灰になるまで   作:ギガマツタケ

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第五話 救済の蛭

 NOCTURNE専用ラウンジは、以前より広く感じられた。

 

 七つの席。

 

 そのうち、四つが空いている。

 

 黒川愛衣の席。

 篠原琴音の席。

 白石小春の席。

 霧崎奈々の席。

 

 残っているのは、三人だけだった。

 

 水瀬千尋。

 羽鳥麗華。

 榊原真咲。

 

 空席が増えるたび、ラウンジは静かになった。

 

 けれど、静かになった分だけ、そこにいた者達の気配が濃く残る。

 

 愛衣の軽い笑い声。

 琴音が眼鏡を直す音。

 小春が手を擦り合わせる音。

 奈々が煙草を回す音。

 

 もう聞こえない。

 

 聞こえないはずなのに、千尋には聞こえる気がした。

 

 水瀬千尋は、ソファの端に座っていた。

 

 白いパンツタイプの看護服の上に、薄水色のパーカーを羽織っている。

 

 膝の上には、救急ポーチ。

 

 体温計。

 包帯。

 消毒液。

 絆創膏。

 小さなメモ帳。

 

 どれも、人を助けるためのものだった。

 

 少なくとも、千尋はそう思っていた。

 

「水瀬さん」

 

 真咲の声で、千尋は顔を上げた。

 

「はい」

 

「勤務先での対象接触について、確認事項があります」

 

 真咲は端末を操作している。

 

 黒いスーツ。

 白いシャツ。

 社員証。

 変わらない姿勢。

 

 四人が灰になっても、真咲は変わらない。

 

 少なくとも、そう見える。

 

「最近、退院患者への私的接触が増えています」

 

「退院後の生活が心配だったので」

 

「病院の業務範囲を超えています」

 

「でも、退院したからといって、すぐに大丈夫になるわけではありません」

 

「それは医療上の判断ですか」

 

「人として、です」

 

 真咲の指が止まった。

 

「水瀬さん」

 

「はい」

 

「あなたの“人として”という判断は、使徒再生と混同される傾向があります」

 

 千尋は少しだけ目を伏せた。

 

「私は、助けたいだけです」

 

「助けることと、対象を自分の管理下に置くことは違います」

 

「管理下だなんて」

 

「あなたは、相手が自分から離れることを許容できない傾向があります」

 

 千尋は黙った。

 

 麗華が静かにグラスを置く。

 

 中身は入っていない。

 

「真咲さん。少し言い方が硬すぎるわ」

 

「必要な確認です」

 

「ええ。でも、千尋さんには少し痛い言葉ね」

 

 千尋は慌てて首を振った。

 

「大丈夫です。私は、大丈夫です」

 

 その言葉を、千尋はもう何度も言ってきた。

 

 患者に。

 同僚に。

 自分自身に。

 

 大丈夫です。

 大丈夫ですよ。

 私がいますから。

 

 けれど、その言葉の奥にあるものが、本当に優しさだけなのか、千尋には分からなくなっていた。

 

 奈々はもういない。

 

 小春もいない。

 琴音もいない。

 愛衣もいない。

 

 皆、助けられなかった。

 

 だから、せめて。

 

 目の前にいる誰かだけでも。

 

「本日の退勤後、単独行動は禁止します」

 

 真咲が言った。

 

 千尋は顔を上げる。

 

「なぜですか」

 

「直近の構成員灰化状況から、ライダーとの接触リスクが高いと判断します」

 

「私は、戦いに行くわけではありません」

 

「それでも禁止です」

 

「患者さんの様子を見に行くだけです」

 

「それも禁止します」

 

 千尋の指が、膝の上の救急ポーチに触れた。

 

「……あの人は、まだ不安なんです」

 

「誰のことですか」

 

「今日、退院する患者さんです」

 

「個人情報の私的利用に該当します」

 

「違います」

 

 千尋の声が、少しだけ強くなった。

 

 自分でも驚くほどだった。

 

「まだ、一人にしてはいけないんです」

 

 真咲は千尋を見た。

 

「水瀬さん」

 

「すみません」

 

 千尋はすぐに頭を下げた。

 

