奈落の勇者   作:キムハン

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1章
第1話 何百万メートル先の場所


 

 アベルが死んで、一年が経った。俺は砂漠地域で暮らしていたが、突っかかってくる奴を全員返り討ちにしている間にどこに行っても命を狙われるようになってしまった。

 

 故郷では懸賞金がかかってしまって、すっかりお尋ね者だ。そのせいで最近はぐっすり眠れる事なんてない。金目当ての住民。金目当ての衛兵。金目当ての傭兵。そんな奴らから逃げる生活を続けているといつの間にか隣国の街まで来てしまった。

 

 リルの街。茶色の屋根が多く、壁は明るい黄色が多く施されており、木組みで石作りの家が隙間なく並んでいる。

 派手な装飾もなく、かといってボロくも廃れてもない。そんな珍しくもない普通の街だが、なぜか、街はかなり賑わっていた。

 

 どうやらここは勇者の故郷だという、それを街の謳い文句としているのもあってか、街は観光客やそれを目当てとした市場の商人達で溢れている。

 

 人混みに当てられ、気疲れしてきたので、適当な酒場に入り、少し休憩を取る事にした。

 

 大通りから外れ、路地に入る。すると、ボロくも無いが、場所も相まってかなり薄暗い、あまりにも人気のなさそうな酒場があった。

 

『ここにするか。』

 

 そう呟き、俺は酒場の中に入った。

 

 扉を開けると、カランカランっと音が鳴る。その音のせいで、店の客たちが俺の方を観察するようにじっと見てくる。

 

 客はそんなに多くは無いが、見られていると居心地が悪いので、すぐにカウンターに移動した。

 

『いらっしゃい。』

 

 店の店主らしき人物が、ガラスコップをキュッキュッと拭きながら俺にそう言った。

 

 俺は財布から銀貨2枚出す。

 

『これで適当な飲み物と料理を』

『はいよ。』

 

 店主とのやり取りを終わらせると、ドアがカランカランっと音が鳴った。音が鳴り止むと、周りが少しざわつき始めた。二つの足音が近づいてくるが、俺は気にせず料理を待っていた。その中の一つの足跡が俺の方に近寄ってきた。

 

『はい、おまちどう。』

 

 店主が一杯の飲み物を持ってきてくれる。葡萄のようなフルーティーな匂いがする。とても美味そうだ。

 グビっと一口飲むと、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、渇いた喉に程よく染み渡る。

 

『美味しそうですねー僕も同じものをもらっていいですか。』

『はいよ。』

 

 俺の座っているカウンターの横の席一つ開けて、青い兵装をした奴が座ってきた。すると顔はこちらに向けずにそいつは勝手に話し始めた。

 

『いやー相変わらずこの街は人が多くて、構いませんねー。

そういえば、知ってます?ここって勇者の故郷なんですって。確かにすごいですけど、他に何も無いのに、よくこんなに集まってきますよねー』

 

 俺は手に持った葡萄ジュースを飲みながら、無視し続ける。

 

『いやー実は僕たちここら辺の教会のものなんですけどね、

なんか上からある人物を探してこいって言われててですねー

それがもう探すのが大変だったんですよー。

 隣のキリス共和国にいるって聞いて、わざわざ砂漠歩き回ってたってのに、全然居場所が分からないものですからー』

 

 俺は飲む手を止め、手に持った樽ジョッキを静かに机に置いた。

 

『それがまさかこんな近くに居たとは。全く笑っちゃいましたよー

 あーそれで、そいつの特徴はですねー。腰に珍しい剣を携えてるらしいんですよー。』

 

 そう言うと、横にいた彼は顔をこちらに向けてきた。

 

『ようやく見つけましたよ。首切りのアレンさん。』

 

 チッ、この国も駄目か・・・

 

『なんの用だ。』

 

 俺はなんとか冷静を装い、冷たくそう言い放った。

 

『そんな警戒しないでください。申し遅れました。私聖導剣士 第3部隊の隊長をしております。ドレクと申します。以後、お見知りおきお。』

 

