気力もなかったけれど、先ほどのフルアタックに被弾した今となっては、軽い予想を立てることができる。

 文字通りに、わかるのだろう。何となく。水上のような普通の人間が今までの人生経験をもとに勘が働くように、沢田にはわかるのだ。誰がどの方向にどうやって回避するのかが。だから、勘に従い弾道を設定すれば、その通りに相手は動いて勝手に被弾する。

「おまえの言うとおりや、樫尾。取れる時に取らんとな」

 水上のアステロイドが樫尾を貫いた直後、沢田のバイパーが水上のトリオン供給機関を破壊する。水上はここまでだが、これで生駒隊の得点は二点。後は細井と共に支援に徹するとしよう。

 ベイルアウトマットに戻り、ひとつ大きく深呼吸する。ランク戦のルール上、戦場にいなくともオペレーターの支援としてアドバイスや指示を飛ばすことができるのだ。

 まだ、水上にはやることがある。

 試合は二宮隊の勝利で終わったが、数字を見れば二宮隊が生存点を取って五点、生駒隊は四点、王子隊が一点、東隊が二点という結果だ。

 あの後、生駒が辻 を仕留め、隠岐は王子に落とされ、生駒が落とし返した。

 生駒と蔵内は攻撃の隙を東の狙撃にやられ──単独で二点をあげる東の仕事っぷりには脱帽──東本人はスナイパーキラーの沢田には挑まず自主的にベイルアウト、それぞれが二宮隊に点をやらないように動いた結果、生駒隊は一位を死守し、二宮隊は二位となった。

 試合には負けたが勝負には勝ったといえる結果に、生駒は積極的に指示を出した水上を褒め、沢田にビビりながらも二宮攻略に多大な貢献をした隠岐を褒め、沢田の足止めという大役を真っ先に引き受けた南沢を褒め、いつも通りに抜かりない仕事をした細井を褒めた。

 

 

 

 

 攻撃体勢にある綱吉への挟み込んだ狙撃に、辻 は純粋に「お、良いとこ狙ったな」という感想を抱いた。いま対戦ブースに入っているのは犬飼&綱吉ペア、荒船&半崎ペアだ。ランク戦で戦ってからというもの、彼らはたまにメンバーを穂刈や辻 と入れ替えながら模擬戦を行っている。スナイパーたちは綱吉の超直感がどれほどのものかを探り、綱吉は必死に対策を練ってくる彼らの対策、犬飼と辻 は綱吉の超感覚的な指示になれるためだ。直感のサイドエフェクト──それは本人にとっては精度百パーセントだけれど、それを元に指示を受けた側は、あまりに感覚的すぎて対応できないことが多々ある。アクロバティック生駒旋空を二宮が回避できなかったのもそれだ。

 今日はバイパーが良く当たりそう──その直感は確かに当たるけれど、いつどのタイミングかはサイドエフェクトが決めるから、巻き込まれないようにするのが大変だったりするのだ。

 鳩原が二宮隊を置いていなくなり、綱吉が放り込まれてから三ヶ月。九月となり貴重なランク戦オフシーズンがやってきた。二宮隊はB級一位で通過して、来期とその次も一位を死守できればA級への挑戦権が得られるらしい。その頃には綱吉はいなくなっている──というのは、綱吉が顔を合わせたその日に「半年」と口にしたからだ。

 持つ者曰く、サイドエフェクトは嘘をつかない。

 ならば半年なのだろう。綱吉と共にこなせるランク戦は来期のみ、その次は二宮、犬飼、辻 の三人で戦わなければいけないというのに、不思議と焦りがないのは、やはり綱吉が「二宮隊は強いので俺がいてもいなくても一位に上がります」と言ってくれたからだ。

「いいなぁ、俺も早くやりたい!」

「見学だって勉強じゃないか」

「そうだよね、あんなふうにスナイパーが前に出てきた時の回避方法なんて、なかなか見れるものじゃないもんね」

 緑川、巴、帯島の三人は、この試合後に綱吉を交えてランク戦をする約束をしているそうだ。穴が空きそうなほどにスクリーンを見つめる三人の背中には貪欲さと若者特有の輝き──辻 とてまだ十七歳だけれど──があって、彼らが自分の歳にはどんなアタッカーになっているのか楽しみに思う。もちろん、綱吉も含めて。

