タイトルの通りの小説です。さしずめ、恋に落ちるか、地獄に落ちるかといったところでしょうか。

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フラれた腹いせに世界を滅ぼしてみた

「ごめんなさい」

「え―――」

 

 今日、私の世界が終わりました。

 

 

 

 

 

 開始一行で主人公が死ぬ小説ってあるじゃん? 最近流行り……今はそうでもないのかな、の異世界転生とか鉄板だよね。だいたいトラックに轢かれて死ぬアレだよ。その小説を読んで、そしてそれについて話す人の事を見て私が思う事。異世界に行きたくなる主人公や作者の気持ちに共感できないって言ってる人は、アレだね、うん、幸せなんだと思う。是非とも貴方の幸福な世界を生きておくれよ。

 

 何が言いたいかって言うとさ、人間って簡単に死にたくなるんだよってこと。成績が悪くても、お金が無くても、人生が退屈でも、それが命に変わる程重い絶望になるんだ。別に女騎士やってて国に裏切られたとか、そんな御大層なお題目が無くても絶望の光景は見えるんだ。

 

 

 

私は今日フラれた。

 

 

 

 自分でも吃驚(びっくり)だよ。こんな事で死にたくなるんだから。告白する前はこんなことになると思ってなかった。フラれても精々数日落ち込んで、その後は普通に生きていくんだと思ってた。でも駄目だったよ。つらいよ。死にたいよ。

 

 そう考えると異世界転生とかって割と健全なのかもしれない。方向性はどうあれ、生への希望を謳っている。少なくとも、転生もせずに生を終わらせたいと思っている私よりはマシだろう。

 

 はぁ……なんで告白なんてしちゃったんだろう。いつも笑顔で話しかけてきて、その日常が楽しみで、どうしようもなく好きだった。そして、私は何よりも尊い日常を失った。今思えば恋に恋してたのかもしれないし、相手の事なんかろくすっぽ分かっていなかったのかもしれない。でもさ、恋なんてそんなものだよ。唐突にカミングアウトするけど、私はまだ女子高生だ。もう一度言うけど、学生の恋なんてそんなものだから。結婚まで視野に入れてるわけじゃないし、付き合ってから相手の深い部分は知ればいいと思っていた。

 

 無計画性の代償なのだろうか。

 

 恋愛を軽く考えた報いなのだろうか。

 

 気取っていると思われるかも知れないけど、私は学生の間に蔓延る恋愛・共感至上主義みたいなのが好きじゃなかった。クラスメイトが姦しく話すその内容を、私は少し離れた所から冷めた内心で見ていた。

 

 けれど、そんな私にも好きな人が出来た。それまで共感できなかった恋愛話が少しだけ理解できた気がした。半透明人間だった私が、少しだけ存在感を増した気がした。そして告白して、惨敗した。

 

 世界がモノクロになった。白昼夢でも見ているようだった。色が見えない。明暗も曖昧だ。光量を間違えたカメラのように、視界がおかしくなる。

 

 あの後、私はどうやって学校から帰ったのか覚えていない。こんなに自分が他人に入れ込むなんて思っていなかった。フラれただけで死にたくなるなんて、思っていなかった。

 

靴の先に花火が咲いた。それは私の涙だった。アスファルトにも黒い花火が打ちあがる。声が聞こえてきた。喉が痛かった。ひどく醜い声だった。取り繕う事を知らない、純粋な泣き声だった。足元を黒くて透明な花火が埋め尽くした時に気が付いた。これは自分が泣きわめく声だ。

 

 

 

 世界が滅びてしまえばいいのに。

 

 

 

 一頻り哭いた後、私は何の脈絡もなくそう思った。核戦争でも氷河期でも到来して人類全員滅んでしまえと思った。

 

 あまりにも馬鹿馬鹿しい、非論理的な思考。異世界転生などより余程救いようが無くて、リアリティの欠片も無い考え方。だけど、私はその思考の断片を忘れられない。倫理も人間味も無い、学生風情には不可能な、分不相応な願い。

 

 

 

 ああ、そんな事でいいんだ。

 

 

 