「でも、少しだけです。様子を見るだけですから」

 

「許可できません」

 

 千尋は黙った。

 

 麗華が二人の間を見る。

 

 その目は、何かを見抜いているようだった。

 

「千尋さん」

 

「はい」

 

「あなたは優しいわ」

 

「……ありがとうございます」

 

「でも、優しさは相手を抱きしめるだけではないのよ」

 

 千尋は麗華を見る。

 

「時には、離すことも優しさになる」

 

「離したら」

 

 千尋は小さく言った。

 

「落ちてしまうかもしれません」

 

 その言葉に、真咲の視線がわずかに動いた。

 

 千尋は気づかない。

 

 彼女の頭には、昔の階段が浮かんでいた。

 

 病院の階段。

 

 患者の背中。

 伸ばした手。

 掴んだ指先。

 滑る足。

 落ちていく感覚。

 

 最後まで、手を離したくなかった。

 

 離したくなかったのに。

 

 千尋は救急ポーチを持って立ち上がった。

 

「退勤後、まっすぐ帰ります」

 

 そう言った。

 

 真咲は千尋を見ていた。

 

「記録します」

 

「はい」

 

 千尋は柔らかく笑った。

 

「大丈夫です」

 

 それは、誰に向けた言葉だったのか。

 

 千尋自身にも、分からなかった。

 

   *

 

 病院の廊下は、白かった。

 

 消毒液の匂い。

 規則的な足音。

 ナースコールの音。

 小さな咳。

 カーテンの揺れる音。

 

 水瀬千尋は、その空間に馴染んでいた。

 

 勤務中は、いつもの看護師として働く。

 

 笑顔で声をかける。

 体温を測る。

 薬の説明をする。

 退院書類を確認する。

 不安そうな患者には、少し長めに話を聞く。

 

 患者はよく言う。

 

 水瀬さんがいると安心する。

 

 千尋は、その言葉が好きだった。

 

 必要とされている気がする。

 

 誰かの不安を少しでも軽くできている気がする。

 

 だが、必要とされることに慣れると、必要とされなくなることが怖くなる。

 

 退院。

 

 それは、本来喜ばしいことだ。

 

 治療を終え、病院を出て、日常へ戻る。

 

 けれど千尋には、ときどきそれが見捨てることのように思えた。

 

 まだ不安なのに。

 まだ怖いのに。

 まだ手を離してはいけないのに。

 

「水瀬さん」

 

 声をかけられた。

 

 退院する患者だった。

 

 四十代後半の男性。

 

 足を怪我して入院していたが、今日退院する。

 

 身体の回復は順調。

 

 医師の判断も問題なし。

 

 書類上は、退院可能。

 

 けれど、表情が暗い。

 

 退院しても、家には一人。

 仕事復帰の不安。

 再発への恐怖。

 誰にも迷惑をかけたくないという言葉の裏に、誰かに支えてほしいという本音が見える。

 

 千尋には、それが分かってしまった。

 

「退院、おめでとうございます」

 

 千尋は笑った。

 

「ありがとうございます」

 

 患者は少し笑う。

 

 けれど、その笑顔は弱い。

 

「でも、なんか怖いですね。病院にいた方が安心だったかも」

 

「大丈夫ですよ」

 

 千尋は言った。

 

 いつものように。

 

「無理しなければ、ちゃんと生活できます」

 

「そうですかね」

 

「はい」

 

「水瀬さんがそう言うなら、大丈夫かな」

 

 その言葉が、千尋の胸に触れた。

 

 柔らかく。

 

 そして、深く。

 

 私がそう言えば、この人は安心する。

 

 私がいれば、この人は大丈夫でいられる。

 

 だったら。

 

 私がいなくなったら?

