名のない囚人騎士は幾多の地獄で猛獣・罪人・獄卒・天使・神と戦い続ける   作:西東 吾妻

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第1章:等括地獄(とうかつじごく)
第一話:囚人騎士は等括地獄(とうかつじごく)馬頭(めず)獄卒(ごくそつ)を打ち倒す


 重要(じゅうよう)なのは、(わたし)今日(きょう)も、これからも(たたか)(つづ)けなければならないということだ。

 

 ここは地獄(じごく)だ。文字通りの地獄(じごく)

 

 生前に悪逆非道(あくぎゃくひどう)の限りを尽くし、閻魔様(えんまさま)の怒りを買った罪深き者達の終着地だ。

 

 天上へと立ち昇る炎は、鉄をも溶かすほどの熱を帯びて燃え盛り、血が滴る剣山から響き渡る悲鳴は、地獄(じごく)の空を今も震わせる。地獄(じごく)へと降り注ぐ銅の雨は、骨の髄まで焼け焦げるほどの熱を持ち、肉は汗を滴らせる間もなく焼け焦げ続けていく。

 

 立ち枯れした剣樹(けんじゅ)の陰からは、(わたし)の身長ほどはある毒虫が狩りの機会を伺い、ひび割れた大地では皮と骨ばかりの害獣が空腹の赴くままに罪人たちを貪り食っていた。炎に炙られ続け、鋼色の巻雲(まきぐも)が這いまわる、夕焼けのような色合いをした空では、焼けた肉の匂いに魅惑されたカラスたちが飛び回り、焦熱の地に倒れ伏した者達の内臓をついばむ瞬間を今か今かと待ちわびていた。

 

 獣の頭をした獄卒(ごくそつ)は、サディズムの快楽に溺れた喚声を上げて罪人たちに追いすがり、刀で、槌で、斧で、槍で、(かれ)らの肉を切り裂き、引き潰し、叩き割り、貫いていく。

 

 獄卒(ごくそつ)たちの力は天災を思わせ、(かれ)らの体の硬さは鋼を連想させた。巨岩を切り裂く(かれ)らの膂力(りょりょく)、稲妻の直撃にすらも耐える(かれ)らの堅牢さの前では、並大抵の抵抗は全くの無意味である。

 

 地獄(じごく)へ堕ちた者達は、己の罪過(ざいか)の深さを悔やみ、己の無力を呪いながら、肉体を(もてあそ)ばれる以外にない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (わたし)も、そうやって地獄(じごく)蹂躙(じゅうりん)される者達の一員だ。ただ、一つ(かれ)らとの違いを挙げるとするならば、それは地獄(じごく)獄卒(ごくそつ)たちと(たたか)える武力を(わたし)は持っていることだ。

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

 生気のない大地を一歩踏みしめるたびに、全身を覆う赤さびた板金鎧(プレートアーマー)がギシギシと笑い、全身の骨がガタガタと震えていた。眠ることなく歩き続けた足裏に感覚はなく、膝関節(ひざかんせつ)は裂傷のような痛みを(わたし)に訴えかけている。

 

 自分の体が、手に負えない程に重い荷物のように感じられ、今すぐにでも座り込みたいという誘惑が、(わたし)の理性を誘惑し続ける。

 

 喉がカラカラに乾き、喉奥は裂けるような痛みを覚えているかというのに、体からは玉のような汗が吹き出し、不快感を(わたし)に与えてくる。自分自身の汗で体を蒸される感覚は、いつだって慣れることが出来ず、ただでさえ少ない体力を余計に削り取っていく。

 

 この顎が出るほどの疲労を振り払う術を持たない(わたし)は、それでも何とか前へと進もうと肩で息をするが、その気概は(わたし)が一歩足を踏み出すだけで、氷のように溶け出していく。

 

 肺腑(はいふ)が激しく伸縮(しんしゅく)すればするほど、鉄の茨で織られた鎖帷子(くさりかたびら)(わたし)の体を傷つけ、体全身にずっしりとのしかかるプレートアーマーの隙間から、血が滴り落ちる。左腕に繋がれた鎖付きの鉄球が地面をズルズルと這うたびに、紫色に変色した(わたし)の手首からは金槌(かなづち)で叩かれたかのような痛みが走り、体幹がフラリとぐらついてしまう。