 実際に叶えるのは不可能だ。でも、思うだけなら、考えるだけなら、私にだってできる。我ながら外道な考え方だと思うけれど、実際そう言われても私は考えるのを止めない。五月蠅い外野、心まで裁くな。

 

 そうと決まれば早速始めよう。今から私が話すのはONE HAND APOCARYPSE、片手間の終末世界の旅行記だ。

 

 

 

 ♪♪♪

 

 

 

 雑踏をバックミュージックにして私は街を練り歩く。私は既に頭の中で、一つの小さな世界を壊していた。それは私の部屋。スケッチブックと筆記用具だけ持って、その他の物は全て壊してしまった。電気スタンドの配線を引き千切って、華氏451度で参考書を炎上させて……私が幻視した灰と破片の部屋は、整然としていた時よりも美しく見えた。私はその景色をノートに描き写した。

 

 どうせ想像だ。また帰れば、いつもと同じ部屋が待っている。一日、いや、半日限定の、私だけの終末世界。もっともっと、壊してしまおう。実を言うと不安だったのだ。部屋を壊しただけで満足してしまうんじゃないかと。でも、そんな事は無かった。心に開いた穴が埋まる気がして、私の世界はさらに加速した。

 

 きっと私はもう壊れているのだと思う。朧気ながらカフェに行ったり、小物屋に行ったりした記憶はある。でも、カフェのメニューは記憶に残らなかったし、可愛いのだろう小物にも感情は生まれなかった。私の心象風景の瓦礫だけが、私の心を埋めてくれる。

 

 私が立ち直るためには、小さな部屋一つ壊したくらいじゃ足りない。何一つとして満たされない。このままじゃ私は生きていけない。上面の言葉一つじゃ慰めにもならない。もっと美しいものを知りたい。この空虚な心に、瓦礫のステンドグラスを押し込めたい。

 

 次は何処へ行こうか。私は少しだけ考えて、参考書を買っている本屋へ向かった。

 

 本屋と聞いて思い出す物は人によって違うだろう。しかし、だいたいの人が本やそれに連なる物を考えるのではないだろうか。かくいう私もその一人だよ。

 

私は本屋を見るといつも爆弾を思い浮かべる。昔に読んだことが有る。

 

〝本屋の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けてきた奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの本屋が大爆発をするのだったらどんなに面白いだろう〟

 

 黄金色の爆弾とは唯のレモンの事である。馬鹿馬鹿しいと嗤うかもしれないが、私はこの瑞々しい感性が大好きだった。小学生の頃、レモンを見たときにはその純然たる黄色の異質さは私も感じ取る事が出来たけれど、それから成長してもレモンを爆弾に例えようだなんて思いつかなかった。やはり文筆家というのは常人の及びのつかない領域にいるような気がする。

 

 でも、一度その例えを知ってしまえばこれ以上ない程に私はその妄想に取りつかれた。参考書を買いに来る傍ら、どこにレモン爆弾を置けば木端微塵に出来るかと考えたのは一度や二度じゃないな、うん。きっとフラれたのはこの辺が理由かもね。でも、もういいんだ。みんな吹き飛んじゃえ。

 

 だいたい、心の中で何を考えたって、実行に移さないならノープロブレムだ。そんなくだらない理由で嫌われて、あまつさえ失恋の痛みまで与えたのだとすれば……もうこんな世界要らない。

 

 

 

 私が本屋を出た後、背後の建物が爆発した。

 

 

 

 コンクリートの壁が崩れる音と同時に、破壊された本のページが何枚も空を舞う。煙が空を昇っていくのと対照的に、紙は私に降り注ぐ。煙と共に上空に舞い上がるページは蚊柱のようで少しだけの不快感を私は感じた。でも、火の粉とともに降り注ぐページは、まるで細雪のようでとても綺麗。

 

 そのページは、何かの物語を紡ぐ断片なのかもしれない。誰かが頭の中で考えて、魂を削るように書き起こしたのかもしれない。それが散った桜のように舞い散るその光景を見て、私はひどく心が満たされた。

 

 人を呪うのが心地良い。景色が壊れていくのが心地良い。自分の醜い部分を自覚していくたびに、私は心の空白が埋まっていく気がした。こんな中身の無い妄想で、私が最も求めている物が手に入っていく。

