ある噺をしよう。
そうだな、遠い昔の噺としておこうか。
ある地に、後に伝承に語り継がれる英雄が生まれ落ちた。
名をガラハッド。
最も誉れ高き騎士の過ちにより生まれ、その誕生時に宮廷魔術師からは父をも越える優れた騎士になると予言される男。
予言通り、成長した彼は王都に仕える騎士となるため数多の試練を乗り越え、ついには呪われた円卓の席に座ってみせた。
王の命により、あらゆる病を癒すとされる"聖杯"を探す旅に出ることになったガラハッドは、旅路で様々な聖遺物に認められ手にしながら旅を続け、聖杯探索に成功した騎士の一人となる。
――ああ、とても偉大な騎士様だとも。
出来すぎていると、思わざるを得ないほどに。
まるで他の騎士の役割を、物語を盛り上げる為に一人に集約したかのような偉業の数々。一説によればそれらの偉業は別の騎士の物であるとも。
…………それはさておき。
彼を象徴する聖遺物といえば、聖人の血で緋の十字を描かれた白い盾がもっとも有名だろう。
後の世に生まれ、彼に憧憬を抱くことになる少年の魔法の原典にして、それに認められた者は"聖杯"を得るとされる聖なる盾。
そして、認められた者以外が手にした際に災いをもたらすとされる呪われた側面を持つ盾。
――さて、ここで一つ疑問が生まれる訳だ。
彼に憧憬を抱いた少年が、この盾を原典とする魔法を発現させるところまではいい。想いの反映される魔法やスキルに憧憬が影響することは少なくないからだ。
しかしここで問題となるのは、疾患を患っている点。
もちろん、たまたまという言葉で片付けられることだ。
それでもこの盾を原典とする魔法、そして彼が病状を悪化させる時はいつも、彼が憧憬に近付いた時であるという本人すらも気付いていない事実が
つまり、彼が憧憬に近付けば近付くほどに
――というのが
いずれ彼が憧憬にたどり着く頃、呪いがその身を侵食し尽くすかあるいは…………。
贋作止まりか、それとも成るか。またそれとも――
*
「――――1500」
ふっかけられた金額に、その場にいる誰もが目を剥き
ティオネ・ヒリュテを中心に、ロキ・ファミリアが
「お戯れを。800までは出しましょう」
カウンターに置かれた品はカドモスの皮膜。深層51階層でのみ手に入る希少性から中々市場に出回らず、優秀な防具の素材や回復系の
もちろん、アミッドたち【ディアンケヒト・ファミリア】としても喉から手が出るほど欲しい一品だが、カウンターを挟んで向かいに立つ友人の提示する額は、派閥内のほぼ全てを一任されているアミッドであっても一存では決めかねる金額だ。
想い人に褒めてもらいたいがために、本能に支配された仲間を前に同行してきたアイズたちは気圧され、事の成り行きを見守っている。
個人的にディアンケヒト・ファミリア――というよりもアミッドに用がありついてきたアイリスも、かけられた声も聞こえていなさそうな
その後も1400、850、と妥協点の探り合いが続くと
…………よくもまあ。
ティオネを除く、一連の流れを知る面々は思うところのある視線を向けるが当の本人は気にしない。
「……私の一存では決めかねます。少々お待ちを」
ディアンケヒト様と相談してきます。と背を向けようとするアミッドに、時間が無いと大嘘をついて別の派閥に引き取ってもらうとティオネが勝負に出た。
電池を抜いたように、ピタリと静止するアミッド。ゆっくりと視線を戻し、少し考えた素振りを見せて口を開く。
「1200……それで買い取らせてもらいます」
諦めたように小さく息をつき、アミッドが折れた。あまりに哀れな彼女に流石に申し訳なく思ったのか、気休め程度に個人的に
「案内致します」
うん、と頷きアミッドに案内されたのは待合室を抜けた先にある診療室。過去にロキの提案で、疾患をディアンケヒト・ファミリアに診てもらった際に関係性の生まれた二人。
結局どうにもならなかったが、それから定期的にアイリスはアミッドのもとを訪れ、病状の経過を報告している。
「それで、体調の方は」
「ケホ、……うん、遠征で少し悪化したかも」
だから言ったではありませんか、と相変わらず無表情な人形のような顔に怒りを滲ませるアミッド。
都市最高峰の治癒士の彼女は、恩恵に刻まれたというどうしようもない理由があるとはいえ、アイリスの疾患を前に何も出来なかったことに自責の念に駆られており、"全ての傷を癒す"という信念のもとに、彼の疾患をも癒す方法を考えている。