聖導剣士・・・世界中のあちこちで布教している宗教団体の実戦部隊だったか。

 ドレクという男は席を立ち、俺の顔を覗き込んでくるように話を続けた。

 

『こっちは少し話をしにきただけですから、話と言っても少し交渉なんですが・・・

街の宿に部屋を取ってます。ちょっと・・・同行いただいてよろしいですか?』

 

 彼は周りに聞こえない様に小さな声でそう言ってきた。

 

『断る。男と寝る趣味はない。』

 

 そう言って席を立ち上がり、振り返って店を出ようとすると、カウンターの後ろの席に座っていた兵装した、大柄な男が道を塞いできた。

 

『あ、おい、飯はどうすんだ!』

 

 厨房に入っていた店主が料理を持ってきてそう叫んだ。すかさずさっきの男が割り込んできた。

 

『キャンセルでお願いします♪』

 

 彼がそう言うと同時に大柄な男が俺を掴んできた。咄嗟の事に反応しきれなかった俺は体を持ち上げられてしまう。

 大柄な男は俺をそのまま店の外に扉ごと放り投げてきた。

 

 俺はすぐに受け身を取り、腰の剣に手を添える。そして魔力を身体に纏い、集中する。

 

『展開 魔術じn』

 

 俺が陣形を展開しようとしたその一瞬に、2人に棒のような獲物で首を抑えられ、組み伏せられていた。

 

 クソッ、外にも2人居たのか!

 

『うーん、思ったより大した事なかったですねー』

 

 店から大男と一緒にさっきの胡散臭い男が出てくる。

目だけで奴を見ると、細目で、眼鏡をかけており、髪は茶髪だった。声だけじゃなく、見た目も胡散臭いな。

 

『あの紛争地帯で《首切り》なんて物騒な異名が付いたほどですから、どんな化け物かと思ってきてみたら、あまり大したことないようですね。』

 

 彼の発言にイラッとしつつも、どうするかを考える。魔力を練ろうとするも上手く出来ない。陣形が作れない。

 

『あれ、あなた、魔力使い同士の経験はあまりないんですか?まあ、何はともあれ、変なことされても困るんで、眠っててもらいましょう。』

 

 彼がそう言い放つと隣の大男が近づいてきて、腕を思いっきり振りかぶった。

 

 頭に強い衝撃が走りキーンっという音が頭に鳴り響く。ふらふらと視界が乱れ、目の前が真っ暗になった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 なんだ、ここはどこだ。

 

 朦朧とした意識の中、俺は目が覚めた。意識が戻ると反射的に体がビクッとした。

 すると足や腕が動かず、ジャラジャラという音がした。

よく見ると椅子に拘束されていた。周りを見渡すと、そこには机と椅子しかない部屋で、向かいにさっきの細目の胡散臭い男と後ろの片隅で大男が突っ立っていた。閉じ込められてるわけか。クソッ、なんでだ。魔力が上手く練れない。

 

『お目覚めですか?あーあと無駄ですよ。その鎖魔力練ってますから。』

 

 パンっとさっきまで読んでいたであろう本を閉じる。ドレクが、机を挟んで目の前に座っていた。こいつずっとここで待ってたのか。

 

『宿じゃなかったのか。』

 

 開口一番俺がそう聞くと彼はあっけからんとした態度で答えた。

 

『嘘ですよ?』

 

 いちいち腹が立つ。

 

『我々の拠点って言っても来てくれないでしょう?だからあー言ったのに。まあ、どっちみち無理やり連れてくるつもりでしたが、』

 

 彼は足を組み、その足に手を重ねて置きながらこちらを向いていた。

 

『話ってなんだ。仕方ないから聞いてやるよ。』

 

 対して俺は椅子にもたれかかって首を上げ、偉そうな態度でそう聞いた。

 彼はやれやれといった仕草をしながら話を続けた。

 

『あなたにはある物を守り、そして我々の本拠地のモルス聖教国まで送り届けて欲しい。』

 

『なんだそら。』

 

 モルス聖教国・・・えーっと確か、こことは違う大陸の国だか、街だったっけか?

