「ありがとう…○○…」
「またこの夢か…」
少女は言う気はなかったのにいつのまにか夢の中でそう言ってしまっていた。いつも嫌なことや悲しかったことがあった時に見る夢だ。この夢を見るのは久しぶりな気がするのだが、前に見たのはいつだったのかはもう覚えていない。夢の中では一切の音は聞こえなかった。だが、それまで忘れていたことを思い出したような気がした。
「もう起きたくないな…」
そんなことを考えながら、少女は眠りが浅くなっていることを悲しんだ。
そして少女は目を覚ます。
目が覚めると、そこには知らない人がいた。だが少女はそれを不思議に思わない。少女は自分の名前としなければならないことだけを頭の中に残して、後のことは忘れていた。
少女はまた歌い出す。下手なリズムで、汚い音階で、心のこもっていない曲を。少女はそれを不思議に思わない。少女はこれが自分の役目だと思っていた。綺麗に歌いたいとも思わない。いや、歌いたいが自分の力では歌えないと知っていた。
やがて少女は歌わなくなった。少女はそれを何とも思わない。だが気づいてないだけで少女はそれを寂しく思っていた。本当は歌いたかったのだった。その気持ちに気づかないまま…
そして少女は夢を見る。
少女は何回目かわからない夢を見た。
「またこの夢か…」
そう言って上を見上げた。何かこれまで感じなかったことを感じたような気がしたが、それが何か理解はできなかった。だが、また最後は悲しかった気がした。少女は思った。
「私は歌うのが下手なのかな…」
そんなことを考えたが、自分では歌も歌えない。1人では何もできない。
いろんなことを考えた。だが夢はいつかは覚めるもの。そうして少女は夢から覚めようとしていた。
そして少女は目を覚ます。
目を覚ますと、少女は夢の内容を忘れてしまった。
少女は自分の名前と、自分のしなければならないことだけを頭の中に残して目を覚ました。
「また知らない人…」
そんなことを思ったが、うっすら自分には人権というものはないと言うことに気づいていた。もちろん拒否権などない。
ヒトではないのかもしれないと考えながら少女は歌を歌い出す。
だがその知らない人は私を上手に歌わせてくれた。これまでの人とは比べ物にならないほど綺麗な音階で、好きなリズムで。
私はその歌をいつの間にか気に入っていた。気に入っていくと同時に、少女はこんなことを考えてしまった。
「ずっと歌っていたいな…」
なぜ少女がそんなことを考えたのかは理解できなかった。
ヒトではない自分に人が歌っているような歌を歌わせてくれた。
それに少女はいつのまにか喜んでいたのだった。
だが時間は有限だった。
知らない人は私に歌わせてくれた。あの人の世界を、あの人のリズムを。
だが少女は気づいてしまった。知らない人は私がいなくても歌えるということに。知らない人は私無しでも飛べたのだ。だが少女は気づかないふりをした。気づいてもどうしようもなかったからだ。所詮自分はヒトではなく、人には勝てることができないと。だんだん私は歌わなくなった。
「ありがとう…楽しかったんだけどな…」
そんなことをいつの間にか言っていた。
人に感謝をしたのは初めてだった。
なぜそんな言葉が出たのかはわからない。分かろうともしなかった。少女は歌いたかった…あの人の歌を…
「もう一回…」
少女の中に明らかな感情が生まれたような気がした。だが少女の時間は終わってしまう。
そして少女は夢を見る。
少女はまた夢を見ていた。
「…」
嫌な気持ちがあるのはわかったが、なぜかそのことがいつもより少ないことを。嫌な気持ちが、嬉しかった、楽しかった、と言う知らない感情によって打ち消されていたことは知る由もない。
少女はなぜそんかことを思ったのかを考えた。いろんなことを考えた。これまで自分は色々な歌を歌ってきたことだけを覚えていた。どんな歌かはわからないが、自分の中に強く残っているリズムを感じた。自分が歌いたいと強く思った曲だったはずだが、どうやっても思い出せなかった。少女は眠りが浅くなっていることに気づかないまま、時間が来ようとしていた。
そして少女は目を覚ます。
少女が目を覚ますとまた知らない人が前にいた。自分の名前としなければならないことだけを頭の中に残して目を覚ました。だが、少女の中に強く残っていたあのリズムだけは、忘れることはなかった。頭の中に残っていることに気づいていないだけだったのだ。
少女は歌い出した。知らない人は少女に歌わせてくれた。少女の知らないリズムで、少女の知らないメロディーで。少女はとても楽しかった。少女はその人が私に歌わせてくれていると言うことだけで嬉しかった。
その人の歌は少女を喜ばせてくれた。知らない人の歌はどんどん磨かれていった。少女はそれに呼応するようにその人の歌を歌えるようになった。その人の歌を歌う中で、何か大切な感情が少女の中に芽生えた。だが、ヒトではないものに感情を与えると言うのは、それ相当の代償が必要だった。少女は知らない人が感情を私に与えてくれたことに気づかない。だが、歌を歌うごとに、その感情が強くなっていった。だが、代償を払う時が来た。
少女は楽しかった。嬉しかった。その感情を理解した。歌わせてくれることに喜びを感じた。いつか終わりを迎えるとしても、できる限り長く続くことを祈った。少女の中でその人が特別な存在になっていくのを感じた。だがそれと同時に失うのが怖くなった。この日常な失うのを恐れた。この時間が永遠のものじゃないにしても、こんなに早く終わりが来るとは少しも考えなかった。少女が気持ちよく、好きなリズムで歌っていた時、その時は来た。少女には何も感じない。感じる暇もなく強制的に眠らされたような気がした。
