全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
「セレスティアちゃん!」
「分かっています!」
クレスはセレスティアに言った後、隣のセレスティアに微小な電流を送り彼女の姿を掻き消した。空気中に存在する電子の流れを操り背景と同化させる光学迷彩の仕組みを模した技である。
姿を隠されたセレスティアは上空に巨大な機構を形作り始める。――『
残ったポーメットとジアターの召喚獣『
正教幹部達はペアを組んで圧をかけるつもりなのだろう。アーロスが指示したように一対一を四人分、というわけにはいかなくなった。邪教徒側の魔法使いが残り二人であることを知っているから、オクリーやアレックスの存在を半ば無視して押し潰しに来ているわけだ。
オクリーはセレスティアの奥義『
セレスティアが音楽を嗜むことから、
クレスによる不可視状態の助けを得て、ずっと固定砲台のように撃たれ続けたら、さすがに立っていられない。一方的に撃たれ続ける状況なら、絶対の防御力を持つスティーラくらいしか受けきれないだろう。流石のアーロスでも防戦一方であれば厳しいはず。治癒魔法のないオクリーは考えるまでもない。
アレックスがすかさず遠距離攻撃に転じているが、矢避けの加護がある限り飛び道具は無意味である。
不可視のセレスティアから放たれる必殺の一撃。圧縮された空気が横方向に解き放たれ、怒涛の勢いで大地を削り取って押し流していく。
その破壊は一度の瞬きよりも遥かに短い時間で完了し、巻き起こった轟音と爆風が全てを薙ぎ払った。街路を賑わせていた建物は消失し、地面を舗装する石畳の道は見るも無惨に吹き飛ばされ土の道と化していた。
マッハ六にも及ぶ轟速の破壊をオクリーが回避できたのは、
オクリーはアレックスの強化外骨格の腕に掴まり、横っ飛びを命じることで『
「オクリー先輩! セレスティアのあの冗談みたいな攻撃を止めさせないと、本気で死んじゃうっす! 何か手はないっすか!?」
「そんなもんあるかよ! というか奴ら、俺達雑魚二人を倒してからポークとアーロスに取り掛かるつもりだ! 狙われてるぞ!!」
「確かに自分達邪魔っすもんね! あ〜嫌っすねえ、嬉しいっすねえ! 先輩と協力して正教幹部とやり合える日が来るなんて感無量っすよ!」
セレスティアが消えてから少し時間が経過したため、彼女が何処にいるかはもう分からない。もう『
唯一のヒントは異音だ。小さな孔に空気が吸い込まれていくような音を、幾重にも重ねて木霊させたような不気味な音。それが聞こえたら、機構への吸気が始まっているということであるから、相当危ないと思っていい。
アーロスは自分を守ることで手一杯。ポークも『
しかし、雷の魔法を操るクレスや、人間の背丈を超える大曲刀を振り回す『
一瞬、ポーメットあたりに近づいて『
この場で治癒力を持たないオクリーとアレックスはあまりにも良い的だ。というか、セレスティアがどうこう言っている間に、クレスの電撃で心臓を止められるとか、ジアターの召喚獣『
(このまじゃ……!)
――やばい。
ヨアンヌを救うより前に死ぬ。いくらアーロスが強いと言ってもこの戦力差は無謀だ。終わる。何も出来ないまま、何の策も思いつかないまま、何の意味もなく無駄死にしてしまう。
(考えろ、考えろよっ!! 正教幹部四人をぶっ倒して、ヨアンヌを止める方法っ!! 簡単だろ、お前ならできるだろオクリー!! その程度ができないんじゃ、お前は今日この日まで生き延びてねえ!!)
