if シリーズ ナナリーの令嬢修業 平行物語 作:露草ツグミ
同じころ、ドーランの東の森の上空を騎士団の第八小隊が天馬で翔んでいた。調査のために東南の湖を目指している。隊列の中程にいたニケは、視界の片隅で赤いものがちらつき、そちらに目を向けてぎょっとした。南の森の上で大きな炎が燃えていたのだ。
「火事!?」
火事(?)はあっという間に消火されていく。誰かが魔法で消したのだろう。あれだけの炎を瞬時に消火できるのは氷型か水型か。
先輩に断りを入れて隊列からはずれると、ニケは懐から鏡を取り出して望遠の魔法を展開した。遠くにある目標物を鏡に映し出す魔法である。
先ほど炎が上がっていた辺りに当たりをつけて南の森を注視していると、二つの人影が宙に浮いているのが小さく見える。もっと拡大しないと人物の特徴はわからない。
「どうした? ブルネル?」
隊列の後方にいた団員がニケの隣に並んだ。
「すみません! 不審なものを発見したので先に行ってください。後で報告します」
「不審なもの? おい、何人かここに残れ。他は先に行け」
正確には不審人物(二名)だろう。二つの人影は直ぐに姿を消してしまったが、数分後、森の別の場所でまた炎があがった。急いで望遠の鏡に映し出す。そこでは二頭の巨大な龍が現れていた。真っ赤な炎に包まれた龍と対峙しているのは氷山かと見紛う氷の龍。これはもう間違いない。
「ナナリーとロックマンだわ……!」
あの二人はこんなところで何をやっているのか。
「どうした? ニケ」
「殿下」
「不審なものとは何だ?」
隊列から外れたニケの様子を見に来てくれた殿下に、ニケは鏡を見せて南の森を指差した。二頭の龍はまだ戦っていた。
「……あの二人か」
殿下の声が低く響く。
「二人で出かけるとは聞いていたが、何をやっているんだ」
あれがデートなのか……。殿下は頭が痛そうな顔で額に手を当てた。
炎の龍と氷の龍が共倒れした直後、ナナリーとアルウェスの脳内に馴染みのある声が響いた。その声は常よりも数段低い。
「殿下?」
「ゼノン王子!?」
ナナリーが慌てて東の森を振り返ると、森の上空に天馬に乗った黒い集団が見えた。間違いなく騎士団だ。あの中にゼノン王子がいるという。脳内の交信で騎士団のところまで飛んでくるように指示された。
冷静になったナナリーが内心冷や汗をかいていると、アルウェスはさっさと動き始めていた。
「ほら、行くよ」
「わかってるわよ!」
ビュンとユーリを飛ばすアルウェスに、負けじとナナリーもララを最速で翔けさせる。使い魔でただ飛ぶだけなら楽勝だ。他の魔法に使っていた魔力を全部ララの飛行に注ぎ込むと、今日一番のスピードで飛ぶことができた。
「お前たち、何をやっているんだ?」
モノケロースに乗ったゼノン王子が呆れたように、しかし怒りを滲ませた声音で言った。ナナリーたちとすれ違いにニケを残して他の団員は移動していった。騎士団の仕事の邪魔をしてしまったとナナリーは恐縮する。
「ナナリーの使い魔の訓練を兼ねた遊びですよ。訓練はハーレの所長命令です」
「あの……殿下、所長から使い魔の飛行訓練をするよう命令されているんです。でもやり過ぎたのは反省してます。申し訳ありません」
ナナリーは深く頭を下げた。確かに周囲の住民への配慮が足りなかった。あんなに激しく戦うとは予想していなかったのだ。
「使い魔の飛行訓練がどうしてあんな派手な戦いになるんだ? ウォールヘルヌスの続きでもやっているのかと思ったぞ」
「周囲には防御膜を張っていたから被害はありませんよ」
「え!?」
防御膜を張っていたなんて気づかなかった。七色外套をあっさり看破された上、アルウェスは毎回防御膜を張りつつ攻撃を仕掛けていたのだ。これでは攻撃に対抗できても結局負けているではないか。
悔しい。ゼノン王子に気づかれないように、袖の中で拳を握りしめた。こっそりやったつもりが肩までぶるぶる震えてしまった。
「いくら防御膜を張っていたとしても、住民が驚くに決まっているだろう。飛行訓練はいいが、火や氷を使った戦いは禁止だ。まったく、騎士団の隊長が何をやっているんだか……」
「配慮に欠けていたのは否めませんね。申し訳ありません」
アルウェスとゼノン王子は二人だけで何かを話し始めた。ニケとナナリーも小声でお喋りをする。
「ナナリー、ララに訓練が必要なの? さっきは凄いスピードでこっちまで飛んできたじゃない」
「七色外套をかけて飛行する訓練なの。でもすぐ見つかっちゃうのよ……!」
「相手が悪いわ。いつものことだけどね」
ニケが苦笑した。アルウェスに負けてばかりでささくれだっていた心が
「飛行訓練と七色外套をバラバラに訓練してみたら?」
なるほど。目から鱗が落ちるとはこのことか。さすがニケ。
「……あ、殿下は話が終わったみたい。任務に戻るわ。またね、ナナリー」
「ニケも仕事頑張ってね」
ナナリーはアルウェスと並んで、手を振ってニケとゼノン王子を見送った。
アルウェスを振り返れば、生意気な顔つきは鳴りを潜め、彼は穏やかに微笑んでいた。
「ちょうどいいからご飯にする?」
「うん。お腹空いた」