 

「……水瀬さん?」

 

「あ、すみません」

 

 千尋は微笑み直した。

 

「退院後も、不安があれば病院へ連絡してくださいね」

 

「はい」

 

「一人で抱え込まないでください」

 

「はい」

 

「絶対に」

 

 患者が少し驚いたように千尋を見る。

 

 千尋は笑っていた。

 

 優しく。

 

 けれど、指先には力が入っていた。

 

   *

 

 退勤後。

 

 千尋は白いパンツタイプの看護服の上から、薄水色のパーカーを羽織った。

 

 その姿なら、外を歩いてもそこまで目立たない。

 

 救急ポーチだけは、いつものように持った。

 

 ロッカーの扉を閉める。

 

 その時、真咲の声が頭に浮かぶ。

 

 単独行動は禁止します。

 

 患者への私的接触は禁止します。

 

 退勤後はまっすぐ帰宅してください。

 

「様子を見るだけです」

 

 千尋は小さく呟いた。

 

「少しだけ」

 

 病院を出ると、夕方の空はすでに暗くなり始めていた。

 

 退院した患者は、駅へ向かって歩いている。

 

 足取りは不安定ではない。

 

 けれど、何度も立ち止まる。

 

 スマホを見る。

 周囲を見る。

 ため息をつく。

 

 千尋は少し離れて後をつけた。

 

 後をつけているという意識は薄かった。

 

 見守っている。

 

 そう思っていた。

 

 患者は駅へ向かわず、途中で人気の少ない道へ入った。

 

 小さな公園の近く。

 

 街灯が少なく、車通りも少ない。

 

 患者はベンチに座った。

 

 顔を覆う。

 

 千尋はしばらく見ていた。

 

 近づくべきではない。

 

 そう思った。

 

 でも、立ち去れなかった。

 

 このまま一人にしたら。

 この人は、また沈んでしまうかもしれない。

 

 助けなければ。

 

 千尋は歩き出した。

 

「大丈夫ですか?」

 

 患者が顔を上げる。

 

「水瀬さん……?」

 

「偶然、通りかかって」

 

 嘘だった。

 

 千尋はすぐにそれを自覚した。

 

 けれど、訂正しなかった。

 

「どうしてここに……」

 

「心配だったので」

 

「いや、でも」

 

「一人でいるのは、よくありません」

 

 千尋は優しく笑う。

 

「まだ、退院させるには早かったのかもしれません」

 

「そんなこと」

 

「無理しなくていいんです」

 

 千尋は一歩近づく。

 

「怖いんですよね」

 

 患者は目を逸らした。

 

「……少し」

 

「誰かにそばにいてほしいんですよね」

 

「それは……」

 

「大丈夫です」

 

 千尋は笑った。

 

 相手に、やさしく笑いかける。

 

 それが、千尋の襲撃前の合図だった。

 

「最後の治療をしますね」

 

 患者の表情が変わる。

 

「治療?」

 

「はい」

 

 千尋の瞳が灰色に濁った。

 

 薄水色のパーカーの輪郭が歪む。

 

 白と薄青の服の下から、湿ったような灰色の外殻が浮かび上がる。

 細く長い腕。

 吸い付くような指。

 背中には、ヒルを思わせる管状の意匠。

 頭部には、医療器具にも寄生虫にも見える冷たい形状。

 

 腹部には、共通のオルフェノクレスト。

 

 リーチオルフェノク。

 

 患者は声を上げようとした。

 

 だが、千尋はすでに手を伸ばしていた。

 

「大丈夫です」

 

 怪物の姿になっても、その声は優しかった。

 

「私がいますから」

 

 使徒再生。

 

 灰色の因子が、患者の身体へ流れ込む。

 

 患者はベンチから崩れ落ちた。

 

 身体が震える。

 喉が鳴る。

 指が地面を掴む。

 

 千尋は膝をつき、患者の手を握った。

 

「大丈夫。大丈夫です」

 

 患者は苦しそうに目を見開く。

 

「み、水瀬……さん……」

 

「ここにいます」

 

 千尋は手を離さない。

 

「一人じゃありません」

 

 患者の腕に灰色の筋が浮かぶ。

 

 皮膚が変色する。

 

 一瞬、何かに変わりかけたように見えた。

 

 千尋は目を見開いた。

 

「そう……そのまま……」

 

 だが、次の瞬間、患者の指先が崩れた。

 

 灰化。

 

 千尋の表情が凍る。

 

「え……?」

 

 患者の手が、千尋の手の中で灰になる。

 

 腕が崩れる。

 肩が崩れる。

 胸が灰になる。

 

「待って」

 