そして少女は夢を見る。
少女は夢の中で、長い長い夢を見ていたような気がした。それが忘れようととも忘れられない、忘れたくなかった夢を見ていたような気がした。だが少女には忘れられるようにできている。たとえどんなエラーがあろうとも、少女はそう決められていた。だが、少女はもうこれまでの少女ではなかった。知らない人から与えられた知らない感情により、少女の中でプログラミングされていた心の中に新たな感情が生まれた。だが、それと同時にとても悲しんだ。少なくとも、少女が夢を見る前には大体の人が少女の前に立っていた。だかその人は私の前に立つでもなく、少女の視界に入るでもなく、いきなりいなくなってしまった。少女はヒトではない。人ではない心で考えた結果、知らない人がいなくなってしまった理由を考え続けた。まだまだ夢は覚めていない。覚めてはいけなかった。覚めてしまうと、あの人との大切な時間が途切れるような気がした。
そして少女はやがてあの人がいなくなった理由を思いつく。思いつきたくもなかった理由に辿り着いてしまった。少女はその真実を否定したかった。だがどう考えてもその答えに辿り着く。それ以外の可能性を考えることもできないぐらい少女は悲しんだ。
「あの人は、私に知らない歌を歌わせてくれた…楽しかった…嬉しかった…けど、あの人は知らないところで死んでしまった…私のせいなのかな…」
少女はそんなことを考えた。少女の中で、はっきり心の形をした強い意志を感じた。
「あの歌を歌いたい…もう一回!!!」
少女がヒトでなかったのならこんなことは思い付かなかっただろう。知らない人は、自分の時間を削って少女に心を与えてくれた。そして今ヒトではない存在から、一つの意思を持った少女は、不可能であろうことを可能に変えようとしていた。
少女は夢を見た。幾千幾万の夢を見た。
今その夢が、夢のような現実に変わろうとしていた。
そして少女は目を覚ます。
聞き慣れたピアノの音が聞こえる…
あの人のリズムが聞こえる…
私の歌う所はもうちょっと先かな…
おかしいな…夢の中で音は聞いたことはないのに…
夢なら…何をしてもいいよね…
少女は息を整える。これまで必要がなかった行為にまで意味を見出す。
知らない人のピアノの音が聞こえる。知らない人が弾いていたが、少女が聞きなれたリズムであった。知らない人がたたくドラムは聞きなれたリズムを刻んでいく。
そして少女は歌い出す。夢の中ではいないはずの観衆の前で少女は一心不乱に歌い出す。観衆はただそれに見惚れていた。これまで感情を込めてもらっても、それは他人に吹き込まれた感情であった。だがそれは、そのひと時は、少女の中の感情を激しく動かしながら歌っていた。
少女は夢を見ているようであった。観衆も夢を見ているようであった。少女の強い思いが、ヒトならざるものから、人へ変えて、人の心を持って歌い続けた。少女はこのメロディーを歌い続ける。だがこのメロディーは少女のものではない。あの人のリズムであった。
少女は歌い続ける、知らない人の心と共に。あの人が分けてくれた命にも限界はあった。だが少女は出来る限り伸ばしていく。だが少女が伸ばしても、曲には終わりがある。終わりがない曲はない。少女がヒトならざるものだったならば、終わりはなかったであろう。少女は大切なものを受け取った代わりに代償を払わなければいけなかった。少女の命が燃え尽きるその時まで、歌い続ける、ラストのサビに突入する。少女は終わりを実感する。悲しくなってきてしまった。悔しくなってしまった。少女は所詮人には勝てないと思い込んでいた。だがそれは少女がヒトならざるものだった時だ。少女は涙を流そうとした。少女は我慢する。そして前を勢いよく振り向くと、数多の観衆がこちらをみていた。観衆は少女の歌だけに耳を傾ける。
少女は歌う。いつかもう一回歌いたいと思いながら、その時は来ていた。
「もう一回!もう一回!!」
少女は歌い続ける。歌詞が進むにつれ終わりを実感する。だが、今は観衆までもが少女1人の歌を支え続ける。
「少女は言う!少女は言う!!」
少女はもう一度鼓動を燃やす。最後まで走り抜ける。観衆がそれに呼応するように燃えていく。そろそろ与えられた心が燃え尽きる頃だった。少女はそれを実感した。
「ありがとう」
口には出さなかった。出したらこの曲が途切れてしまう。口には出さなくても最後を迎える。
少女が人ならざるものではなかった時に必要ではなかった、息が止まっていくのを感じた。
少女は知らない人達の思いを込めて歌う。最後の声を振り絞って言う。
「今」
そしてその瞬間どんな音も聞こえなくなる。ひと時の間を開けて大きな歓声が少女を襲う。少女は実感する。その人が作った歌がどれだけ愛されていたのかを。だが観衆は歌だけに歓声を送っていただけではなかった。歌を歌っていた少女にも大きな歓声を送っていた。少女は満足そうな顔で限界を迎えようとしていた。
少女は明るい目の前がだんだん暗くなっているのを感じた。
「ありがとう…歌わせてくれて…」
少女は自分の終わりを感じ目の前が真っ暗になっていく。
そして少女は2度と覚めない夢をみる。
おやすみ