風の音が聞こえる。セレスティアの『
――終わる。焦燥と絶望が思考を塗り潰して、何も分からなくなっていく……。
世界がスローモーションに見えた。しかし、思考が高速で廻り出すようなことはない。迫ってくる死の足音だけがはっきりと聞こえていた。極限の混乱を浴びせられて、脳がオーバーヒートを起こしていた。
苦肉の策すら思いつくこともできないまま、オクリーは無為な数十秒を浪費する。今この瞬間において、その数十秒は『
予感がする。
濃密で濃厚な、甘ったるい死の予感だ。
アレックスに運搬されながら、オクリーは瞼を閉じる。
何も思いつかない……。頭が真っ白になっていて、胸の中に真綿を詰められたみたいな圧迫感があって息がうまくできなくて、自意識が項を中心に収縮していくみたいな無力感に苛まれる。
ダメだ、ダメだ……。ここから生き延びられるイメージが湧いてこない。
思考が諦念と傍観を選んでいた。最後の最後、ヨアンヌに憑依を許した時点で負けていたのだ。優位性を確保したまま、一気に叩いてしまえばよかった。それが出来なかった時点で、ヨアンヌを救うことは不可能になっていたのだ。
そうして全てを諦めそうになったオクリーの眼前に立ち塞がる黒い影があった。
『アレックス、オクリー君! こちらへ!!』
憑依ヨアンヌが放出した黒い翼がオクリー達を包み込み、『
ドーム内で風をやり過ごした四人は顔を付き合わせる。
『敵がその気なら我々も集団戦と洒落込みましょう』
「具体的にプランはあるんですか。魔法の押し合いになったら人数差で負けますよ」
『私が盾となります。この翼があればどんな攻撃も弾き飛ばすことができます』
「ならボク達が矛となって敵を叩くってわけですか」
「火力は足りるっすか?」
『敵は転送の保険という縛りがある以上、治癒魔法を自由に行使できません。火力は足りています』
ヨアンヌ以外の魔法使いは、治癒魔法を自分に駆使すると全ての傷が強制的に治療されてしまう性質を持つ。遠方の転送保険を活かすために、敵方は被弾を最小限に抑えながら戦わなければならない。それ故にアーロスは勝機アリと見出したのだろう。
確かにそうだ。致命傷を与えれば敵は保険の元へ撤退していくのだ。固まって動けば勝機はゼロではないのかもしれない。
忘れていた。
無力な自分は、いつまで経ってもそれしか能がないのではなかったのか。
今までアーロス寺院教団の一員として過ごしてきた。正教幹部よりも、アーロスやポークについての方が詳しいほどだ。今はこいつらを頼って――頼るフリをして利用してやるしかない。
そうだろうオクリー。お前はいつだって、善悪の仮面を被って絶望に抗ってきたんだ。
今最も注視すべきなのは、唯一第三陣営に属するアレックスの行動原理。彼の行動によっては戦況が不安定となる。ならば、先んじて口撃を仕掛けて
「おいアレックス」
「なんすか」
オクリーはアレックスに耳打ちする。
「お前、この期に及んでまだ面白いことがしたいんだろ」
「そうっすよ? 今まさに絶賛実行中っす」
「俺と一緒に無理難題をクリアしてみないか。正教幹部を誰も傷つけず、ヨアンヌをアーロスの憑依術から救い出し、正教が完全勝利する世界を――」
「いいえ、違うっすよ先輩。先輩にとって、その無理難題は無理難題たりえないっすよ。どうせ先輩は傷ついて打ちのめされながらも、何やかんやでクリアしちゃうに決まってるっすもん。だったら自分は、そんな先輩の邪魔をして予想不可能な未来に辿り着く方がよっぽど面白いって思っちゃうっすよ!」
「ぐっ――てめえ……」
「ホラホラ、一緒に正教幹部をぶっ殺しに行くっすよ。先輩が望む最善の未来はそこにあるっす」
「ふざけたことを!」
交渉は決裂した。だが、まだだ。頼れる仲間はアーロス寺院教団だけではない。ケネス正教もまた心を交わした仲間なのだ。
『まずはセレスティアを叩きます! ポーク、巨大な扇子を作って辺り一面に風を撒き散らしなさい!』
「分かりました!」
アーロスが翼を広げ、三人を運搬しながら高く飛翔。ポークが棘を使って巨大な扇子を形成し始める。
それに対して、全長七メートルという巨躯を誇る『
次に来るのはポーメットだ。そうして彼女の存在を印象づけられた矢先、ポーメットの脇をすり抜けるようにして、クレスの雷撃が一閃。半ば不意打ちじみた攻撃となったが、オクリーの盾によって弾かれた。一瞬遅れて、岩石に乗った女騎士の斬撃が襲い来る。
「ポーメットぉ!!」
「オクリーッ!!」
翻した聖盾と、振り抜かれる聖剣。
爆裂音と火花を残して、互いがすれ違う。