「楽しそうだね」

 そう言いながら辻 の背後からそっと現れたのは、ランク戦ブースにいるのはかなり珍しい、S級隊員である迅だ。

 何となく小声なのは、モニターを凝視している緑川の集中力を切らさないためだろうか。自然と辻 も声のトーンを下げる。

「お疲れ様です」

「うん、お疲れ。俺もここで見てっても良いかな」

「もちろんです」

 迅と二人きりで話す機会はあまりないので、何か話題を提供すべきかと考えたが、先に口を開いたのは迅だった。

「俺に聞きたいことがあるんじゃないの」

 その問いにすぐに返す言葉が出なかったのは、時間による自然治癒だろうか。モニターを眺める迅の横顔は、いつも通りの実力派エリート迅悠一のものだけれど、口元のあたりが物悲しく見えるのは、辻 がこの三ヶ月を綱吉と過ごしたからかもしれない。

「当時はありましたけど、今はないですね」

「──そう」

 未来視のサイドエフェクトに鳩原の密航は映らなかったのか。

 二宮隊にこの疑問を持たなかった者はいないだろう。鳩原が隊務規定違反を犯してクビになったことを悲しむ者は、口には出さずとも、事前に防げなかったものかと、人間の領域を超えた力に憤りを覚えたかもしれない。

 けれども辻 は、二宮隊は、綱吉と関わることでサイドエフェクトが便利なだけのものではないことを知ることができた。どうして副作用と呼ばれるのか、影浦を大変そうだなと気軽に同情したところで何も知らなかったころとは違う、十三歳の子供が他人と関わることに疲れ、諦めてしまうような力なのだ。サイドエフェクトの名付け親が誰かは知らないけれど、神のような力ではなく、代償を伴う力であるという意識を持っていたことに、辻 は、綱吉のチームメイトとして感謝せずにはいられなかった。

「あの、別の質問をしても良いですか?」

「いいよ、特別サービス」

「綱吉がうちに寄越された本当の理由って、迅さんならご存知ですか」

「知ってるよ、推薦したのは俺だからね」

 平然と答えて見せるこの男は、辻 があの質問をせずにこの質問を口にすることも視えていたのだろうか。

「来馬さんのところは支部だからさ、人の出入りも限られててツナ的には良い環境なんだよね。来馬先輩は言わずもがな、村上はサイドエフェクトを持つ者同士だし、別役はツナのサイドエフェクトが人の心を見透かしてしまっても関係ない。今は料理が上手いって言うしね。けどさ、人との関わりが制限されてるのは、俺からすると、ツナを見守ってる奴らからするとじれったいものがあるんだよ。あと戦力的にブースト剤になっちゃうからさ、他の隊員の経験を奪って成長の妨げになる。その点、二宮隊は一人ひとりが強いからね、心置きなくツナを放り込めた」

「はあ、それはどうも」

「戦力的にも、二宮さんの裏表がなくて素直な性格的にも放り込んで平気そうだったから推薦したけど、一番はね、楽しそうなツナが視えたならなんだよ」

 綱吉は迅のことを「ユウ君」と呼び、迅は綱吉のことを「ツナ」と呼ぶ。今のところ二人をそう呼ぶ他の者には会ったことがない。もしかしたら玉狛や古参メンバー、綱吉の父親を知る者たちならばそう呼んでやるのだろうか。

 辻 はまだ「ツナ」と呼ぶには早いかもしれないが、犬飼や氷見に共有しておくのは悪くない。彼が二宮隊を出るときには「ツナ」と呼んでみたい。

「ありがとうね、二宮隊に入ってからのツナは凄く楽しそうだ」

 そう言って微笑う迅は、とても嬉しそうに見えた。

 ランク戦を終えた四人がぞろぞろとブースから出てくる。今回も綱吉のサイドエフェクトがスナイパーを封じてみせたから、半崎はわかりやすくヘソを曲げて、荒船は何かを真剣に訴えて議論の場を要求しているけれど、綱吉は同年代組との約束があるからまた後日になるだろう。

「あと三ヶ月、よろしくね。ツナが俺の代わりにブラックトリガーを持っても気にかけてやってくれよ」

 いま、なんて言った?