ナナリーはこっくりと頷いた。 腹が減ってはなんとやらだ。アルウェスと連れ立って街まで降りていくことにした。
***
お昼ごはんは使い魔も一緒に入れるお店で食べることにした。アルウェスのお勧めの店だ。ユーリは黒猫のように、ララは中型の犬くらいの大きさになっている。
「この辺りはうちの小隊の担当だからね、街のことにも詳しくなるよ」
「ハーレの近くのお店も詳しいじゃない」
「それは君と一緒に行きたいから」
カッと私の頬が熱くなる。さらっとそういうことを言うのは心臓に悪いからやめてほしい。
案内されたお店はカフェのようにお洒落な外観で、私の胸は高まった。テラス席があって、使い魔や普通のペットと一緒にご飯が食べられるという。お茶をしてもいいし、料理も美味しいという。お昼には早い時間だったからまだ空いていた。
メニューにはペット用のご飯もあって、ララとユーリの分も一緒に頼むことにした。とはいえ、ララは氷ぐらいしか食べない。使い魔の空間で何を食べているのかは教えてくれないが、あちらにしかない食べ物があるらしい。
ユーリには水と味のついてないお肉を頼んでいた。
「ユーリはお肉も食べるのね」
「僕が騎士団に入ってからユーリも食べるようになったね。こちらの世界にいる時間が増えたし、僕と一緒にいるとよく動くから」
働き過ぎのアルウェスに使役されるユーリが可哀想になる。今日は私の用事に付き合わせちゃってごめんね、と手を合わせて謝った。
私は兎鳥の串焼き二皿、兎鳥の揚げ物、サラダ、スープ、挽肉と野菜のパスタにデザートを頼んだ。鬼ごっこで魔力を大量に消費したせいなのか、とてもお腹が空いていて、運ばれてきたものをどんどん平らげていった。食べ放題に行っていればきっとアルウェスに勝てたと思う。
もりもり食べる私を、アルウェスはいつものように眼鏡をかけて楽しそうに見ている。
彼は彼で私に負けないくらい食べる。お互い成長期は過ぎているが、食欲が旺盛でお酒にも強いのは魔力量が多いからだろうか。
デザートも食べ終えて、紅茶を飲んでいるとようやく私は人心地ついた。
私たちが入店したときは空いていたテラス席も気が付けば満席になっていた。隣の席のお客さんは犬を連れてきている。ララとユーリの他にも使い魔らしき魔法生物と一緒の人もいる。
ララと出掛けるときはお店で買ったものを公園で食べることが多かったから、アルウェスとこういうお店に来るのも楽しい。
「何か生き物を飼ってみようかな」
「生き物? 君が?」
「うん」
「……魔法生物とか?」
「魔法生物でもいいし、普通の生き物でもいいな。今は寮だから、小鳥とか魚とか……小さな生き物しか飼えないけど」
何気なく私は言っただけだった。
猫や犬はかわいいね、というぐらいのつもりで。
アルウェスは足元にいたユーリを膝に乗せると、黒い毛並みを撫でながらぽつりと呟いた。
「……アリスト博士は研究を兼ねて魔法生物をたくさん飼っていたんだ」
アリスト博士の名前にぎくりとした。アルウェスがアリスト博士の話をすることはほとんどない。裁判の行方は新聞で追っているが、私からは話題に出さないようにしている。
チラッと周囲を見回すと既に防音の魔法が施されていた。
「今は王国裁判院の管理下にある。希少な魔法生物もいるから、専門の魔術師たちが世話をしている。魔物の影響を受けていないか検査をして経過を観察しているんだ。問題なしと判断されたら、僕が引き取ろうかと思っている」
「アルウェスが?」
「騎士団の宿舎で飼うわけにはいかないからね、僕の領地で飼うことになるかな」
「アルウェスの領地って…………フォデューリ侯爵……の?」
「うん。実際に世話をするのは僕ではなくて誰か人を雇うことになるけどね」
伏し目がちにアルウェスは微笑んだ。
その
「私も手伝う」
「──え?」
「アリスト博士の魔法生物を引き取るの、私も手伝うよ」
「君が?」
「私が飼えるものがいれば寮で飼うし、それが無理なら……休みの日にお世話するのを手伝うくらいならできるから」
「ナナリー……」
魔法生物は普通の生き物より長生きだ。もし、アリスト博士が罪を償って戻ってくることができたら、彼らだけでもアリスト博士に残してあげられる──そんなことが頭に浮かんだ。
「あの仮面舞踏会で、あのときはナナリー・ヘルとして話をしたわけじゃないけど、でも、アリスト博士と話ができて本当によかったと思っているの」
私とアリスト博士の接点は正体を隠した仮面舞踏会だけ、しかも博士はシュテーダルに取り憑かれて私を狙ったのだから、私が博士に好意的なのは変に思うかもしれない。
けれども私はアリスト博士が子どものアルウェスにとって大切な親代わりだったと知っているから。全てを一人で抱え込んでしまいそうなアルウェスを少しでも手助けしたかった。
「──ありがとう、ナナリー」
眼鏡の奥の瞳が細められて、柔らかくアルウェスが笑った。伸ばされた指先が私の頬に触れる。
彼の熱を伝える指先が、私を見つめる温かな炎色の瞳が、ナナリーと呼ぶその声が。
何もかもが優しくて。
ちゃんと笑おうと頑張ったけれど、視界がぼやけてアルウェスの顔がよく見えなくなった。