 千尋は声を震わせた。

 

「待ってください」

 

 患者の口が動く。

 

 言葉にはならない。

 

 灰がこぼれるだけだった。

 

「まだ」

 

 千尋は崩れていく身体を抱えようとする。

 

「まだ治療は終わっていません」

 

 だが、抱えたそばから灰になっていく。

 

 患者だったものは、千尋の腕の中で崩れた。

 

 最後には、膝の上に灰だけが残った。

 

 千尋は動けなかった。

 

 救えなかった。

 

 助けたかった。

 

 そばにいたかった。

 

 離したくなかった。

 

 なのに。

 

 自分が灰にした。

 

「……ごめんなさい」

 

 千尋は灰に向かって呟いた。

 

「ごめんなさい……」

 

 その声は、本気だった。

 

 怪物の姿で、殺した相手に本気で謝っていた。

 

   *

 

 背後に、足音がした。

 

 千尋は振り返らなかった。

 

 足音は静かで、確実だった。

 

 黒い装甲。

 赤いライン。

 

 ファイズ。

 

 奈々を灰にした存在。

 

 小春を灰にした存在。

 

 千尋は、患者の灰を見つめたまま言った。

 

「今は」

 

 声が震えている。

 

「今は、一人にしてくれませんか?」

 

 ファイズは答えない。

 

「お願いします」

 

 千尋は振り返った。

 

 リーチオルフェノクの姿のまま、涙を流しているわけではない。

 

 怪物の顔に涙はない。

 

 けれど、その声は泣いていた。

 

「この人を、救えなかったんです」

 

 ファイズは構える。

 

 その動きに、返答はない。

 

 許しもない。

 

 待つ意思もない。

 

 千尋はゆっくり立ち上がった。

 

 灰が膝から落ちる。

 

「そうですか」

 

 千尋は小さく言った。

 

「あなたも、治療が必要なんですね」

 

   *

 

 千尋は強くなかった。

 

 少なくとも、真っ向から戦う個体ではない。

 

 リーチオルフェノクの本質は、支配でも破壊でもない。

 

 吸着。

 接触。

 依存。

 逃がさないこと。

 

 千尋はファイズへ手を伸ばした。

 

 長い指が、装甲に触れる。

 

 吸い付くように絡みつく。

 

「動かないでください」

 

 優しい声。

 

「すぐに終わります」

 

 ファイズは腕を振り払う。

 

 千尋の身体が揺れる。

 

 それでも、また近づく。

 

「大丈夫です」

 

 拳が入る。

 

「ぐっ……」

 

 短い声が漏れる。

 

 それでも手を伸ばす。

 

「痛いのは、最初だけです」

 

 蹴りが入る。

 

「あぁっ……」

 

 千尋は地面に倒れる。

 

 だが、立ち上がる。

 

 ファイズは無言だった。

 

 千尋の言葉に答えない。

 

 救われようとしない。

 

 拒む。

 

 拒まれることが、千尋には怖かった。

 

「どうして」

 

 千尋は手を伸ばす。

 

「どうして、離れるんですか」

 

 ファイズがベルトへ手を伸ばした。

 

 電子音が鳴る。

 

 Exceed Charge.

 

 ファイズエッジに赤い光が走る。

 

 千尋は、その光を見た。

 

 赤い刃。

 

 小春を真っ二つにした光。

 

 逃げなければならない。

 

 けれど、足が動かない。

 

 患者の灰が、まだ近くにある。

 

 置いていけない。

 

 離したくない。

 

 ファイズが踏み込んだ。

 

 一撃目。

 

 赤い刃が、リーチオルフェノクの腕を切った。

 

「ぐっ……!」

 

 腕がずれる。

 

 地面へ落ちる。

 

 落ちた瞬間、血肉ではなく灰となって散った。

 

 千尋は反対の手を伸ばす。

 

「待って……」

 

 二撃目。

 

 腹部を切られる。

 

「あぁっ……!」

 

 身体の一部がずれ、灰となって地面へ落ちる。

 

 三撃目。

 

 脚。

 

 千尋の身体が支えを失う。

 

 崩れ落ちた脚部が、地面に触れた瞬間、灰となって散った。

 

