if シリーズ ナナリーの令嬢修業 平行物語 作:露草ツグミ
『ナナリーの令嬢修業』第二章14話~16話のボツになったエピソードを供養するために作りました。
ナナリーの令嬢修業よりも少しコミカル(前編)で、ちょっとエッチ(後編)です。
騎士団による護衛が終了し、久しぶりに一人で過ごす休日。私はいきつけの古本屋で所狭しと本棚に詰め込まれた魔術書の背表紙とにらめっこしていた。
「魔術書をお探しなんですか?」
「はい?」
振り返ると見知らぬ男性がにこやかに笑っている。本探しに夢中になっていて、声をかけられるまで後ろに人がいたことに気づかなかった。魔術書の棚の前に陣取って他のお客さんの邪魔をしていたようだ。私は慌てて脇に避けて場所を空ける。
「すみません、邪魔でしたよね」
「ああ、いえ、いいんですよ。とても熱心に本を探しておられるので、何かお手伝いできたら……と思いまして」
「魔術書にお詳しいんですか?」
「まあ、それなりに」
話をしてみると、その男性は元は破魔士で、現在は王立の魔法学院の講師をしているという。私がハーレの受付嬢とわかると、懐かしそうにアルケスさんや所長の話をしてくれた。魔法学院の講師であるため博識で、棚に並んでいる魔術書の解説やおすすめの魔術書の話も興味深い。
チリンと店の扉が開く音がして、視界の端を見覚えのある金色が
「……?」
「どうかしましたか?」
「いえ……」
しばし頭を捻ったものの、気のせいかと魔術書の話を再開する。そう、私は魔術書を探している。とある男にかかった魔物の呪いを解くために。
元破魔士の男性の話から少しでも手がかりが掴めないかと私は前のめりになって聞いていた。すると突然、男性が顔を強張らせた。何か失礼でもしてしまったかと危惧したが、その視線は私を通り越して後ろの通路──ではなく、背後に立つ人物に向けられていた
人の気配なんかなかったのに。いきなり気温が氷点下に下がったように背筋が寒くなる。嫌な予感がしてバッと勢いよく振り返れば、すらりとした長身に長い金髪を編んで胸元に垂らしたアルウェス・ロックマンが立っていた。
黒い騎士服の下の鍛えられた肉体に不思議と調和する艷やかな美貌には、胡散臭いほどに綺麗な笑みを
アルウェスは私と男性の間に入って話を始める。軽い職務質問のような感じであるが、男性はみるみる
男性が出ていった扉と、無表情でそれを見つめるアルウェスの
*
私はアルウェスに背中を押されて古本屋を出た。お店の立ち並ぶ大通りを歩き、坂道を上り切ると噴水広場にたどり着く。噴水広場は公園へと続いていて、アルウェスは公園の入り口にある緑に囲まれたカフェテラスへ私を誘った。騎士服の上着を脱いで椅子の背もたれにかけ、向かいの席に彼も座る。
てっきり仕事中だと思っていたが、わざわざ上着を脱ぐということは休憩時間なんだろうか? 正面に座るアルウェスの首の詰まった黒いシャツ姿をしげしげと眺める。
私は仕事が休みであるが(ちなみに世間は平日である)ハーレの制服を着ている。身を守るために、外出時は無効化衣装という高性能な制服(正しくは防具)を常に着用するよう騎士団とロクティス所長から命令されているからだ。
「仕事中じゃないの? こんなところで油売っててもいいの?」
「僕? 僕の仕事はもう終わったよ。気にしないでいい。君も今日は休みでしょ?」
注文を終えるとアルウェスは頭上で指をくるくると回し、防音の魔法をかけた。胸元で腕を組んで背もたれに寄りかかると短い溜息を吐く。
「君は、ブルネルが傍から離れると途端に警戒心がなくなるの?」
「どういう意味よ?」
「君が警戒すべきは魔物ではなく『人』だという話はしたよね?」
のっけからお小言が始まった。でも令嬢教育で鍛えられた私はこれぐらいで怒ったりはしない。まずは話を聞いてやろうじゃないの。私も腕を組み、足を組んで背もたれに体重を預けた。
「仕事は休みだけど制服着てるし、
無効化衣装のハーレの制服を着ていれば私に魔法の攻撃は効かない。アルウェスの炎の攻撃も、魔物の攻撃も、シュテーダルの精神攻撃も私を傷つけることはなかった。
私が警戒すべきは魔物よりも人間で、魔物に操られていたり、魔物が憑いていたり、トレイズのように魔物と契約をして私を害する、あるいは誘拐する危険に注意せよとロクティス所長やニケ、アルウェスから念を押されている。