それもあり、本当ならばアイリスをベッドにでも縛り付けて絶対安静の状態を作りたいと物騒なことを考えていたりもするのだがそれは別のお話で。
元々アミッドはアイリスが深層への遠征に同行することをよく思っていなかった。それは自身の信念と事情を知る彼女としては当然ではあるのだが、自ら黄昏の館に抗議しにいくほどに。
結局、本人の強い希望と必ず護るというフィンの言葉を信じて送り出した訳だが――
「……改めて言っておきますが、私は貴方に死んでほしくありません。尤も、それは私だけではありませんが」
アイリスは頷く。叶うのならば長く生きていたい。その感情は病状が悪化するほどに強くなり、同時にやり残すことがないように彼を生き急がせる。
ロキやフィンたち派閥の上層部、行動を共にすることの多いレフィーヤ、そして事情を知る数少ない派閥外の友人であるアミッドもそれに強い危機感を覚えている。
「そうだ、これ」
ふと思い出したようにアイリスが懐から何かが入った麻袋をとりだし、アミッドに手渡す。中には赤い石や青い石、黄色い石や緑の石。何も知らない人が見ればただ綺麗なだけの石だ。
しかし医療系に属する人、それもアミッドならば気付かない訳がない。それらの石が希少な鉱石、それも
「これは」
「さっきのお詫び。受け取って、いつものお礼も兼ねてさ」
換金しようと立ち上がるアミッドを止め、反論を許さないように立ち上がる。時刻は既に夕日が空を綺麗な茜色に染める頃。
「打ち上げもあるし、この辺りで失礼するよ。時間作ってもらってごめんね、じゃあまた」
「はい、ではこちらはありがたく使わせていただきます。お身体に気をつけて」
笑顔を浮かべて手を振るアイリスを、深々と頭を下げて見送るアミッド。その背中は、年齢や細い体に似合わず大きく見えて。それでいて病状の悪化に比例して弱々しくなっているとアミッドは感じざるを得なかった。
*
その夜、西のメインストリートにあるロキお気に入りの酒場、豊穣の女主人にロキ・ファミリアが集まっていた。遠征後の習慣である盛大な酒宴だ。
次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、既に乾杯を終えたジョッキを傾け酒を流し込む。それぞれがそれぞれの楽しみ方で盛り上がる様子を、アイリスは少し離れたところで微笑みながら見守っていた。
「――貴方はおひとりで食べられるのですか?」
とそんなアイリスに声がかかる。声の主は薄黄緑――に染められた髪の
店員の名はリュー・リオン。なぜアイリスに声をかけたのか、彼女としても分からない。どこか放っておけないと感じたのかもしれないし、過去の自分に似た何かを感じ取ったのかもしれない。
「ええ、僕は少食なもので。疾患も抱えていますし、近くで咳でもしようものならせっかくの美味しい食事が台無しだ」
やや自虐気味に笑うアイリスに、リューは納得した。自らが彼に声をかけた理由に。過去に死に急いだ経験のある彼女は感じ取ったのだ。アイリスが生き急いでいる現状を。
「コホッ、それに僕は目に焼き付けておきたい。この日常をいつまでも忘れないように」
憂いと覚悟を秘めた目を浮かべるアイリス。きっと彼は自らの死を恐れていないのだろう。あるいは諦観しているのかもしれない。
一体何が彼をそこまで生き急がせるのか、リューは知らない。関わりがないのだから、きっとこれからも知ることはないだろうと一度は考える。
それでも、生き急いでいながらもその
それは気まぐれや同情などではなく、ただのくだらない自己満足だ。彼からすればありがた迷惑な話かもしれない。
けれどリューは
あの時の自分のような復讐心ゆえの物ではない、まるでこれから
そして新たなる
「リュー、ぼーっとしてないで手伝うニャ!」
同僚の声に、リューは思い出したように仕事に戻る。変わらず憂いを秘めた微笑みを浮かべ、馬鹿騒ぎする仲間を見る同胞の少年に目を向けながら。
……
…………
それからどれだけの時間が経ったか。宴は盛り下がることを知らず、時間が経つほどに笑い声が増えていき、ロキを中心に遠征の話題になった時。
すっかり酔って気分が良いのだろう、機嫌の良さを隠しきれないベートが口を開く。
「アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」