オクリーの頬に赤い線が伸びていき、滲み出した深紅の雫が顎まで垂れていく。彼は顔面を斬られたか、と観念したが、傷は運良くそれだけに留まった。
「相変わらず悪運の強い男だ!」
ポーメットは岩石から飛び降りて背後からの斬撃を叩き込もうとするが、アーロスの黒い翼に叩き落とされる。
攻撃をやり過ごすと、ポークの手元に長さ五メートルほどの棘の扇が完成していた。
「アーロス様、完成しました!」
『扇ぎなさい! セレスティアの位置を暴くのです!』
高空に舞ったアーロスの足元に形成された巨大な団扇。真下に向かって大きく振り抜くことで、強烈な風が巻き起こり土煙を発生させた。
クレス達の姿が灰色の靄に隠れていくと同時、不気味に浮かび上がるモザイク状の人影があった。光学迷彩による隠伏状態にあったセレスティアである。
「セレスティア、見つけたっすよ〜〜!!」
アーロスが黒い翼を折り畳んで急降下。セレスティアらしき人影があった場所へ急襲する。
地面への衝突と共に大地が波打ち、瓦礫と土塊が浮き上がった。すると、セレスティアの姿は更に色濃く浮かび上がり、アーロス達に彼女の存在を確信させた。
『さあ、殺すのです!』
セレスティアが隠伏状態を解除した。
殺到するアーロス達。砂煙に隠れた黒い影、猛毒の棘、
セレスティア達が煙の中で戦う中、オクリーは敵味方の位置を見失う。「アーロス、アレックス、どこだ!?」その声に答えたのはセレスティアの鎌鼬。土煙の壁を切って一直線に飛んできたため、腰を反らしてすんでのところで回避する。土煙が舞っていなければ、不可視の風の刃に鼻っ面を切られて死んでいた。
(視界状況が最悪だ、同士討ちが起きるぞ……!)
遠くない場所で、アレックスが銃を乱射し丸鋸を振り回す音が聞こえる。影が蠢くような音と、蠍が這い回るような音もする。アーロスの魔法とポークの魔法だ。
地鳴りのような音と、『ぶおん』という空気がブレる音がする。多分、ジアターの召喚獣が暴れ回っている。光が右から左に流れていくのは、クレスの電撃が行き交っている証だ。
残る一人、ポーメットは何処だ。気配を殺しているのか? 背中から襲われでもしたら一撃で――
「ッ!!」
一瞬だけ殺気を感じて背中を庇うと、僅かに風が揺れ動き焦げた臭いが鼻を突いた。土煙が黒煙に変わる。微粒子すら焦がす魔法の使い手はポーメット。青白い半透明の刃が脇腹に滑り込んでいく。オクリーは咄嗟に聖盾を差し出した。
バギン!! という音がして火花が散る。薄暗い土煙の中、
刹那の停滞。その後、二撃、三撃と殺陣が続く。順手からの斬撃、持ち替えて逆手からの不意打ち、距離感を見誤らせる連続突き。それに対してオクリーは目で追いかけて盾を差し出すのがやっとだ。女騎士が構えの動作に入ったかと思えば、次の瞬間には剣が振り切られている。ほとんど勘だけでいなしていた。
剣と盾が散らす火花がポーメットの視線を照らしてくれる。大抵は見ている箇所を狙い澄ましてくるだろうという仮定の元に生き長らえていた。
背後から恐ろしい地鳴りと爆発音が近づいてくる。うかうかしていると、周りの戦いの余波で死んでしまう。オクリーは女騎士の腰を目掛けて突進。ポーメットが剣を逆手に持って無防備な背中に叩き落としてくるが、背中に刃が達する前に地面を蹴った。
盾を持った手でアッパーカットを見舞う。ポーメットは顎を引き、仰け反りながらオクリーの股間目掛けて長い脚を跳ね上げる。逆の手で太腿を押さえて勢いを殺すが、抑え切れずに肩の関節が外れてしまう。
「ぐっ!」
激痛が走る。ポーメットの胴に肩を強打させることで関節を入れるが、下から戻ってきた聖剣の柄がオクリーの横顎を揺らしていた。
脳髄が揺れる。意識が持っていかれそうになる。倒れそうになった寸前で踏ん張りを効かせて意識を取り戻し、聖剣と聖盾が押し合いになった。
「抵抗はやめろオクリー。暴れないのならアキレス腱を切るだけで済ませてやるところだ」
「その程度で俺が動けなくなるとでも思ってるのか? 相変わらず優しいな」
「……黙れ」
女騎士のこめかみに青筋が立つ。彼女は一歩踏み込んで圧をかけた。
対するオクリーは、痛みで覚醒した思考を高速回転させ始める。
ポーメットの顔を見て何かを思い出した。
彼女が手にする最強の矛『聖剣』――その性質は魔力を帯びた聖遺物である。
聖遺物。神具。魔道具、世界で初めて魔法を持って生まれた『黎明の七人』の遺物群。
――その聖遺物ならば、ヨアンヌの憑依状態を解除することができるのではないか?