 

 俺はうろ覚えの世界地図を精一杯思い出そうとしていたが、ドレク、いや、細眼鏡だな。細眼鏡が口を開いた。

 

『最近魔物が減ってきたでしょー?そのせいで冒険者という職業が無くなって旅慣れた強い人間が少ないんですよー』

 

 彼は俺のことを気にすることなく話し続けた。

 

『そんな時ここら辺で強くて旅慣れた人間がいるって聞いてですねー僕はその人に頼もうと思ったってわけです。)

 

『それが俺ってわけか。』

 

俺がそう言うと、彼はうんうんっと頷いている。だが、まだ肝心な話をしていない。

 

『ですが、思ったより弱かったので、少し悩んでます。本当にあなたで良いのかどうか。まさか魔力使い同士の戦いが初めてなんて。』

 

『んだと。』

 

 俺はこの細眼鏡を睨みつけてやった。

 

『まあ、それでも大丈夫でしょう。とりあえず、どうしますか?』

 

『どうするも何も何を守ればいいんだ』

 

 彼は俺を静止させるような手を向けてくる。すると、背中から何か取り出した。机の上にそれを置くと、ジャラッと音が鳴った。

 

『ここに金貨が100枚あります。』

『は?』

 

 俺が困惑と驚愕が混じったような声で言うと、彼は畳み掛けるように話してきた。

 

『これは前金です。ここからモルス聖教国まで遠い。旅の費用もかかるでしょう。

 もし成功した暁には、金貨10000枚を差し上げます。』

 

『は?』

 

 思わず同じ反応をしてしまう。そんな額、人生の半分は遊べてしまう。そんな取引あるのか?

 

『ま、待て、まずは質問に答えろよ。まだ何を護衛するのが何も聞いていないぞ。』

 

 困惑しながら俺がそう答えた。

 

『それは後で話します。実物を見た方が説明をしやすい。それにあなたにはほとんど選択肢は無いような物です。こちらとしてはキリス共和国にあなたの身柄を引き継いでもいいんですよ?一応首切りという名があるって事は、あなた、あっちでは犯罪者なのでしょう?』

 

 ドレクは少し高圧的な目で、俺を見てくる。脅してるつもりか?

 

 しかし、実際俺はこいつらに捕まってしまっているわけで、俺がこの後どうなるかはこいつら次第って事だ。とはいえ・・・

『・・・要件は分かったが、まだ分からない部分が多すぎるな。もう少し説明をしてもらいたいもんだ。』

彼は一瞬考えるが、真面目な顔つきに変わった。

 

『すみませんが、これ以上は極秘です。依頼を受けない人に話すわけにはいきません。』

 

  彼はそう言うと、じーっと俺の顔を見つめてくる。まるで早く選べと催促しているかのように。

 

 もちろん話としては悪くないかもしれない。しかし、あまりにも怪しい部分が多すぎる。罠なんじゃないのか?それに何を守るってんだ。

 

『なあ、それは生き物なのか。』

 

『ええ、一応。』

 

 彼は真面目な顔でそう答えた。

 

 ・・・一応か。

 

 まあ、どっちみち捕まってる時点で選択肢は無いようなもんだ。俺のミスが招いた結果だ。それに報酬も出るんだ。別にただ働きさせられるわけじゃない。

 

『・・・分かった・・・受けよう。』

 

彼はフッと笑みをこぼした。

 

『ありがとうございます。そしたらついてきてください。

 おい、拘束を解け。』

 

 大男が俺の両手両足の鎖なら鍵を一つ一つ取っていき、俺の拘束は外れた。大男が圧をかけてくるので、俺は睨みつけながら、立ち上がり、彼について行った。

 

 部屋を出ると、廊下に出た。他にも同じような作りの扉が三つくらいあった。廊下を歩いていると左手におそらく出入り口であろうでかい扉があった。右手には大きな空間がありそこには鮮やかな光がそこに射し込んでいた。上を向くと、鮮やかな色のガラスで絵画のような物が作られており、そこから光が反射して、ここまで鮮やかな色になっているらしい。