「僕が気配を消して近づいても全く気づかなかったのに? まだ学生時代の方が感覚が鋭かったね」
「ぐっ……!!」
「一人で行動するのが駄目とは言わないよ。でも、君が思っているよりドーランは安全じゃない。七色外套なんか使わなくたって気配を消す方法はたくさんある。そういう意味では人間の方が魔物より狡猾なんだから」
私を真っ直ぐ見据える
「君は訓練を受けていないから、代わりにドルセイムの知恵を着けてもらってるけど。やっぱり対人の訓練も必要かな。ハーレの所長に伝えておこうか」
「結構よ。私から所長に相談するわ」
「ふぅん? だったら、ハーレに任せるよ。ハーレ全体の防衛が強化されるのは騎士団としても助かる」
長い脚をゆったりと組み替え、膝の上で手の指を組みながら、アルウェスは面白そうに口角を上げる。
ムムッと私は彼を睨み返した。言ってることは正当なのだが、私というよりハーレのお手並み拝見とでもいう含みが感じられる。ハーレと騎士団は対立してるわけではない。そういうわけではないが、優秀な人材が騎士団に多く流れてしまったり、対抗意識は常にある。
私が狙われているのならハーレの職員も警戒が必要である。戦闘なら騎士団の仕事だが、自分たちの身を守るための訓練なら自分達でもできる。アルケスさんのように騎士団出身の魔法使いだって何人もいるのだから。私から所長に掛け合い、もし必要なら騎士団に協力を要請してもいい。
「ついでに誘導尋問の手法も教えてあげようか? まあ、君の場合は見知らぬ人にも自分のことを安易に喋ってしまうから、何も仕掛けなくても簡単に個人情報を引き出せるけどね」
「失礼ね。私はそこまで迂闊じゃないわ」
「事実を指摘してるだけだけど? 古本屋にいた男性にも興味のある魔術書や魔法についてペラペラ喋ってたでしょ? 次に会ったときは君が興味を持ちそうな魔術書を用意して食事に誘ってくるかもしれない」
「少し本の話をしただけなのに、誘ってくるわけないでしょ」
「そうかな? 彼は元破魔士で王立魔法学院の講師だってね。服装を見れば君がハーレの職員だと気づいたはずだよ。ハーレの話をすれば君の警戒心は薄れる。君は美しくて人目を引くし、特徴的な髪をしているから、また君に声をかけてくると思うよ」
「なななな……何を言ってるのよ!!」
「うん? 何か変なこと言った?」
アルウェスは首を捻っている。演技ではなくて素だ、素。この男の口からは素でとんでもない量の砂糖が飛び出てくる。息を吐くように女性を褒めそやし、圧倒的美貌から放たれる輝くような笑顔と丁寧な物腰で女性を
おまけに不思議そうに小首を傾げる仕草は何だ。ちょっと可愛いって思ってしまった私は何なんだ。
こんなものを人目に晒していいのだろうかと私の心臓がバクバクした。
「ああ、君が美しいってこと?」
「社交辞令はいらないわよ。そんなこと思ってないくせに」
「思ってるよ、いつも」
テーブルに頬杖をついたアルウェスが柔らかく微笑んだ。
明らかな不意打ちだ。さっきまでとは違う胸の高鳴りに、私の頬に熱が集まる。ふんわりと優しい笑みを見れば彼が本気でそう思っているのはわかる。だからこそ戸惑ってしまう。どう反応すればいいのかわからない。
「ア、アルウェスこそ美人で目立つし、服装で騎士だとすぐにわかるじゃない!」
何を言っているのだろう、私は。目の前の男がとんでもない美貌の持ち主だなんて今更であるし、服装で立場がわかるというなら他の騎士だって同じだ。それならゼノン殿下なんてあの高貴なオーラで王子様だとすぐにわかるではないか。
「まったく……君の方こそ何言ってるの?」
アルウェスが顎先に指を添えて可笑しそうにくすくす笑った。
気が動転して変なことを口走ってしまったのは私だってわかってる。心の中で自分の頭をぽかぽか叩く。
「そうだね、僕が騎士服を着ていれば騎士だとすぐにわかる。だからこそ、初対面の人間に軽々しく自分のことは話さないよ。あくまでも騎士として対応する」
「え?」
予想外なアルウェスの言葉に私は目を瞬き、自分の制服を見下ろした。古本屋での男性との会話を思い出してみる。ちゃんとハーレの職員として対応ができていただろうか?