 

 

 

 もっともっと、壊さないと。

 

 

 

 死んだ目で、笑いながらスケッチブックを片手に歩く私。背後では倒壊と衝突の複合音楽が鳴り響く。私はスケッチブックに壊れていく世界を描いていった。きっと、今でも日常は続いている。

でも、私にはもう、崩壊した世界しか見えない。

 

 ずっと泣けなかった。ずっと笑えなかった。でも、今はそれが出来てる。日常が、青春が壊れていく様を見て、どうしようもなく哀しくて、どうしようもなく嬉しくて、私はただただ満たされていた。

 

 笑え、嗤え、哂え、壊す事でしか満たされない私を、後ろ指差して嘲笑えばいい。彼も莫迦だ。彼女も莫迦だ。褒めちぎる奴らは皆莫迦だ。教訓なんて言い出す奴は皆莫迦だ。論文なんて、批評なんて書き出す奴は皆皆莫迦だ。

 

 何にも満たされないなら、私の手で全部壊していく。人の痛みが他人に分かってたまるか。私の妄想にまで難癖付けられてたまるか。瀟洒な勝者の歴史ばかり見ていた奴らには分からない。

 

 お前達の思う通りに幸せになんてなってやらない。

 

 心まで醜い私だ。どこまでも卑しく、暴力的に街を壊していく。その価値をただ否定するだけのお前達に、理解できてたまるものか。価値観だって自由なら、人を傷つけたっていいじゃない。綺麗事マニアのお前達だって、日夜人を傷つけているんだ。

 

 自分を貶す奴らを殺したい。いけ好かない事を言う奴らを黙らせたい。道徳を強制する世界を壊したい。誰だってこれくらいの事は思うでしょ。思わないなら余程の世間知らずか、人間じゃないよ。そんなのは。

 

 さよなら以外全部ゴミだ。

 

 街灯が倒れて、車が正面衝突して、歩道橋が道路に落ちる。あちこちで爆弾が爆発する。何を買っても満たされない。どんな知識を得ても満たされない。死にたくないけど生きられない。

 

 こんな破綻した私だけれど、目の前に見える壊れていく世界を見て、初めてまともに生きている気分を味わっている。足りないものが分からなかった。だけど今分かった。私に足りなかったのは、破壊と破滅のリズムだった。所持品を壊して、街を爆破して、札束をシュレッダーにかけて。

 

 何もかも壊して、誰も彼もが私を嗤う中で見える夜空は、

 

 

 

 きっと綺麗だ。

 

 

 

 ああ、まだ足りない。こんな線香花火じゃ何にもならない。こんな音楽じゃ満たされない。まだ知らない空虚さを味わいたい。この心を満たすくらい、美しいものが知りたい。

 

 

 

 まだ足りない

 

 もっと壊したい

 

 建物が倒壊する音が聞きたい。

 

 嵐が全てを吹き飛ばす光景が見たい。

 

 街が深海に沈む静けさが欲しい。

 

 我が物顔で廃墟を乗っ取る植物に触れたい。

 

 それらに触れれば触れるほど、私は人間に近づいていくから。

 

 

 

 ♪♪♪

 

 

 

 街は崩壊した。電車は脱線した。爆弾がラグタイムのように爆ぜた。嵐が全てを吹き飛ばした。醜い程に美しい物で、私の鬱が埋まってゆく。

 

 廃墟という名の花が、夜の帳が下りるとともに咲いてゆく。規制ばかりの広告塔が開花した。周りからの圧力で遊ぶことすら出来なくなった公園が開花した。愚かな私の馬鹿げた妄想で、現実世界が壊れてゆく。

 

 裂かれた夜を歩いて、私は学校に戻っていた。

 

 全ての始まり。破壊の序章。壊れた私のプレリュード。

 

私はここでフラれて、世界を壊す事になった。自分で言ってて責任転嫁が凄いと思った。でも、仮に私に破壊衝動が帰結するにしても、きっかけなのは間違いない。それに、人に大切にされないのは自分が大切にしないからだ、みたいな自責的思考回路を是とする哲学は大嫌いなのだ。