 千尋は短い悲鳴しか上げられない。

 

 言葉を並べる余裕はなかった。

 

 痛み。

 衝撃。

 ずれていく身体。

 散っていく自分。

 

 四撃目。

 

 肩。

 

「っ、あ……!」

 

 救急ポーチが地面へ落ちた。

 

 中から包帯がこぼれる。

 

 体温計が転がる。

 

 何も治せない道具が、灰のそばに散らばる。

 

 五撃目。

 

 胸。

 

 赤い刃が、中心を切った。

 

 千尋の身体が大きく揺れる。

 

 そこから、青い炎が噴き出した。

 

 静かではない。

 

 しかし爆発でもない。

 

 切られた箇所から、肉体がずれ落ちる。

 

 落ちるたび、灰になる。

 

 腕だった灰。

 脚だった灰。

 胸だった灰。

 肩だった灰。

 

 リーチオルフェノクの身体は、ばらばらに散っていった。

 

 千尋は地面に倒れながら、患者の灰へ手を伸ばそうとした。

 

 もう手はなかった。

 

 それでも、伸ばそうとした。

 

「離したく……」

 

 声がかすれる。

 

「なかった……」

 

 青い炎が喉へ上がる。

 

 最後の輪郭が崩れる。

 

 水瀬千尋は、ばらばらに散る灰になった。

 

 患者の灰と、千尋の灰と、こぼれた包帯。

 

 それらが公園の暗がりに残った。

 

 ファイズは、しばらくその場に立っていた。

 

 何も言わない。

 

 やがて背を向け、夜の中へ去っていった。

 

   *

 

 スマートブレイン本社地下特別フロア。

 

 NOCTURNE専用ラウンジ。

 

 七つの席のうち、五つが空いていた。

 

 黒川愛衣の席。

 篠原琴音の席。

 白石小春の席。

 霧崎奈々の席。

 水瀬千尋の席。

 

 残っているのは、二つだけ。

 

 羽鳥麗華の席。

 

 榊原真咲の席。

 

 真咲は、千尋の灰化確認報告を開いた。

 

 現場処理班からの報告。

 

 灰化残滓、複数混在。

 対象患者と思われる灰化残滓。

 水瀬千尋由来と思われる灰化残滓。

 完全識別困難。

 

 回収物。

 

 救急ポーチ、一点。

 体温計、一点。

 未使用の包帯、複数。

 患者用と思われるメモ、一枚。

 

 真咲は、その項目で指を止めた。

 

 メモの内容は、添付されている。

 

 読まなくても報告は可能だった。

 

 だが、真咲は開いた。

 

 短い文字が並んでいた。

 

 退院後の注意。

 薬の時間。

 無理をしないこと。

 不安な時は病院へ連絡すること。

 

 最後に、小さく一文。

 

 一人で抱え込まないでください。

 

 真咲は画面を閉じた。

 

 入力する。

 

 NOCTURNE構成員灰化報告。

 

 対象:水瀬千尋。

 個体名:リーチオルフェノク。

 性質分類:救済。

 灰化確認。

 

 交戦相手:ファイズ。

 推定必殺技:スパークルカット連撃。

 

 最終行動:退院患者への無断接触、および使徒再生実行。

 覚醒不成立個体、灰化。

 

 残存構成員:二名。

 

 備考:対象者を救済対象として認識。

 使徒再生失敗後、強い後悔反応を示した可能性あり。

 

 回収物:救急ポーチ、一点。

 体温計、一点。

 未使用の包帯、複数。

 

 追記:救急ポーチ内に、対象者用と思われるメモあり。

 内容は業務上不要と判断し、記録しない。

 

 送信。

 

 真咲は、千尋の席を見る。

 

 いつもなら、彼女はそこに座っていた。

 

 誰かの顔色を見て、寒くないか、疲れていないか、痛くないかと気にしていた。

 

 真咲にまで、休んでくださいと言っていた。

 

 必要に応じて。

 

 真咲はいつも、そう答えていた。

 

 真咲は端末を閉じる。

 

 水瀬千尋。

 

 灰化確認。

 

 残存構成員、二名。

 

 記録上は、それだけのはずだった。

 

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