 

『ここは教会なのか?』

 

 俺がそう質問すると、彼は歩きながら答えてくれた。

 

『ええ、ですが、ただの教会じゃなく、さっきみたいな審問室もあったりするので、大事な日以外は一般の方の立ち入りは禁止にしてますけどね。』

 

 なるほど。ここは教会というより彼らのような聖導剣士の拠点になっているのか。

しかし、さっきから兵装ではなく、礼装をした女性や男性も廊下ですれ違う所をみるに、教会としてもしっかり機能しているようだ。

 

 そうこうしているうちにさっきと真反対の廊下の一番奥の部屋の扉にたどり着いた。そこには兵装した男が二人立っていた。

 

「ごくろう。彼の荷物をもってきてくれないか。」

 

「はっ!」

 

 二人そろって返事をし、部屋の入り口から一人退き、もう一人はどこかへ去ってしまった。

 

 細眼鏡が扉を開ける。彼のすぐ後ろにいるせいで中がよく見えない。彼が部屋に入り切り、横にずれてくれたおかげで、中が見えた。

 

 部屋は牢屋になっており、鉄格子で部屋を区切られていた。注目すべきはその部屋ではなく、牢屋に入っていたその()()だった。

 

 女のガキだ。髪は白く、そして耳が見えるほどに短く切られていた。手足も色白で、骨と皮しかないようないかにも不健康そのものだった。しかも、何やら首筋や腕、足にかけても傷だらけだった。

 

 そしてなにより目立つのはその瞳だった。その瞳は赤く、虚ろで、光が宿っていないように見えた。俺はこの目に何故か不快感を覚えた。

 

「彼女が護衛対象です。かなり弱ってそうにみえますが、見た目によらずタフなので、道中食いっぱぐれなければ余程のことがない限り、死にはしません。」

 

彼がそう話している間に、大男が牢屋を開け、少女を無理やり立たせた。

 

「さて、これがさっき言っていた前金です。それと、ああ、ナイスタイミングですね。」

 

 さっき彼に指示されていた門番が戻ってきて、俺に荷物を持たせてきた。まあ、元々俺の荷物なわけだが。

 

『おい、まだなにも肝心な事を聞いてねーぞ。』

 

 俺がそう答えると、彼は困ったような顔をした。

 

『そう言われましてもねー、私たちもあまりちゃんとした説明を受けてないんですよ。ただ分かっていることは彼女は魔物に襲われていたところを保護されたということだけです。』

 

 魔物は人間を見るとすぐに襲いかかってくる。彼らの表向きは市民を守る宗教団体だ。少女が襲われているのを助けるのはなっとくだが・・・

 

『・・・分かんねーな、見た目は白髪で赤目で奇抜だが、見たところただのガキにしか見えん、なんでそこまでの大金をはたいてまで護衛を雇う?』

 

『さあ?細かい理由は分かりません。我々は上に従うだけです。ただ、何かあるのは間違いありません。さ、出口へ案内しますよ。』

 

 彼らはそこから特に何も言わず、部屋を後にし、そのままさっきの出入り口らしい扉まで案内された。

 

 結局詳しい事は何も教えてくれなかった。妙に引っかかる。ただこのガキを追い出したいだけなんじゃないのか?

 

「では、よろしくおねがいしますね。いやーほんと助かりますよーやっと厄介者がいなくなりますからね!あ、分かってると思いますけど、ここからレムリア大陸にはマナナン・マクリルに行くのが一番近道ですよ!』

 

 やけにテンションが高い、よほどこいつを追い出せたのが嬉しいらしい。

 

『もし送り届けても金がもらえなかったら、その時は覚えとけよ。』

 

『あんなにボコられてよくそんな事言えますね。まあ、その時は首を長〜くして待ってますよ。』

 

 ヘラヘラとした口調で煽ってくる。こいつ、口喧嘩なら誰にも負けないんだろうな。

 