しかし、それを言うならアルウェスはどうだ? 「騎士服を着ているときは騎士として対応する」と言いながら、元破魔士の男性はアルウェスに怯えるようにして去っていった。なぜあの男性があんなに顔色が悪くなったのかよくわからないが、騎士が一般市民を怯えさせてどうするんだ。
「騎士だという割には一般市民を怯えさせてたじゃ……アルウェス?」
制服から目を上げ、バシバシとテーブルを叩いた。しかし、アルウェスは私の斜め後方の上空をじっと見つめている。しかも眉間にやや皺が寄っている。
首を回して彼の視線の先に目を遣った。少し離れた上空に、天馬に乗った騎士団が留まっているのが見える。数からすると一個小隊ぐらいは集まっているだろう。ニケはいるだろうかと探したが、流石に個人の識別はできなかった。
「あれ、騎士団? 仕事に戻る?」
「いや、さっきも言った通り、僕の仕事は終わってるから。ごめんね、何の話だったかな?」
「えっと……さっき古本屋であの男性を怯えさせていたでしょ。あれは騎士として良くないと思うんだけど」
「ああ、あれ? あれは悪い虫を追っ払っただけだよ。最初が肝心だから」
「は? 虫? 最初が肝心って何が?」
「やっぱりわかってないね。さっきから何度も言ってるんだけど。警戒心が足りない自覚はある? 護衛を戻した方がいい?」
「駄目よ。これ以上ニケの仕事を増やすわけにはいかないわ」
「大丈夫だよ。ブルネルの仕事は増やさない。忘れてるみたいだけど、僕も君の護衛担当だから」
「え!? いや、でも、アルウェスだって忙しいんだから、私のせいで仕事を増やしてほしくない」
「仕事じゃなければいいの?」
「仕事じゃないのに護衛なんてする必要ないわよ」
「君と一緒にいるときは僕は常に君の騎士のつもりだけど?」
「はぁ!?」
「君は何をしでかすかわからないから、目が離せないんだよね」
「私は子供じゃないわよ。失礼ね」
「もちろん子供だなんて思ってない。だから心配してるんだよ」
「馬鹿にしてるの?」
「してないよ。君は頭はいいし、人の心情を推察したり共感する力は優れているのに、男女の心の機微に疎いから困っている」
「やっぱり馬鹿にしてるでしょ!?」
「大きな声を出してもいいけど、急に立ち上がるのはやめてね? 注目浴びてるよ」
周囲の視線を感じ、浮かしていた腰をすとんと椅子に下ろした。防音の魔法をかけてあっても姿が見えないわけではない。
ちょうど注文したケーキとお茶が運ばれてきた。給仕のお姉さんはアルウェスを見つめて頬を染めている。彼が「ありがとう」と言っただけでお姉さんの瞳がキラキラ輝くのがわかった。
「……で? 古本屋で何の本を探してたの? 君のことだから、難しい魔術書とか?」
紅茶を一口飲んでアルウェスが尋ねてくる。私も紅茶を飲んで喉を潤し、心を落ち着かせてから言葉を選ぶ。
「欲しいのは魔術書よ。難しいかどうかはわからないけど」
フォークを持ちケーキを食べ始める。何のため、誰のために魔術書を探しているのかアルウェスに詮索されるのは困る。ケーキを食べていれば口をつぐんでも不自然にはならないだろう。ケーキはとても美味しくて、自然と頬が緩んだ。
「
「そんな、公爵家の図書室なんて庶民の私はおいそれと入れないわよ」
私は即座に断った。令嬢教育のために公爵家に通っているが、カーロラ王女の結婚式でドーラン代表の一人として恥ずかしくない振る舞いをするため、アルウェスに恥をかかせないためにロックマン公爵夫妻のご厚意で教育を受けさせて貰っているのだ。自分の立場を履き違えてはいけない。
とはいえ、ロックマン公爵家の図書室という誘惑に心が動かされなかったといえば嘘になる。三大貴族のロックマン公爵家なら貴重な蔵書もたくさんあるだろう。むくむくと好奇心が湧き上がるのは抑えようがなかった。
