推しのキミしか愛さない   作:伽花夏折

1 / 13
推しに告白された件

 

【昔からずっと好きでした。わたしと付き合ってください】

 

 

 まだ肌寒さの残る五月頃。

 突然、推しからそのようなDMを送られた。

 

 

【人違いです】

【違います。クロバナ様】

 

 

 俺は一介のリスナーだ。当然そんな告白文を貰う理由がないわけで、そう返信したら、数分も経たないうちに送り返された。

 

 クロバナ。俺がSNSで使用しているハンドルネームだ。

 本名は早乙女真守。

 重度のVtuberオタクである事以外に悲しいくらい語る特徴のない、ごく平凡な大学生。

 

 対してその告白文の送り主は、俺の推し。

 活動名『微忘ルナ』。

 彼女はいわゆる『Vtuber』だ。近年流行りだした新たな配信形態。2Dアバターを活用して、二次元のキャラクターを演じる配信者。

 彼女は企業やグループに所属していない。つまり『個人勢』。

 主な活動内容はゲーム配信と雑談配信。

 

 微忘ルナからDMを貰ったこと。それはとくに驚くことではない。

 彼女は律儀な性格かつ、自由気ままに活動できる個人勢だから、俺のような常連リスナー相手に『配信に来てくれてありがとう!』みたいな感謝メッセージをよく送っていた。夕食の話題みたいな軽い雑談をむこうから振ってくれる事もある。――だからこそ、神妙な雰囲気を纏うこのDMはなにかがおかしい。異常事態だと感じた。

 動揺で迷う指先で、俺は返信する。

 

 

【えっと。ルナちゃん、どうしたの。もしかしてガチ恋営業的なやつだったり?】

【営業じゃありません】

【じゃあ、なにかの企画? ドッキリ的な】

【違います】

【じゃあ、どうして……】

【言葉通りです。わたしは、あなたを……。クロバナ様のことをひとりの男性としてお慕いしています】

【……え、ええと】

【それで。告白の返事は】

【そ、そう言われても】

 

 

 うーん。どうしたものか。

 推しに熱烈な告白を受けているこの状況。本来なら毛を逆立たせて、よっしゃあ、と全身で喜びを表現すべきなんだろうが……なんというか……現実感がなくて喜べない。

 一旦頭を冷やすためにスマホの電源を切った。液晶に映る俺は、眉間に皺を寄せていた。

 ダメだ。考えてもわからん。

 

 

【……ごめんルナちゃん。急にそう言われても、正直困るというか】

 

 

 熟考の末、素直にいまの内心を告げた。

 返信に時間が空く。既読がついた数分後、彼女から返信がくる。

 

 

【どうしてですか? クロバナ様は、わたしのガチ恋勢でしたよね】

【そ、そう言われても……】

 

 

 たしかに俺は、微忘ルナをガチ恋レベルで推している。でも、空想の存在に向ける恋慕と、可愛いクラスメイトに向ける恋慕は違う。少なくとも俺のガチ恋は、女神様を仰ぐような偶像崇拝に近いものだ。

 強いて一言で理由を纏めるなら――

 

 

【だって俺たち、Vtuberとリスナーの関係じゃん】

 

 

 簡潔に理由を述べた。

 Vtuberとリスナーは付き合えない。

 液晶一枚分、果てしない距離で分かたれているから。

 拒否した理由を伝えると、彼女はふたたび返信に時間を置いた。そして数十分後。

 

 

【わかりました。つまりVtuberとリスナーの関係じゃなければ、いいんですね】

 

 

 彼女はそう返信した。意味がわからず俺は首を傾げた。

 またしばらく時間が置かれたが今度は数分程度。【開いてください】同時に怪しげなリンクが送られた。言われるがままにリンク先を開いた。そこにあったのは――。

 

 

【……地図?】

 

 

 しかも俺の地元。奈幌市のとある場所を指し示している地図だった。

 

 

【クロバナ様は奈幌市在中でしたよね】

【そうだけど】

 

 

 以前、地震が起きた際にSNSで所在地を呟いた。

 彼女がそれを知っていてもおかしくない。

 

 

【実はわたしもそうなんです】

【えっ?】

【だから次の週末。そこで会いましょう】

 

 

 彼女は有無を言わせない調子でそう言った。

 同じ地域に住んでいたことも驚くべきことだけど、それ以上に俺は、次の発信に驚いた。

 

 

【えっ。いきなり言われても】と困惑を示した。しかし彼女は聞く耳を持たず【詳細の日程は――】と、一方的に送信を続けた。長い文章が続いた後【当日お待ちしています】と締めた。怒涛の展開に頭が追いつかない。俺は【そんなこといきなり決められても困る】と送信した。既読はつくがスルーされた。

 その日以降。夕陽が落ちるたび。時計の針が巡るたび。次の週末、彼女が指定した場所に行くかどうか葛藤を重ねた。絡まった糸の如く胸中にある二つの気持ち。リアルの推しを一目見たい好奇心と、その裏側に潜む不安感。

 

 

「やっぱ、会いたくないなぁ」

 

 

 好奇心は猫をも殺す。

 俺がなにより優先するのは微忘ルナの推し活だ。リアルの推しに会って、それでもし「なんかイメージと違う」と一瞬でも感じてしまえば、俺はもう二度と純粋な気持ちで彼女を応援できないかもしれない。

 

 

「でも、一方的とはいえ約束しちゃったし……。会わないとダメかなぁ」

 

 

 約束を無視したら、ルナちゃんはきっと悲しむ。

 気まずい関係になりブロックされるかも。――それは嫌だ。ぜったいに。

 考えれば考えるほど袋小路。『どちらのリスク』を選ぶかじっくり悩んだ。

 

 

「……よし。会おう」

 

 

 葛藤の末にそう決断した。

 大丈夫。デビュー時からずっと一途に、熱心に、彼女を推し続けてきたんだ。仮に、清楚系なかわいい女性じゃなくてアラサー女性でも……なんならアラフィフ女性でも……俺のこの想いはまったく濁らないさ。

 ――ていうか、そもそもの話。

 明日会う女の子は、微忘ルナじゃない。

 あくまで微忘ルナの中身。役者さんだ。つまり実質別人。俺の推しじゃない。

 

 

「そろそろ寝るか」

 

 

 決断してきっぱりと切り替えて、明日寝坊しないように早めに布団に入る。悩みすぎて昨日まで不眠症気味だったけど、きっぱりと決断した後はぐっすりと快眠できた。

 

 





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。