何の話だろうかとアイズは小首を傾げた。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス! 最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ? そんで、ほれ、あん時にいたトマト野郎の!」
その言葉で思い出す。
自らが救い、そして逃げられた少年のことだ。
アイリスがため息をつき、これから起きるであろう状況に不快感を覚えるであろうリヴェリアを見る。黙り、様子を見るように酒を口に運ぶ姿に、案の定の不快感が垣間見えた。
「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣き喚くくらいなら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての」
ベートが吐き捨てる。あの少年を助けたアイズは宅の下で拳を握りベートを双眸で睨みつけ、その光景を見たアイリスが目を伏せる。
腹を抱えて大笑いする彼に釣られるように、そしてアイズが助けた相手に逃げられた事実に派閥の内外問わず、周囲の冒険者まで笑い始めた。
「恩恵にまで刻まれた病に侵されてるコイツですら泣き喚かねぇってのによ」
お前はどう思う? と、ベートがアイリスに絡む。
閉じていた目を開いたアイリスは、投げかけられたくだらない質問にため息をついて答えた。
「別にどうとも。ただ、僕たちがミノタウロスを上層にまで逃がした失態が招いた一件です。恥じることはあれどまだ駆け出しに見える彼を嗤うのは如何なものかと」
見損なったとばかりに、目を細めてベートを中心に周囲の仲間や冒険者たちを見渡す。ティオネをはじめとしたほとんどの冒険者たちが気まずそうに目をそらす中、ベートは苛立ちを隠さない。
「それに、彼はあの一件で確かな憧憬を抱いた。確立された憧れの感情をバカにしない方がいい。僕は防護魔法においてはオラリオ一だと自負していますが、これも憧憬の賜物だ」
あの少年はアイズに憧憬を見た。であるならば、きっと強くなる。強くなれる。なりたいと願うだろう。
「憧憬、ねぇ。いくら憧れようがお前みたいに結果を出せねぇ奴に価値はねぇぞ? 変に憧れて泣き喚くんなら、憧れられる俺たちの品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」
「そこまでにしろ、ベート。アイリスも言った通り、ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」
と、そこまで静観していたリヴェリアが静かな非難の声が上がった。その言葉に更に嘲笑と罵倒はエスカレートし、ついには少年を救ったアイズにまで飛び火する。
番にするならどっちがいい。そんな問いに、アイズは一瞬も迷わずベートを拒んだ。無様だと笑うリヴェリアにベートが怒り、アイズが否定できない言葉を口にする。
「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」
その時。ガタッ、と音を立てて少年が駆け出した。ただの無銭飲食ではない、その少年の顔をアイズとアイリスは捉えた。兎のような白髪、
席を立つアイリスに続くようにアイズが店の出入口から辺りを見回す。きっとダンジョンに向かったのだろうということは分かる。
アイズは追いかけようとして気付く。
隣にいたはずのアイリスの姿がない。苦悶の声が聞こえる足元に目を向ければ、壁にもたれかかるように座り込んだ彼の姿。
アイズもアイズで、彼を追うことが出来なかった。傍らで座り込むアイリスのこともあるが、それ以上に。足を止められない、前しか、高みにしか目を向けられない理由がある。
その先に、叶えなければならない願望があるから。
――もう、弱い自分には戻れない。
翡翠の少年と金髪の少女は、それぞれの理由を抱えて複雑な想いを抱きながら、静かに立ち尽くした。
エリクサーの素材はダンラプから(多分)
アミッドとリュー回でした。
アミッド | 友人。絶対傷と病癒す(ウー)マン。果たしてアイリスの疾患を癒すことができるのか……。
リュー | 後の友人。目に知己見て放っておけなくなった人(妖精)。伝承はうっすら知ってる。
ベート | 普段はアイリスの防護魔法と折れない意思を評価してる。酔うとめんどくさくて口悪いだけ。
ベル | 原作主人公。未だ関係性なし。一方的にアイリスが知ってるだけ。ガラハッドの伝承は知らない。
咳に関しては基本各セリフで各自補完してください()