 

 私の目の前で学校が壊れていく。消火器を撒き散らして、空になった容器を窓に投げつける。白くなった校舎の内部は、まるで雪化粧だ。夏の半ばだというのに、トンネルも列車も使わずに雪国を創り上げた。

 

 授業で使う教室も、長い話が続く体育館も、全てが壊れて、白くなってゆく。私の心の穴を、人工的な雪が覆ってゆく。小気味いい音を立てて割れた窓ガラスは、足元の白に透明な彩を加える。

 

 忘れたい

 忘れたい

 忘れられない

 

 だから世界を滅ぼしていく。私の青春を壊していく。神の怒りに触れたソドムとゴモラのように、メギドの火で焼き尽くしていく。足元に有るのは雪? それとも、滅びるさまを見てしまった人間、塩の柱となってしまった哀れな犠牲者なのだろうか。

 

 

 

 どっちでもいい

 

 

 

 強いて言うなら、塩であって欲しいとは思う。その方が激しく壊れていそうだから。あれだけ派手に壊してきておいて、最後が雪だなんて締まらない。でも、なんだか疲れてしまったのも確かなのだ。日常の全てを滅ぼして、その様をスケッチして、歩き回った脚も、鉛筆を握る手も疲れてしまった。

 そんな中でもまだ歩いて手を動かしているのだから、私の破壊衝動も相当なものだと思う。

 

 でも、私は孤独だけれど、ヨダカにすらなれはしない。自分が食べる虫にすら哀れみを覚えて、大気圏を抜けて星へとなった崇高な鳥。

 

 

 

 さよなら。もう会わないよ。さよなら

 

 

 

 そう言って飛んで逝った鳥は確かに尊い物だろう。だが、私はそれになりたいとは思わない。破壊した全てが生への対価で、例えそれが罪だとしても星になるつもりは無い。生きる事すら罪だと言うなら、きっと永遠に相容れないだろうから。

 

 私と、私が壊した世界が、夜という名の深海に沈んでゆく。私は奇妙な浮遊感と、心地良い水圧を感じていた。全てが静かになって、眠りを守る断絶に覆われて、私が哭いて呻いて笑っても誰も聞いてくれない。

 

 それでも私は虚しさなど感じなかった。

 

 あまりにも美しくて、それに見惚れていたから。水面に映る月。海月(くらげ)のように漂う私の真上に夜が咲く。裂かれて咲いて、再び縁り合わさった夜が私を包み込む。

 

 

 

 あれは、だれ?

 

 

 

 胎児のように水に沈む私に、必死に手を伸ばす人影。百合のような人影は、私に追いつくために沈むごとにその姿を顕にする。

 

 私が好きな人。告白してフラれた人。

 

 白い肌に、艶やかな黒髪、さっきは百合と形容したけれど、暗い場所で見れば月下美人にも見える。

 

 貴方はどうして、私を救い出そうとするの? 私は貴方を傷つけたでしょう? 経験が無いから分からないけれど、フる方だって傷つくのでしょう? なのにどうして、暗い水中でも分かるくらいに、その美しい両目から涙を流しながら私に手を伸ばすの?

 

 

 

 とうとうあの人が私に追いついて、沈みゆく身体を抱きしめる。でも引き上げようとするわけでもなく、涙を流しながら私に縋りついた。私は肋骨の上の天使に困惑するばかりだ。

 

 

 

 そして唐突に気が付いた。私が世界を滅ぼしたから、この人は来てくれたんじゃないかって。私を拒絶せざるを得ないしがらみを、全て私が壊してしまったから、あの人は私を捜しに来てくれた。

 

 私を抱きしめながら、愛する人は唇を重ねる。自分の口に滔々と注ぎ込まれる百合の蜜に、私の思考は陶酔する。確か、百合は猫にとっては猛毒で、人間でも種類によっては毒になると聞いたことがある。

 

 

 

 なら、私はその蜜を全て飲み干すまでだ。この甘美な蜜を、手放す事なんてできない。

 

 

 

 

 

 世界が滅んだことであの人が私を受け入れてくれるなら、私は喜んでそれを受け入れる。

 


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