どうしてこの発想に至らなかったのだろう。超常の力に対抗するには超常の力しかないではないか。きっとまともにアーロスを引き剥がそうとしたって駄目なんだ。
どの聖遺物を使うべきなのだろう。オクリーは頭の中の知識を掘り返し始める。
『
『
『
ただ、『
だが、憑依ヨアンヌを虜にすることで言うことを聞かせ、憑依解除を命令・実行させる――この可能性に賭けるしかない。
再び激突するポーメットとオクリー。近づいた二人の距離が密談を許す。
「ポーメット、憑依されたヨアンヌの身体を取り戻す方法を思いついた……」
「何?」
「『傀儡の雫』だよ。アレを今のヨアンヌの口にぶち込んで、数秒間だけ言うことを聞かせるんだ。そうすればアーロスの憑依状態は解除され、ヨアンヌは解放される……!」
オクリーが勢いづいてポーメットを押し込む。僅かばかり後ろに気圧された女騎士は両腕に力を込めてオクリーを押し返した。
「その作戦はノウンによって現在進行形で実行されている」
「……!?」
「少し前、あの子も同じことを思いついたんだよ。今ノウンは『根』を使って聖都から『傀儡の雫』を運送している。ただしメタシム奪還に使える『傀儡の雫』は五滴まで……それ以上は承認が下りなかった。それでも、五
ポーメットはそれから口を噤んだ。
現状との矛盾がその先に続く言葉を予想させた。
「――『傀儡の雫』が到着するより先にヨアンヌとアーロスを殺した場合は、その限りじゃないってことか」
「それがサレン様が可能な最大限の譲歩だ」
ノウンによる『傀儡の雫』の到着をただ待っている正教幹部ではない。
『傀儡の雫』が到着するまではヨアンヌ殺害に全力を尽くす。ただし、『傀儡の雫』が到着してからは彼女を救うことに総力を尽くす。『傀儡の雫』を使ってヨアンヌとアーロスを引き剥がすのはアーロス弱体化を狙ってのことであり、オクリーの意を汲んだわけではない。世界を救えるのならヨアンヌの生死はどうでもいい。それが正教幹部達の判断だった。
身体の力が抜けそうになる。サレンの気難しそうな顔が脳裏を横切る。
(あんたは甘すぎるよ、サレン……)
この土壇場でこんな真似をするなんてサレンらしくない。『傀儡の雫』なんて使わず、正教幹部七人で憑依ヨアンヌを押し潰すことだってできたはずだ。それをしないのは、どこかの大馬鹿野郎に感化されたとしか思えない。
(サレンは信じてくれているんだ……)
サレンは、いや、正教幹部達は、一度だけオクリーの願いに協力してやると言ってくれているのだ。これまで幾度となく厳しい言葉をぶつけてきたサレンの判断だからこそ、こんなに嬉しいことはなかった。
ならば、『傀儡の雫』が到着するまでは全力で時間稼ぎさせてもらおう。そうしてくれと正教幹部達は暗に告げている。ヨアンヌを殺させないでくれと瞳で語っている。
「聖遺物が到着するまであと何分だ」
「最速で二〇分と言ったところだろうな」
「……なら、それまでは」
「…………」
「……すまない、恩に着る。ポーメット、みんな」
「……良いから行け! これ以上ぶつくさ言うなら、本気で斬るぞ!」
一先ずの目標ができた。『傀儡の雫』が到着するまでの二〇分を耐え抜く。ポーメットはともかく、他の幹部が手を抜いてくれそうな感じはない。オクリーの死に物狂いの活躍に期待して、ヨアンヌの生存を見込んでいると表せばいいのだろうか。本気で戦ってもオクリーがヨアンヌを守り抜いてしまうのだろうと信頼されているというか――
いずれにしても、それまでは辛抱の時だ。ポークとアレックスをどう扱おうかという迷いもあるが、とにかく憑依ヨアンヌの身を守り続ける。アーロスの言った通りに固まって行動し、正教幹部を撃退するのだ。
オクリーとポーメットの間に一陣の風が吹く。
塊となって吹き寄せた土煙が女騎士の姿を掻き消す。これがチャンスだと踵を返し、ヨアンヌを求めて走り出した。
――いける。救える。助けられる。ハッピーエンドを迎えられる!
