推しのキミしか愛さない   作:伽花夏折

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押しと再会する件

 帰宅次第、重力に身を任せるようにベットに寝転がる。夕食を求めて腹がぐうぐうと鳴るが、身体がだるくて食事すら億劫だった。

 寝転がりながら先程の返事を思い出した。胡桃沢の告白を改めて断わった事を。

 

 

「……あの返事に後悔はない、はず」

 

 

 自分の心を確かめるように呟いた。実際俺の選択は間違いではない、と思う。

 己の信念。即ち、微忘ルナの推し活を優先する事に基づいて返事した。だからこそ毅然と先日同様にああいうことを言い、彼女の想いを跳ね除けた。重ねて言うが後悔は無い。しかし……。後悔とはまた異なる焦燥感がまるで花の棘のように、心にちくりと突き刺さっていた。

 

 

「ああでもっ! マジでもったいねぇ!」

 

 

 この間告白した時と同じ感想を抱く。しかし今日のデートを通じて胡桃沢心音という女の子の魅力を再認識、いや実感した為か、鉛のような重い感情と共に声を荒げた。

 胡桃沢さん、マジで魅力的だったな……。

 いやまあ冷静に考えたら、彼女が魅力的に映るのは当たり前なのだ。だって彼女、俺の推しの中の人なんだもん。ガチ恋レベルで大好きな推し、微忘ルナの魅力をもれなく備えている存在。それこそが胡桃沢心音なわけだ。この二人は少なくとも俺の中では別人判定だけど……だからって、俺の女性の好みの指向性はべつに変わらないわけで。

 胸にもやもやと複雑な気持ちが渦巻く。例えるならこれは、そう。

 ――転生した元推しに、またガチ恋してしまう感覚だ。

 アバターは違えど、中の人は同じ。最初こそ「別人だ! 俺の推しじゃない!」と拒否感を示すけど、結局配信を見れば見るほど、その人を推す理由、綺麗な声やかわいい性格は何一つ変わっていないことを知り、その魅力にくらりと酩酊する。そしていつの間にか、推しではないその人を複雑な心境で、また推しはじめてしまう。そんな悲しいオタク心理。

 自覚していた。今日一日のデートを通じてリアルの推したる『胡桃沢心音』に、恋愛感情じみた好意を抱きはじめている事に。

 はあ、と溜息を吐いた。溜息と共に、摘み取った恋愛感情の芽をどこかに捨てられたらな、と思った。また花の棘が刺さったみたいに心がちくりと痛む。まるで失恋したみたいな気持ちだ。自分で振った癖に。

 

 

「こんな想いをするなら面倒臭い信念なんて捨てて、本能のまま告白を頷けばよかった」

 

 

 ふとそんなことを思い――「いいや、それはダメだ」と自戒するように舌を噛んだ。

 微忘ルナへの想いを裏切り、別の誰かに現を抜かす不貞行為。

 彼女の『リスナー』で在り続ける為には、それだけは絶対に許されない。

 相反する感情に挟まれて、心が軋みぎしぎしと音を上げるように、無意識に歯切りした。答えの出ない葛藤を続けていると――ぴろん、と通知音が鳴った。

 たぶん微忘ルナの配信開始アラームだ。ブロック解除されたし、きっと配信のコメント非表示化の解かれているはず……そう思い、重い指先でスマホを操作して、微忘ルナの配信リンクをタップする。が、その直前に指が凍り付いた。動かない。

 溜息を吐く。

 

 

「……今日は見なくていいや」

 

 

 やはり俺は、切り替えが苦手だ。今ルナちゃんのアバターを見たら、たぶん、胡桃沢の顔を重ねてしまう。予感があった。

 大丈夫。寝て頭をリセットしたら、きっと昨日通りの俺に戻れるはず。

 結局俺はそのまま泥のように眠った。

 

 翌朝、起床した。

 昨日食べ忘れた夕食分を埋めるように多めに朝食を摂る。洗面台に行き歯磨きして、その流れでついでにシャワーで寝汗を流した。

 シャワー後。鏡の前で気合を入れるように頬を強めに叩いた。うん。大丈夫だ。まだ少し昨日の事を引き摺っているけど、充分に切り替えできている。

 今日は大学の講義が一限目からあった。

 時計を見る。そろそろ行かないと。

 大学生らしいカジュアルな服装に着替えて、自宅から徒歩10分以内にある大学に向かう。午前中にも関わらず大学敷地内には、精力的にサークル活動で青春を謳歌する大学生の姿が大勢居た。流石は、道内で1番の大学といったところか。

 一限目に入れた講義は一般科目である『哲学』。学部関係なく受講できる講義かつ、講義名からして面白そうだから人気がある。

 教室に行く。

 気怠い朝にある一限目のわりにそこそこ席が埋まっていた。髪を染めた奇抜な風体の陽キャ系大学生の多い後部座席は避けて、人気の無い前座席の右隅に座った。

 講義開始時間を待つ。そうしてると、

 

 

「すみません」

 

 

 横から声を掛けられた。

 

 

「隣、座っていいですか?」

「……ああ、うん。いいですよ」

「ありがとうございます」

 

 

 尻目で軽く顔を見て、返事した。丸い黒縁の眼鏡を掛けた地味系な女大生。どこかで聞き覚えのある可憐な声だと一瞬感じたけど――たぶん、気のせいだ。

 

 

「……」

 

 

 いや。気のせいじゃないな。

 まさか、思い……。

 隣の女子大生をちらりと見た。

 

 

「もしかして……胡桃沢さん?」

「えっ。ま、真守くん?」

 

 

 俺の顔を見て、地味系の女子大生――胡桃沢は鳩が豆鉄砲を食らったように、あんぐりと口を開いて驚いていた。

 当然、俺も。

 もう二度と合わないと確信していた魅力的な推しの中の人との再会に、嬉しいような気まずいような、複雑な感情が入り混じった表情をにへらと浮かべた。

 

 

 

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