深海で繰り広げられるラブストーリー。

※この作品はXfolioにてマルチ投稿してます。

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冷静になったら負け。



水面に漂う君と僕

 僕はサカバンバスピス。

 実は、最近気になっている人がいる。

 

 「よう、今日もアホ面してるな」

 

 クロマグロ先輩。

 キャリア五年のベテラン先輩だ、Yシャツの隙間から覗く赤身の肉が引き締まっている。

 

 「ジム、通い始めたんだって?」

 「は、はい!先輩みたいに、早く泳げて、立派な赤身になりたくて!」

 「おいおい、照れるだろ!このこの!」

 「や、やめてくださいよ!」

 

 僕にとってクロマグロ先輩は憧れでもあり、恩人でもある。

 泳ぎが得意じゃない僕の練習に付きっきりで付き合ってくれるし、食事にも連れていってくれる。

 

 「サカバンバスピス君、少しいいかい?」

 「トラフザメ先輩、どうしたんですか?」

 「実は、先方から連絡があってね。カンブリア期の資料を明日までに頼みたいそうだ」

 「わ、わかりました!」

 「すまないクロマグロ君、君にも部長から──」

 

 チーフ兼僕の教育担当のトラフザメ先輩、仕事のことから社会人としての振る舞いをたくさん教えてくれる。

 尊敬できる先輩だ。

 

 「──それじゃあ、朝礼を始めるよ」

 

 早く一人前になって二人に恩返しがしたい、僕が今叶えたい直近の目標だ。

 

 

 ※

 

 「外回り行くぞ」

 「は、はい!」

 

 クロマグロ先輩と僕はバディを組んでる。

 社外営業関連をクロマグロ先輩と、社内業務をトラフザメ先輩からご指導をいただいている。

 

 「おらおらおら!そんな速度じゃノルマ達成できねぇぞ!修行の成果発揮してみろ!!」

 「は、はい!」

 

 クロマグロ先輩は超速い、比喩じゃなくて超速い。

 僕はついていくだけで精一杯だ。

 それでも、しがみつく。

 少しでも、クロマグロ先輩と一緒に仕事をするために、一緒の時間を過ごすために。

 

 「止まったら死ぬぞアホ面!」

 「は、はいぃぃ!」

 

 新規開拓王、それがクロマグロ先輩が社内で通ってる二つ名だ。

 

 「次、終わったら昼飯だぁ!」

 

 そして、とてもマイペースである。

 

 「よし!これ食ってあと半分行ったら、泳ぎの練習すっか!」

 「あ、ありがとうございます!」

 「気にするな、そのために早く外回り終わらすんだからな。チーフには内緒な」

 

 プランクトン丼を食べ、クロマグロ先輩にしがみつき外回りを終わらせ、行きつけのプールへと連れてきてもらった。

 

 「戻る時間も含めて、練習時間は二時間あるな!」

 「お願いします!」

 「よし、まずは準備運動!その前になんで息を切らしてんだ、整えろ」

 「は、はいぃ…」

 

 クロマグロ先輩が不思議そうに背中をさすってくれる、背鰭の近くが暖かく、鼓動が震え早まるのを感じる。

 

 「おい、顔赤いぞ?」

 

 クロマグロ先輩の顔が近づく。

 鼻先がおでこに触れたのに気づいたのは、僕がクロマグロ先輩の身体を押し返した後だった。

 

 「おい……?」

 「練習、練習しましょ!時間、限られてますし、お願いします!ね!」

 「お、おう!やる気があるのはいいことだ!」

 

 その後、ぶっ通しで泳いで後日筋肉痛になり仕事にも支障をきたしてしまったことは、クロマグロ先輩にも内緒である。

 

 

 ※

 

 トラフザメ先輩はとても多忙だ。

 

 「トラフザメ先輩、お茶です」

 「これはこれは、ありがとうございます」

 

 僕にできることは少ない、それどころか僕がトラフザメ先輩の仕事を増やしてしまってるかもしれない。

 

 「サカバンバスピス君、この間の資料ありがとうございます。先方もとても喜んでましたよ」

 「ほ、本当ですか!」

 「えぇ、私は仲間に嘘はつきませんよ」

 