いや待て、冷静になれナナリー。私はアルウェスにかかった魔物の呪いを解く方法を探している。それに関する魔術書が公爵家にあるのなら、とっくに彼は自力で呪いを解いているだろう。つまり公爵家に私が求める魔術書は置いてないのだ。
無駄足を踏まなくてよかった。一人でうんうんと頷いた。
「ありがたいお申し出だけど、やっぱりお断りする」
「ふーん……。どんな魔術書を探しているのか聞いてもいい?」
「え?」
咄嗟に答えられずに口ごもる。私は嘘が嫌いで、そもそも嘘を吐けない。適当に誤魔化すのも苦手だ。秘密にしようとしても勘がいいアルウェスにはすぐにバレてしまう。
何か他に探している魔術書はなかっただろうか? 紅茶のカップを口に運びながら必死に頭を巡らした。
「お、お肉よ、お肉! お肉の魔術書を探していて……」
「肉の魔術書?」
「違う!! お肉を生成しようと研究してるの!」
ソーサーに置くときカップが音を立てた。肉の生成を研究してるのは嘘ではない。でも他の研究や調べごとだってあったのに、何故よりによってお肉の話をしてしまったのか。
「肉の生成……ね。面白い研究してるね」
「……笑いたいなら笑いなさいよ」
「笑ったりしないよ。肉の生成は誰も成功させたことがないんだし、成功すれば歴史書に名前が残るよ」
「そ、そう?」
「僕も挑戦してみようかな」
「えっ!?」
「どっちが早く成功させるか勝負する?」
「望むところよ!」
「肉の生成という観点から魔術書を調べたことはないんだけど、探せば公爵家にも参考になる本があるかもしれない。じゃあ、僕はこれから家に帰って調べ物をするよ」
「ええっ!! ちょっ、ずるいわよ!」
「ずるくはないよ。君だって来てもいいんだよ?」
「う……」
「どうする? 僕は構わないけど」
「うぅぅ……」
アルウェスに上手いこと乗せられてしまった気がする。それが何だか悔しくて、私はテーブルの上で拳をぷるぷると震わせた。
肉の研究で負けたくない。魔法を研究する環境ではアルウェスに劣るかもしれないが、それを覆してこそ勝ったときの喜びもひとしおだろう。
実家の本を調べるのはずるくないとわかってる。私の家にたくさん本があれば私も同じことをする。それに、私にも公爵家の図書室を閲覧していいと言ってくれているのだから。
敵に塩を送るようなことをしていいのかと思うが、アルウェスは公平に物事を考える人で、知識を独り占めしようなんて思ってはいないのだ。ここで意地を張ってしまっては私が子供のようではないか。
「わかったわよ! 私も行く!!」
「そう? じゃあ今から行こうか」
アルウェスが嬉しそうに笑って席を立つ。私は膨れっ面になりながらも、差し出された手に自分の手を重ねた。
*
「どうだ? 見えるか?」
「おう、ばっちりだ。ほら、見てみろ」
街の上空で天馬に乗って待機していた騎士たちは、天馬の鼻を突き合わせて各々が持つ小さな鏡を覗き込んでいた。鏡には金と水色の髪の美男美女がそれぞれ映っている。常に注目の的となる二人が屋外のカフェテラスで一緒にいるのだ。
彼らは鏡を使って遠くにあるものを映し出す望遠術を行使している。望遠術に使う鏡はなかなか値が張る。貴族の騎士たちは当然のように持っているが、平民の新人が簡単に手に入る代物ではなかった。
「あの二人、何の話をしてるんです?」
「それが……読唇術をかけても隊長が何を言っているのかわからないんだ」
「どういうことですか?」
「認識阻害の魔法を使っているんじゃないか?」
「はー、さすが隊長ですね」
「ヘルさんはどうだ?」
「ヘルさんの顔はここからはよく見えないんだよ」
「おい、お前たち、休憩は終わりだ。ゼノン殿下がいらっしゃるぞ」
「もうこの辺にしておけ」
「終わりにするか」
「お、おい!!」
「何だ?」
「今の見たか!?」