皆のお陰だ……。
仲間を信じたからこそ、最高の結果を掴み取れたんだ!
そうして希望を持って走り始めた時、恐ろしい予感が胸の内に湧き上がってくるのを感じた。
「あ、ぇ……?」
――心の奥に深々と刺さるモノがあった。ずぶりと音を立てて、冷たいものが胸の内に風穴を開けて侵入してくる。
あたたかい胸の中に氷水が流れ込んできたみたいに、急激に体温が下がる。先のポーメットの発言に対して悪寒がした。
オクリーの無意識が『傀儡の雫』によるヨアンヌ奪還作戦の不気味さを指摘していたのだ。それ故の混乱。目の前の救いに飛びつきたい焦燥に焼かれながらも、オクリーは思考を回転させ始める。
(な、何だこれ……。また混乱して正気を失ってるのか……!? 落ち着け、パニックになるな、選択を見誤るな! 冷静に未来を見極めるんだ……!)
確かに、五滴の『傀儡の雫』を憑依ヨアンヌの口に運ぶことの難しさは言うまでもない。だが、サレンの魔法やクレスの速度があれば隙をつくことも不可能ではないだろう。作戦自体が急遽考案されたものであるため、不安な部分こそあるものの、致命的なまでの杜撰さはないはずだ。
ならば、自分が疑問を覚えているのは、作戦の実行可能性ではなく、そもそもの土台の話なのか……?
(……『傀儡の雫』はアーロスに効かないかもしれないってことか……?)
オクリーの勘が不気味に感じているのは、きっとその点だ。
現在のヨアンヌは二つの人格を持つ状態である。内側に隠れてしまったヨアンヌ本来の人格と、外側に被さったアーロスの人格。ひょっとすると、『傀儡の雫』の効き目があるのはヨアンヌ本来の人格に対してのみであり、憑依しているだけのアーロスには全くの無力なのではないか?
「…………」
その仮定に至った時、さあっと血の気が引く音がした。
ヨアンヌを救う根本的な解決に至っていない可能性がある。
『傀儡の雫』作戦が空振りに終わったらどうなる?
そんなの決まっている。現状の繰り返しだ。
アーロスに憑依されたヨアンヌは結局殺されてしまう。
彼女を救うことができない……。
(ば、馬鹿な……。俺が、俺がおかしいんだ。ヨアンヌを取り戻すには『傀儡の雫』しかないじゃないか。それを疑ってどうするんだ!? ……けど、
お前は頭がおかしくなったのか、オクリー・マーキュリー。強烈な頭痛に苛まれる中、オクリーはその場から動かない。
(ドルドン神父、まさかお前の魔法が俺に未来を見せたのか?)
胸騒ぎの原因に当たりをつけたオクリーは、神父が残していった左腕に視線を落とす。
突然降って湧いてきた絶対的な予感。まるで未来の予知とでも言わんばかりの確信じみた感覚は、あの神父の魔法『
オクリーは左腕を抓りながらドルドンに語りかける。
(おいドルドン、今そっちはどうなってる!? 俺に予感を与えたのはお前なんだろ!?)
返事はない。ヨアンヌのように以心伝心というわけにはいかないのか、繋がりそうな気配が全くない。
彼は彼で別の目的のために動いている。今すぐ此処に呼びつけるのは得策ではないだろう。
(……ドルドンの示す通り、もっと考える必要があるのかもしれない。この戦いは言わばアーロスの最後の悪足掻き……最善に至る道がそんな簡単なわけがないからな。完璧な手を打たなければ足元を掬われる。もっと深く潜れ……! 俺が積み上げてきた知識と経験の泉に……! 深く深く、奴の悪意を振り切るほどに深くっ!)
絶望は止まらない。仲間を信じることで見つけた道も、まだ不完全である。