『ではお気を付けてー♪』

 

 そう言うとでかい扉がギイイっと音が鳴り、扉が開き始めた。そして俺達が出たのを見計らうとすぐに閉めあがった。挙句の果てには扉が閉まる寸前まで、あの細眼鏡野郎が手をフリフリしてきやがった。

 最後の最後まで鬱陶しい野郎だった。

 

 教会を閉め出され、俺は立ち尽くしていた。ふと、横の少女を見る。

 

 髪はボサボサで体は薄汚れている。いかにも不健康って感じだ。相変わらずどこを見てるのかよく分からない目をしてやがる。

 

『お前、名前は。』

 

 彼女に名前を聞く。彼女は何も言わずにずっと教会の扉を凝視していた。

 

『チッ、ほら行くぞ。』

 

 俺は歩き出した。無視するなら、こっちだって無視してやるさ。

 向こうの意も是非もなく、俺は相変わらず人で賑わった市場の中をどんどん歩き進んでいく。

 

 さて、これからどうしたものか。ひとまず聖教国はこことは違う大陸なわけだから船のある場所に行かないと、

 確かあのクソ眼鏡もマナナン・マクリルって街に行くといいって言ってたな。確かこっからあの街に行くまで街道が伸びていたはずだ。

 

 ふと気がつくと、1人で歩いていることに気がついた。少女が付いてきていると思ったが、全くついてきていない。

 

 『付いてくることすら出来ねーのかよ。』

 

 俺は文句を垂れつつ、来た道を戻る。すると、市場の片隅に小さな身体をした白い髪の子供が座り込んでいた。

 

『おい、何してんだ。早く来い。』

 

少女は動かない。こっちは見ておらず、話も聞いていなさそうだ。俺はその態度にムカついて、その小さく細い腕を思いっきり引っ張って少女を無理やり立たせた。

 

 すると少女はようやくこちらを見てきた。相変わらず、その赤い瞳には全く光が宿っていなかった。俺はその眼を見て再びイライラしてきた。

 

『おい、その眼を、あ?』

 

 視線を下に落とすと、彼女の足から血が出ていた。というか裸足だった。

 そういえばこいつ靴履いてなかったのか。全く気が付かなかった。

 

 これからしばらく旅をすることになるんだ。靴くらいやらねーとまたこうやってどっかで座り込まれたらたまったもんじゃない。

 

 俺は無理やり彼女の手を引っ張り、市場の適当な靴屋に入った。カランカランっと入り口のベルが鳴った。

 

『いらっしゃい。何かお探しかな。』

 

 猫背の爺さんが出てきた。

 

『おい、こいつの靴を一つ見繕ってくれ。』

『これはまあ、なんと、』

 

 爺さんは彼女のなりをまじまじと見て、その視線は足で止まった。

 

『こりゃいかん。少し手当してやろう。』

 

 そう言って爺さんは、店の奥に走って行き、救急箱のような物を持ってきて、彼女の足を手当し始めた。

 

 正直、靴だけくれたらよかったんだが、ここまでされたら少し時間がかかりそうだ。

 あの細眼鏡がいるこの街からさっさと出たいのは山々だが、少し待つことにした。

 

 しばらく待っていると、その爺さんが俺に話しかけてきた。

 

『あなた、この足になるまでなんで放っておいたんだい。』

『え?あー知らねーな、俺の子供じゃないんで。』

 

爺さんは、そうかい。と一言だけ呟き、そのまま治療を続けていた。しかし、少し時間が経って、また話しかけてきた。

 

『この子の足は昨日今日でついた怪我じゃない。それに、足だけじゃない、あちこちに傷が付いてる。血が出ている場所に何度も何度も瘡蓋が出来た後がある。』

 

『・・・そうか』

 

 俺は特に何も考えずにそう答えた。

 

『あんたとこの子がどういう関係か知らないし、口出すつもりじゃないんですがね、もっと考えてあげたらどうです。この子がなんでこうなったのかを』

 

『・・・ああ』

 

 適当に返事をした。

 