「……見た」
「何だ、あの顔……」
「あの隊長の笑った顔……!」
「わあ!!」
何の前触れもなしにパリンとすべての鏡が割れた。ひび割れた鏡にはもう何も映っていなかった。
「は……?」
「何が起きた……?」
「あの、俺、隊長の方を見てたんですけど……」
「まさか……」
「……鏡が割れる直前に、鏡の中の隊長と目が合ったんです……」
*
人々が賑やかに行き交う街を眼下に見下ろし、ゼノンは天馬に乗って上空を翔けていた。この天馬は一角獣との混血で、頭に角が生えている。国で一頭しか存在しない天馬に乗っていれば目立つことこの上ないが、王子に生まれた自分の宿命でもある。
城の会議に同行した側近数名と隊列を組みながら、先に出発している団員との合流地点に向かう。側近の中にはゼノンの秘書官に任命されたばかりのニケも含まれていた。
街の上空で天馬に跨がり待機している騎士たちが見える。こちらに気づいて隊列を整えているが、幾人かが集まって熱心に何かを見ている。
「何をやってるんだ? あいつらは」
そう呟いたとき、彼らが頓狂な声を上げた。ようやくゼノンたちに気づいた団員が慌てて整列して敬礼をする。嫌な予感がするな、とゼノンは独りごちた。
「お前たち、さっきは何をしていた?」
報告を受けた後、ゼノンは間髪入れずに切り出した。問い質された団員たちは皆気まずい顔をしている。その中で最も立場が上の団員が懐から手の平に載る大きさの鏡を取り出した。望遠術のための鏡である。鏡面は無惨にも粉々にひび割れており、もはや使い物にならないだろう。
「酷いものだな。この鏡をここまで割るとは、よほど強力な魔法を食らったのか?」
「……はい」
「誰にやられた?」
「…………アルウェス隊長に」
「アルウェスに?」
「悪いのは自分です。隊長に非はありません!」
「……何をやったんだ、お前たちは」
事の顛末を聞いてゼノンは深い溜息を吐いた。件のカフェテラスに目を向けると、遠目に小さな水色の頭が目に入る。もちろん同じテーブルには金髪も見える。
「殿下、あまり言いたくありませんが、これは盗撮……犯罪では?」
ニケがそっと耳打ちしてくる。アルウェスは非番であったが城の会議に出席しなければならず、会議の後も仕事をしようとするのをゼノンが止めて休みにさせた。彼の私的な時間を盗み見られていたのである。
「アルウェスの場合は微妙なところだな。国中に顔が売れている。そういう意味ではナナリーも同じようなものだが」
「あの髪は目立ちますしね……」
変装せずに街中を歩けばアルウェスとナナリーは衆目を集めるだろう。ただでさえ美男美女であるのに、アルウェスは騎士団の顔だ。王子であるゼノンを除けば、最も有名な騎士といえる。そして、ナナリーは救国の氷の魔女として知られている。
ナナリーは無頓着であろうが、アルウェスは自分たちが周囲からどう見られるかよくわかっている。カフェに入るにしても、個室のあるお店を選ぶなり、目立たないようにする手段はいくらでもあるだろうに。
……ようやく想いが通じたというのに、お前はほとほと難儀だな。
「ナナリーにはそれとなく注意しておきます」
「ああ、そうしてくれ」
「あの二人、ちょっと今日は運が悪かったですね」
「運が悪い?」
「あそこのカフェテラスは周囲の木立が目隠しになって、外からはよく見えないんですよ。でも、上からは丸見えで……」
「そうなのか」
苦笑するニケの横顔を見つめると、ニケが「もう時間です」と告げて出発を促してくる。
周囲への牽制のためにわざと目立とうとしているのかと深読みしたが、どうやら思っていたよりも素直に従兄弟は想い人との逢瀬を楽しむつもりだったらしい。
アルウェスとナナリーのことは頭の片隅に追いやり、ゼノンは天馬の手綱を引いて空を滑り上がった。
後編は明日更新します。