 フフフ、と笑うトラフザメ先輩に釣られて思わず僕も笑ってしまう。

 それ以上に仕事で成果を出せたことにニヤケてしまう。

 トラフザメ先輩はそんな僕の頬を摘まむ。

 

 「だらしないお顔になってますよ、社会人たるもの油断は禁物です」

 

 ズズズ、と姿勢を正しながらお茶を啜るトラフザメ先輩はとても様になっている。

 優雅で格好いい、クロマグロ先輩とはまた違って落ち着いた佇まいがとても素敵だ。

 

 「私の顔に何かついてます?よろしければ、取ってください」

 「あ、すみません、そういうわけでは」

 「冗談ですよ。ただ涎は足らさない方が素敵ですよ」

 

 急いで口元を拭う。

 トラフザメ先輩はそんな僕にヒレを伸ばし、頭を優しく撫でてくれる。

 ぽかぽかする、とても暖かい。

 

 「芋けんぴ、頭についてましたよ」

 

 うーーーわーーー。

 

 

 ※

 

 「クロマグロ君、彼はどうですか?」

 「あのア、サカバンバスピスっすよね、根性あると思いますよ」

 「今、アホ面と言い掛けましたね?」

 

 社内食堂の一角。

 二人の話題は渦中の彼である。

 

 サカバンバスピス。

 数多い新入社員の中でも色んな意味で注目を集めているといっても過言ではない。

 

 「仕事の覚えはいいとは言えねぇが、しっかりとついてくる。根性でついてくるところが気に入りました」

 「昔の貴方みたいですね」

 「や、やめてくだせぇよ」

 

 かつての上司と部下、今となっては共にチームを支える主力となっている。

 

 「たまには一杯どうですか、二人きりで」

 「悪くないっすね、行きましょか」

 「フフフ、そうですね」

 

 

 ※

 

 ある日のことである。

 僕はクロマグロ先輩とトラフザメ先輩に呼ばれて、待ち合わせ場所に定評のあるシーラカンス像前に来ていた。

 

 なんと、プライベートである。

 クロマグロ先輩とはプライベートを何度かご一緒したが、トラフザメ先輩は初めてである。

 僕が緊張してるところに、件のトラフザメ先輩が私服でやってきた。

 

 「お待たせしました、待ちましたか?」

 「い、いえ!今、来たところです!本日はお呼びいただき、ありがとう!ございます!」

 「固いですよ、今日はプライベートなんですから」

 

 トラフザメ先輩の私服は僕と違ってとてもお洒落だ。

 唾のある黒い帽子、赤いYシャツの上に黒いコート、同色の黒い七分丈のスウェットパンツはとても様になっている。

 

 「待たせたな!アホ面!」

 

 クロマグロ先輩も結構お洒落なのである。

 オーバルのサングラス、グリーンのモッズコートの下にはブランド物のTシャツ、ブラウンのカーゴパンツに迷彩のスニーカーは流行の最先端をいっている。

 

 「では、揃いましたし行きましょうか」

 「そうだな、まずはカラオケか?」

 「えっと、今日の予定ってボーリングだったんじゃ」

 「細かいことはいいんだよ、行くぞ!」

 

 この時間が永遠に続けばいい、憧れのお二人にプライベートに誘っていただけただけでも光栄なのに、僕はこんなに幸せでいいのだろうか。

 

 「どうしましたか?」

 「早く行こうぜ」

 

 だから、言わなきゃいけない。

 

 「僕は──」

 

 たとえ、この幸せが終わることになろうとも。

 

 「実は、僕、過去から来たんです。だから、そろそろ帰らなきゃ──」

 

 そのとき、僕のヒレを大きなヒレが包み込む。

 

 「関係ねぇよ、お前は俺の後輩だろ?退職届なんて出させねぇよ」

 「サカバンバスピス君、私は君の上司です。私の許可なく転勤は許しませんよ?」

 

 タイムリミット。

 僕は、運命に抗いこの時代で生きることを選んだ。

 

 「先輩……」

 

 「ったく、勝手に止まるんじゃねぇよ」

 

 「事情はわかりませんが、絶望に花を咲かすよりも希望に花を咲かす方が有意義ですよ」

 

 「……はい!」

 

 ──僕は、幸せに手を伸ばした。




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