 なぜ俺がそこまでしなきゃならない。俺は無理やり頼まれたんだ、そんな仲良くしようなんて思ってない。それに傷をつけたのだって恐らくあの教会の連中だ。こんな小さいガキにそこまでする程のクズだったのか。

 

 なにはともあれ、俺には全く関係のない話だ。俺のせいじゃない。

 

 爺さんが手当を済ませて、彼女に合った適当な靴を持ってきて、彼女に履かせた。俺が金貨を取り出し、爺さんに渡そうとすると、また彼は呟きだした。

 

『外見だけじゃ、分からないこともある。』

『はぁ、そうか』

 

 俺はうんざりしてそう答えると、金貨を差し出し、お釣りをもらい、すぐに店を後にした。辺りは少し薄暗くなり、夕陽が街に差し込んでいた。さっきより人通りもかなり少なくなった気がする。

 

 市場の通りを歩いていくと、今度は後ろから少し早歩きの足音が聞こえてくる。どうやらちゃんと付いてきているらしい。

 

 あの爺さんの事が妙に引っかかる。あの爺さんの言葉が俺の心に訴えかけてくる。

 

 ふと立ち止まり、彼女の方に振り返った。もう一度彼女のその赤い眼を見る。相変わらず光は無い。

 そして思い出した。この眼をどこかで見た覚えがあるとずっと思っていた。

 

 そう、そうだ。この眼は俺の故郷の眼だ。道で野垂れ死んだ奴。俺に殺された奴。紛争地帯でくたばっている奴。そんな奴らと同じ眼だ。

 生きる事を諦めた眼。死を受け入れている眼。俺はそれが心底嫌いだった。だから、その眼を見るとイラつくんだ。

 

 ふと思った。

 

 ・・・()()()はこの眼をどう思ってたんだろう・・・

 

  彼は俺に、いい眼をしていると言った。俺は他の奴らと違うかったんだろうか。

 

 しかし、死にたくないと思うまでは、他の奴らと同じような眼をしていたはずだ。彼が俺の近くに寄り添う前まで、俺は死を受け入れていた・・・

 

 アベルは俺が財布を盗もうとしたにも関わらず、俺を助けてくれた。喧嘩に巻き込まれて殺されかけても、食いもんが無くて死にそうになっても、誰も助けてくれやしなかった

 

 なのに、アベルだけは俺を助けてくれたんだ・・・

 

 

 ・・・もう一度彼女の眼を見る。光は無いが、美しい眼だ。赤い色という珍しい色というのもあるのだろう。夕陽に照らされているおかげもあるのだろう。だが確かに綺麗だった。そう思えた。

 

 『・・・なあ、名前、教えてくれねーか。』

 

 俺は膝をついて、彼女にお願いしてみた。なるべく同じ目線で話したかった。

 

『・・・わからない。』

 

彼女は小さくそう答えてくれた。分からない・・・か

 

『・・・そうか、不便だからなぁ、何か付けるか、うーん』

 

 レッド、アイ、レア、レイ、レイ、いや、安直過ぎるか、うーん。

 

 ・・・アベル、彼のおかげで今の俺はいる。

 

  俺はあんなクソみたいな街の人間みたいになりたくない。事情はなんだか知らないが、こんな子供を見捨てるような大人にはなりたくない。

 

『ベル。ベルはどうだ。』

 

 急に頭に浮かんだ。アベルから連想して、アを取っただけだ。捻りも意味も何も無いが、いい名前なんじゃないだろうか。

 

 少女は何も言わない。表情も何も変わらない。しかし、嫌そうな表情もしなかった。いや、ずっと同じ顔なだけか。

 

『よろしくな。ベル。』

 

 俺はそう言って腰を上げ、再び歩き出した。ベルも早歩きで付いてくる。街を儚く照らす夕陽はとても綺麗だった。

 

 これからどうなるかなんて何も分からない。ベルとも上手くやっていける自信もない。

 

『・・・まあ、なんとかなるか。』

 

 俺たちはリルの街を後にした。ここから俺たちの旅は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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