 辻 の戸惑いは、緑川の「あー! 迅さん来てるならどうして声かけてくれなかったの?」というA級隊員に相応しい、タックルのような強烈なハグによってかき消されてしまった。

「おお、駿、元気だな」

「迅さんに会えてもっと元気になったよ! ねえ、これから模擬戦やるんだけど迅さんも参加しない?」

「俺が入ったら偏っちゃうだろう。見ててやるから四人でやってきなさい」

 迅がそう言うならばと、すぐにでも模擬戦闘を開始しようとする四人を、どうしてだか迅が呼び止める。

「あと三分だけ待っててくれ」

「どうしたんですか?」

 帯島の問いに、迅は微笑みを深めるだけだ。

「なになに」と犬飼が寄ってくるが、辻 にもわからない。

「ユウ君──」

「大丈夫だよ、ツナ。俺のサイドエフェクトはそう言ってるけど、おまえのサイドエフェクトはなんて言ってる?」

 サイドエフェクトを持つ者同士、それも似通った性質を持つ二人だけの、なんらかの意志の疎通を感じた、辻 は、綱吉がゆるりと瞼を閉ざし──サイドエフェクトを感じる時の綱吉の癖──そうして後ろを振り返る視線の先を、自然と眼で追っていた。

「え、城戸司令だ」

 ざわりとランク戦ブースに動揺が広がる。この組織の最高司令官がわざわざこんな場所に何の用だろうと、雑誌やテレビではなく、はじめて生で見るC級隊員も含めてのざわめきが、城戸の歩みによって波のように引いていく。

 城戸はきょろりと辺りを見渡して、こちらに気付くと真っ直ぐに歩いてくる。

 その眼が写すのはただ一人、我が子である。

「綱吉」

 聞いたことのない穏やかな声は、まさしく父親のもので、予備知識のない者たちにさえも驚き以外の動揺を誘う。

「──もういいの?」

「それを決めるのは私ではない。おまえだよ」

 ──ありがとうね、二宮隊に入ってからのツナはすごく楽しそうだ。

 そんな、先ほどの迅の声がフラッシュバックした辻 は、ちらりと迅の横顔を盗み見た。

「そっか──うん、そうだったんだ」

 なんて顔をするのだろう。

 綱吉のはにかむような微笑みを見守る、迅の表情ときたら──喜んでいる。予知が現実になったことを、心から。やはり訊かないでおいて良かった。

「ありがとう、父さん」

「──ああ」

 もういいのだと言う。城戸の名を隠さずとも、サイドエフェクトを隠さずとも。三ヶ月後にブラックトリガーを手にするらしい綱吉は、今まで隠してきたあらゆるものをさらけ出して、城戸の息子として歩いて行けるらしい。

「今夜の予定はどうなっている」

「防衛任務は入ってないよ」

 それは隠す必要のなくなった二人の、親子の会話だ。

「そうか、なら、久しぶりに二人で食事でもどうだ」

「父さんが作ってくれるの?」

「母さんのようにはいかないがな」

「いいよ、父さんが不器用なりに作ったご飯が食べたい」

 会話を終えた綱吉が、さてと緑川達に体を向けるも、もはや模擬戦どころの話ではない。驚きに言葉が出てこない少年少女に変わり、綱吉が「あ、俺の父さん。紹介したことなかったよね」なんて言ってのけるから、秘密を知っていた辻 、犬飼、そして迅は微笑わずにはいられなくて、城戸が「似ていないからな、この子は母親似なんだ」なんて付け加えるものだから、余計に魚のように口をぱくぱくを動かすことしかできない皆が、なんともまぬけだ。

 

 

 

 

「大丈夫、皆は遠征にも行けるし鳩原さんとも再会できますよ」

 それが二宮隊を後にする綱吉の最後の言葉であった。

 ──俺のサイドエフェクトは力技で捻じ曲げることができるんです。たとえば、俺は犬飼先輩がジャンケンで何を出すのかわかります。だから先輩にグーを出すと教えれば、先輩はパーかチョキに切り替えますよね。こんな感じです。

 何が言いたいのかと言うと、二宮隊は強いので俺がいてもいなくてもB級一位に上がります。ただ、一位になるまでに何日かかるかまではわかりません。俺にできることは最速で上がるための手伝いだと思うので、精一杯やりますよ。

「あいつらしいと言えばらしいが、最後にとんだ置き土産だ」

「遠征にさえ行けば鳩原先輩には会える」

「だけどそれがいつになるかは俺たちの努力次第で早まりもするし遅くなりもする」

 超直感とは、つまりはこういうことだ。

「もちろん次の遠征目指しますよね。私たちで鳩原先輩を迎えに行かないと」

 握り拳を作って氷見が張り切ってみせると、犬飼も辻 も賛同するというのに、二宮だけが涼しげな目元に驚愕を滲ませ、すぐに何かに気付いて小さく舌打ちをする。

「──本当に、とんだ置き土産だ」

 二宮隊の方針は綱吉が抜ける前から変わらない。三期目のランク戦もB級一位を死守する、ただそれだけだ。




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