 

 右手に握る牛頭(ごず)の肉断ち包丁は、元の主人が余程名残惜しいのか、いくら引きずっても地面に深く食い込み、俺の歩みを遅くすることをやめはしない。だが、このだんびらをあやす体力も残っていない(わたし)にとれる選択肢は、この武器が駄々をこねる様を見て見ぬふりするだけであった。ずる……ずる……と剣を引きずり、今にも断ち切れそうな緊張の糸をピィンと張り詰めながら、(わたし)はこの等活地獄(とうかつじごく)を進み続けた。

 

等括地獄(とうかつじごく)」……そこは、最も天国に近い地獄(じごく)である。この地獄(じごく)で課せられる刑罰はただ一つ、(たたか)い続けることのみだ。

 

 この地獄(じごく)にいる間、(わたし)獄卒(ごくそつ)、怪物、罪人と(たたか)い続けなければならない。迫りくる敵に打ち勝ったとしても、(わたし)に安息は訪れない。終わりなき(たたか)いに絶望し、自死を選んだとしても、その先に安息はない。

 

 地獄(じごく)(わたし)たちが死ぬことはないからである。

 

 閻魔様(えんまさま)が下した刑期を満了するまで、(わたし)は生き続け、(たたか)い続けなければならないのである。

 

「はぁっ……はぁっ……ぁあ……」

 

 (わたし)の元へと全速力で駆け寄ってくる影が一つ見える。遠目から見ても、その体躯は、(わたし)数人分はあり、4つの手足で大地を踏み割り、土煙をあげながら近づいてくるその姿は、その顔つきもあってまさに馬そのものであった。

 

 鼻から勢いよく噴き出す吐息は、多量の蒸気を含んでいるため、煙幕(えんまく)のような煙を周囲に立ち昇らせていた。

 

 全身に纏う分厚く豪勢な鎧がガチャンガチャンとわめきたて、腰に差された金槌(かなづち)は、馬頭(めず)が駆け抜ける中で、血糊(ちのり)の付いた玄翁(げんのう)を地面に幾度も叩きつけている。ふらつく体で肉断ち包丁を構え、(たたか)闘に備える(わたし)を前に、馬頭(めず)はその両腕を勢いよく叩きつけ、軽やかに空を舞う。金槌(かなづち)を抜いた馬頭(めず)は、重力に身を任せて(わたし)めがけて金槌(かなづち)を振り下ろした。

 

 馬頭(めず)獄卒(ごくそつ)

 

 これからこの怪物と(たたか)うことになるという事実を前に、(わたし)は喘ぐような慨嘆(がいたん)の言葉を漏らす以外に出来なかった。

 

「!!」

 

 馬頭(めず)攻撃(こうげき)を見きり、寸でのところで(わたし)攻撃(こうげき)を回避した。空振りした金槌(かなづち)は、そのまま地面を叩き割り、地響きと共に無数の土塊(つちくれ)を上空へと吹き上げる。

 

 馬頭(めず)は滅茶苦茶な叫び声をあげながらそのまま金槌(かなづち)を振り回し、竜巻のような突風が馬頭(めず)の周囲に巻き起こった。口から涎を垂れ流す馬頭(めず)の目は血走り、土塊(つちくれ)ばかりで視界が遮られている中で、(わたし)の姿を見つけ出そうとその目をギョロギョロと動かしている。風車のように振り回される金槌(かなづち)は、やがて空気の壁をも破り、雷鳴のような音を轟かせながら数メートル四方を跳ね回った。

 

 無定見な攻撃(こうげき)である。当たれば幸運程度に考えているのだろう。馬頭(めず)の無神経ぶりに、(わたし)は安心した。

 

 無鉄砲な攻撃(こうげき)から隙を見出し、(わたし)は浮かび上がった攻撃(こうげき)線に沿って剣を振るった。

 

「が……ぁあ!!」

 

 牛頭(ごず)の肉断ち包丁を大上段に振り下ろし、獄卒(ごくそつ)の肩からどす黒い血が噴水のように吹き上がった時、(わたし)の右腕は骨が軋むような痛みに悶えていた。全身は針に貫かれるような痛みに溺れ、意識を手放さないようにするために、(わたし)は舌を噛み切る程に歯を食いしばる。

 

 肉を裂かれた獄卒(ごくそつ)の絶叫は脳髄(のうずい)を揺らされるほどに甲高く、鼓膜(こまく)が破裂した耳からは鮮血が滴り落ちた。腹の底まで震えるほどの悲鳴は、(わたし)の耳に響き渡った「バツン」という音と共にかき消され、(わたし)は幾度も体感した無音の世界の中で、数秒先の未来を予測する。

 

「……くッ……!」

 

 背後に迫る殺気を前にして、(わたし)獄卒(ごくそつ)の肩に食い込んだ肉断ち包丁を力任せに抜き取り、(わたし)の背丈の3倍はある獄卒(ごくそつ)の肉体を蹴り上げた。一回転する世界の中で、(わたし)馬頭(めず)獄卒(ごくそつ)(わたし)の体を掴もうと、切り口めがけてその手を伸ばす瞬間を目撃し、疲労と苦痛でふらつく足で何とか着陸する。この時には、(わたし)は次の回避の一手を壊れかけた足に指示しなければならなかった。

 

 肩から腹までザックリと裂かれた獄卒(ごくそつ)は、最期のあがきとばかりに獲物である金槌(かなづち)を振るい、地面が波打つほどの衝撃で(わたし)の四肢を砕かんとする。豹のような姿勢で地面をかけ抜け、寸でのところでそれを回避した(わたし)は、左腕に取り付けられた鎖付きの鉄球を獄卒(ごくそつ)の足めがけて投げつけた。

 

 鎖をガシャガシャと鳴らし、弾丸のように回転し、光線のように一直線を跳んだ鉄球は、吸い寄せられるかのように獄卒(ごくそつ)の足を砕く。

 

 ぶるぶると唇を震わせた馬面の獄卒(ごくそつ)は、そのまま糸の切れた人形のように倒れ伏したのであった。

 

「……!! ……ッ!! ……ッァ!! ……ハァッ!!」

 

 死闘の果てに得られた極わずかな安息を前に、(わたし)は肩で激しく息をし、崩れそうになる足を牛頭(ごず)の肉断ち包丁で支えなければならなかった。

 

 己の醜い姿を隠すためだけに着込んだ鎧の重みが一層切実に感じられるようになり、汗を出し尽くした汗線は、それでも汗を出そうと痙攣している。(たたか)いの中で裂けた鼓膜(こまく)は、荒い呼吸を繰り返す中で再生し、爪の間に針を刺されるような激痛の中で(わたし)の世界に音が戻ってきた。

 

 地獄(じごく)に堕ちてから、どれだけの期間(たたか)い続けてきたのか解らない。地獄(じごく)(たたか)い続けたことで、誰よりも(たたか)い慣れてきたはずなのに、地獄(じごく)雲霞(うんか)の如く(うごめ)く怪物一匹を打ち倒すだけで(わたし)満身創痍(まんしんそうい)である。(わたし)が強くなればなるほど、(かれ)らも比例するかのように強くなっているというのだろうか? 

 

 ……吐き気を催すほどの徒労感が、(わたし)の体に更に重くのしかかってきた。

 

 しかし、(わたし)はもう、己の境遇に絶望などしていられなかった。幾百年の時を地獄(じごく)で過ごしてきた(わたし)は、この苦境に終わりが来ることを既に諦めていた。

 

「……はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」

 

 馬頭(めず)の体が再生し、再び(わたし)に襲いかかる前に、(わたし)はその場から駆け足で離れていく。

 

 地獄(じごく)に一時の安息を求め、地平線の先にある茜色(あかねいろ)の空を目指して、(わたし)は走り続けた。

 




 第一話を読んでいただき、誠に有難うございます。

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